7. 不協和音のような僕ら
「…嘘。嘘だっ、ありえないっ!!」
「嘘じゃないんだけど」
「だって深町、いつも寝てるじゃないかッ」
返却された深町のテストを見ながら、俺は両肩を震わせていた。
ものの見事に丸ばかり。
っていうか、全教科9割以上の点数を取ってるって、どういうこと!?
「おっ、おまっ…カンニングしたのか!?」
「えらく信頼されてないもんだな、俺も」
「だって可笑しいだろ? 俺、深町がまともに授業受けてるところなんて見たことないのにっ」
それなのに俺より点数が良いって一体どういうことだ。
それとも今回のテストは勉強してなくても点数が取れるような、簡単な問題だったのか?
いや、でもそれだったら俺だってこのくらいの点数を取っているはず…ッ。
深町のとったあまりの合計点数の高さに頭をクラクラとさせていると、岡崎が怪訝そうに近づいてきた。
「委員長、どうかしたのか?」
「おっ、岡崎! 深町がカンニングを」
「してないっちゅーに!!」
「でもだって…えぇ!? だったらこれは…っ」
「…委員長、それ貸して」
岡崎は俺から深町のテストを奪うと、ふぅむと小さく唸った。
「噂は本当だったか」
「………噂?」
「深町が常に学年トップってことだよ」
「はぃ!?」
初めて耳にする噂話に、俺は素っ頓狂な声を上げて深町を見た。
深町は否定も肯定もすることなく、俺を見返すだけだった。
「…そ、それは事実なんですか深町さん」
「その点数、見れば分かるんじゃない?」
しれっと言う深町に、俺は頭を抱えた。
授業を真面目に受けてない…って言い方は、失礼か。
事情があって受けることが出来ない生徒が、こんなにも高得点を叩き出して良いのだろうか。
「俺、テスト前は家で真面目に勉強してるからな。学校じゃ寝てるけど」
「独学でこんな…?」
「ま、生まれ持っての才能ってことで」
「ムカつく! でも…そうか。だから深町は寝まくっているくせに、注意されるだけで済むのか」
教師に目をつけられまくっているわりには、処分がくだされることがないもんな。
学力に秀でていると、やっぱり普通の生徒よりも許されることが多くなるんだろう。
…俺が教師に小言を洩らされるのは、深町に罰を与えたくても与えられないからなのだろうか。
「あーあ、深町って頭悪いイメージあったのに。何だよー」
「委員長、一度殴ってもいいか」
「止めていただきたい」
手をポキポキ…いや、むしろヴォキヴォキと鳴らす深町に顔が引き攣る。
本気で殴られたら相当、痛そうだ。
「深町。言っておくけど、委員長に手を出したらただじゃおかないからな」
「そっ、そうそう! 俺には正義のヒーロー、岡崎がついてるんだっ。殴りかかってみろ、深町なんて返り討ちだーっ」
「………はっ」
心底くだらなさそうに深町は鼻で俺たちを笑うと、テストを持って離れていった。
「あ、あの嘲るような笑みが憎い…!」
「嘲るようなも何も、思い切り馬鹿にされてたな」
「くっそー。いつかあの前髪引っ掴んで抜いてやるからなぁ…ッ」
俺の不穏な発言に岡崎は苦笑いを浮かべて、机に浅く腰掛けた。
「こらこら、そんな所に座るんじゃありませんっ」
「委員長、机とは座席にもなる素晴らしく便利なものなのだよ」
「そんなわけないだろ! 岡崎、行儀悪いぞーっ」
「まぁまぁ。それよりも、さ。委員長…最近深町に対して怒らなくなったよな?」
「…ん? ついさっき、腹を立てていましたが?」
「いや、そうじゃなくってだな。ほら、授業中に眠ってても注意しなくなっただろ?」
「あー…」
借金を返すために深町は遅くまでバイトをしていて、そのせいで授業中に眠ってしまう。
そう、知ってしまったからな。
注意なんて出来るはずがない。
「いろいろ、深町にも理由があるんだって分かったから」
「へぇ? どういうワケだったのさ?」
「えっと…」
正直、言っていいことなのかどうか迷うな。
俺が岡崎に言ったところで、彼が深町家が借金を抱えていることをみんなに話すだなんてことはないだろう。
だから噂話として広がる心配はないけれど…。
それでも、家庭の事情を勝手に話すのは、気が引ける。
「…話したくないようなことなら、無理に言う必要はないからな。委員長が納得するような理由なら、ちゃんとしたものなんだろうし」
「岡崎…。お前って、本当に良いやつだよな」
「いや、深町の事情にそれほど興味がないだけだ」
「何だそりゃっ。俺だったら凄く気になるけどなぁ」
「委員長、知りたがりだからな」
「貪欲に知識を欲するのは、悪いことじゃないはずだ! …時と場合によるけども」
「それが分かってるのなら、良いんだけど?」
皮肉を言ってきた岡崎に向かって、俺は不満を込めて唇を尖らせた。