6. それでもまた、恋を (相楽視点)


有原の電話番号が書かれているノートの切れ端を、指先で弄ぶ。
いつからこの行為をし始めたのか正確なところは定かではないが、とりあえず、5時間以上は続けているはずだ。
冷蔵庫に入っていた食材も、インスタント製品も、全部が切れてしまっていた。
買い物をせずに食べる一方だったのだから、それも当然だ。

「……どうにかしないと」

俺はため息をつくと受話器を手に取った。
しかしボタンは、押せない。
有原には買い物に行く際には電話をしてくれ、と言われたけれど。
それが彼の望みなのか、それとも俺を安心させるために言っただけなのか、図りかねていた。
一緒に過ごしていて分かったけれど、彼は他人に対して、ひどく優しいから。
もしも電話をして迷惑がられたら――そう考えると、自然とボタンを押す指は止まってしまう。

「あぁっ、もう!」

苛立ちを覚えて、受話器を置く。
有原の気持ちを気にする必要なんて、ないはずなのに。
だって俺たちは“協力関係”だ。
互いに助け合うために一緒にいるのだから、頼みたいことがあるならば頼めば良いはずだった。
そう理解していても素直に行動に移せないのは……俺が有原のこと、を。

「……っ」

馬鹿げてる、と思った。
“あの人”から追われなくなれば――そんな日が来るのかは分からないけれど――俺と有原の接点はなくなる。
そんな、傍にいることが不確かな存在に惹かれるだなんて、どうかしている。
込み上げてくる胸の痛みと、喉の渇き。
感情が涙となって零れ落ち困っていると、インターホンの鳴る音がした。
慌てて目元を拭って玄関へ行き、目を眇めて覗き穴から外を見る。
そこに立つ、見知った姿に。

「…あ、有原ッ」

息が止まる思いだった。
急いで鍵を開け、チェーンを外してドアを開く。
有原はいつものように笑顔を浮かべて、片手をあげて見せた。

「よっ。休日の朝っぱらから、悪いな。…って、どうかしたのか? 目が…」
「気にするな。……その、花粉症で」
「あ、相楽ってそうだったの? いや〜、俺の母さんもそうでさーっ。この時期はキツイって嘆きまくってるよ」
「そ、そうか。…で、有原はどうしてここに?」
「お、俺が電話番号教えてからもう一週間近く経つし。その、電話かかってこないからどうしてんのかなって…」

視線を逸らしながら言う有原に、脈拍が速くなっていく。
それで心配して、わざわざ来てくれたのか…?

「めっ、迷惑だったか? 俺なんかとは、買い物に行きたくないか…?」
「そんなこと、ない。今日だって電話しようと思ってた」
「今日だって? ってことは結構前から――」
「っ…支度、してくるから。そこで待っててくれ」

俺は有原との会話を打ち切って、寝室へと向かった。
上着を羽織って、鏡を見て、胸に手を当てる。
そうしてより強く感じられる高鳴りに、喜びを感じると同時に息苦しくなった。






「な、相楽。スーパーに行く前に、ここで何か食べてかないか?」
「ここで…?」

大通りにある喫茶店を指しながら言う有原に、首を傾げる。
シンプルで落ち着いた色合いの外観は好みで、雰囲気も穏やかでいい感じの喫茶店ではある。
けれども、男二人で入るようなところには思えなかった。

「嫌か?」
「嫌というわけじゃない…」
「んじゃ、入ろうぜ?」

俺が返答する前に、有原はドアを開けてしまった。
強引さに苛立ちを覚えないわけではなかったが、ドアを開いた瞬間に漂ってきたコーヒーのいい香りに、そんな気持ちは霧散する。
そういえば、まだ朝食を食べていなかったな…。
匂いに食欲が刺激されたのか、無償に何か口にしたくてたまらなくなっていた。
いそいそとカウンターに座った有原の横に、俺も座る。

