「予言」
急に、ユージンが鋭い声を上げた。そして、信じられない、と言いたげな瞳をライナスに向けて言う。
「まさか、嘘だろう?」
「──どうか、ユージン様。私はこの国のために」
「この国のため? 解らない。何を言っているのか解らない。一体、何を考えているのだ」
ユージンは乱暴に自分の頭を掻き、眉間に皺を寄せる。それから、真っ正面から挑むような目つきでもう一度ライナスに目をやった。
「駄目だ、それは間違っている」
ユージンの声はわずかにかすれていた。しかし、確固たる意志がそこに感じられる。絶対に受け入れられない、という響き。
彼は俺のそばから離れ、ライナスの前に歩いていく。ライナスはユージンの瞳を見つめ返し、ただ静かにそこに立っていた。
ユージンの声が低くなった。
「あなたのやっていることは謀叛だ。予言を知っているなら、この行動が引き起こす結果を念頭に置いてのことだろう。この国の王であるレイン陛下を王位から引きずり落とそうという考えしか読み取れない」
「それの何がいけないのですか」
ふと、ライナスの声も険のあるものへと変わる。もともと悪かった顔色も、さらにくすんだものとなる。怒りや失望といった感情のためなのか、その指先も震えていた。
「全て、この国のためを思ってのことです。レイン様が陛下ではこの国は」
「しかし、実質的に彼が王なのだ!」
ユージンがその風貌には似合わぬ怒声を上げた。
彼もまた、ライナスと同じくらいに青ざめていたと言っていい。
しかし。
そんなことはどうでもいいんだ。
そう、俺にとっては。
「ヘイ」
俺は椅子に座ったまま、かすれた声を上げた。「そこのにーちゃん、クソジジイ」
俺の手がテーブルの端をしっかりと掴み、ぶるぶると震えている。もちろん、震えているのは手だけではなく、身体全体もなのだが。
「そういったことは後でやってくれ……」
俺は俯いたままそう続けたが、どうやら俺の声は聞き流されているらしい。
そうしている間にも、全身に走る甘い疼きはどんどん強まってきている。呼吸が乱れ、唇さえ震える。
早く、どうにかしないと。
そうしないと。
俺が必死に唇を噛んで、ライナスたちへと視線を上げる。
すると、ライナスがユージンに向かって何か話しかけようとしている。俺のことなんか、まるで忘れてしまったかのように。
で、それを見た俺はといえば。
キレたのである。
「ちゃぶ台返しすんぞ、ゴルァ!」
と、掴んでいたテーブルを思い切り手で持ち上げて、その勢いのままひっくり返す。とても重量のあるテーブルだった気がするが、人間、火事場の馬鹿力という超能力を持っている。テーブルの上にあった料理の皿や燭台、飲み物の入ったグラスが宙を舞い、凄まじい音を立てて床の上に散らばる。
ライナスもユージンもさすがに虚を突かれたように目を見開いて、俺を見つめて身体を強ばらせていた。
俺は肩で呼吸を繰り返しながら、彼ら二人を睨みつけて叫ぶ。
「ぐだぐだうるせえんだよ、こちとらそれどころじゃねーんだ、さっさと『これ』をどうにかしやがれ!」
「……それは」
ユージンが茫然と俺を見つめながら言葉を探した。
すると、ライナスがため息をこぼしながらかすかに頷く。
「ユージン様、彼を」
「違う!」
俺はライナスの台詞を遮った。そして、自分の身体を見下ろして途方に暮れた。駄目だ、見ていられない。
いや、だから、つまり。
ズボンの前が。
「くっそー……」
俺はその場に膝をつき、深呼吸を繰り返す。そうしたら、ちょっとはこの身体も落ち着くかと儚い望みを抱いたのに。
「……んん……」
俺はただ、目を閉じて喉の奥から上がりそうな変な声を押し殺した。
「レインを呼んでくる」
