処女を抱いてるみたいだ。
それが最初俺が感じたことだった。
倉知を自分のアパートの寝室に連れ込み、明かりをつけて立ったまま彼を背後から抱きしめる。すると、腕の中で倉知が身体を強ばらせて俯いた。だから、その表情は見えない。でも、緊張しているのは間違いなかった。
俺は倉知の耳元にキスを落とすと、そのまま首筋を唇でたどる。俺の手は彼のネクタイを外してそれを床の上に落とし、シャツのボタンに手をかける。やがて露わになる白い肩が、ひどく印象的だった。
抵抗するだろうか。
一瞬、そんなことを考える。
やっぱり厭だと言い出すかもしれない。だって、俺たちは男同士だ。普通だったら、こんなことはしない。
でも、倉知は唇を噛んで俯いたままだ。俺の手が首筋から胸元に降りていった時、怯えたように肩を震わせる。でも、そんな怯えた様子が、俺の胸のどこかを刺激したのは確かだった。
わずかに乱暴に倉知の顎をつかみ、無理矢理上を向かせる。そして、不安げに俺を見上げた彼を見下ろしながら、その唇を奪う。倉知がかすかに声を上げようとしたが、それはお互いの唇の中に閉じこめられたようだった。
もう、どうにでもなってしまえばいい。
俺はどこか、吹っ切れたような感じになっていた。
お互いが男であるとか、どうでもいい。やってしまえばなるようになる。ただ、あまり不必要に乱暴にはしたくなかった。必死に俺のキスを受け止めている倉知を見ていると、そう思うのだ。優しくしよう。できるだけ、精一杯。
キスの合間に彼のシャツを脱がせ、その胸のささやかな突起に触れる。ただ触れただけなのに、倉知がびくりとその身を震わせた。
何もかも、女性とは違う。でも、ここも感じるんだろうか。たとえ、男でも。
慣れないながらもその突起に触れ、つまんで執拗にこねくり回すと、それがだんだん立ち上がってくるのが解る。それと同時に、倉知が少しだけ厭がるように身体を捩る。
俺が倉知の首筋に唇を這わせ、胸元にあった手をそのまま腹の方へ滑らすと、彼が小さく「あっ」と声を上げた。
やばい、可愛い。
おかしい。やっぱり俺、どこかおかしいと思う。相手は倉知だ。男だ。女じゃない。でも。
俺の手はわずかに躊躇った後、倉知のズボンの前に滑り落ちる。一瞬、どうしたらいいのか解らず、ただ優しく撫でる。これからどうしたらいいんだろう、と考えながらも、倉知がその唇を震わせているのを見ると、ひどく興奮した。
男がどうされれば気持ちよくなるか、俺も男だからよく知ってる。
その通りにすればいいんだろうか。それで大丈夫なんだろうか。
俺がゆっくりと倉知のズボンのジッパーを下ろすと、腕の中で倉知がかすかに首を振った。厭なのか、とその顔を見下ろしたが、倉知はひどく困惑したように俯いていて、その表情がはっきりと見て取れない。
俺はそのまま、彼をベッドの上に押し倒した。
その上にのしかかり、もう一度キスをする。その直前、倉知が恥ずかしそうに目を伏せたのが見えた。だんだん深くなる口づけ。俺の手が彼の下着の下に入り込んだ時、倉知がわずかに首を振って俺の唇から逃れた。
「藤崎……」
怯えたように囁く声。
俺も、男性のそれに触れるのは躊躇いがあった。でも、意外と嫌悪感はなかった。倉知の男性器に触れ、ゆっくりと撫でる。優しすぎる接触、まるで焦らすような。やがて、倉知がきつく目を閉じて顔を背けた。
