7. 陣side
二宮光の家から逃げるように自宅へ帰った俺は、ベッドに倒れこんだ。
ひどく瞼が重いが、身体が疲れているわけではない。
精神が磨耗しているのだ。
胸の疼きはますます強まり、吐き気さえ込み上げてきて、えづきそうになる。
『何でそんな、悲しそうな顔をしてるんだ』
二宮が犯されながら、俺に対して放った言葉。
そんな表情を俺はしていたのだろうか。
――していたのかもしれない。
事実あのときは、今以上に苦しくて堪らなかったから。
「……くそ。最低だ、俺」
感情を抑えきれず、二宮に当たってしまった自分の幼稚さに歯噛みする。
どっと後悔が胸に押し寄せてきていた。
明日になったら、許してもらえるかどうかは分からないけれど謝ろう。
……結果はどうだっていいのだ。
ただ誠意を伝えたい。
あんなことをしておいて、誠意も何もないかもしれないが。
軽く自嘲していると、男が乱暴に扉を開けて室内に入ってきた。
「おい、何してんだ! とっとと俺の部屋に来いッ」
男は苛立ちを露に俺の腕を掴みあげた。
普段は白い頬は真っ赤で、濃い酒の臭いが鼻につく。
この男は昔から酒が入るとひどく乱暴になるから、こういうときにセックスの相手をするのは怖かった。
それでもしないわけにはいかないので、俺は腕を引っ張られるがままに男の部屋に入った。
「ほら、早く脱げ! 俺が相手してやるって言ってんだぞ」
傲慢な態度、体中を舐めまわされているような錯覚に陥らせる不躾な視線。
俺は唇を色が変わるほど強く噛みながら、手早く身に着けているものを脱いだ。
男は舌なめずりをするとベッドに乗り上げ、ジーパンから勃起しきったそれを取り出す。
赤黒く変色したグロテスクなそれに思わず目を背けそうになりつつも、俺はそっと手を伸ばし、優しく扱いてやった。
気持ち良さそうに目を男が細めるのを視界の隅に捉え、ほっと安堵の息をつく。
それから自ら誘うように脚を開いた。
「言うことがあるだろ?」
「っ……はっ、ん……ください。俺の中、突いて……っ」
恥辱に頭が真っ白になりそうだ。
それでも俺は、男が気に入るような言葉を懸命に考えて口に出していく。
男は満足そうに笑むと、俺の腰を引き寄せ、猛々しいそれで貫いてきた。
「っ…あ、ぅ……!!」
押し入れられた熱棒に全身を強張らせる。
身体的には十分逆らえるはずだった。
この男よりも既に俺の方が背は高いし、力だってあるのだから。
それなのに逆らうことが出来ないのは、きっと幼い頃から植えつけられた服従心のせいだ。
「おらっ、もっと腰振れよ!」
「ぅ……いっ、た……!!」
言うことをきいてさえいれば酷いことはされない。言うことをきかなければ酷いことをされる。だったら素直に従うまで。
そんな一連の流れが、俺の中では形成されてしまっている。
自分があまりにも惨めで涙を滲ませると、ふっと二宮の顔が頭の中に浮かんできた。
今、あいつは何をしているのだろう。
暖かい部屋で、温かい家族に囲まれて、美味しい料理を食べて、あの可愛らしい顔いっぱいに笑顔を湛えているのだろうか。
もしくは俺にされてしまったことを嘆き、両親に慰められているのかもしれない。
どちらにせよ、幸せな家庭を築いていることに差異はない。
俺と同じ血を分けた兄弟なのに、どうしてこうも境遇が違うのか。
「……はぁ、はっ…。ぁああ……ッ!!」
悔しい。憎い。
不意に湧き上がったおぞましい感情は、炎のように激しく、大きく燃え上がっていく。
あいつの家庭を、あいつ自身を、滅茶苦茶に――壊してやりたい。
負の感情は先程抱いた二宮への罪悪感をも呑み込み、膨らんでいった。
制することなど、出来ないほどに。
俺は額をシーツに擦り付けるようにしながら、汚らしい男の掌に精液を放った。