ユージンが慌てたように言う。そして、足早にドアの方へと歩き出した。
「ユージン様、少しお待ち下さい」
それを、ライナスの力無い声が追う。「もう少しお考え下さい。私はもう、長くはありません。どうか、もう一度考え直しては下さいませんか」
「無理だ、ライナス。この少年はレインのものだ」
ユージンは振り返りもしなかった。ドアのところで少しだけ足を止め、こう応える。
「あなたを尊敬していたのに残念だ」
そう言い残した後、ユージンは廊下へと出ていってしまった。そして、残されたのは俺とライナスだけ。
だーれがレインの『もの』だって話だよ。
もの扱いされてたまるか、と叫びたい。だが、あの予言がある限り、俺はただの『この国を手に入れるための手段』としか見てもらえないってことだ。
くそ。
俺は荒い呼吸の合間にかろうじて声を上げた。
「……そんなにこの国が欲しいのかよ」
すると、心外だと言いたげな声色でライナスが返してきた。
「私はユージン様の方が王として相応しい方だと思いましたので、こうしたまでです。レイン陛下では」
「あんたの好きだった前の王と比べて、つまらない男だからだろ? あのユージンという男だって、あんたの好きな前の王とは」
「しかし、レイン陛下よりはずっと素晴らしい王に……」
「けっ」
俺は何とか皮肉げに笑って見せる。「そういうヤツに限って、誰が王となろうと気に入らねえんだよ。どうせ、あのユージンとかいう男が王になってたって、今頃同じことを言ってたはずだね」
ライナスが何を馬鹿な、と言いたげに首を振った時。
「コウジの言う通りかもしれん」
と、聞き慣れた声が響いたのだ。
いつの間にかドアが開いて、無表情のままのレインが立っていた。そして、その背後には硬い表情のユージンが。
レインはライナスを見つめていたが、その瞳には何の感情も映っていない。それは、見る者を戸惑わせる輝きだったと思う。
「残念だ、ライナス。私は勘違いをしていたようだ」
レインがゆっくりと俺のところに歩み寄り、膝をついたままだった俺を助け起こす。その手が俺の腕を掴んだだけで、俺の身体に奇妙な震えが走る。変な声が漏れそうになったのを隠すために、俺はレインに顔を見せないように俯いたままだった。
「すまない、コウジ」
レインがそう俺に囁くと、椅子に俺を誘う。俺がそこに腰を下ろした後で、その視線をライナスへと向けた。
「ケイトが言っていた。言わねば伝わらぬこともある、と。それは事実だった。お前はこの国のことを考え、私を助けてくれるのだとずっと信じていた。……まさか、私のことを助ける価値のない人間だと考えているとは思っていなかった。つまり、私が馬鹿だったのだ」
レインの声は平坦だ。
何の感情も混じらず、淡々と紡がれる言葉。それは、感情が入っていないはずなのに、どこか淋しげでもあった。
「如何様にも、処分をお決め下さい」
ライナスは冷ややかな表情でレインを見つめ、その場に膝をついてうやうやしく頭を下げる。しかし、その内面がその行動と相反することをレインはもう知っているはずだ。
俺が息を詰めて彼らを見つめていると、レインも冷ややかに言った。
「ライナス、お前はもう体力的にもここにいるのは難しいだろう。辺境の村で静養するといい。……この意味が解るな?」
「その地に監禁、でございますか」
ライナスがふ、と笑った。
その二人の様子を見ていると、彼らは絶対に解り合えない、という気がする。
お互い、拒否し合っているような気がするのだ。
だが、レインはわずかにその表情に苦しげな色を見せた。
「……お前の今までの功績を認め、今回の件はお前の家族には伝えぬ。私の優秀な配下であったままにしておこう。しかし、その家族はこの国に留めおき、私の監視下に置く。もしもお前が同じ事を繰り返そうとした時のための人質となる。とても……残念だが」