倉知のモノが少しだけ反応している。もっと激しく愛撫すれば、もっと急激な快感につながるだろう。でも、俺はわざとゆっくりと手を動かした。
「……ん……」
倉知が小さく声を上げ、その直後、自分の声に驚いたかのように手の甲を自分の唇に押し当てる。
声をあげたくないらしい。羞恥に赤く染まった頬が、ひどく色っぽい。
時間をかけて彼のモノを刺激し、だんだん立ち上がってくるそれを見ながら、俺は確かに興奮していた。
「ふじ、さきっ」
だんだん激しくなる愛撫に、倉知が慌てたように首を振る。
中途半端にはだけた下半身が、俺の手の動きから逃れようと跳ねる。しかし、倉知が快感に流されていくのが解る。その瞳に滲む悦楽の色がもっと見たくて、俺は倉知の顔を覗き込んだ。
「ま、て」
倉知が俺の胸を押して、わずかに抵抗するような仕草を見せた。
でも、俺の手の動きはとまらない。
だから、倉知の抵抗もとまる。絶頂が近くなると、倉知の白い手が俺のシャツを掴んで苦しげに震える。「いかせて欲しい」と言われたら、すぐにでもいかせてやるのに、なんてことを考えた。
「あ、あっ」
倉知のかすれた声。びくびくと引きつる身体と、のけぞる胸。せっぱ詰まったような息づかいの後、倉知が両足を痙攣させながら達する。
虚脱したような視線が宙を彷徨い、それから俺の顔を見上げる。
「倉知」
そっとそう囁くと、倉知の頬に朱が散った。
「ごめん」
慌てたような彼の声。どうしたらいいのか解らないといった様子で、彼は自分の姿を見やる。怯えたような目で腹の上に飛び散った白濁を見て、泣きそうな顔をする。
「何で謝るんだよ?」
俺は苦笑する。「気持ちよくなかった?」
「……いや、その」
倉知は言葉に詰まったようだった。
そりゃそうだ。気持ちよくなかったはずはない。よかったはずだ。
だから、俺も……と思う。俺自身もひどく興奮していて、このまま終わらせることはできない。この続きは、多分、こうすればいいんだ。
俺は倉知の膝の辺りでまとわりついたままのズボンを下着ごと引き抜くと、それを床の上に放り投げた。すっかり裸になった彼は、電気の下で白い肌を俺に見せている。しかし、恥ずかしいようでその身を引いて、自分自身のそれを隠すように膝を立て、俺の視線から逃げようとしていた。
その、恥ずかしがっている様子が、俺の嗜虐心を刺激するなんて考えてもいないようだ。
だって、『あの』倉知がこんな姿をしているなんて信じられるだろうか?
いつもクールで冷静で、誰にも隙を見せない男だ。それなのに、今の彼の様子ときたら。
俺はボタンを外すのももどかしく感じながら、自分のシャツを脱ぎ捨てる。それから、倉知の膝を割り開いて、その双丘の間に指を進めようとした。
「ま……」
待て、と言いたかったのかもしれない。
倉知が不安げに俺を見上げた後、身体を強ばらせる。しかし、彼は唇を噛んで俯き、ただ震えていた。
俺の指は倉知の奥へとたどり着き、その入り口でとまる。
このまま入れていいんだろうか、と思う。あまりにもそこはきつく閉じていて、倉知も怯えたように身体を強ばらせ、不安に震えているように思えるのだ。
でも、二回目だろ?
これが初めてじゃない。
俺は倉知と寝たんだろ?
