8. それでもまた、恋を (相楽視点)
薄暗い、廃墟と化した倉庫の中に。
衣擦れの音と、ぴちゃぴちゃという、子犬がミルクを舐めているような音が響く。
「んっ……ふぅ……」
興奮を押し殺しているかのような低いたくさんの呼吸音に囲まれながら、懸命に、大切な人のものをしゃぶる。
袋の部分を指で優しく揉みながら、時折キツク吸い上げるようにすると、硬く引き結ばれていた唇が僅かに綻び、吐息を零す。
愛しい人が感じてくれている。
それがただ、ひたすらに嬉しくて。
数十人もの男たちに囲まれたまま奉仕をすることも、厭わない。
「くっ……」
呻くような声と共に、咥えているそれが、脈動した。
同時に口内に溢れてくる液体を、決して零すまいと必死で嚥下する。
咽喉を上下させるたびに体内に流れ込む熱に、俺はそっと、瞼を閉じた。
無骨な、けれど逞しい指先が、優しく俺の髪を梳く。
その心地よさに陶酔していると、口内から雄を引きずり出されてしまった。
達しても尚硬度を失っていないそれの先端と、俺の唇に、銀糸が引く。
「相楽……」
耳に触れる吐息と低い声に、身体が芯から熱くなる。
唯一羽織っている薄いシャツの前は肌蹴られており、そこから手を滑り込まされた。
鎖骨からゆっくりと下げられていく指先は、すぐに、尖った胸の飾りに辿り着く。
優しく摘み上げられて、甘い痺れがそこから全身へと広がっていった。
「ぁっ……ん」
「悦いか?」
「は……い……竜牙さま、もっと……」
貪欲に快楽を欲する俺に彼は微笑むと、俺の屹立に、手を触れさせた。
「あぁっ……!」
乳首を弾かれながら、最も熱くなっている部分を擦り上げられて、耐え難い喜悦が走る。
咥えているだけで上向いていたそこは、先端から止め処なく蜜を零し、彼の手を汚していく。
「竜牙、さまぁ……っ。あんっ、手が……」
「相楽ので濡れるのなら、全く構わない。いいからお前は、ただ感じていろ……」
「ふぁぁっ、あっ……ひぁっ」
首筋に歯を立てられて、ゾクッと全身が震える。
脳髄が痺れていく感覚。
肌に纏わりつく男どもの視線も、今や快楽を高める要素のひとつになっていた。
「あぁん! イクっ、イっちゃ……」
彼は無言のまま、素早く扱きだした。
達することを許されたと感じた俺は、咽喉を仰け反らしながら、掌に白濁を吐き出した。
脱力感と大きな開放感に包まれながら、彼の身体にもたれかかる。
すると彼は、俺の額に口付けをしてくれた。
「……まだ、出来るな? 腰を上げろ」
言われた通りに腰を上げると、秘孔に熱が触れる。
宛がわれたそれに息を呑む間もなく、ググッと押し入れられた。
ろくに解されてもいないはずのそこは、抵抗なく肉茎を受け入れていく。
「……ん、凄い……な」
「あぁあっ、あ……んぁ、ああっ」
体内で息づく熱に、襞を擦り上げられる快感に、自然と声が漏れていく。
気持ちよくなってほしい、気持ちよくなりたい。
そんな欲求に抗うことなく、俺は彼に腰を打ちつけた。
それに応えるように、彼も下から突き上げてくれる。
「ふぁあっ、あっ、い……いいです……あぁんっ」
「っ……ほんと……に、いい締め付け……だ……っ」
「あっ、ぁん! ああっ……」
彼の身体に腕を絡め、快楽に零れる涙と唾液を拭うこともせず、ただひたすらに肉体をぶつけあう。
感じられる熱も吐息も、悦楽も、眼差しも、その全てが…愛しくて。
決して手放したくないと、心から、願った。
「っ……出す、ぞ……!」
「あっ、あ……ぁっ、ひぁあ――ッ!?」
激しい律動に、ビュクビュクッ、と精液が噴出する。
それとほぼ同時に注ぎ込まれた熱い奔流に、意識が飛ばされてしまいそうだ。
強烈な快感に、そして訪れる眠気に、クラクラする。
「はっ……ぁん、あ……」
「相楽……抜くから、少し……」
言おうとしていることを察して、腰を上げる。
ずるり、と中から引き抜かれる感覚にさえ、背筋がわななくのが分かった。
辺りに飛散する、そして太ももを伝っていく精液を見て、満足感で胸がいっぱいになる。
愛しい人に抱いて貰えることに勝る幸せを、俺は知らない。
「相楽……」
「竜牙、さまぁ……んっ」
性行為の後、いつものように抱きしめあっていると、彼の骨ばった男らしい指が、顎にかけられた。
ツイ、と上を向かされれば、冷たい光を湛えた鋭い瞳が目に入る。
ああ、この瞳だ。
俺が愛してやまない、見ているとゾクゾクする竜牙さまの…。
