3. それでもまた、恋を (有原視点)


一人暮らしだという男の部屋だとは思えない程に整った、相楽の部屋を見まわす。
青系統の色で統一された室内は、観葉植物も置いてあって非常に爽やかだ。
俺の部屋なんていつ何時ゴキブリが大量発生するか分からないような状況だっていうのに……。
全くもって、えらい違いである。
ソファーに身体を沈めると、相楽が炭酸飲料水の入ったコップを渡してきた。

「ありがと」
「いや。それより、今後の計画について話し合おう」

早速事の本題に入ろうとする相楽に苦笑する。
彼の家には今後のことについて話し合う目的で来たわけだけど、俺としてはもう少し、雑談を楽しみたい。
相楽のことは自分なりに調べてみたものの、分かったのは、最近転入してきたということと、学校で孤立しているということだけだったから。

「そんなに先を急ぐなって。まずは自己紹介し合おうぜ? 俺たちはお互いのこと、知らなさ過ぎるだろ?」
「必要ない。俺は相楽で、お前は有原。名前が分かってるだけで十分だろう?」
「いや、全っ然。それのどこが十分なんだ? ある程度、相手の趣向を把握していた方がだな…」
「……有原はどういうつもりか知らないが。俺はお前と馴れ合うつもりはない」

さすがは学校で「孤高の姫君」と謳われている相楽様、一筋縄ではいかない。
俺はへこみそうになっている心を奮い立たせて、笑顔を浮かべた。
ここでめげるわけにはいかない。

「そーいうこと言うなって。お前はそうかもしれないけど、俺はそうじゃないんだからさ」
「……あのな」
「まぁまぁ、いーじゃないですか。互いのことを知っておいて損にはならないだろ? ところで相楽って青色好きなのか? それとあの植物、趣味で育ててんの? それとも風水か何かの影響? あ、俺チョコレート持ってるけど、食べる? つか甘いもの平気だよな? 苦手だったら言ってくれよ? 無理して食べることないから。つっても相楽のことだから、いらなかったらキッパリいらないって言うんだろうけどさ」

矢継ぎ早に質問すると、相楽は表情を曇らせてしまった。
ちょっと一気に訊きすぎたか?
でもこのくらいのスピードじゃないと、ひとつ質問するごとに解答を拒否されそうだったからな…。
俺が相楽の顔をじっと見つめると、彼は申し訳なさそうに口を開いた。

「そんなに一気に訊かれても、答えられない……」

ど、どうやら相楽は質問に答えてくれる気があったらしい……っ!
絶大な感動を覚えていると、相楽に思い切り不審な目で見られてしまった。
いきなり「ヒャッホォウ!」と女顔負けな妙に甲高い声を発してソファーから立ち上がってガッツポーズを取るのは、宜しくなかったか。
俺はコホンと咳払いをして、もう一度ソファーに腰を下ろした。

「それで今後の計画なんだが、いつまでも逃げ回り続けるのはさすがに無理だと思うんだ」
「唐突に真面目になるな。気味が悪い」
「だよなーっ。悪い悪い!」

ヘラヘラと笑いながら謝ると、相楽はムッとしたように眉間にしわを寄せた。
うん、一気に不真面目になりすぎたな。
自己反省していると、相楽の瞳がふっと翳るのを感じた。
やっぱり、不安なんだろうか。
捕まったらどうなるのかも、まるで想像つかないしな…。

「……あんまり、思いつめるなよ? 少なくとも家に押し入ってくる、だなんてことはないだろうし。登下校とか、あとは買い物のときに見つからないよう気をつけてれば良いだけだからさ」
「それが、難しいんじゃないのか」
「だからこそ、ふたりで、頑張るんだろ? 相楽が買い物をするときは俺にメールくれよ。付き合うからさ。一人にはしない」

相楽の瞳が、揺れるのが分かった。
いつも以上に愁いて見えるそれに、鼓動が高鳴る。
相楽は俺からゆっくりと視線を逸らすと、小さくだけど頷いた。

「……よしっ。んじゃ俺のメアド送るから、相楽の教えてよ」

通学用の肩掛けバックから携帯を取り出すと、相楽は困ったように首を横に振った。

「相楽?」
「俺は携帯電話、持ってない」
「まっ、まま……マジか!? この物騒なご時世にそんな…。まあ、相楽は女じゃないしな。親も防犯のために持たせようとか思わないのかもしれないけど…」
「悪い」
「いや、謝ることねぇってば。それじゃ、電話してくれ。な?」

携帯の電話番号を書いたノートの切れ端を渡すと、相楽は大事そうに戸棚へと閉まった。
それから、微かに唇を綻ばせた。
それは本当に些細な変化だったけれど、俺を喜ばせるには十分すぎる程の効果を持っていた。

――守ってやりたい。

不息に浮かび上がってきた感情に、軽く嘲笑する。
自分の身さえ守りきれるか分からないのに、何を考えているんだか…。
自虐に耽っていると、相楽が部屋の照明をつけ、カーテンを閉めた。
それによって、辺りが暗くなってきたことを知る。

「有原、そろそろ帰った方が良くないか?」
「ん〜。家、目の前だし大丈夫だろ。それに……もう少し、相楽と話してたいって思うから」

俺の言葉に、相楽は「馬鹿なことを言うな」だとか「迷惑だ」とか、そういう拒絶の類を言わなかった。
その代わりとして、彼はただ優しく、目を細めた。
見蕩れてしまったこの表情が相楽の笑顔なんだと気づくのは、今から数時間後、自宅のベッドで身体を休めているときのことだった。




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