11. 陣side
精神の疲弊は思った以上に身体を蝕むらしい。
ここ最近の無理がたたったのか、俺は授業中に倒れて保健室に運ばれてしまっていた。
両瞼を軽く閉じ、深呼吸をする。
体調管理が出来ないなど余裕がない証拠だ。
情けなさに歯噛みしていると、保健室の戸が開けられる小さな音が聞こえてきた。
保険医が職員室から戻ってきたのだろうか。
足音は真っ直ぐに俺の寝ているベッドへ近づいてくる。
シャッと短い音と共に、カーテンが開かれた。
「っ……」
保健室のベッドというのはそれぞれ個別のカーテンがついている。
プライバシーの保護のために存在するそれを、許可なく開くのは如何なものか。
眉を顰めるものの、面倒で目を開ける気にもならない。
それくらいに気だるく、疲れていた。
「辻村、大丈夫か?」
聞き覚えのある声と共に、ふわっと額に柔らかなものが乗せられた。
手と推測されるそれはひんやりとしていて気持ちがいい。
重たい瞼を何とか開いてみると、心配そうに俺を覗きこんでいる二宮の顔があった。
ということは、これは二宮の手なのだろうか。
「熱……はあるわけじゃないみたいだな。よかった」
すぐに引かれていってしまう手が何だか名残惜しくて、ついその腕を掴んでしまう。
二宮は驚いたように目を丸くしたが、柔らかく細めると再び手を額に置いてくれた。
そっと両目を閉じてその心地よさに酔う。
「倒れたって友達から聞いて、かなりビックリしたんだからな」
「悪い。――って、お前は何をしてるんだ!?」
「わぁっ!?」
勢いよく上半身を起こすと、俺は二宮の胸倉を掴みにかかった。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
一体どうして、こいつがここに来ているのだ。
「きゅ、急にどうしたんだよ!」
「お前、何考えてるんだ!?」
「……それ、昨日も訊いてきた」
二宮は拗ねたようにそっぽを向いた。
そんな反応をするくらいなら、同じ質問をさせるようなことをしないでもらいたい。
俺は何とか苛立ちを胸の奥に抑え込むと、二宮から手を離した。
「辻村が思ってる以上に、オレはちゃんと考え事してる。ここに来たのだって……」
二宮は黙り込むと、じとっと俺を睨みつけてきた。
二宮には二宮なりの理由があっての行動なのかもしれないけれど、やはり俺には理解出来そうもない。
犯される危険を無視してまでも傍に来る意味がどこにある。
それともまさか本気で強姦されることが好きだったりするのだろうか。
もしもそうだと仮定するならば、今までの行動が無駄に終わってしまう。
俺の目的は二宮光を精神的に追い詰め人格を破壊させること。
間接的ではあるものの二宮直純へのダメージへ繋がるからだ。
けれどこれでは――。
「まさか趣味だったとは、本当に予想外だった」
「え? ちょ、何か……よく分からないけど辻村の考えていることは、多分きっといや絶対に間違ってるからな!」
必死なところがまた怪しい――わけがない。
俺は阿呆な考えを払拭するように軽く頭を振ると、二宮の腕を掴んで引き寄せた。
引っ張られるがままにベッドに乗り上げた二宮は俺の目的に気づいてしまったらしい。
すぐに離れようとしたものの、そんなことを俺が許すはずもなく、押し倒して組み敷いてやる。
「辻村! 体調悪いんだろ? だったら……っぁ」
首筋に顔を埋めると、髪の毛の感触がくすぐったいのか二宮は少しだけ身を捩った。
洋服を肌蹴ながら唇の位置を少しずつ下げていく。
ふと視線を二宮の顔へ向けると、潤んだ琥珀色の瞳と目が合った。
頬は耳まで上気し、肌には無数の紅が散っている。
白く透けるような肌はそれらの色彩を際立たせていて、知らず喉を鳴らしてしまった。
たいして湿ってもいない舌で、乾いた唇を舐める。
興奮しているのだろうか。
――無理やり犯すことに?
ひんやりとした手に、心臓を鷲掴にされた気がした。
眼球の奥が急速に熱くなり、視界がぼやけ始める。
鼓動にあわせて、胸が刺すように痛んだ。
「オレ、知りたいんだ」
不意に聞こえてきた声に、訝しげに二宮を見る。
二宮は穏やかな光を瞳に浮かべると、俺の胸に優しく手を触れさせてきた。
先程まであった息苦しさが、すっと消えていく。
「……知りたいって、何をだ」
「辻村を」
二宮の言葉は断片的過ぎて、意味が汲み取れない。
俺の何が知りたいのか。知って何をしたいのか。
意図も目的も図れなかったが、俺は気にせずに行為を再開することにした。
「っ…辻村の……考えとか、いろいろ……ぁ、んっ…」
下着の中にあった二宮のものは、既に勃ち上がり始めている。
押し潰すように強く亀頭を擦ってやると、そこは縮こまるどころか雫をしとどに垂らしていった。
「痛い方が感じるのか?」
「うるさっ……は…ぅ…!」
窄みに挿入した指を動かし、二宮が感じる箇所をからかうように突付いてやる。
二宮はきゅっと唇を引き結ぶと、俺の制服をゆるく掴んだ。
「何だよ。もう欲しいのか?」
「違うっ。人が話してるのを邪魔するなって――」
「二宮が俺を知ったところで、何も変わらないし何も出来ない。俺はお前を犯す存在。それだけ認知しておけ」
「いやだ」
琥珀色の瞳に力強い光が灯る。
こうもハッキリ断られるとは思っていなかった俺は、戸惑いつつズボンの前を寛げた。
二宮の後腔に張りつめた先端を押しつけ、一気に挿入する。
「くっ、ぅあ……!」
「ほら、自分で動けるだろ? 腰動かせよ」
「あっ、あっ、無理…ん、ぁっ」
出来ないと首を横に振りつつも、二宮の腰はいやらしく動いている。
軽く突き上げてやると白濁が散った。
ほんのりと桜色に染まる肌に精液が絡みつく様子は、ひどく倒錯的で眩暈さえ覚える。
「……イクの…早すぎだろ」
「だっ…てぇ……ぁあっ」
達したばかりの二宮のものを掴み、激しく扱いてやる。
二宮の中はその刺激を悦ぶように俺のものを強く締め付けてきた。
搾り上げられるような感覚に、膨れ上がった欲望を脈動とともに解放する。
「はっ……く…」
「ひぁっ、あぁっ」
二宮は小さく身震いすると、動かなくなった。
ずるりと中から自分を引き抜き、気を失ってしまった二宮を見つめる。
胸の痛みは微かに残っていたけれど、温かいもので満たされてもいるようだった。
どうしてなのか詳しいところまでは分からないが、二宮が関係していることは確かだろう。
――嬉しい、のだろうか。
俺を拒絶することなく、理解しようとしてくれているこいつの存在が。
芽生えた気持ちに戸惑いながら、そっと二宮の頬を撫でる。
柔らかな感触。温かなぬくもり。
あどけない寝顔とは対照的に、腹部にはべっとりと精液が付着している。
いくら復讐のためだとはいえ、二宮をこんな目に遭わせ続けていて本当にいいのだろうか。
「……っ」
俺は短く息を吐くと、左右に首を振った。
いけない、心が揺さぶられている。
こいつは二宮直純の息子。
俺を今の家の子供にしてくれやがった、憎い男の子供なのだ。
二宮光を痛めつける理由など、それだけで十分だ。