ライナスは頭を下げたまま、何も言わなかった。
レインの後ろに立ったままだったユージンも、何も言葉が見つからないようだった。苦しげにライナスの様子を見つめたまま、かすかに吐息を漏らした。
そして、やがてレインが眉をひそめた。
それまでの彼のものよりももっと力無い声で、その頬に浮かんだ笑みは痛々しいまでに哀しげなもので。
「何故、こんな手段を選んだ? もっと簡単な手段があったろうに。私が王として相応しくないとお前が思ったのなら、こんな回りくどいやり方ではなく別の道があった」
その声を聞いて、ライナスがわずかに怪訝そうな表情でレインを見上げた。
すると、レインは苦笑混じりに言った。
「簡単だ。周りに知られぬよう、私の食事に毒を盛ればいい。私はこれまで一度もお前の忠誠心を疑ったことはない。お前が運んできたのなら、どんな物でも口にするだろう。そうして、日々、少しずつ毒を盛ったのなら誰にも気づかれまい。そして、やがて私が死んだらお前が実権を握ればよかったのだ。誰もお前を疑わん。前王の信頼の厚かったお前なら」
「そんなやり方は許されません」
わずかに、ライナスが不本意そうに眉根を寄せた。「私は陛下の命を奪うつもりはありませんでした」
「王位を奪うつもりはあってもか?」
レインは声を上げて笑った。
ライナスはそれに対しては何も応えず、黙り込む。
やがて、笑い声を消すとレインはその声を低くした。
「せめて、ユージンは巻き込まずに欲しかったな、ライナス。彼は本当にお前を尊敬していた。誰よりもお前の体調を気遣っていたのは彼だ。お前を心配してこの国にもやってきた」
ライナスの視線がそっとユージンに向けられる。
その途端、ユージンが居たたまれない、と言いたげに一歩下がる。
レインは静かに続けた。
「……お前はユージンが真面目な男であると知っていた。ならば、この話に乗らぬとも予想がついたのではないのか。それを、無理矢理この件に引きこもうとして彼を……失望させた。とても残念だ」
「申し訳ありません」
やがて、ライナスは短く呟く。それは、少しだけ苦しげではあったけれど、後悔しているような様子はない。自分のやったことが間違いではなかったと思っている人間の持つ瞳のままだ。
そしてレインは俺のそばにやってきた。
その頃の俺はもうすでに意識が朦朧としていて、椅子の上で熱い吐息を吐いているだけだった。だから、レインの手のひらが俺の額に触れたとき、小さく声を上げてしまっていた。
「そしてお前は、こうしてコウジすらも巻き込んだ」
レインの声は沈んでいた。苦しげに続けられた声は、いつになく切なげでもある。
「私を攻撃するのではなく、私以外の人間を傷つけることを選んだ。それが本当に残念なのだよ、ライナス」
「レイン……俺」
俺は必死に彼の腕を掴んだ。もう、こいつらの会話なんかどうでもよかった。とにかく、楽になりたかった。
「もう、駄目、かも」
「すまない」
レインが俺の耳元で囁いた。その吐息が耳に届いただけで、俺は身をよじってしまう。
くそ、こんなの俺の身体じゃねえ。
「こんなつもりでこの国に呼んだわけではない。本当に、すまない」
レインは今にも消え入りそうな声でそう囁いた後、俺の身体をまるで荷物のように肩に担ぎ上げる。
「おいっ」
俺は何とか降りようとしたのだが、身体に全く力が入らない。下手に身体をよじれば、レインに密着した肌が奇妙に熱を帯びる。だから、俺はレインのなすがままになるだけだった。
「ユージン、ライナスを頼む。逃亡はしないと思うが……」
レインがそう言うと、ユージンが小さく頷いて見せる。そして、俺たちが部屋を出ていくのを見守った。