だったら――と自分に言い聞かせ、できるだけゆっくりと優しく、彼を傷つけないようにと気をつけながら、そこに指を沈めた。自分が考えていたよりもそこは狭く、指一本が入るのが精一杯といった様子だった。倉知も必死に唇を噛んでいる。
痛いんだろうか。
急に不安になった。
俺だけ気持ちよくても、意味がない。お互い、気持ちよくなれなかったら意味がない。
「倉知、ちょっと待っててくれ」
俺は倉知の耳元で優しく囁き、指を彼の中から引き抜いた。それから、ベッドから降りて部屋の中を見回す。
どこかにあったはずだ。
俺はタンスの中や机の引き出しの中を漁り、女と寝るときに使おうと思って随分前に買っておいたローションを探し出した。女とも使えるんだから、男が相手でも大丈夫だろう。俺はそんなことを考えながら、チューブの蓋を捻り、とろりとした液体を手の中に垂らした。
「……何」
倉知がベッドの上に身を起こし、不安げな視線を俺の手の中へと向ける。
「足、開いてくれ」
閉じてしまった倉知の膝を見て、俺は小さく笑う。すると、倉知が息を呑んで頬を染める。
ああ、やっぱり可愛いな、なんて思う。倉知って、実は男に好かれるような何かを持っているのかもしれない。そこら辺の女なんか目じゃない。何だよ、その仕草。恥ずかしげに目を伏せ、長い睫毛が震えているのが解る。狙ってやっているんじゃない……んだよな、多分。
「痛くしないって」
俺がわざとらしく彼の耳元にキスを落としながら言うと、倉知の膝がぴくりと震える。そして、ひどくゆっくりと、その膝が開いた。倉知は俺に顔を見られたくないようで、俺の視線を避けるように俯いたままだった。
ローションで濡れた指は、ひどくスムーズに倉知の中へと入り込んだ。二本くらい大丈夫かな、と思って指を増やすと、倉知が微かに首を振った。
「痛い?」
滑らかになったそこを指で掻き回しながら、倉知の耳に唇を押し当てる。
すると、倉知が小さく吐息を漏らした。少しだけほっとしたように、安堵の色を浮かべた瞳をこちらに向けながら。
「……大丈夫……」
でも、不安げな様子は消えない。
俺は少しだけ心配になった。やっぱり、気持ちよくないんだろうか。
だから、必死になって倉知の中を指で探り、気持ちいいところかないかどうか確かめようとした。
やがて、ある場所に触れると、倉知が慌てたように身体を捻る。それと同時に、倉知の柔らかなその場所が、俺の指を締め付けてきた。
「だ、めだ」
倉知が膝を閉じようとする。
「何で?」
彼の膝押し開きながら俺が訊くと、倉知はただ首を振る。
返事がもらえないなら、と思い、俺はまた指を動かした。倉知の身体が引きつる場所に。そこを徹底的に刺激してやると、倉知の呼吸が乱れた。熱い吐息が漏れ、そこが収縮を繰り返す。倉知のモノが立ち上がり、その先端から先走りの滴をあふれさせる。その滴が倉知の形をなぞって伝い落ちていく様が、あまりにもエロいのでこのまま彼の中に俺のモノを乱暴に突き入れたくなった。
入れる指を増やす。
ローションのために滑りがよくなっているとはいえ、さすがにきつい。でも、ここに俺自身を入れるのであれば、もっと広げてやらなくては無理だと思う。
「藤崎……」
びくびくと身体を震わせながら、俺の名前を呼ぶ彼。
俺は気持ちが高ぶってきていて、つい乱暴の彼の唇を奪う。そのまま半開きの唇の中に舌を差し込み、お互いのそれを絡める。倉知の吐息が熱く、そして甘かった。
「ふ……」
キスの合間に漏れる倉知の声が、あまりにも可愛い。
駄目だ、と思った。
一気に指を引き抜く。
俺は自分のズボンのジッパーを下ろし、脱ぐのももどかしく感じながら、俺自身を倉知のそこに押し当てる。
「痛かったらごめん」
小さくそう囁くと、倉知が目を開けて俺を見上げた。一瞬だけ、不安そうな表情がその目の中によぎったように見える。乱暴にはしないようにする、と思っていたのは一瞬で、入れるときに少し焦ったらしい。倉知が苦痛の声を上げ、それを隠すために唇を噛み、それでも漏れるうめき声を隠すためにその手で口を覆う。
「ごめん」
倉知の耳元でそう囁き、俺は動きをとめた。
倉知の中はあまりにも狭い。一気に最後まで埋め込んでしまったせいか、倉知の身体は俺を拒否しているようだった。きつく締め付けてくるそれは、早く俺を押し出してしまおうと収縮していた。
「力、抜ける?」
あまりにもきついせいか、俺は痛みを感じていた。
でも、倉知の方がもっとつらいはずだ。
なのに、俺はそんな彼に無体なことを願う。力を抜いて、俺を受け入れて欲しいと。
「んん……」
倉知が整った眉根を寄せ、苦しげに呻く。一瞬遅れて俺の言葉を理解したようで、泣きそうな表情で俺を見つめ直し、かすかに首を振った。無理だ、と言いたいんだろう。それでも、彼はやがて浅い呼吸を繰り返しながら、身体から力を抜こうとしてくれる。
くそ、乱暴に動かしたい。
倉知の悲鳴が聞きたい。
泣きそうな顔で「やめてくれ」と言われたら、「我慢しろ」と言ってやりたい。
でも、男だろ。相手は倉知だ。友人だ。
何だよこれ、俺はどうしたっていうんだ?
