6. 平凡な恋がいい!



 定期テストを控えている学生にとって、日曜日は最高の勉強日和だ。
苦手な日本史をさっさと片付けてしまいたくて教科書を開いたはいいものの、これでもかという程に内容が頭に入ってこない。しまいには人名の漢字がゲシュタルト崩壊してきた。

「あああ、もうっ。登場人物が多すぎなんだよ!! っていうか、テスト勉強できるような精神状態じゃないんだよおおお!!」

 悲痛な叫びを上げながら机にバタンと突っ伏する。その勢いで消しゴムが床に転がり落ちたけど気にしない。

「……くそぅ」

 心はモヤモヤ、頭はぐるぐる、ため息は何度ついても足りないくらい。
 ――その原因は勿論、榊原にある。
 幼馴染がホモだっただけでも割と衝撃的なのに、そいつの好きなやつが俺で、しかも覚えてないだけで既に抱かれていただなんて。
 いつの間にやら一線を越えてしまっていたことに項垂れながら、そっと唇を人差指でなぞってみる。

「……榊原の唇、柔らかかったな」
「もっかい、キスするか?」
「……え?」

 唐突に降ってきた声に、ガバッと上体を起こす。戸口に寄りかかるようにして榊原が立っていた。

「なっ、ななな……何でお前がここにいるんだよ!!?」
「安西の母さんに上がらせて貰った。ノックしたけど、気付かなかったみたいだな」

 榊原は後ろ手にドアを閉めると、鍵を掛けた。それから、ポイッと何かを投げて寄こす。消しゴムだ。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして。……体調、大丈夫か? 見たところ元気そうだけど」
「まだちょっと微妙なとこ、かな。でもこのくらいなら、気にする程でもない。もしかして、心配して様子見に来てくれたのか?」
「まーな。アフターケアは大事だろ?」

 気さくに笑いながら、榊原は床に腰を下ろす。それから机上に広がる勉強道具に目を留めて、眉を僅かに持ち上げた。

「安西、もしかしてテスト勉強やってたのか?」
「ああ。早めに対策しておこうと思って」
「偉いなー。セックスしない?」
「えええええ!? このタイミングで普通そういうこと言うかぁ!?」

 軽快なノリで誘ってきた榊原にドン引きする。いくらなんでも唐突すぎるだろ。

「絶対文脈可笑しいって! ここはお前、お邪魔みたいだからお暇するねー、くらい言えるような人間になろうぜ!?」
「だって安西がキスしたそうな顔してたから。先に誘ってきたのはそっちだろ?」

 全くもって身に覚えのない理由から、榊原はセックスをしようと身をにじり寄せてくる。じりじり後退していけば行き着く先はベッドなわけで、冷や汗が流れ出た。

「榊原、俺はさっきも言った通りまだ体調が!」
「分かってるよ。気にする程じゃないんだろ? 存分に楽しまさせてもらうさ」
「ちょ……っ、ン…」

 言おうとした文句は榊原の唇に吸い込まれて消えた。相変わらず凄まじい強引さだ。硬く引き結んだ俺の唇をこじ開けるようにして彼の舌は口内に入ってくる。

「ん……ちゅっ、ぁ…っふ」

 敏感な粘膜同士の触れ合い。抵抗なんて出来るはずもなかった。榊原の熱烈な舌遣いに翻弄され、身体は火照り、思考は甘くとろけていく。
 ――ああ、やっぱり柔らかくて気持ち良い。
 繰り返し角度を変えては押し付けられる唇の感触にぼんやりしていると、ズボンの前を寛げられ、下着の中に手を差し入れられた。