出ていくというか、正確に言えば、レインが俺を担ぎ上げて歩いていくのを、というべきか。
俺は情けない気持ちになりながら、自分の部屋へと連れていかれたのだった。
「ケイトを呼ぼう。お前が飲まされた薬を中和できる物を持っているかもしれん」
レインは俺をベッドの上に横たえた後、さっさとドアの方へと戻ってしまう。
くそ。
「待て」
俺は慌てて声を上げる。「こんなところ、見られたら」
「安心しろ、ベッドのところには近寄らせないようにする」
レインの声が廊下の近くから聞こえる。そして、それに続いて誰か召使いを呼ぶ声も。
俺は必死にベッドの上に起き直り、自分の思い通りにならない身体を持てあましていた。
いっそのこと、レインもここから出ていってもらいたかった。そしてドアに鍵がかかるのなら、それをかけて一人きりになりたかった。
そう、誘惑に負けそうだったのだ。
そして事実、もう負け始めていたのだろう。
俺は躊躇いながらも、自分のズボンの前に手を触れた。途端、俺の性器がびくりと反応するのが解る。
レインの足音が近づいてくるのに気がつき、俺は慌てて叫んだ。
「くるな!」
「コウジ?」
レインが寝室のドアのところで足をとめ、ベッドの上にいる俺を見つめる。俺は何もなかったようなふりをして、手をズボンの前から退かしていた。でも、目の前が霞んで見えていた。呼吸が乱れて、どうにもならない。
「出ていってくれ」
俺がそう言っても、レインはそこから動こうとしなかった。それがもどかしい。彼さえここにいなければ、俺は好きにできるのに。自分の思うように、自慰でも何でもするだろうに。
「頼む、から」
俺の声は、だんだん泣きそうな感じになっていた。
ズボンの中にしまわれたままの性器が、まるで痛いくらいに張りつめていて、早くそこから引っ張り出したいという欲求に駆られる。そして、思うがままに擦り上げたいという思いにも。
でも、そんな自分を誰にも見られたくなどないのに!
「すまない」
俺はどうやら、ベッドに倒れ込んでいたらしい。
一瞬だけ意識が飛んだようで、気がついたらレインの顔が俺の目の前にあった。彼は俺のすぐ横に腰を下ろし、俺のシャツの襟を少しだけ緩めていた。
「つらいだろうな」
ふと、レインがそう呟いて。
彼の手が俺のズボンの前に触れた。
「あっ……」
反射的に、俺の喉から悲鳴じみた声が漏れた。それに気がついて、慌てて自分の口を手で覆う。
ジッパーの下りる音が聞こえる。
まずい。
そうは思ったものの、レインの手で開かれたズボンからは、固くなった陰茎が今にも楽になりたいと言って飛び出してきそうなほどで。下着の上からでも、それが熱を持ってびくびくと震えているのが解る。
触るな、と言わなくてはいけないと解っていた。
出ていけ、と言わなくてはいけないことも。
でも。
彼の手が下着の下に滑り込んで、ゆっくりと肌を撫でた瞬間、そんなことどうでもよくなっていた。
「う……ん」
俺は必死に身体をよじって、彼に自分の顔を見せないようにした。
でも、噛みしめた唇からは出ない声が、鼻の奥から甘い吐息と共に漏れる。あまりにも心地よくて、どうにかなってしまいそうだった。
彼は俺のズボンと下着を途中まで脱がし、露わになった男性器を包み込むようにして握っていた。もう俺自身は先走りのもので濡れていて、彼がその手を上下に擦るたびに濡れた音を立てている。
その、音。
耳を塞ぎたいと思うくらいに、淫靡な音だと思った。
それと、俺のものではない、大きな手のひら。自分の手のひらではなく、他人のもの。そう考えただけで、気が狂いそうなくらい恥ずかしかった。
