17. 陣side
重く圧し掛かっていたものが払拭されたような気がしていた。
穏やかな気持ちのまま腕の中にいる二宮へ視線をやれば、はにかむような笑顔が返ってくる。
もしかしたら俺は、二宮に拒絶されなかったことに安堵しているのかもしれない。
「あ、あのさ……辻村。えっと、今日はもう……シないのか？」
「何をだ？」
「だからっ……ほら、アレだよ。アレ！ 毎日やってるやつ」
「……セックスのことか？ お前、散々犯されたくせにまだヤりたりないのか」
驚いた表情を浮かべると、二宮は心外だとばかりに眉を吊り上げた。
ぽぽぽっと赤らんでいく頬が可愛らしい。
「ヤりたりないわけがないだろ！？ 腰はすっごく痛いし、中はヒリヒリするし、喉だってイガイガして上手く声が出せないしっ」
「じゃあ何でそんなこと訊いてくるんだ」
「だ、だって……。今日は知らない男たちとはシたけど、辻村とはシてないから」
俺は二宮のことを見つめながら、どう反応してやるべきか考えあぐねていた。
おそらく“俺に犯される”ことが日常化している二宮にとって、今日のような“俺に犯されない”日には違和感があるのだろう。
二宮はそれを考えなしにただ口にしているだけなのだと理解していても――誘っているのだとしか思えない。
「何だよ。……罵りたいなら、いつもみたいに罵ればいいだろ。どーせ淫乱とか思ってるくせにっ」
二宮は俺に背を向け、首輪についている鎖をジャラジャラと激しく鳴らしだした。
髪の隙間から覗く耳はほんのりと上気していて、照れ隠しなのは一目で分かる。
放っておけばいつまでも音を立て続けていそうな二宮の手を止めると、俺はゆっくりと顔を近づけていった。
状況を把握出来ていないのだろう琥珀色の目が、戸惑いに揺らいでいる。
「バカかお前は。こういうときは目、閉じろ」
「え？ ん…ふ……っ」
言われるがままに瞼を閉じた二宮に、小さな愛しさを感じながら口付ける。
重ね合わせた唇は弾力があり、緊張しているのか固く引き結ばれていた。
けれど舌先で合わせ目をなぞってやると、二宮は無意識なのか誘っているのか分からないが、薄っすらと唇を開いた。
するりと舌を滑り込ませれば思いのほか熱い二宮のそれと触れ、ドキリと心臓が跳ね上がる。
……キスをするのは、初めてだった。
幼い頃から色々と仕込まれてきたけれど、あの男が俺とのキスを望んだことはなかったし、当然俺が望むこともなかったから。
ならば何故、二宮にキスをしているのか。
考えれば今なら答えが出たかもしれないけれど、俺はそれをあえて放棄し、唇を離した。
「……なんで、キスするんだ。今までしたことないだろ？」
「理由なんてない。したくなったからしただけだ。……それより、寝てろよ。疲れてるんだろ？」
「でもまだ――」
「セックスはしない。……二宮の体調が治ってからだ」
不思議そうに目を瞬かせる二宮を残して、部屋から出る。
まさか二宮を気遣う日が来るなんてな。
最近、自分は絶対にしないと思っていたことばかりをしてしまっているような気がしてならない。
自嘲していると、ギィッ、と廊下の軋む音が聞こえてきた。
「お前……随分、二宮光と仲良くやってるじゃないか」
こちらへと歩いてくる、忌々しい男の声に顔を顰める。
どうやら覗き見されていたらしい。
二宮とのやり取りを全て見られていたのだと思うと、背筋がぞっとする。
「どういうつもりなんだ？ 俺は馴れ合いをするために、あの部屋を使うことを許したわけじゃない」
「……俺だって、別にそういうつもりじゃ」
「だったらどうして襲わなかった。お前が何をしたのか知らないが、二宮光は憔悴しきっているだろう？ そういうときこそ強姦しなくてどうする。それとも……絆されたとでも言うつもりか？」
――絆されている。
俺が、二宮光に？
くらりと眩暈を覚えて、俺は壁に手を着いて身体を支えた。
「あいつと親しくなることは絶対に許さない。……お前がどうしても手が出せないなら、変わりに俺が痛めつけてやろうか」
「え……？ それは、アンタが二宮を犯すってことか！？」
「そのつもりだが？ 嫌ならさっさとお前が二宮光を壊せ。一週間以内だ。分かったな！」
男は苛立ったように壁を拳で殴りつけると、廊下の奥にある寝室へと消えていった。
威圧感がなくなったことで脱力した俺は、ヘタリと床に座り込んだ。
二宮があの男に陵辱されることだけは、絶対に避けたい。
そう思ってしまうのは俺が二宮に絆されてしまっているからなのだろうか。
二宮直純の息子なのに。
「っ……ぁ、あ……！」
激しい頭痛に頭を抱え込む。
自分が何をしなければならないのか――何をしたいのか、分からない。
俺は廊下に蹲ったまま、しばらくの間、動くことが出来なかった。