19. それでもまた、恋を (有原視点)


「ふぁ〜、よく寝たぁっ」

大きな欠伸とともに背筋を伸ばすと、ズキンッ、と思いのほか鋭い痛みが腹部に走った。
うぅっ、と情けなく呻いてしまう。
ここ最近、睡眠から目覚めるときはいつもそうだった。
つい、自分が怪我をしているということを忘れて動いてしまう。
学習能力の低さに腹だけでなく頭も心も痛めていると、病室のドアがノックされた。

「はいはーいっ。どうぞ〜」
「ったく、元気だなお前……」

呆れ顔をして入ってきたのは、患者用の服を着た日向だった。
肩を銃弾に貫通されたのに歩きまわってるお前の方が、ベッドにきちんと座っている俺よりも元気だと思うんだが。
訝しげな視線を俺から送られている日向は、ベッドの脇にある椅子へ腰をかけた。

「もう腹、痛くねぇのか?」
「痛くないわけじゃねーよ、もちろん。それでも大分マシになってきたかな。きっと、退院する日も近いぜ。日向はどうなんだよ?」
「俺ももうじき退院出来そうだ。…なんつーか、マジで悪かったな。入院するほどの怪我、させちまってよ」

俯いて重々しい声で言う日向に、俺は目を丸くしてしまう。
すっかり大人しいキャラになったもんだ。
一人称まで変わっているし。
人間、本気の恋をすると変わるらしい。

「別に、お前のせいじゃないだろ。相楽の過去を知る機会がきたら、俺は必ず殴り込みに行った。その時期が日向が写真を見せたことで、早まったってだけのことだろ? むしろ早いうちに相楽の抱え込んでる辛さを知れて、良かったとさえ思ってるよ。……問題なのは、竜牙だ」

俺は意識を失ってしまったから、あの後、何があったのかを知らない。
こうして無事に生きているということは、竜牙に狙われていないということなんだろうけど……。

「兄貴には、俺から手を出すなって言っといたぜ。だからもう大丈夫。関わってくる心配は絶対にねぇ」
「あ、そうなの? ……あいつ、相楽に謝ったのかな」
「さぁ〜、どうだろうなぁ」

日向は眉間にしわを寄せた、気難しい顔をした。

「何だよ、変な顔して」
「真剣な顔を変とか言うんじゃねぇ! ……俺が思うにさ、有原。兄貴は相楽を“玩具”として扱ってない」

日向の言葉に、今度は俺が変な顔をすることになってしまった。
急に、何を言い出すんだこいつは。

「兄貴は確かに“いい玩具”だって、相楽を言い表したけど。でもそれって、よくよく考えてみるとただの建前だと思うんだよな〜。ほら、兄貴って特殊な立場にいるし。相楽が大切な存在なんだって周囲に気づかれると、そのことを利用しようとする奴とか、出てくるかもしれねぇだろ?」
「だから、弄んでるふりをしてるってことか? でもそれだったら、捨てる必要はなくないか? 本気で大切なら、傍に置いておきたいもんじゃないのか?」
「んなこと知らねぇーよっ」
「知っとけよ兄弟!」
「無茶言うなっ。……とにかくだな。兄貴を庇ってるようで悪いけど、やっぱり、ちゃんとした理由があったんだと思うぜ」

ちゃんとした理由って何だよ、と俺は唇を尖らせた。
そこが一番知りたい、肝心な部分だっていうのに。

「むくれた顔すんじゃねぇよ、有原。俺らが知らなくたっていいことだってある」
「そりゃまあ。……ただ、相楽は知ってるのかなって」
「もう知ってんじゃねぇか? 最近の兄貴、妙に機嫌良いみてぇだし。ありゃ、相楽と何かあったと見る!」
「ふーん。ってことは俺らがあれこれ悩んでいる間に、当人同士で解決しちまったってことか」

それはそれで、何だか寂しい。
けれど相楽の心の負担が減ったのなら、俺の行動に意味はあったんだろう。
身体を痛めた甲斐はあったと、そっと腹部を撫でる。

「……ところで日向。お前ここ最近、毎日俺に会いに来るけど。一体何なんだ? ちょっと前まで俺のこと目の敵みたいにしてたくせに。気味悪ぃなー」
「う、うるせぇな! 俺だって来たくて来てたわけじゃねぇよ!!」

日向は一気に不機嫌になって、俺の顔面に何かをグリグリ押し付けてきた。

「おらっ、これを見やがれ!」
「いや、見えないからっ。瞼に押し付けられたら、見えないから!」

どうやら日向が俺に渡してきたものは、手紙だったようだ。
薄い青色の便箋から、日向へと視線を戻す。

「……何、これ? ま、まさか」
「言っておくけど、俺からじゃねぇからなっ」
「だろうなぁ。けど、何で手紙?」

俺に用があるクラスメイトからなら、メールで来るだろうし……。
ということは、俺のメアドを知らない、もしくは携帯やパソコンを持っていない人物。
それでいて、日向を恐れていない奴。
思いつくのは、一人だけだ。