俺は倉知の頭を抱き寄せ、彼の腕が俺の背中に回るのを待った。すると、恐る恐るといったように彼の手が俺に伸びて、震えながらも抱きついてくる。
気がつけば、俺自身が彼の中でひどく硬くなっていて、抑えが効かなかった。それでも、乱暴にしたいのを精一杯抑えてゆっくりと動かし始めると、倉知が悲鳴を押し殺しているのが解った。
いつの間にか、倉知のモノは萎えていて、ただ苦痛が行き過ぎるのを待っているようだ。俺が動いていることが、彼の苦痛につながる。さっきまで赤く染まっていた頬は、今は青白くなっていた。
そう気づくと、俺は先ほど見つけた倉知の弱いところを狙って動き出していた。
感じてくれるだろうか。
少しでも痛みが和らぐだろうか。
優しく動けばいいということくらい、解っていた。でも、それができない。ごめん、倉知。俺は心の中で彼に謝る。
それでも、倉知の感じるところを擦りあげていると、やがて倉知の身体に変化が現れる。彼自身がもう一度立ち上がろうとしていて、その先端から透明な液が滴り落ちてくると、俺は嬉しくなった。
もっと感じて欲しい。
そして、イって欲しい。
やがて、倉知の息が上がってくる。快楽の波に乗せられ、困惑したように首を振り、俺にしがみついてくる。俺の耳元にこぼれる吐息、小さくかすれた声。
「ん、んんっ……」
絶頂が近づいて彼の身体が小刻みに震えると、俺もそれに合わせて注挿を激しくさせる。
ものすごく気持ちよかった。
よく解らない。俺の考えていることが。ただ、倉知があまりにも可愛かったから、ただそれだけだと自分に言い聞かせた。
「あ、あ、あ」
倉知が切ない声を上げ、喉をのけぞらせて達すると、俺も彼の中に己の精を解き放っていた。
お互い、しばらくの間、荒い呼吸のまま身体を重ねていた。
それでも、俺は何とか彼の中から自分を引き抜いた。そうしないと、またやりたくなるような気がした。事実、イった直後の彼はあまりにも艶っぽくて、汗で張り付いた髪の毛とか、呼吸のたびに震える、淡く色づいた唇とか、何もかもが『完璧だ』と思うのだ。
俺はしばらくの間、倉知の髪の毛に触れてそっと撫でていた。
やがて、倉知の瞳に力が戻り、俺の仕草に困惑したように眉根を寄せる。そんな表情すら可愛いと思う。
「……倉知」
俺は、何て声をかけようかと迷った。
できれば、デリカシーのない言葉は避けたい。俺は馬鹿だし、相手の気持ちなんてお構いなしに行動するのは確かだ。だからこそ、言動には気をつけないといけない。
何て声をかけよう。
倉知に嫌われないためにも。
何て言葉をかけたら。
「ごめん、帰るよ」
突然、倉知がそう言った。
俺はその意味が解らず、しばらく倉知の顔を見つめ返しているだけだった。倉知は俺の視線を避け、辺りを見回している。そして、床に散らばった服を集めようとベッドから降りた。
途端、倉知の足下がぐらついた。
「おい」
俺は慌てて倉知の腕を掴み、ベッドに引き戻す。「何でだ?」
彼を背後から抱きしめてその耳元で囁くと、倉知はその身体を強ばらせてぎこちなく返してきた。
「明日も仕事だ。もう休まないと」
「泊まっていけよ」
俺の声は少しだけ低くなった。怒っているわけじゃない。戸惑っていたからだ。
さっきまでセックスをしていて、終わったらこれ?