「お前、今日限りで用済みだから」
瞬時には意味が、理解出来なかった。
首を傾げると、ひゃははっ、と卑下た笑い声が周囲から沸きあがった。
それはずっと俺たちの情事を遠くから見ていた、男どもの声。
「なぁ、竜牙さん。本当に良いんですかい? こーんな上玉、滅多にいませんよ?」
「……欲しいのなら、くれてやる」
「マジっすか!?」
わらわらと、男どもが周りに集まってくる。
誰もが、卑しい笑みを浮かべて。
俺はその様子をただ見ていることしか出来なかった。
けれど少しずつ近づいてくる、触れようと伸ばされる無数の手に、恐怖感が湧き上がる。
「や……だ。竜牙さ……」
「今まで相手をしてくれて、ありがとな。相楽は俺が相手をしてきた中で、一番、悦かった」
「だったら、何で……!?」
「言わなければ分からないのか……。飽きたんだ、お前に」
「ッ――――!?」
飽きた、から。
だから、捨てられるのか。
「ほら、俺らの相手してもらうぜ!」
「ずっと楽しみにしてたんだっ。竜牙さんとお前が抱き合ってるのを見てて、この日が来るのをさぁっ!!」
――玩具みたいに。
愛してると囁いてくれていたのは、俺を自分のいいように扱うためでしかなかったのか。
ただ性欲を処理出来るのならば、誰でも良かったのか。
「誰が一番に突っ込む?」
「俺、俺ぇっ!!」
じゃあ一体、俺は今まで、何のために尽くしてきたんだ?
人前でこんなことをさせられて。
全部全部、愛してくれているからこそ、愛しているからこそ、我慢して、行っていたというのに。
そんな俺の姿を見て、本当は、嘲笑っていたのか?
周りで見ていた男どもも、俺が愛されていないのだと、知っていたのか?
「さわ……るな」
呟かれた俺の言葉に、男どもの顔が歪む。
俺は彼らを、そして“あの人”を睨みつけた。
「触るな! 汚いッ!!」
襲ってくる胸を裂くような痛み。
裏切られた苦しさに、涙があふれる。
屈辱と憎しみに、頭が白熱する。
これらが全て慕っていたからこそ湧き上がる感情なのだと分かっていたから。
余計に、自分が惨めだった。
「やめろ! 触るなッ、触るなぁ……!!」
「何言ってんだ、コラァッ」
「はっ、散々こーいうことシといて、何を今更っ」
「一番汚いのは、てめぇだろーがッ!!」
嘲笑うように言われた言葉の数々に。
甲高い、笑い声に。
冷たい眼差しで俺を見つめる“あの人”に。
「うっ、ああアアア゛――――ッ!!?」
――――自分の叫び声で、目が覚めた。
「はぁっ、はっ……は……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、胸元を掻き毟る。
心臓が痛い。
最近はこんな、過去の夢ばかりを見る。
この町に逃げるように越してきて、思い出の残る場所から離れて、少しはマシになっていたはずなのに。
再び悪夢を見るようになったのは、“あの人”が俺を捜しているのだと知ってしまったからなのか。
「くっ、そ……!」
汗によって肌に張り付くパジャマを脱ぎ捨てる。
気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い…ッ。
触れてくる男どもも、触れられてしまった、俺自身も。
「うっ、えぇ……!!」
洗面所へと駆けていき、胃の中のものを全て吐き出す。
耳鳴りが酷かった。
聞こえるはずのない、男どもの笑い声がずっとしている。
身体中を汚らしい指が這い続けている。
何度も嘔吐し、胃液しか出なくなったところで、やっと吐き気は収まった。
蛇口から水を捻り出し、口を漱ぎ、その場に膝を崩す。
繰り返される悪夢は忘れることを許さないとばかりに、脳に鮮明すぎる映像と記憶を焼き付ける。
過去のことを、過去として捨て置きたいのに、それが出来ない。
「ぅっ……く……っ」
胃液の苦さとは違う、しょっぱさが口内に広がった。
流れてくる涙を手の甲で拭い、時計を見る。
もうすぐ、有原が迎えに来る。
「っ……着替え、なきゃ……」
フラフラとした足取りのまま、俺は洗面所を出た。
有原にこんな憔悴しきった顔を見せるわけには、いかない。
彼はきっと俺を気遣って深くは追求してこないだろうけれど、その分とても、心配をするだろうから。
俺は瞼を閉じ、深呼吸を繰り返した。
大丈夫、と何度も自分に言い聞かせるように、心の中で念じながら。