「相楽か!」
「正解。お前が元気になったら渡すよう、相楽に頼まれてたんだ」
「日向がぁ?」
「何だよ、その目! これのために俺は毎日、お前の様子を見に来てやってたんだからな! 本当かどうかは、読めば分かるだろっ」

日向に促されるまま、俺は手紙を開いた。
そうして目に入る文字の美しさに、感心してしまう。

「さすが相楽。綺麗な字だ……」
「いいから早く読め!」
「分かってるよ! っていうか、相楽は何で会いに来てくれないんだぁっ」

彼から初めて貰う手紙は素直に嬉しかったけれど、出来ることなら、会って話がしたかった。
まぁ、入院している俺とは違って、相楽は学校に行かないといけないからな……。
時間の都合がつかないんだろう。
寂しさを感じつつも、文章を目で追っていく。


有原がこれを読むということは、俺は傍にいないだろうし、体調も良くなっているんだろうな。
唐突過ぎて驚くかもしれないけれど、引っ越すことになった。
母親が体調を崩したんだ。
本当は直接言うべきなんだろうけど、お前の顔を見ながらだと無理な気がしたから、ここで書かせてもらうな?
今までありがとう。
傍にいてくれて、助けてくれて、嬉しかった。



短い文章だったけれど、すぐには書かれていることを、理解出来なかった。
引っ越すって、相楽がか……?
俺が文面から顔を上げると、日向は気まずそうに目を逸らした。

「……もう、知ってたんだな?」
「ああ。学校の奴らも、みんな知ってると思う」
「くそっ!」

昏睡していた俺だけが知らなかったことに、手紙をビリビリに破ってしまいたい衝動に駆られる。
どうして急に、引っ越すだなんて言い出すんだ。
母親が体調を崩した?
本当に、それが原因なのか……?

「有原……」
「まだ、伝えれてないのに」

相楽に対する俺の気持ち。
そして相楽の俺に対する気持ちも、訊かせてもらっていない。
キュッと手紙を持つ指先に力を込める。
このまま終わり、なのか?
離れ離れになって、それで……っ。

「……あ、れ?」

ふと、手紙の「今までありがとう」と書かれているところに目が留まった。
他の箇所は全て一発書きらしく紙が綺麗なのに、そこだけ、書き直したような形跡がある。
文字の下に薄っすらと残る鉛筆の跡に、俺は目を凝らしてみた。
相楽が、初めに書こうとしていたことは――。

「な、何だよこれッ!?」
「うおっ、いきなりどうしたショック過ぎてついに気が狂ったのかやったねオイ!」
「何がやっただ! お前それ本音だろ畜生。いいからここ、読んでみてくれっ」

気にかかっている部分を指し示すと、日向が手紙を覗き込んだ。

「えー…と。今までありがとう」
「ばっか! その下だ!!」
「下? 傍にいてくれて、助けて…」
「違うってばっ。鉛筆の跡、残ってるだろ!? それがお前にどう読めるかを聞いてるんだっ」
「はぁ?」

何こいつ、とでも言いたげな視線を日向が向けてくるので、思い切り睨み返してやる。
すると彼は渋々という感じで、目を細めて跡を見た。
それからしばらく、日向は不機嫌そうに黙り込んでしまった。

「おい、日向。何て読めた?」
「……これを俺に言わせる気か」
「やっぱり遠慮する。お前の口から聞いたら、それこそ本当に気が狂っちゃいそうだ。……つか、やっぱ見間違いじゃないんだよな」

もう一度、視線を手紙へと落とす。
そこには鉛筆の跡としてのみ残っている、ずっと欲しかった言葉がある。

―――有原が、好きだ。

俺は手紙を胸に抱くようにして、瞼を閉じた。
こんな気持ちの伝え方、そして知り方は、卑怯だと思う。
何よりも不公平で許せないのは、俺だけが相楽の気持ちを知ってしまったこと。
きっと彼だって、俺の気持ちを知りたがっているはずだから。
もう一度、会いたいと強く思った。

「あのさ、有原。相楽はまだ、この町にいるぜ?」
「……え?」
「引越しの準備は時間がかかるからな。親がいる他県には行ってないはずだ。……確か、今日の昼頃。新幹線に乗るとか言ってた」

俺は壁に掛けられている時計を見た。
まだ、昼までには余裕がある。
けれどここから駅に行っている間に、時間は足りなくなってしまうだろう。
モタモタしている暇は、ない。

「日向、俺っ」
「好きにしたらいーんじゃね? 手紙に書いてある、母親の不調ってのが事実とは思い難いし。俺としても、相楽には同じ学校にいて欲しいしな。しょーがねぇから、看護士たちには、俺から上手く言っといてやるよ」

日向はポケットから何かを取り出し、俺に押し付けてきた。
それは自転車の鍵だった。

「これは?」
「駐輪場に、俺の自転車があるから。移動手段として使ってもいいぜ。ただ、その代わりとして何が何でも、相楽を引き止めてやれ」

きっと日向は、俺が相楽に会いに行くことを予測し、用意をしてくれていたんだろう。
俺はそんな彼に力強く頷いて、ベッドから飛び降り、病室から駆け出した。



一方的に気持ちを告げて去らせてなんて、絶対にしてやるもんか…っ。




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