11. それでもまた、恋を (有原視点)
教室で友達と弁当を食べていると、突拍子もない話が耳に入ってきた。
それは、相楽が日向と付き合い始めたというもの。
教室内は次第にその話題で埋め尽くされ、俺は苛立ちを隠さずに、勢いよく椅子から立ち上がった。
「おいっ。誰だそんな変な噂流したのは!?」
「あ、あのー…」
「てめぇかコラッ!?」
話しかけてきた男子生徒のネクタイを掴み上げる。
彼はひぃっと小さく声を上げて肩を竦めた。
「お、落ち着けよ有原〜。これは噂じゃないんだって!」
「はぁ? じゃあ、何だって言うんだ。事実だとでも? そんな馬鹿な話、あるかよ」
鼻で笑ってやると、男子生徒も俺の意見に賛同するように頷いた。
「そう思ったからこそ、確認を取ってみたんだ。事実なのかどうか」
「確認って、誰にだよ。日向にか?」
「いや、相楽に。そしたら、そうだって言うから…」
「――は?」
相楽から事実だと確認を得たっていうのか…?
言われたことが理解出来ない…受け入れられなくて、茫然となる。
男子生徒は俺の肩を、元気付けるようにポンと叩いた。
「俺はてっきりお前とデキてるんだとばかり思ってたんだけどな〜。まさか日向が相手だったとは。残念、有原。相楽は人を見る目がなかったみたいだな」
ありえない、と。
言おうとしたのだけれど、声が出なかった。
どうして相楽が日向と付き合うんだ。
だって不釣合いだし、何より相楽は彼のことを、好んではいなかったはずだ。
他の人間ならともかく、どうしてあいつと……。
いや、そうじゃない。
―――どうして俺がいるのに、他の人間と付き合うんだ。
俺は胸騒ぎと焦燥を感じながら、相楽に会うべく教室を駆け出て行った。
相楽の口から直接語られるまで、男子生徒の話は信じられなかったし、信じないべきだと思った。
「相楽…ッ」
彼が昼休みにどこで過ごしているのかは知っていたので、俺は屋上に真っ直ぐ向かい、ドアを開け放った。
すると相楽の隣に、当然とでもいうようにいる日向が、目に入った。
思考が一瞬、停止する。
どうして、二人が一緒にいるんだ。
「あ、有原。どうしてここに…?」
「お前こそ、何で…っ。ここで日向と、何してんだよ…!?」
相楽へと近づくと、日向が間に割って入ってきた。
憎たらしいほどの笑顔を浮かべて。
「恋人同士が一緒にいるのなんて、普通だろ?」
「……ふざ、けろ。何が恋人同士だ。なぁ、相楽。違うんだろ?」
肯定して欲しくて視線を向けると、彼はサッと目を伏せてしまった。
その意味を理解し、胃が、キリキリと痛みだす。
どうして何も言ってくれないんだ。
いつもみたいに、俺の目を真っ直ぐに見つめて、どうして…!?
「相楽、俺はっ」
「――有原」
俺の言葉を遮るように、相楽が強く名前を呼んできた。
俺が口を噤むと、相楽は日向を押しのけるようにして、目の前に来た。
切なげに揺れる彼の瞳が、俺を見つめる。
「もう、迎えに来なくていいから」
哀しそうな、けれどハッキリとした相楽の声が、耳を打つ。
それは俺を拒絶すると同時に、日向と付き合っていることを肯定する言葉だった。
満足そうに、彼の背後で日向が微笑むのが見えた。
ひどい、眩暈がする。
耐え切れなくなって、俺は床に手と膝を着いた。
「なぁ、相楽ぁ。教室戻ろうぜー」
「……ああ」
俺の隣を、日向と相楽が通り過ぎて行く。
俺は屋上の床を見つめたまま、顔を上げることが出来なかった。
バタン、とドアの閉められる音がした。
一人残された俺は、込み上げてくる熱いものに、両目を覆った。
冗談であって欲しかった。
けれど間違いなくこれは事実なわけで、俺はギリッと奥歯を強く噛み締めた。
「何か。何かあるはずなんだ…」
相楽は凄く悲しそうだったから。
きっと日向と無理にでも付き合わなければならない理由が、あるはずだ。
俺はそれを見つけて、解決し、彼を日向から解放してみせる。
――――絶対に。