嘘だろ。
抱きしめている倉知の身体は、まだ熱を持っている。その首筋にキスを落とし、そのままゆっくりと舌を這わせると倉知が俺の腕を振り払って立ち上がる。
「いや、もう遅いし」
倉知の声は他人行儀だ。
何で?
さっきはあんなに……。
何だか突然、倉知に拒否されたような気がした。
由梨は、セックスをすると『情がわく』と言った。確かに俺はそうだと思う。でも、多分、倉知は違う。そうじゃないんだ。
厭だな。
ふと、そう思う。
俺ばっかり混乱している。何が何だか解らなくなっている。こんなのはフェアじゃない。
「風呂くらい入っていけよ」
俺はそう声をかける。すると、倉知が動きをとめた。どうやら、俺の言葉を考えているらしい。
そして、振り向かずに応えた。
「でも、もう遅いし……迷惑だろう」
「何言ってんだよ、俺は大丈夫。全然迷惑じゃない」
「……そうか」
また、倉知が考え込む。
そして、躊躇いがちに言った。
「借りてもいいか?」
「もちろん」
俺はほっとしてすぐに頷く。そして、大急ぎでバスタオルを用意して、倉知を風呂場に案内した。そして、彼がシャワーを浴びている音を部屋で聞きながら、彼が出てきたら何て言葉をかけようかと悩んでいた。
もしかして、気が変わって泊まるって言ってくれるかもしれない。
そして、さっきまでの行為を思い出して、照れたように笑ってくれるかもしれない。
そうしたら、俺は多分嬉しくなる。
でも。
しばらくして倉知が風呂場から出てくる。もう、元々着ていたスーツに身を包んでいて、帰る準備は万端といった様子で。
彼は俺を見つめ、薄く微笑んだ。
だから、俺も微笑み返す。少しだけ、期待を込めて。
でも、彼はこう言ったのだ。
「じゃあ、また明日、職場で」
「おいおい、それだけ?」
つい、俺はどうしたらいいのか解らず、冗談めかしてこう返す。「何だか、つれないじゃん。さっきまで俺たちは寝てたんだぜ? もうちょっと……」
「藤崎」
倉知が俺の言葉を遮り、困ったように笑う。
少しだけ、言葉を出すのを躊躇っていたようだった。
しかし。
「私たちは、身体だけの関係だと言った。君が言ったんだ。覚えているか?」
「え、ああ……」
虚を突かれて俺は間抜けな声を上げた。
すると、倉知が鋭い目で俺を見つめ直し、静かに続ける。
「ならば、けじめをつけなくては。ラインを引いていた方がお互いのためだ」
「ライン?」
「私たちは恋人ではない。そうなんだろう?」
倉知がわずかに首を傾げる。その仕草はとても魅力的なのに、何でそんなに素っ気なく感じるんだろう。
「だったら、こういうのは駄目だ。……お互い、駄目になる」
何が?
どういう意味だ?