「ふ、ぁ……ッ!?」

 キスの心地よさにすっかり酔っていた俺は、突然の刺激に目を見開いてビクッと身体を跳ねさせた。

「ん、ゃ……あ、ふっ……」

 大きな掌に包み込まれ、竿全体を優しく擦られれば、重ね合わせた唇の隙間から声が洩れる。くちゅくちゅと卑猥な音が鳴り始めるまでに、時間はそう掛からなかった。

「……いやらしいな。ちょっと触っただけなのに、こんなに張り詰めて、ぬるぬるにして。それに凄く熱い」
「ぁっ、ゃあ…んっ」

 榊原の指が括れを扱き、溢れてきた蜜を先端の窪みに塗り込める。直接的で、でもどこかもどかしい刺激。たまらず腰を揺らすと、榊原が満足そうに目を細めた。

「安心しろよ。ちゃんと気持ち良くしてやるから」
「ゃあ…っ」

 榊原は俺の身体を抱え上げると、ベッドに横たわらせた。すぐに組み敷かれて身動きを取れなくされてしまう。

「さ、榊原……っ」
「ここまでしたんだ。今更ヤりたくないなんて言わせないからな」
「あ……っ」

 榊原の手が、少しだけ乱暴に俺の服を捲った。途端にキスマークだらけの肌が露わになる。この前の情事の名残であるそれに、榊原は僅かに目を細めた。

「まだ、記憶は思い出せてないんだよな?」
「あ、ああ」
「そうか……」

 榊原はまだ痕のついてない箇所に唇を寄せると、強く肌を吸い上げてきた。

「ん、ぅ……っ」
「今度は、忘れさせない」

 首筋や鎖骨、横腹や腕。様々な場所に朱を散らしながら、榊原は俺の足からズボンと下着を引き抜いていく。
 下半身を剥き出しにされる羞恥に耐えていると、榊原の指が後孔に伸ばされた。触れるか触れないかの絶妙なタッチで後孔の周りをなぞられて、ひくひくと切なげにそこが蠢く。

「……誘ってるみたいだな。記憶には残ってなくても、身体は覚えてるってところか?」

榊原はふっと唇を笑ませると、長い指を中に差し入れてきた。

「ひぅ……っ!」

 すんなりと奥まで入った指は、襞をゆっくりと撫でつけいく。チ×コを弄られているときとは違う深い快楽の波に背筋が戦慄いた。

「安西、ここ弄られるの、やっぱ好きなんだ?」
「っ、……あぁっ……」

 脳が内側からトロトロ溶かされていく感覚。榊原の言葉を否定したいけれど、否定するだけの要素が見つからない。だらしなく開いた口から零れるのは、ひどく鼻にかかった嬌声だけだ。

「はあっ、んっ……ぁあっ…!!」
「すげー可愛い」

 ビクビク痙攣する俺の身体を愛おしそうに見つめながら、榊原は空いているもう片方の手を胸に滑らせてきた。ぷっくりと勃ちあがっている乳首をつつかれ、新たに加わった悦楽に涙が零れる。

「いやぁっ、もっ……許してえっ」
「許してって、それじゃ俺が虐めてるみたいじゃないか」

 榊原は苦笑しながら、俺の胸へと顔を近付けてきた。

「あっ、だ…だ、めっ……ん、あぁ!」

 制止の声も虚しく、榊原の舌が俺の乳首を舐る。熱く濡れたそれにくすぐるように乳頭を舐められたり、全体を吸い上げられると、限界まで反ったチ×コがびくんびくん脈打った。

「んっ、あっ、あ! イキそっ……」
「まだダメだぜ、安西」

 榊原は俺のチ×コを押さえつけると、中から指を引き抜いてしまった。

「あっ……ひど、いよぉ……」
「……泣かなくたっていいだろ? 指なんかよりも、もっと太いので擦ってやるから」
「ん……太い、の……」

 それが何か分からないほど、俺も馬鹿じゃない。微かな恐怖と淡い期待に胸をざわつかせながら、そっと瞼を閉じる。
後孔にあてがわれる熱の塊。それはまるで元から一つだったとでもいうように、ごく自然に、俺の中へと沈んでいった。

「っふ、……やっ、あぁ…ッ!!」
「……っ、安西の中、キツイな」

 榊原がゆっくりと腰を動かし始める。内壁が擦られ、引きずられる感覚に、腿がびくびく痙攣した。

「あっ、ぁっ、あ…やっ、……いいっ、気持ちいいよぉっ」
「安西……っ」

 榊原は俺の足を両肩に担ぐと、激しく揺さぶってきた。一番感じる箇所をピンポイントで突かれて、チ×コから白い液体がとろとろ零れ出す。

「ぁっ、イッちゃった……イッちゃったよぉ……っ」
「っ…エロ。どんだけ俺を煽れば気が済むんだよ、安西は……!」

 榊原は唸るように言って、達した快感にビクビク震えている俺のチ×コを掴んだ。そのままぐちゅぐちゅと上下に擦り立てられ、悲鳴に近い声を上げる。

「あぁ、もっ……無理だよぉ!!」
「嘘つき。ほら、見てみろよ。安西のここ、勃起してるぜ? まだイケるんだろ?」

 榊原は低く笑いながら、チ×コの先端を親指で扱く。もちろん、最奥を何度も貫きながら。

「やぁ……あっ、そこっ…ごりごりしちゃ…ぁあんっ、だ…だめぇっ! お、可笑しくなっちゃう!」
「なればいいだろ? 見ててやるよ。だからほら安西、もっかいイってみろ。俺の前でチ×コから精液、ビュクビュク出してみろよ……っ」
「あっ、やっ、やだっ……だめ、ンっ…あぁっ! あああッ」

