12. それでもまた、恋を (相楽視点)
暴走族に追いかけられることはなくなった。
俺が日向と付き合うことになったからだろう。
けれど同時に、俺が有原と一緒に過ごすことも、なくなった。
「あ〜、いい天気だなぁっ。そう思わねぇか、相楽ぁ」
屋上で煙草をふかしながら、日向が背筋を伸ばした。
同意することもなく俺が弁当を食べ続けていると、彼は気に食わなかったらしく、胸倉を掴んできた。
「お前さぁ。俺様と付き合わせてもらってる自覚、あんのか?」
「……俺と一緒にいて不愉快な気分になるのなら、いつだって別れてくれて構わない」
「…チッ、ムカつく奴だなぁ」
日向は苛立たしそうに俺から手を離し、頭をガリガリと掻き毟った。
それから床に煙草を押し付けて火を消すと、深く息を吐き出した。
今日の彼はやけに、機嫌が悪いようだった。
「あーっ。相楽といい、有原といい…っとに腹立つなーっ!!」
「……有原? 有原がどうかしたのか?」
日向へと身を乗り出すと、彼はフンッと鼻を鳴らした。
「どーしたもこーしたもねぇよっ。あいつ、ここ最近ず〜っと俺たちのことつけてやがる。今日は珍しく、いないみたいだけどさぁっ」
「つけてる? どうしてだ?」
「そんなこと知るかよ。あいつに直接聞け!」
乱暴な物言いに、俺は黙り込んだ。
これ以上有原の行動について追求しても、無駄だろうな。
しかし一体、どうして彼がそんなことをする必要があるのだろう。
「……まさ、か」
不意に浮かんできた、有原の「相楽は俺が守るから」という台詞。
もしかして日向に襲われることがないよう、俺を見守っていてくれているのか?
……いや、勘が働く有原のことだ。
俺が日向に脅されて付き合っているということに、気づいているのかもしれない。
その証拠を掴もうとしている可能性も考えられる。
冷たく突き放しても尚、俺のことを気にかけてくれている彼に、胸が熱くなった。
けれど彼に、本当のこと――俺の過去――を知られるわけにはいかない。
「いい加減、ウザイんだよなぁ。兄貴に言って懲らしめてもらうことも出来るだろうけど…」
「それは…っ」
「分かってる。駄目だって言うんだろ? ったく、これだからお前は。…でもマジ、どうしようかなぁ。有原を諦めさせるには何が効果的なんだろう? 写真を見せれば、相楽に失望して嗅ぎまわるのを止めてくれるかなぁ?」
日向の言葉に、目を見開く。
そんなこと、されてたまるものか。
「それは契約違反だ。もしもお前がそんなことをすれば、俺は…っ」
「わーかってるよ。見せないってば。……ま、今後のお前の態度によるけど?」
「――…っ」
飄々とした笑顔を浮かべる日向に、怒りが湧き上がってくる。
こんなやつのいいなりにならなければならない自分が、ひどく、不甲斐なかった。
「俺と付き合うだけじゃ不満なのか」
「当然だ。ちゃんと恋人らしいコト、してもらわねぇとなぁ…。とりあえず、その蔑むような目を止めろ。胸クソ悪ぃ」
「……もとからこういう目つきなんだから、仕方ないだろう?」
「どーだか? 少なくとも有原といるときのお前は、そんな目をしてなかったと思うけどなぁ…。ま、いいや。これからじっくり時間をかけて、調教してやるよ」
日向はニヤッと唇の端を上げると、俺の服を掴みにかかった。
「やめ…っ」
「あれ? 抵抗しちゃう?」
「ッ……!」
「だからさぁ、相楽? そういう反抗的な目を止めろっつーんだよっ」
勢いよく押し倒されて、身体に衝撃が走る。
コンクリートの床に思い切り背を打ち付けてしまっていた。
日向は俺に乗り上げると、悔しそうに表情を歪ませた。
「っとに、何でお前はそうなんだ。今まで欲しいものなんて、全部手に入ってきてたのに。相楽だけは、俺様のモノになろうとしねぇ」
「自分のモノにしてきた気でいただけじゃないのか?」
「口の利き方に気をつけろよ、相楽。こっちには写真があるんだからな」
顎を掴まれて、上を向かされる。
ただでさえ至近距離にある日向の顔が、近づいてくる。
――キス、される…?
「っ…やめ…」
「有原」
「――…ッ」
俺が息を呑んで硬直した、直後だった。
日向の唇が、俺のものと重ねられた。
「んンっ…んぅーッ!?」
日向の身体を押し退けようとすると、髪の毛を思い切り引っ張られた。
痛みに怯んだ隙をついて、日向の舌が口内に無理やり捻じ込まれる。
混ざり合う唾液や熱に、嘔吐感が込み上げる。
懸命に抵抗を試みるのだが、上から手首を押さえつけられてしまうと、どうしようもなかった。
日向は散々俺の口内を蹂躙した後、唇を離した。
「…はぁっ、はぁっ…相楽ぁ…。言われたくないなら、ちゃんと俺様を満足させてみろよぉ…ッ。出来るだろ? 慣れてるんだろうからさぁ…!」
顔にかかる荒い息に、そして日向の言葉に、下唇を噛む。
悔しいけれど、今の俺には、言い返すことは出来ない。
許されていることは、ただ、彼に従うことのみ。
俺は気持ちの悪さにどうかしそうになりながらも、日向の背に腕をまわした。
「へぇ? やっとする気になったか、相楽」
「……ああ。だから、早く」
「そう急かすなって。さっきまであんなに嫌がってたくせに、キスひとつで物凄い変わりようだな」
嘲笑うように、けれど嬉しそうに日向は言うと、俺のベルトを外しにかかった。
カチャカチャと聞こえる音に、目を瞑る。
下着と一緒にズボンが脚から引き抜かれて、ゾクゾクと身体に震えが走る。
それはもちろん、快感からとは全く違う震えなわけで。
「……何だ。勃ってねぇのかよ」
日向は少し不満そうに言って、俺の萎えている性器を握りこんだ。
彼に触れられて、気持ちよくなれるはずがないのだ。
湧き上がるのは、純粋な気持ちの悪さだけだから。
それでも俺は、彼を満足させるために演技をしなければならない。
わざと吐息を零し、瞼を震わせると、日向の弾んだ声が聞こえた。
「ははっ。感じてんだな…? もっとよくしてやるからなぁ…っ」
四つん這いの姿勢をとらされたかと思うと、濡れてもいない指を突き入れられた。
痛みに引き攣りそうになる咽喉で、日向が気に入るような喘ぎを一生懸命に出す。
乱暴に掻き回されても快楽なんて得られるはずもなくって、俺は溢れそうになる涙を何とか堪えていた。
「もういいよなぁ…? 挿れるからなっ。コレが欲しかったんだろぉ…!?」
「あぁっ…ひゅっ…がぁ…んぁあっ!!」
無理やり押し込まれ、痛みと屈辱に、頬に血が上っていく。
挿れて欲しいわけがなかった。
本当になら、すぐにでも日向を蹴り飛ばしてしまいたい。
けれどそれが出来ないからこそ、俺は自分の掌に爪が食い込むほど、強く拳を作った。
早く終われ、早く終われ…っ!
ひたすら願い続けていると、全てを挿れきった日向が腰を前後に動かしだした。
「はぁ、はぁ…あぁ…相楽ぁ…!!」
グッと突き入れられては引き抜かれ、僅かに、俺の身体に変化が出始める。
萎えていたはずの下半身が、熱い。
薄っすらと目を開けると、屋上の床に、ポタタ…と先走りが自身から垂らされていた。
――日向相手に、感じてしまっている。
あまりの衝撃に茫然となる俺を、日向は抱え上げて自らの膝へと座らせた。
体重が結合部にかかったことで、より奥に、熱柱が食い込んでくる。
そのまま突き上げられて、俺は背筋を仰け反らした。
「ぁ…んっ、ぁあっ!」
「はぁっ…相楽の中、すげぇいいっ。超気持ちいいぜ…! さすが、咥え慣れしてるだけあるなぁ…ッ」
「ひぅっ、や、ぁあんっ…!?」
演技でも何でもない、嬌声が唇から零れる。
悔しかった。
こんな男に抱かれて、喘いでいることが。
心はこんなに冷め切っているのに、身体が反応を示してしまうことが。
「相楽、相楽…っ。あぁ、たまんねぇ…。こんなやらしいお前、この学校で知ってるのは俺様だけなんだろうなぁ…! 有原でさえも、知らないんだッ。俺だけ、俺だけが――」
――アリハラ。
その名前を聞いた瞬間に。
「ぁ、あ…あああああッ!!?」
堪えていたはずの涙が、ボロボロと溢れ出た。
「有原、有原、ありは…ら…っ。ふぁっ、あ…いや…ぁああ…!!」
自分が一体何のために、誰に何をされているのか、分からなくなった。
ただ胸が苦しくて、彼の笑顔が見たくって。
無性に哀しくて、たまらなくなっていた。
「やぁんっ、有原ぁ…ぁあっ」
「有原の名前ばっか、呼んでんじゃねぇよ…!!」
「んぅうっ、あ…や…イっちゃ…っひあああッ!?」
ドクンッと大きく自身が脈打つと同時に。
――――頭の中が、真っ白に焼き尽くされる感じがした。