「相楽っ、何を頼む?」
「とりあえずコーヒーは頼む。それと…そうだな。フレンチトーストにする」
「そっか。じゃ、俺は違うの頼むからさ。互いに食べあおうぜっ」
「ああ。それはいいけど…」

先程からやけに弾んでいる有原の声に、違和感を覚える。
いくらなんでも、はしゃぎ過ぎではないだろうか。
それともそんなに、腹が空いているのだろうか。

「ん? 何、じっと俺のこと見つめちゃって。あっ、まさか惚れちゃった?」
「そ、そ…っ。変なこと言うなってばっ。馬鹿!」

頬が熱くなったので顔を思い切り逸らしてやると、有原は「ふ〜ん」とどこか意味深げな声で言った。
どうして彼は、冗談めかして核心を突いてくるのだろう。

「相楽、こっち向いてよ」
「断る」
「どうして?」
「自分で考えろ」
「考えた結果、もっと見たくてたまらなくなっちゃった場合は、どうしたらいい?」

身を寄せて顔を覗き込もうとする有原から、俺は離れるべく席を立った。

「あっ、ずりぃ! 逃げるなっ」
「うるさい。気が変わった。店を出る」
「えぇーっ!? まだ注文してすらないのにっ」
「してないからこそだろっ。そんなに腹が空いてるのなら、独りで食べるんだな」
「そんな…。つか、空腹なわけじゃねぇんだけど」

ドアへ歩き出した足を止めて、振り返る。
有原はどこか気落ちしたように目を伏せていた。
彼は空腹なわけではないのに、俺を喫茶店に誘ったのか?
どうして…?

「有原。お前は何が目的だったんだ…?」
「相楽と一緒に、飯を食ったりしたかったんだよ」
「俺と?」

聞き返すと、有原は力ない瞳を向けてきた。

「そういうこと、今までしたことねぇだろ? だから」
「してみたかった、とでも言うのか? 可笑しな奴だな。俺なんかと食べたって…つまらないだろうに」

俺は有原や彼を取り巻く男子生徒たちのように、明るく話すことや笑うことはない。
一緒にいて、楽しいはずがないのだ。
それなのにどうして、有原は積極的に、俺といてくれるのだろう。

「……何でそう思うんだ?」
「え?」

低くなった有原の声に、床へ落としていた視線を上げる。
彼は俺のことを鋭い目つきで見ていた。

「俺が相楽と、無理して一緒にいるとか思ってんじゃねぇだろうな」
「違うのか?」
「当たり前だろ!? 俺は嫌いな人間と一緒にいて笑えるほど、出来た人間じゃねぇんだよっ」

声を荒げる有原は、本気で俺の発言を怒っているようだった。
何より、傷ついているように感じられた。

「ごめん…。有原のこと、俺は全然理解出来てないな」
「あ、いや。その、キツイ言い方して悪かった。俺…相楽に酷いことしてばかりだよな。この喫茶店に入ったのだって、俺が強制したからだし」
「そんなこと…」
「あるよ。今後はもっと気をつける。だからこれからも一緒にいてくれると嬉しいんだけど―…」

駄目? と頭を掻きながら訊いてきた有原に、俺は笑ってしまった。
小首を傾げる仕草がやけに、可愛らしく見えたのだ。
時折有原は俺を可愛いと称するが、そのときの気持ちが何となくだけれど分かった気がした。

「何でそこで笑うんだよ。…ま、いいけどな。相楽の笑顔、見るの好きだから」
「あ、ありがとう。俺も有原の笑顔……嫌いじゃない」
「そこは好きって言ってくれると嬉しいんだけどなぁ。…あ、それでさ。もう店出る? それとも」
「やっぱり、食べてく。自分勝手で悪いな」
「いいさ。俺だってそうだからな。んじゃ、ここ座って座って!」

自分が座っている隣の席を、パンパンと叩く有原。
子供っぽいその姿に苦い笑みを零しながら、俺は席に着いた。




    TOP  BACK  NEXT


PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル