6. 不協和音のような僕ら
深町の家はお世辞にも大きいとは形容しがたい、小さなアパートだった。
外観がそれなら中もやっぱり狭くって、ぶっちゃけた話、俺の住んでる学生寮の方が広いかもしれない。
「なんか、深町って大きな家に住んでるイメージがあったんだけどなぁ」
「悪かったな。おんぼろアパートで」
「そうは言ってないだろ」
深町はぶっきらぼうに言うと、キッチンへと歩いて行った。
俺はここに深町が住んでいるんだなーとか思いながら、部屋の中を見まわす。
「あんまりキョロキョロするな」
「いいじゃん。初めて来たんだし。それより、家族の人はいないの?」
「母さんも父さんも、働きに出かけてる。滅多に家には帰ってこないよ」
「え…?」
窓に向けていた視線を、深町へと向ける。
ちょうど、彼は水道水をコップに注いでいるところだった。
「借金抱えててさ。俺の両親、人がいいから…まぁ、騙されたわけだ。だから家族総出で一生懸命金を稼いでる。俺は高校には行かなくてもいいって言ったんだけど…どうにも両親は、通わせたいらしくて」
じゃあいつも眠そうなのは、少しでも借金を返済するために睡眠時間を削ってまでバイトをしているから?
…私欲のためにバイトをしているわけじゃなかったんだ。
それなのに俺は、バイト禁止だとか、眠るなだとか、注意していたんだ。
事情を知ろうともせずに。
「ごめ…俺」
「謝るなよ。俺が寝まくって、委員長が迷惑してんのは事実なんだし」
「いや、それはもう…。あ、あのさ。滅多に親が帰って来ないんだろ? ってことはいつも自分で料理作ってるんだよな? だったら今日は俺が夕食作ってやるよ!」
「………何、それ。同情? そういうの、一番ムカツクんだけど」
「違う、そうじゃないっ。ただ…たまには手料理とか食べてみたくならないかなって思って」
深町は俺の方を不機嫌そうに見つめていたけれど、不意に、フッと口元を緩ませた。
「ま、委員長が俺なんかに同情するわけないか。それに人の作ったもんが食べたいのも事実だしな〜。委員長のヘボイ手料理で我慢してやるよ」
「なにおう! 絶対美味しいって言わせてやるからなっ。覚悟しろよ!」
「何、覚悟が必要になるほど凄惨なものを作るつもりなのか?」
「あのなーっ」
思い切り睨み付けると、深町は楽しそうに笑って見せた。
せっかくいい感じに笑うのだから、顔を全部見せてくれればいいのに。
このときほど深町の長すぎる前髪が邪魔だと感じたことはない。
俺の手料理を食べた深町は、複雑そうに口元を歪めた。
美味しいとも不味いとも言ってくれないのは、逆に不安だ。
「ど、どうなんだよ」
「………意外すぎる」
「あっ、やっぱ美味しい?」
「いいや。普通」
「はぁ?」
深町は再び味噌汁を口にして、ため息をついた。
「普通すぎて駄目なんだよなぁ。一般的な家庭料理って感じ」
「それのどこが問題なんだよっ。男子生徒が作ったもんだぞ!? こんだけ出来てれば上出来だろ!?」
「そうだけど。でもこういう場合ってさ、クソ不味いかメチャ美味いかのどっちかじゃないか? 中途半端なんだよ、委員長の料理。反応に困る」
反応に困るのはむしろ俺だ!
貶されているわけでもないけれど褒められているわけでもない、この中途半端な反応にどう対応しろと言うのだっ。
「嫌なら食べなくってもいいぞ。俺が食べるから」
「嫌だなんて一言も言ってないだろ。十分美味しいよ。少なくとも、俺が自分で作ったものより」
「だったら素直に食べろよ」
「食べてるじゃないか」
「素直じゃない!」
「素直に感想口にしただろ?」
そ、それは確かにそうなんだけど…っ。
何かこう、伝えたいことが上手に伝わっていない。
モヤモヤするな、くそっ。
「…でもこうやって誰かに料理作ってもらうなんて、本当に久しぶりだな」
「なんなら、また作りに来てやろうか? なーんて」
「頼むよ」
「………へ?」
瞬きを繰り返して、深町を見つめる。
「え。だって…俺の料理、そこまで美味しいもんじゃないんだろ?」
「でも不味くないから。それに、温かい」
「そりゃ出来立てだからな」
「いや…そういう意味じゃなくってだな。まぁ、それでもいいけど。…嫌じゃなければ、また作りに来てくれ。そうしてくれるとその間、俺は休めるし…有難い」
そ、そんな優しい声色で言われたら断れるわけないじゃないかっ。
そんなわけで、俺は深町の願いに頷いてしまっていた。
あぁ、岡崎の「まーた厄介ごと押し付けられて」と馬鹿にする声が聞こえてきそうだ…。
「合鍵、渡しとくよ」
「え?」
「自由な時間に来てくれていいから」
「わ、分かった。でもそんな、家の鍵渡しちゃうとか…。そこまで俺を信頼しちゃっていいわけ?」
「ここに金はほとんどないからな。それに委員長は、俺に害を与えるようなことはしないだろ?」
「そりゃ…するつもりはないけど」
「だったら、俺はその言葉を信じる。ほら」
手渡された鍵を握りしめる。
予想外の展開だ。
けれど深町は、俺のことを信じると言ってくれた。
俺のことを、頼ってくれた。
見当違いな注意ばかりしていたけれど、そんな俺を許してくれたんだ。
それはやっぱり、すごく嬉しい。
「…俺、もっと美味しく作れるよう頑張るからなっ」
「? 別に、今のままで構わないけど」
「い〜やっ。絶対上手になって、深町のこと満足させてみせるからっ」
「無駄な努力はしないほうがいいと思うが」
「うっさい!」
いつの間にか空になっている、味噌汁の入っていたお椀で深町の頭を叩く。
ポカンッという快活な音。
うん、やっぱりいい音だ。
「暴力魔」
「振るわせているのは深町です!」
そうやって文句を言い返しながらも、充足感で一杯だった。
だってちゃんと、完食してくれていたのだから。