 ギリギリまで引き抜かれた榊原のモノが、再び中を強く穿つ。叩き付けるような勢いで最奥に熱の奔流が注がれ、それとほぼ同時に俺は榊原の掌に大量の白濁を放った。

「はあっ、はあっ、はあっ」
「はあ、はあ、はあ……大丈夫か、安西」
「なんとか……」

 残滓まで互いに出し尽くした俺たちは、肩でゼェゼェ息をしていた。全身が汗と精液でぐっしょりで、額には髪が張り付いてしまっている。

「……悪い。本当はもっと、優しくするつもりだったんだけど」
「ん……別に、いい。それより早く抜いてくれ」
「あ、ああ」

 ゆっくりと俺の中から榊原のモノが引き抜かれていく。
 蓋をなくした後孔は、ひくつきながらシーツに精液を零した。ほんのり赤色が混じっているのは、前回のセックスによってできた傷が完治していなかった証拠だろう。

「……俺、本当に榊原とヤってたんだな。っていうか、またヤっちゃったんだな」

 痛む腰をさすりながら上体を起こす。部屋には雄の臭いが充満していた。

「まさか、ショック受けてるのか?」
「受けない方が可笑しいだろ……。だって俺たち、男同士なんだぞ? それなのに……こんなこと、して。しかも、気持ち悪いと思わないだなんて」

 気付いてしまった事実に、頭が殴られたようにガンガン痛む。
 榊原とのキスも、セックスも。恥ずかしい、という点を除けば嫌じゃない。触れられれば伝わってくる体温に落ち着くし、どうしようもないほどに感じてしまう。背徳感こそあれど、生理的嫌悪感なんてこれっぽっちもない。むしろ、もっと続けたい、とさえ思ってしまう。

「何でなんだろ。何でこんな……っ」
「安西にホモっ気があるからなんじゃねぇの?」
「ばっ……ばか言うなよ!!」

 反射的に否定した俺に、榊原は愉しげに目を細めた。

「ムキになるところとか、ますます怪しいよな」
「勝手に言ってろ!」
「すぐ拗ねる。……何でそんなにノンケであることに拘るんだよ?」
「……ゆ、夢があるから」

 シミのついたシーツを握りしめながら言うと、榊原が興味深そうに身を乗り出してきた。

「初耳だな。ホモじゃ叶えられない夢なのか?」
「ああ。ってか、別にそんな大層な夢じゃないからな!? 期待して聞くほどのものじゃないぞっ」
「いいから言ってみろよ。気になる」
「……ん、その……子供が、欲しいんだ」

 榊原の瞳が小さく揺れる。間近でそれを見ながら、俺は言葉を続けた。

「結婚して、子供を生んで、両親に抱かせてやりたい。平凡で、どこにでもあって、でも幸せな……そういう家庭を築きたいんだ。お、可笑しいかな? こんなの、夢って言えないかな」
「いや、良い夢だと思うぜ。……そりゃ、そうだよな。ホモカップルなんて社会から容認されてないし。子供を抱かせるどころか、両親に言うことすらできないもんな。嫌に決まってる、か」

 目を伏せた榊原はひどく辛そうで、見ていると胸が痛くなった。

「ごめんな、榊原」
「謝るなよ。余計悲しくなるだろ? 安西の気持ちはよく分かった」
「ほ、ほんとか? それじゃあ――」
「でも、俺がお前を好きなことに変わりはない」

 榊原は俺の両肩を掴むと、唇を頬に押し付けてきた。

「ちょっ……!? もう止めろって、こういうことするの! 人の話、ちゃんと聞いてたのか!? 俺はホモになりたくないし、だからこそお前とこういうことするのも……」
「安西に夢があるのなら。その夢よりも、俺を選ばせてみせるだけだ」
「~~~ッ!!」

 ベッドに押し倒され、耳朶を口に含まれる。太腿にあたっている榊原のものは既に熱く勃っていた。

「さっ、散々ヤったのに! まだするつもりなのかよ!?」
「回数なんて関係ない。俺はいつだって安西に飢えてる。全然、足りないんだ」
「やっ、ぁ…んんっ!」

 中に挿れられ、激しく突かれれば、萎えていたはずの俺のものは簡単に天井を向き始める。早くも蜜を滴らせ始めた鈴口をくりくり弄ってくる榊原に、俺は観念したように目を瞑った。


 ――結局コイツには、何を言っても無駄らしい。




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