20. 光side
喉を圧迫していた首輪が外され、カシャンと音を立てて床に落ちた。
辻村は何を考えているのか読み取れない表情で俺を見ている。
「何で首輪、外すんだ?」
「必要ないからだ。最初っから最後まで勝手で悪いけど……もう家に帰ってくれ」
オレは辻村の言葉に目を見開いた状態のまま、固まってしまった。
彼の目的は復讐で、監禁もそのためにしたはずだ。
それなのになぜ――戸惑うオレを余所に、辻村は立ち上がると部屋のドアを開けた。
「ここから先は黙って移動しろ。いいな? 絶対にしゃべるなよ」
「は? い、意味わかんないから。ちゃんと説明……」
「静かにしろって言ってるのが分からないのか」
辻村はオレを一睨みすると、手を引いて歩きだした。
やけに辺りに気を配っている彼は、もしかしたら父親の存在を気にしているのかもしれない。
真意は定かではないが、辻村が何かに怯えていることは繋がっている手から伝わってきていた。
微かに震え、湿っているそれを元気付けるように強く握り返す。
辻村は驚いたようにこちらを肩越しに振り返ると、切なそうに目を細め、すぐに前を向いてしまった。
「……ほら。もうお前は自由だから。出来れば走って帰ってくれ」
玄関に辿り着くと辻村はドアを開け、急かすように早口で言った。
けれど彼の言う通りに、すぐさま走っていけるはずがない。
辻村がオレを憎んでいようと苦しんでいることは確かだし、何よりまだオレは彼の傍にいたかった。
そんなオレの気持ちを汲み取ったのだろう辻村は、視線を鋭いものに変えた。
「この際だから、お前が知りたがってるだろうことを教えてやる。俺はな、お前の父親が大嫌いなんだ。もちろん、その息子であるお前もな。だから――」
「オレを苦しめたかった。それが監禁した理由か」
「ああ。でもこれ以上、続けていても意味がないと分かった。もっと簡単に壊れると思ってたのに、予想以上にタフなんだもんな。お手上げだよ。これが、俺がお前を自由にするって決めた理由だ」
辻村は一度口を噤むと、躊躇うような素振りを見せてから口を開いた。
「それにな……正直、迷惑なんだ。お前の気持ち」
「傍にいるって言ったことか?」
「それもある。他にもいろいろな。悲しそうだとか、知りたいだとか。そういうの全部、うぜぇんだよ」
静かで、やけに淡々とした声だった。
いっそのこと怒鳴りつけてもらったり、いつもみたいに皮肉げな笑みを浮かべながら冷たく言われたりするほうが良かった。
そうだったのならば……こんなにも突き放されたようには感じなかっただろうに。
「根比べに俺は負けたんだ。もうお前には手を出さないし、当然、お前の父親にも手を出すつもりはない」
「だから……?」
「俺のことは忘れろ」
辻村は今後、オレとの関係を一切断つつもりなのだろう。
彼の口調からはその確固たる意思が感じられた。
それがいいのかもしれない。
辻村は普通の家庭の子どもではないし、オレの父さんとも因縁があるようだから、これ以上深く関わらずにいた方が、穏やかな生活を送れるに決まっている。
辻村自らが、普通の生活へ導いてくれているのだ。
これを拒絶することに何の意味がある?
「さよならだ。……光」
辻村はオレのことを突き飛ばして外に出させると、ドアを閉めた。
頭の中は真っ白になり、世界は足元からバラバラと崩れていく。
平衡感覚を保てずにたたらを踏むと、急激に目頭が熱くなっていった。
どうして最後の最後に、名前を呼ぶのだろう。