しかし、彼の愛撫によって、俺のモノはさらに固く立ち上がっていく。
優しく、それでいて確実に俺を追い上げていく手つき。その動きは慣れていて、躊躇いがない。
まずい。本当に、達きそうだ。
俺は遠く思う。
消えてしまいそうな理性の合間から、「レインは男だ」という囁きが聞こえてきそうだった。
「や、レイ……ン」
俺はつい、彼の腕を掴んでその動きをやめさせようとした。でも、彼の手はとまることがなかった。だんだん激しくなる手の動きに、ただ翻弄されて小さな声を上げる。
達しそうになるのを必死に我慢していると、レインが俺の耳元で囁いた。
「一度、達っておけ。楽になる」
「く……くそ」
俺は悪態をつきたい気分だったものの、その声には恥ずかしいくらいに力がない。それどころか、彼の愛撫をねだるかのような甘さも含んでいて、俺はそれを認めたくなくて必死に首を振る。
どうしよう。
俺はうっすらと目を開けて、レインを見上げた。すると、今まで見たことのない彼の表情がそこにあった。わずかに罪悪感の感じられる瞳であり、それでいて情欲に負けたような輝き。熱っぽく囁かれた次の言葉は、俺の快感のツボに直結しているようだった。
「好きだよ、コウジ」
「あ、あっ」
俺は甘い悲鳴を上げて精を解き放ってしまうと、レインが俺の額にキスを落としてきた。俺は虚脱してベッドに横たわったままで、それを拒否することも思い浮かばない。
すると、急にレインが立ち上がって寝室を出ていってしまう。そしてその直後に、廊下へと続くドアの辺りで誰かと話をしている気配が伝わってきた。
ケイトの声。
俺はそれに気がついたけれど、起きあがることもできなかった。
やがて、レインがグラスを手に戻ってきて、俺の横に屈み込んでくる。その手が俺の顎を掴み、そっと俯き加減にさせられた。
「飲めるか」
レインはグラスの縁を俺の唇に押し当てる。
俺はひどく喉が渇いていたから、必死にその透明な液体を飲み下した。それはさっき飲まされた変な薬の解毒剤のようなものなんだろうと思ったから、躊躇いなど一つもない。
「良い子だ」
ふと、レインが満足そうに微笑む。子供扱いされたことにむかつくべきなんだろうけれど、俺はまだそれどころではなかった。
一度達したとはいえ、まだじりじりと焼けるような感覚が身体の奧にあって、顎にかけられたレインの手すらに身体が震えてしまうのだ。
薬、いつになったら切れるんだろうか。
俺はただぼんやりとレインの顔を見つめていると、彼が困ったように笑う。
「そんな顔をされると、こっちも変な気分になる」
「変……」
俺はそう言い返そうとして、唇を噛んだ。
やっぱり、駄目だ。
身体が熱い。
俺はゆっくりとベッドに横になり、そのまま目を閉じた。
「扇情的な格好だな」
ふと、レインが囁いて、俺は今の自分の格好を思い出した。そして、慌てる。
俺はレインに寄って下半身はほとんど露わの状態で、上はまだシャツを着たままだった。でも、乱れたその姿は、とても想像したくないものだった。
隠さなくては、と思って俺は下着を引き上げようとしたものの、その弾みで自分の腹や太股に手が触れて、つい荒い息を吐いてしまう。
そして、また俺の男性器はゆっくりと立ち上がろうとしていて。
「薬が効き始めるまで時間がかかる。だから、我慢しろ」
俺はレインの行為を振り払うことができなかった。
彼の手はまた俺の陰茎に触れ、ゆっくりと愛撫を開始していた。今度は焦らすように、やわやわとくすぐるように。
そのもどかしさに身をよじりつつ、俺は情けない声を上げ続ける。
「も、う……駄目、だって」
俺の声がだんだん懇願のようになってきた。
