12. 光side
見上げた空は黒に塗りつぶされ、まだらに星が瞬いている。
今日は学校から帰るのが大分遅くなってしまっていた。
いくらテストが近いとはいえ、もっと早めに先生への質問を切り上げるべきだったのかもしれない。
遅くなると携帯電話でメールは送ってあるものの、きっと両親は心配しているだろう。
もしかしたら怒られるかもしれない。
落ち着かない気持ちで、電車が来るのを人気のない駅でじっと待つ。
「あ〜、電車はまだかよぉー?」
「もーすぐ来るってぇ〜」
呂律の回っていない、妙に浮かれた声が耳に入った。
振り返れば、ふらふらとした足取りで歩いているサラリーマンが四人いた。
かなり酔っているらしく、近づいてくるにつれて鼻腔をくすぐる酒の臭いが強くなる。
思わず顔を顰めると、一人と目が合ってしまった。
「おぉ? 見てみろよ、あれ」
「んん〜? 可愛い顔してんなぁーっ。背も低いし、女みてぇだ」
「下はちゃんとついてるんですかー?」
下品な笑い声と言葉に顔を背ける。
こういう輩とは極力係わり合いを避けるべきだ。
けれどそんなオレの態度が男たちは気に食わなかったらしく、苛立ったように眉間をひくつかせながら近づいてきた。
「てめぇ何だその目は。文句あんのかよ? 襲うぞコラ」
「お、いいな〜。ヤッちまうか!」
男たちはゲラゲラと笑い声を上げながらにじり寄ってくる。
けれど目は据わっており、舌なめずりをしている者さえいた。
冗談ではなく本気らしいその様子に、顔から血の気が引いていく。
大人の男が四人一斉に襲い掛かってきてみろ、いくら何でも抗いきれない。
「そんな怖い顔しないで〜」
「おじさんたちが悦くしてやるからさぁ」
「オレに寄るな……っ」
ゆっくりと後退していると、突然背後から肩に手を置かれた。
心臓が飛び跳ね、悲鳴が出るかと思ったが、伸びてきた手に口を塞がれてしまう。
まさか後ろにも仲間がいただなんて……ッ。
「んぅーっ。んっ…ふ……!?」
いくらもがいても手は離れず、焦りに動悸が激しくなっていく。
けれど不意に、嗅ぎ覚えのある香りが鼻先を掠めてきた。
何よりオレの口を押さえているこの手から感じられる温もりは――辻村のものではないのか。
両肩の力がふっと抜け落ち、背後へもたれかかるとしっかりと支えられた。
「性欲の処理だったら、そのテの店に行ってもらえないか」
口元を覆っている手に、そっと自らの手を重ねる。
少しだけ顔を動かして後ろを見れば、藍色の瞳が前を見据えていた。
「こいつ、俺のだから」
凛とした響きを持つ声に、男たちは驚いたように目を広げる。
オレはというと、それとはまた別の意味で驚いていた。
まさか辻村がそんなことを言うとは思わなかったのだ。
『俺のだから』――手を出すな。
勝手に続きを想像して、頬だとか耳だとか心臓だとか、とにかく身体の色々なところが熱くなった。
その場凌ぎの嘘だと分かってはいるものの、鼓動が高鳴ってしまう。
「チッ。興ざめだな」
「あーはいはい。分かりましたよぉ」
男たちは辻村の言葉に酔いが醒めたのか、冷やかすような視線をオレたちに寄越して去っていった。
辻村の手が口元から外される。
お礼を言わなければ……そう思うものの、声が上手くでてこない。
言葉がどうしても喉元でつっかえてしまう。
そっと視線を上げると、辻村が訝しげに見てきていた。
オレは一体、何を動揺しているのだろう。
深呼吸をして気分を落ち着かせると、オレは辻村を真っ直ぐに見つめ返した。
「助けてくれてありがとう」
「……二宮を助けたわけじゃない。あの男たちが気持ち悪かったから、早くどっかに行って欲しかっただけだ」
「それでもオレは嬉しかった。あんな大勢に犯されたくなんてないからな」
ギラついた眼、蛇のように怪しげに動く赤い舌、荒い息。
オレを襲おうとした男たちを思い出して身震いする。
あんなにも生理的な嫌悪を感じたのは初めてだった。
おそらくされることは、普段から辻村がオレにしてくることと大差ないはずなのに。
どうしてあんなにも危機感を覚えたのか――いや、むしろどうして辻村相手だと平気なのか。
先程から様々な感情と疑念が浮かんできて、わけが分からなくなりそうだ。
「……輪姦かぁ」
ふっと、思いついたように辻村が口を開いた。
怪訝気に彼を見上げ、オレは氷ついてしまう。
辻村はぞっとするほど綺麗な笑みに唇をしならせていた。
瞳に宿る眼光は鋭く冷ややかで、いつもは美しい藍色は濁っている。
「つ、辻村?」
くくっ、と辻村の喉が鳴った。
何を考えているのか……聞きたくもない。
思わず視線を逸らしたオレの耳に、吐息交じりの声が届いてきた。
「――あぁ、それもいいかもな」