8. 光side


結局オレは父さんにも母さんにも、何も相談は出来なかった。
辻村とは学校に行けば出会うことになるだろうから、休む方が懸命なのかもしれない。
けれど――きゅっと唇を引き結び、瞼を瞑る。
あの悲しそうな表情が、昨日からずっと頭から離れない。
きっとあの行為は、辻村が望んでやったことではないのだ。
確証はない。けれど確信はあった。
だからこそ、オレはいつも通り学校に通うことにした。

「ぁー…っ。何だこれ……?」

腰が痛いのは昨日の行為の名残なのだろうか。
歩くたびにズキズキする腰を触りながら辺りを見まわしてみるが、まだ朝早いせいか廊下に人気はなかった。
もう少し家でのんびりしていても良かったのだけれど、オレの様子が昨日から可笑しいことに勘付き心配してくれている両親の前では、どうにも居心地が悪くてくつろげなかったのだ。
だからこうしていつもより早めに家を出たわけだけれど、特にやることはないし身体は痛いし、やっぱりもっと遅く出てくれば良かった。
軽く後悔しつつ廊下を歩いてると辻村の姿が目に入り、思わず足を止めてじっと見つめてしまう。
辻村は開いた窓から遠くを眺めているようだった。
ときおり吹き込む風によって前髪が揺れる。
ふっと、前を見据えていた辻村の視線がこちらに向けられた。

「……っ」

小さく息を呑む。
辻村も同様に、オレの姿に息を詰まらせたようだった。
瞳が戸惑ったように揺れているのは、罪悪感の表れなのだろうか。
けれど辻村が見せた感情の揺らぎは一瞬だけで、すぐに皮肉げな笑みが口元には浮かべられた。

「よくもまぁ、来れたもんだな。また犯されるかもしれないのに。それとも、そうなることを期待してるのか?」

くつくつと喉の奥で笑うような声に眉を顰める。
辻村はゆったりとした足取りでオレに近づくと、腕を掴んできた。
そのまま引き寄せられ、耳に吐息を吹き込まれる。

「んっ……!」
「そんなに悦かった? 俺とのセックス」
「つ、辻村……ッ」

オレは辻村を突き飛ばした。
数歩よろけるものの、辻村はおどけたように笑みを返してくるだけだ。
何だかその表情は昨日以上にひどく危ういものに思えた。
あの後、辻村に何かあったのだろうか。

「どうしたんだよ、お前!」
「どうって? 二宮が何のこと言ってるのか分からないな。それよりこっちに来いよ」

辻村に腕を引っ張られ、男子トイレに連れ込まれる。
乱暴に個室の中に押し入れられた。

「ちょっ……」
「ヤりたかったんだろ?」
「何言って……っ」

辻村は自分も個室の中に入ると、ドアに鍵をかけた。
カシャン、と虚しい音が響く。
辻村はオレを思い切り壁に押し付けると、膝で股間を押し上げてきた。

「ぁっ、く……!」
「何だ? 硬くなってるじゃないか。とんだ淫乱だな、お前」
「やめっ…ぁ……!!」

ぐりぐりと刺激されて、痛みとも快楽ともいえない掻痒が生じる。
逃れようと身を捩ると、ネクタイを解けられた。
昨日の記憶が蘇ってきて、身体だけでなく頭も白熱していく。
それでも流されてたまるものかと抵抗を続けていると、両瞼にネクタイを押し付けられた。
視界が突然闇に包まれたことで、驚きに声を上げてしまう。

「静かにしろ。あんまり声出すと、生徒に気づかれる」

辻村の言葉に口を塞ぐ。
耳を澄ますと、コツコツと歩いてくる足音が聞こえてきた。
誰かがトイレに来たらしい。
息を潜めていると、きゅっと後頭部がネクタイによって締め付けられた。

「な、に……? 」
「人間五感の一つでも失うと、他の感覚が敏感になるっていうからな。目隠しだ」

辻村は耳元で囁いてきた。
吐息が耳朶にかかり、ぞくりと震えが走る。
声が漏れそうになるのを堪えていると、ズボンが膝下まで引き摺り下ろされてしまった。
下着も一緒に下ろされたのだろう、ひんやりとした空気が下半身を包む。
不意に、下股の中心を握りこまれた。

「ぅんっ……」

緩やかな動きで、上下に擦られる。
辻村が指で弄っているのだろう。
亀頭を強く扱かれ、つい腰を揺らめかしてしまった。
淫乱、と再び罵られたような気がして、恥ずかしさが込み上げてくる。

「っ、ん…ぅ……」

個室の外側に誰かがいる気配はまだ感じられていた。
手で口元を覆い、必死で声を噛み殺す。
けれどオレが快楽に抗えば抗うだけ、辻村の指の動きは卑猥さを増した。
鼓動が激しくなり、下股の中心が熱く脈打ちだす。
まるで心臓が二つあるかのようだった。
きっと辻村の指先は、オレが溢れさしたものでぬるぬるになっているのだろう。

「ぁふっ……ひっ…」

頭の芯が痺れていき、滲んだ涙はネクタイに吸い込まれて染みを作る。
苦しさに大きく息を吸うと、左足の膝裏に辻村の腕が入り込み、引っ張り上げられた。
ぐっと窄みに先端を宛がわれて、声と共に息を呑み込む。
解していないそこに、熱柱が突き立てられた。

「ぁぐっ……ぃ…ッ」
「二宮……」

目の前が痛みに真っ赤に染まる。
耐え切れずに辻村の制服にしがみつくと、乱暴に突き上げられた。

「あっ、ひゃっ……ぁん…!」
「声、もう抑えなくてもいいからな。出てったみたいだから」
「ふぁっ…! や、あぁ……っ」

辻村の切っ先が敏感な箇所を掠める度に、強烈な快感の波が襲い掛かってくる。
呑み込まれてしまいそうで怖くなって腰を引かせると、抱き寄せられてしまった。
制服越しに伝わってくる辻村の体温は、思いのほか熱い。
同じように辻村も感じているのだろうか。
オレが――感じさせているのだろうか。

「ぁ、あっ…ぁ……」

感情と言えるのかどうかも判らない何かが、胸に込み上げてくる。
けれど決して嫌なものではなく、それが逆に不思議だった。
一体これが何なのか、確かめるように辻村の背に腕をまわす。

「っ……お前!」
「辻村ぁ……っ」

辻村が息を詰める音が聞こえてきた。
同時に、強く腰を打ち付けられる。

「ん、ぅ…あぁーっ!」
「っ……ぁ」

熱が弾け、腹部に飛沫が散った。
それと連動して濁流のように中に辻村の精液が注がれていく。
とくん、とくん、と小さな脈動が繋がった部分から伝わってきていた。
瞼を閉じ、その心地よさに陶酔する。

「はぁ、はっ…。ん…」
「……外すぞ」

辻村の掠れた声の後、頭部の締め付けが緩んだ。
両瞼を覆っていたネクタイが外され、瞳に光が差し込んでくる。
キツク押さえつけられていたせいで視界はぼやけていたけれど、数度瞬きするとすぐにはっきりとしたものに変わった。

「二宮ってさぁ」

中から引き抜かれながら囁かれ、びくりと肩をすくめてしまう。
反射的に閉じてしまった瞼をおそるおそる開くと、辻村の双眸がすぐ近くにあった。
その深く澄んだ藍色に、吸い込まれそうになる。



「綺麗な目、してるよな」




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