俺は訳が解らなかった。
訳が解らなかったから、俺の口をついて出てきた言葉も、よく解らなかった。
「でも、寝てもいいんだろ? 身体だけの関係。お前はそれに納得したろ?」
「それは……」
倉知が困ったように唇を噛む。それに続く言葉はない。だから、俺が続けた。
「じゃあ、寝ようぜ。……これからも」
「藤崎」
倉知の瞳が苦痛に歪んだように見えた。
厭なのか。そう考えると胸の奥が痛くなった。
でも、俺は倉知のことが欲しかった。他のヤツにあんな姿を見せたくなかった。快楽に溺れる倉知の表情。それがあまりにも……あまりにも……。
「いいだろ? お前も悪くないって思っただろ? 感じた、よな?」
「しかし」
倉知が一歩後ずさる。俺から逃げるように。困惑したように見つめながら。
「身体だけでもいいじゃん。お互い、感じればいいんじゃないか? お互い、恋人ができるまでの間でいいんだ」
「……君に恋人ができるまで?」
倉知が苦く笑った。
俺も苦々しく笑う。
「いや、お前に恋人ができるのが先かもしれないけど」
俺がそう言うと、倉知はわずかに首を振って、そのまま俺のアパートを出て行こうとする。
「おい」
俺が慌てて彼の腕を掴んで引き戻したが、倉知は俺を見ようともしなかった。だから、乱暴にその顎をつかんで引き寄せた。一体、何度目のキスだろう。倉知の唇に深く俺の唇を重ね、その舌を吸いながら思う。わずかに抵抗する倉知の腕を押さえ込み、彼が抵抗をやめるまで倉知の口内を蹂躙する。乱暴に、そして優しく、執拗に、あらゆる手段を使って。
「君は……」
随分経ってから解放すると、倉知が恨めしそうに俺を見つめてきた。そして、何か言いたそうに口を開きかけ、思い直したように口を閉じる。
何だよ?
何が言いたい?
俺は挑むように彼を見つめ返し、彼の言葉を待つ。
でも、倉知はそのまま何も言わず、アパートを出て行ってしまう。俺はしばらくその場に立ったまま、身動きすらできなかった。
倉知という男が解らない。
とりあえず、男とセックスするのに嫌悪感はないらしいということだけは解った。俺とあんなに簡単に寝たんだから、多分他のヤツとも寝るんだろう。
くそ、むかつく。
俺は独占欲が強いらしいということも解った。
由梨と付き合っていた時より、今の方がもっとひどい。むしろ、由梨と付き合っていた時の方が淡泊だった。
倉知のことが欲しかった。誰にも渡したくないと思った。あいつは俺のモノだ、という意識すらわいた。
だから、また抱いたのだ。
仕事帰り、いつものようにクールな表情を見せている彼。そんなあいつと一緒に帰りながら、また俺はアパートに誘う気になった。いや、元々それを狙っていたと言っていい。
倉知は俺の目的を知って、その身体を強ばらせた。わずかに頬を青ざめさせ、俺を見つめた彼。
厭だ、と言われる前に彼の腕を掴んでアパートに引きずり込み、服を脱がせる。前回よりももっと執拗に、徹底的に快楽の中に追い詰めるように愛撫する。
倉知は俺の腕の中では従順だった。
足を開けと言えばその通りにした。俺にしがみついて、今にも消え入りそうな声で「藤崎」と名前を呼んでくれた。それだけで俺は幸せだと感じた。
でも、身体だけの関係だった。
それが悔しくて、悔しいと感じる俺が馬鹿みたいで、ひどく意固地になっていたと思う。
倉知を傷つけても、手に入れたいと思う。これは異常だ。俺がおかしいんだ。友達だったはずだ。友達にこんなことをしたら、どうなる?
嫌われてもおかしくない。
いや、もう嫌われているのかもしれない。
そうだろう? 由梨にだって愛想を尽かされたんだ。倉知にだって、もう愛想を尽かされているのかも。
どうしたらいいのか解らない。
でも多分、俺の行為は友人として間違っている。それは確かだった。