15. それでもまた、恋を (有原視点)
廃墟、という呼び名がまさに相応しい荒れ果てた倉庫内に、男どもの笑い声が木霊する。
髪を引っ張られて立ち上がらせられ、腹部に膝を入れられて、俺は息を詰まらせた。
痛みに声を上げる暇もないままに、コンクリートの床に叩きつけられる。
「げほっ、げ…」
「むせ込んでる暇があんなら、少しは抵抗したらどうなんだよ?」
馬鹿にする声に睨み付けると、壁際まで投げ飛ばされた。
骨が軋むような痛みが全身を襲って、俺は小さく呻いた。
相楽を玩具として扱っていた竜牙に、後悔させるべくここに来たのに。
会うことさえ出来ずに、たむろっていた男どもに殴られることになるなんて。
「誰にこの場所を聞いたのか知らないけど、馬鹿だよなぁ。それも竜牙さんに会わせろ、だなんて」
「うるせ…ぇ…っ」
「お前さぁ。誰に向かって物言ってるか分かってんのかぁ? 殺してやっても構わないんだぜ?」
ひゃははっ、と男どもが笑った直後だった。
「待て」
聞こえてきた怜悧な声に、この場にいた全員の動きが止まる。
コツコツと硬質な音を響かせながら、誰かが、歩いてくるようだった。
暗闇から浮かび上がるようにして現れたのは、背の高い男。
その引き締まった肉体と刃物のような眼差しは、嫌でも身体を震わせる。
ここにいるどんな人間よりも格上で、力があるのだろうと、瞬時に相手に悟らせる男だった。
「すみません、竜牙さん。すぐに片付けますんで」
「いや、その必要はない。こいつが来ることは、想定内だからな。お前たちは下がっていろ」
「はいっ」
人の気配が遠ざかっていくのを感じながら、俺は真っ直ぐに、長身の男を睨みつけた。
―――竜牙。
こいつが、そうなのか。
相楽を弄んで、捨てた男…っ。
「一人で乗り込んでくるなんてな。日向から話は聞いていた。お前は有原、だな?」
「俺のことは、どうでもいいんだよ…っ。それより…てめぇに話がある……っ」
息切れ切れに言うと、竜牙は皮肉げな笑みを浮かべた。
挑発的な視線を全身に浴びながら、彼の前に立つ。
言いたいことはたくさんあった。
言わせたいこともたくさんあった。
けれど呼吸するごとに肺が痛んで、上手く言葉に出来ない。
「っ…ぁ…」
「どうした? 話があるんじゃなかったのか?」
「…相楽、を…っ」
竜牙の目つきが、微かにだけれど鋭くなった。
俺はそんな彼を負けじと睨み返しながら続けた。
「あいつを、何で…っ」
「捨てたのか、か? 相楽といい、お前といい、どうして言われなければ分からないんだ。飽きたという以外に、何の理由がある?」
「そ…れを、相楽に言ったのか…?」
「だったら、どうした? お前には関係がないことだ」
そのときの相楽の気持ちを考えて、身体の痛み以上に心が痛んだ。
どれだけ相楽に愛されていたのか、こいつは分かっていないのか?
それとも……分かっていても、なお。
「……好きじゃ、なかったのか」
「玩具に対して、そんな感情を抱くほど子供ではない」
「玩具…」
「気に入らないか? なら、道具とでも言っておこうか。性欲処理の為のものとしては、アレは実によく出来ていた」
愉しそうに口角を上げる竜牙に、今まで抱いたことのないほどの殺意が沸き起こる。
人のことを、一体何だと思っているんだ。
こんなやつのために尽くし、そして今尚苦しんでいる相楽は、一体…。
「…ふざ、けんな…っ。竜牙、てめぇ…ッ」
怒りに身を任せて腕を振り上げ、拳を竜牙の顔面に入れようとした直後だった。
いつの間にか傍に駆けてきていたらしい男に、殴り飛ばされてしまった。
「ぐっ…こ、の…!」
「竜牙さんに手を上げさせるわけには、いかねぇな。話が出来ただけでも、よかったと思え」
男はそう言うと、横腹を蹴り上げてきた。
追い討ちをかけるように他の男が、俺の頭をギリギリと踏みつける。
「っ…の野郎…!!」
「うるせぇなぁ。なぁ、竜牙さん。こいつ、もうちょっと可愛がってやってもいいですか?」
「……好きにしろ」
「へへっ。了解ーっ」
楽しそうに男は笑うと、ポケットから長方形の何かを取り出した。
パチンッと音がして、鋭利な刃がそれから飛び出す。
「っ……な、あ…!?」
照明器具の光を冷たく反射するそれに、目を見開く。
男は引きつった俺の顔を満足そうに見て、勢いよく。
―――ナイフを、振り下ろした。