追い詰められた情欲が、そのまま形となる。男性器の先端からは先走りの液が滲み出てくるものの、今度のレインは簡単にそれを解き放たそうとしてくれず、おれが達しそうになるとソレの根元をきゅ、と握りしめて押しとどめる。
「いや、だ。早……く」
情けないとか恥ずかしいとか言っていられなかった。とにかく、早く達かせて欲しくて彼を見上げる。そうしているうちに、身体の奧にどんどん変な熱がこもり始める。よく解らないけれど、ヤバイ、と思った。
「駄目だ、もう少し我慢しておけ」
俺の懇願など聞き流して、レインは男性器の根元を握ったまま、もう片方の手の指で俺の先端をぐりぐりと弄る。その気が遠くなるような、そして気が狂いそうになりそうな快感に、俺は喉を震わせ、両足のつま先まで痙攣させながら『その時』を待つ。
「レイン、もう、本当に駄目だって……!」
我慢の限界まできても、レインは俺を達かせてはくれなかった。俺は夢中で彼の背中に腕を回し、乱暴に引き寄せる。そう、あからさまに誘っている状態だ。でも、俺は自分が何をしているかなんて解っていなかった。とにかく、早く楽になりたくて仕方なかったのだ。
「コウジ、駄目だ。中途半端にすると、とまらなくなる」
俺の耳元で聞こえる声。
「何、が」
俺が必死に口を開くと、レインの片方の手が男性器から離れて双丘の合間へと滑り込んだ。
途端、身体が震えた。
反射的に腰が引ける。逃げだそうとしてしまう。
彼の指が、誰も触れたことのない穴へと届いたからだ。そして、その狭い穴をくすぐるようにして動き、小さな笑みがこぼれてきた。
「ここを使うはまだ、早いだろう?」
「やめ、そこはっ」
「だから、まだここだけにしよう」
レインのその台詞の後、また集中的に男性器の先端を嬲るように彼の指先が動き始める。そして、俺の喉から上がるのは甘い嬌声だけとなり。
散々焦らされ、俺は何だかとんでもないことばかり口走ったように思う。「早く」とか「もっと」とか「達かせて」とか、思い出したら憤死しそうな勢いだ。
俺はベッドの上で身悶えし、彼の愛撫をねだり、そして我慢のしすぎでほとんど意識が飛びそうになった瞬間にやっと達かせてもらえたのだ。
ものすごく凄まじいまでの快感に打ち震えた後、疲れ果てたのか俺は気を失ったのだった。
で、随分後に俺は目覚める。
窓の外はまるで朝焼けみたいな空の色をしていて、一体何時なんだろう、と思った。
部屋の中は静かで、俺以外には誰もいない。レインすらもどこかにいってしまったようで、ただ一人ベッドの上に横になっていただけだ。
気がつけば俺は洗い立てらしい服に着替えさせられていて、さっきまでの痴態などどこへやら、という風情。
さっきまでの痴態……痴態……。
「うがー!」
俺はベッドから勢いよく起きあがると、部屋中を歩き回って叫んだ。一気に何もかも思い出して、頭が混乱している。
「あれは夢だ夢だ夢だ夢に違いない」
俺は壁の前に立って一人自分に言い聞かせるようにして呟く。
変な薬を飲まされたことも、レインとあんなことをしたことも、全部俺の夢なんだ!
でも。
何だか頭がぼうっとするし、下半身がだるいのも感じる。
下半身?
だるい?
「やっぱり夢だー!」
絶対認めたくねえー!
俺は髪の毛を掻きむしりながら、目の前にあった壁に思い切り頭突きした。
がん、という鈍い音、背中を突き抜けるかのような激痛。
「今は夢じゃねえー!」
その痛みに涙を流しつつ、俺はもう一度、いや、数度、壁に頭突きを繰り返して。
「……コウジ、何をしている?」
突然、寝室のドアが開いて、目を見開いたレインが俺を見つめていた。
俺は頭突きのせいで額が割れ、吹き出した血が鼻の上を伝いそうになりながらかろうじて笑って見せた。
そして、震える声で言う。
「き、記憶喪失になってもいいかな?」