16. 光side
喉が締め付けられているような感覚に、薄っすらと瞼を開く。
そうしてぼやけた視界に入ってきた天井は、見覚えのないものだった。
背中には柔らかな感触がある。
どうやらオレはベッドで眠っていたらしい。
「お目覚めか? 淫乱なお姫様」
「っ……!?」
辻村の声に上半身を跳ね起こすと、ジャラリと聞きなれない音が立つ。
金属が擦れるようなそれにおそるおそる視線を落とせば、自分の首から銀色に光る鎖が繋がっていた。
信じ難い光景に目を見開く。
どうしてこんなものがつけられているのだろうか。
「正直、鎖と首輪が二宮にここまで似合うとは思ってなかったよ。しばらくこの部屋で過ごしてもらうから、覚悟するんだな」
「な、何言ってんだよ? ふざけるのもいい加減にしろよ!」
辻村の胸倉を掴もうと手を伸ばすと、腰に激痛が走った。
今まで感じたことがないほど強烈なそれに、たまらずベッドに倒れこむ。
一体自分の身体はどうしてしまったのだろうか。
腰だけでなく、体中いたるところにひどい疼痛を覚えていた。
「痛いのか? まあ当然だろうな。結構、乱暴に犯されてたみたいだし」
辻村の言葉に心臓が大きく脈打ち、同時に霞がかっていた記憶が鮮やかに蘇ってきた。
伸ばされるたくさんの手、体中を這いまわる舌、失神するまで貫いてきた男たちの――。
「ぁっ、ぁああ……!?」
映像や音声のフラッシュバックに、身体がガクガクと震え始める。
両腕で自らを抱きしめるようにすると、辻村が興味深そうに顔を覗き込んできた。
「なぁ、どうだった? いろんな男に犯された感想、聞かせろよ」
「っ……!」
悔しさと悲しみと怒りに、目の奥が熱くなる。
どれだけオレが辻村に救いを求めていたのか、分からなかったのだろうか。
辻村が部屋を出て行ってしまってからも、帰ってきてくれるのを信じてずっと待っていたのに。
それとも辻村には、オレが悦んでいるように見えていたのだろうか。
「さい…あくだ……。お前、意味わかんねぇ。何でオレを犯させたんだよ? オレが他の男に善がってるところが見たかったのか? なぁっ!?」
辻村の制服を引っ掴んだまま泣き喚く。
こんな目に遭わせられなければならない理由が、オレの一体どこにある。
辻村を苦しめるようなことをした覚えは全くない。
それとも何か――オレの“知らないこと”でもあるのだろうか。
「……二宮?」
「そうだ……。オレは……まだ、何も分かってない……」
怒りに目が眩んで、あやうく忘れてしまうところだった。
辻村が悲しげな顔をすること、その理由を知るために彼を理解しようと思ったこと、犯されるオレに辻村が怒っていたこと。
――辻村がやりたくてやっているわけじゃないって、オレは初めから気づいていたじゃないか。
だったらここで辻村に感情をぶつけることは、何の意味も持たない。
オレは涙を袖で拭うと、辻村の顔を見据えた。
「オレにこういうことをしなくちゃいけないような理由が、あるんだよな?」
「そんなものはない。俺が楽しみたいからやってるだけだ。……そう言ったら、どうする?」
「どうもしない。だって辻村は嘘つきだから」
「……俺の言うことは信じない。そういうことか?」
辻村はふっと嘲るような笑みを浮かべると、オレのことを押し倒した。
二人分の体重を受けて、ベッドは深く沈みギシリと小さな軋みを上げる。
苛立っているのか辻村は荒い手つきで制服越しに肌を撫でてきたが、オレは臆することなく頷き返した。
「お前……っ」
「辻村が信用を失うようなことばかりしてくるから悪いんだろ。もう疲れたんだ。お前の言葉に振り回されるのは散々だ。だからこれからは、オレはオレが本当だと思うことだけを信じる」
辻村の首の後ろへ腕をまわし、そっと彼の身体を引き寄せる。
どんな理由があるにせよ、自分の心に嘘をつくというのは、きっと凄く辛いことだ。
だから不意に表情として、抑えきれない本当の気持ちが現れてしまう。
「辻村が苦しんでるのは分かるから、オレも酷い目に遭っても我慢する。……傍にいるから」
辻村の身体が強張るのが、抱きしめている腕から伝わってきた。
重なっている胸からは、動揺が早まった鼓動として伝えられる。
「……俺は苦しんでない。何を馬鹿な勘違いしてるんだ、二宮は」
「勘違いだって構わない。さっき言ったばかりだろ? オレは自分が感じたことだけを信じるんだから」
おそらく辻村は、嘘から零れ落ちている感情の存在を知らない。
だからこそ傍にいて、それこそが辻村の願いであるのだと気づかせてやらなければならない。
そうしなければきっと――辻村は壊れてしまうような気がするから。
「……二宮は懲りないな。自分が後悔するような、誤まった選択ばかりし続ける」
「似たようなこと、前にも言われた気がする。……確か初めて辻村を家に呼んだとき、だっけか? でも辻村の傍にいるって決めたこと、オレは選択ミスだとは思わない」
だって辻村の浮かべている表情が、柔らかいものに変わったから。
微笑みあうことが出来たのに、どうして後悔などしようか。
和やかな空気が心地よく、しばらくの間、オレたちは黙ったまま視線を絡ませていた。