2. ねがいたいのはきみの倖せ


凍えるような冬の朝、少年と道路を歩いていく。
防寒具を着けていても足下から寒さが上がってきてぞくぞくしていると、手に温もりを感じた。
少年が俺の手を握ったのだ。

「何だよ、急に」
「だって寒いんだもん。こうしてると、あったかいね…」
「まーな」

見上げれば、雲ひとつない青空が目に染み込んでくる。
誰かとこんな風に手を繋いで歩くのは、何年ぶりだろうか。
久しぶりに感じる他人の温かさに感慨深くなっていると、少年が笑いを噛み殺していることに気がついた。

「な〜に、可笑しな顔してんだよー」
「可笑しな顔じゃないもん。ただ、嬉しかっただけ。年上の人と、こういうことしたことないから」
「したことないって…。お母さんがいるだろうが?」

よく見かけるだろ、仲良さそうに手を繋いでる親子。
そう笑いかけると、少年はくしゃりと表情を歪め、俯いてしまった。

「お、おい。どうし……」
「お母さんとそんなこと、したことないよ。 いつも弟につきっきりだから。学校の行事には一切参加してくれないし、一緒に買い物もしてくれないし」
「――そうなのか? っていうかお前、弟がいたのか」
「あ、うん。生まれつき身体の弱い…ね。免疫力が人よりないんだってさ。だからよく風邪引いちゃって、しかもなかなか治らなくって。仕方ないんだろうけど、やっぱり寂しいよ……」

最後の方は上手く聞き取ることが出来ない程に、掠れた小さな声だった。
弟がないがしろにされ、兄が愛されていた俺の家庭とは、立場が逆だな。
ま、俺は暴力団に入ったことでその愛情や期待を見事に裏切ってみせたわけだが。

「弟が憎いか?」
「全然。だって悪くないもん。……誰も、悪くないんだ。それなのに悲しんでる、俺以外は」
「お前だって悪くないさ。捻くれずにいる分、俺の弟よりもよっぽど偉いと思うぜ」
「……弟、いるの?」
「ああ。お前と同い年かそこらかと思うんだけど。これがまたすっげー可愛くってさぁ。ちょこちょこ後ろを着いてくるんだよなー」
「ふぅーん」

少年はつまらなさそうに、そっぽを向いてしまった。
な、何やら俺は彼の機嫌を損ねることを言ってしまったらしいぞ…。

「どぉーした、急に? 俺、そんなに気に食わないこと言ったか?」
「そういうわけじゃ、ないけど…」

ぶすっとした表情のまま、少年は俺を見ようとしない。
さてはこいつ…。

「はは〜ん? お前、ヤキモチ焼いてんなー」
「餅なんか焼くわけないだろ!」
「いやいや、そういう意味じゃなくってだなぁ。……ま、いーや。とりあえず言っとくが、お前だって十分可愛いぜ?」
「本当!? 本当にそう思ってる?」
「あ、ああ。もちろん。つか、性格も顔も俺の弟よりだいぶ可愛い……ぞ。一般的に見たら」
「竜牙様から見たらどうなの?」
「いや、まぁ。日向はほら。家族だから。別格だから」

回答をはぐらかす俺に、少年はご立腹らしい。
ぷ〜っと頬を膨らませたまま、しばらくは会話をしてくれなくなってしまった。
ったく、これだからガキはガキで困る。
家族に対する愛情と他人に対する愛情なんて、比べようがないだろうが。

「……ところでさ、お前の家って本当にこっちで合ってるわけ?」
「ん〜。多分この道を通って来た…ような、気がするんだけど…」

曖昧な言葉に頭を抱え込んでしまいそうになる。
こんなんで、本当に家に辿り着けるのだろうか。
ここは暴力団組員の矜持を捨てて、警察や市役所に頼るべきなのか…。
憂鬱な気持ちになっていると、少年がグイッと腕を引っ張ってきた。

「わわ、何だよ!?」
「ここ、この木っ。この木がある角を曲がって真っ直ぐ行けば、家に着くはずなんだよ!」
「そ、そうなのか…?」
「うんっ」

少年はにっこりと微笑んで、駆け出した。
勿論手は繋いでいるままなわけで、俺も走り出すことになってしまう。

「おい、手ぇ離せよ! もう帰り方が分かってるんなら、俺が着いてく必要はねぇだろ!?」
「……え?」

少年が足を止めて振り返る。
しかし悲しい哉、人間そう簡単には止まれない。
俺は思い切り少年に激突してしまい、二人して地面に寝転がる羽目になってしまった。

「いってぇ〜! お前なぁ、いきなり止まんなよ!」
「……帰っちゃうの?」
「は? そんなの当たり前だろ。もう俺が面倒を見る必要はねーわけだし。それにな、お前の家族に俺が一緒にいるところ見られるのは、あんまりよくない。お前だって、俺と一緒にいた男達を見たんだから分かるだろ? 深夜に公園でたむろって酒飲んで、中には薬でラリッてる奴さえいた。そーいう奴らと俺は一緒なわけ」
「一緒じゃないよ…」
「そりゃ、俺は薬には手ぇ出してねーけど。でも同類であることは事実だ。だからほら、早く帰れ。ここでお別れだ」

少年は決して頷くことなく、じっと俺を見つめた。
何度見ても思う、純真な心を映す綺麗な瞳だ。
涙が滲み出したのか潤んでいるくせに、妙に力強い光を秘めているそれに、俺は観念することにした。

「分かった、わーかったよ。家までちゃんと、責任もって連れてってやるよ。ただ、前までだからな。着いたら、即さよならだ。いいな?」
「……うん。それでも、いいよ」
「よし。んじゃ、行くぞ」

俺と少年は再び歩き出した。
今度は俺の方から、彼の手を握って。

「……ね、竜牙様」
「あん? 何だよ」
「今度会ったとき、また一緒に遊んでくれる? こうやって手、繋いでくれる…?」
「一緒に遊んだつもりはねーんだけどなぁ。ま、いいぜ。……会えたのなら、な」

嬉しそうに少年がはにかむのを横目で見ながら、微かに俺も笑む。
子供っていうのはどうしてこんなにも簡単に、荒んでいた心を潤せるんだろうな。
少年の家に着くと、俺は感謝と愛情を込めて、彼の頭を撫でてやった。

「子供扱い、するなよーっ」
「十分子供だろーが。こんなトコで怒るところもな〜」
「何だよー!」
「はっはは、ポカポカ殴られても痛くねぇぞ? ……さて、俺はもう行くから」
「あ、うん。…ばいばい」

またね、と手を振ってくる少年に、俺はあえて返事を返さなかった。
未だ掌に残っている、けれど消えつつある彼の温もりに、どこか名残惜しさを覚えながらも歩き出す。
一度だけ、家の表札を確かめて。

「相楽……か」

会う機会はもうないだろうし、その方がいいのだろうけれど。
それでも数少ない俺の子供との触れ合いの記憶として、脳に刻んでおくのもいいだろう。



―――などと感傷に浸ったその翌日に、倉庫にやって来てしまった少年と俺は再び出会うことになるんだけども。





    TOP  BACK  NEXT


楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル