2月14日 4



 ――けじめをつけなくては。ラインを引いていた方がお互いのためだ。
 私は確かにそう言った。しかし、自分でもよく解っている。
 お互いのためなんかじゃない。
 自分のためだ。

 藤崎が何を考えているのか、想像したくはない。
 彼は私に『身体だけの関係』を求めている。そこには何の感情も含まれない。ただ、都合のいい相手がいるとだけ思っているのかもしれない。セックスしたくなったときにだけ、声をかければいい相手。それが私だ。
 我々は男同士で、恋愛関係になどなるはずがない。だから、藤崎は笑っていられる。でも、私はいつまで笑っていられるだろう? 何でもないふりをしていられるだろう?
 最初の夜のように、痛いだけならよかった。
 彼との行為が苦痛そのものであったなら、我慢するだけで済んだ。
 しかし、これでは。

 三度目の夜。
 藤崎は私を彼のアパートへ誘った。その行為を想像するだけで怖くなった。
 その理由は、あまりにも前回のセックスが――心地よかったからだ。
 前回、藤崎の手は優しかった。時折性急になったが、それでも私の……感じるところを探し、苦痛を与えないようにとしてくれたらしい。私は自分でも認めたくないほど、彼の手によって翻弄された。
 声を出すのも我慢しようとした。
 あんな、変な声を藤崎に聞かれたくなかった。もともと、彼は女性のことが好きな男だ。男である私があんなみっともない声を上げたら、嫌悪の目で見られるようで怖かった。
 男性の証である己自身が震えながら勃ち上がるのはあまりにも浅ましく、それを藤崎の手で撫でられると、ただ自己嫌悪した。感じなくてよかった。感じたくなかった。
 でも、快感には正直だったのだ。私の身体というものは。

「倉知」
 背後から抱きしめてくる藤崎の声が甘い。
 私はただ緊張して動くことができなかった。
 彼の唇が私の首筋を伝って降りていった時も、彼の手が慌てたように私の服を脱がせた時も。
 藤崎は私の服を床に落としながら歩き、私を寝室まで連れていった。その後は……私が考えていた通り。いや、考えていた以上に、藤崎の行為は情熱的だった。
 ベッドに押し倒され、私は藤崎の熱のこもった瞳を見上げる。彼の目には、私しか映っていない。そう、今だけは。
 彼のキスが降りてきて、私はただそれを受け止める。躊躇ったのは一瞬で、自分からそっと唇を開くと、藤崎の舌が入り込んできた。
 キスの合間に、彼が上着を脱ぐ。その慣れた動きが、少しだけ淋しかった。
 彼の心の中には、まだ『由梨』という人がいるんだろう。彼女のことを思いながら私を抱くんだろうか。多分、そうなんだろう。それはきっと、最初の夜と変わらないはずだ。
 でも、藤崎のキスは心地よい。
 彼の愛撫も、何もかも。
 彼の指が私の男性器に触れ、前回よりもずっと慣れた動きで撫で上げていく。優しく、的確な動き。私はただ、唇を噛んで息が乱れるのを誤魔化そうとした。
「声、聞かせてくれよ」
 ふと、藤崎が熱っぽく囁く。
 もちろん、私は首を振るだけだ。身体を強ばらせ、目を閉じて必死に唇を噛んでいると、彼の手が私の『奥』へと伸ばされた。
「足を開いて」
 そんな言葉すら優しく言えるのだ、彼は。
 どうしよう。
 ベッドに横になっているというのに、身体が沈み込むかのような眩暈すら感じた。
 すさまじいまでの羞恥心に身体が熱くなるのを感じながら、私は少しだけ足を開く。この行為は、私の心を暗い場所に引きずり下ろしているかのようなものに思える。自ら男性を受け入れるための、浅ましい行為。それは、私から自尊心といったものを奪っていく。私を『倉知忍』という自我のある男性ではなく、快楽の下僕になったモノへと変える瞬間だ。
 だが、そんな行為だというのに、相手が藤崎だと考えると私は抵抗などできないのだ。まるで、自虐的な行為を自分から進んで受け入れているかのようにすら思える。
  すっかり彼の愛撫にのめり込んでいた私の男性器からは、先走りの滴があふれていて、まるでそれは早く藤崎にいかせて欲しいと言っているかのようだ。己自身を伝って落ちた滴を藤崎はその指に絡ませながら、私の中にじわじわと進入を開始した。
 まずい、と思った。
 この先に待っている快楽の味を、私はもう知ってしまっている。
 この中を掻き回され、藤崎自身が入ってくる時の感覚は、もう忘れられないと思う。
 そして事実、彼の指が前と同じ場所を、同じようにくすぐるように動いたとき、私はただ甘い吐息をこぼすだけだった。

 抵抗したほうがいいのだろうか。
 でも、今さら?
 身体だけの関係。それだけでもいいと思ったのは事実。
 一度だけでも彼とこういう関係になりたいと思ったことも事実。
 でも。

 彼の指によって柔らかくほぐされたその場所に、彼自身が押し入ってきた時、私は甘い悲鳴を上げた。
 嘘だ。私はおかしいんだ。相手は男性なのに、まるで私は女のように。

 最初は緩やかな藤崎の動きが、だんだん激しくなる。私のことを見下ろしている彼を、そっと目を開いて見上げると、まるで彼は熱に浮かされたような顔をしていた。ただ私だけを見つめる彼を、私は絶望と共に思うのだ。
 なぜ、私だけこんなに苦しいんだろう。
 なぜ、私は藤崎のことが好きなんだろう。
 なぜ、藤崎は他の女性のことが好きなんだろう。
 なぜ、なぜ、なぜ。
 問いかけたいことはたくさんある。しかし、そのどれもが口に出してはいけないことだった。
 快楽の波に呑まれ、私はただ唇を噛んでいた。必死に声を上げないようにしていても、明らかに感じていると解る鼻声が漏れて、情けなくなった。
 前回の夜よりも、ずっと感じているような気がした。声をいつまで押し殺していられるのか自信がない。いつの間にか私は藤崎の背中に手を回し、彼の動きに合わせて喘いでいる。
 こんな自分を藤崎に見られている。
 女のように足を開き、男性のものを受け入れている私のことを、藤崎はどう思っているだろう。その顔の裏で、私のことを軽蔑しているのではないだろうか。男のくせに、男に抱かれて喜んでいる、と嘲笑っているのではないだろうか。
 ならば、せめて何でもないふりをしなくてはならない。
 身体だけのつきあいだと、何とも思っていないんだと、藤崎に思われたい。
 せめて、それくらいだけは。かろうじてあるだろう私のプライドが、頭のどこかでそう言っている。
 でも、藤崎の動きが激しくなるごとに、私の呼吸が乱れる。頭の中が真っ白になっていくのを感じる。
 藤崎の熱を感じているのが嬉しくて、たとえかなわない想いなのだとしても言ってしまいたくなる。
 ――好きだ、と。
 熱に浮かされたように。
 夢の中での出来事のように。
 彼の腕の中で、彼の名前を呼んで、そのまま言ってしまいたい。
 もちろん、駄目だ。絶対に駄目だ。
 けじめをつけなくてはいけないと言ったのは私だ。ラインを引かねばならないと言ったのも。
 でも、あまりにも気持ちよすぎて、そんなことどうでもよくなってしまう。
 苦痛だけだったらよかった。一体、何回そう思うだろう。藤崎が私のことなど考えず、ただ乱暴にしてくれていたら、こんなことも考えずに済んだのに違いないのに。
「ふじ、さき」
 私はただ、彼にしがみついて震える。
 もう、いきそうだと思った。私のモノはもう限界に近づいていて、あと少しで達してしまう。そのもう少しのところで、藤崎が動きを緩めるのがもどかしかった。もっと欲しい、と思う。もっと奥まで突いて、すぐにでもいかせて欲しい。
 何てことだろう。
 何てみっともないんだろう、私は。
 気がついたら、私は彼に抱かれたまま泣いていた。それに自分で気がついて、慌てて首を振って涙を振り払おうとした。藤崎にそれを見られたくなくて、彼の背中に回した腕に力を込め、そのまましがみつく。
 気が狂うくらいに気持ちがいい。
 でも、こんなのは駄目だ。
 絶対に駄目だ。
 私は藤崎の耳元に唇を寄せた状態で、必死に囁いた。
「……もっと、乱暴にしてくれ」
 そしてその痛みで、この快楽を消して欲しい。
 ただそれだけを願う。
 私のその囁きを聞いた藤崎は、一瞬だけ身体を強ばらせ、やがて低く呟いた。
「……淫乱だな」

「変わらないな、倉知は」
 次の日曜日、私は高校生の時の友人と会っていた。
 場所は駅の構内のスターバックスで、ちょうど混んでいる時間帯だったせいか、辺りは騒々しかった。我々は奥のテーブルについて向かい合って座ると、お互い、どこか変わったところがあるだろうかと観察し合った。
 久しぶりに彼から「会おう」というメールが入った時は、何があったのかと不思議に思った。高校の時は懇意にしていたものの、別々の大学に進んでからは滅多に連絡を取り合うこともなかったし、年に一度の同窓会の時くらいにしか顔も合わせていなかったからだ。
 しかし、高校時代は映画や読書の趣味が似ていたせいか、一緒につるむことが多かった。何も言わなくてもいつの間にか解り合っていた――なんてこともあったし、こうして時間が経って久しぶりに会ったとしても、少しもぎこちなさなどは感じない。
「そういう君も変わらないよ」
 私はそう言って苦笑したが、事実、目の前の男は昔と全然変わっていなかった。
「童顔って意味か、くそ」
 私の言葉に彼――城ヶ崎健斗は眉根を寄せたが、あまり迫力はなかった。城ヶ崎は確かに童顔かもしれない。私と同い年であったが、いつだって実年齢よりも三つか四つくらい下に見られたし、身長だって私よりも低い。同じクラスの人間にも、まるで後輩に接しているかのような扱いを受けていた。そのたびにムキになって文句を言う姿は、申し訳ないが微笑ましく見えるだけだった。
「で、どうしたんだ今日は」
 私がコーヒーを啜りながら言うと、城ヶ崎は少しだけ困ったように眉を顰めた。そして、恐る恐るといった様子で口を開く。
「突然こんなこと言ったらアレなんだけどさ。その、倉知は今、付き合ってる女とかいる?」
「本当に突然だな」
 私はそっと苦笑する。すると、城ヶ崎が慌てたように手を挙げた。
「いやあの、迷惑だったらその、答えなくていいんだけどさ。俺がいきなりこんなことを言い出したのは……その、しばらく前に大学の時の友人と俺の家で飲み会をやっててさ。高校の時の話になったわけ。で、卒業アルバムとか出して話をしてたら、女友達の一人が、倉知に興味を持ったらしいんだ。で、合コンとかしないか、という話になって」
「なるほど」
 私はただ頷いたが、正直興味のわかない話でもあった。
 私には付き合っている女性などいないし、藤崎の存在も違う。だが、他の誰かと付き合う気があるかと言われると、否、としか言えない。
 だからこう言った。
「付き合っている人はいない。だが、気になっている人はいる」
「そうかー」
 城ヶ崎は、なぜかほっとしたように微笑んだ。彼はどこか嬉しそうな表情でコーヒーを啜り、やがてつづけた。
「それならいいんだ。無理矢理合コンに付き合ってもらうのも悪いしな。でも、倉知ってあんまり浮いた噂とか聞かないから、ちょっと心配してたんだ。気になってる人がいると聞くと、他人事ながら嬉しいね」
「珍しいことを言う。他人のことより自分のことを考えろ」
「そりゃそうだ」
 あはは、と笑う城ヶ崎の笑顔は無邪気だ。本当に、人好きのする顔というのは、彼のようなもののことを言うのだろう。何事にも素直で、裏がない。そのまっすぐさが羨ましくもある。
「で、どんな相手?」
 城ヶ崎はいかにも興味津々といった表情で身を乗り出してきて、私は困ったように笑うことしかできない。こればかりは正直に言えるはずもない。私は少し躊躇った後、ぼかして答えることにした。
「明るくていい人だよ。一緒にいると……楽しいと思う」
「へえ、美人?」
「美人というより……すまない、上手く言えない」
「ま、口下手だもんな、倉知は」
 城ヶ崎がそう言って唇の両脇を上げるようにして笑うと、元々大きめの口がさらに広がって見える。「そのうち、上手くいったら紹介してくれよ。どんな相手なのが、ちょっと興味がある」
「いや、それは」
 私は慌てて首を振った。「残念だが、望みはないと思う」
「んん?」
「……その人には、別に好きな相手がいるから」
 そう言葉にしてしまうと、その事実がひどく重く自分の上にのし掛かってきた。
 藤崎には好きな相手がいる。それすらも大きな障害になるというのに、我々は男性同士だ。もう、どうあがいても無理なものは無理なのだ。
「そうか、それはつらいな」
  やがて、城ヶ崎が静かに言って、私はかすかに首を振って見せた。すると、城ヶ崎は少しだけ私を気遣うように見つめた後、明るく言った。
「じゃあ、久しぶりだし飯を奢ってやろう。吉野屋と松屋、どっちがいい?」
「牛丼限定か」
  私が吹き出すと、城ヶ崎は真剣な表情で言うのだ。
「当たり前だ、俺の財布の状況も考えろ」
「卵もつけてくれるなら、その話に乗ろう」
 私が冗談めかして言うと、「よし」と彼が頷いて立ち上がった。私たちはスターバックスを出て、駅の構内を歩いていく。駅を出たところに、確か吉野家があったと思ったからだ。
 雑談に花を咲かせつつ歩いていくと、私の足がとまる。
 ちょうど、駅を出た右側の方に、女性が好みそうなイタリアンのレストランがある。チェーン店らしいが、美味しいということもあって、いつもそこは賑やかである。その窓際に座っているのが、藤崎だとすぐに見て取れたのだ。
 気づかなければよかった、と思う。
 彼の向かい側の席には、女性が座っていた。
 整った白い横顔、ショートカットの髪の毛からのぞいている銀色のピアス、かっちりとした黒い服。クールな女性、という第一印象。少しだけ気難しそうな顔立ちをしていて、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。でも、視線を奪われずにはいられない。そんな特別な雰囲気が彼女にはあった。
 ああ、あの人が『由梨』なのか。
 私はぼんやりとその横顔を見つめた。
 彼女は厳しい目つきで藤崎を見つめていて、藤崎は困ったようにそんな彼女を見つめ返している。何事か会話を交わし、藤崎が笑う。それは、どこからどう観てもカップル以外の何者でもなかっただろう。
「もしかして、あの人?」
 急に、後ろから城ヶ崎が小さく声をかけてきて、私は我に返った。
 振り返ると城ヶ崎は私見つめていたレストランの方に視線を向けていて、明らかに私の視線の的がどこにあるのか突き止めていたようだった。
「美人だね。何て言うか、女性にモテそうな人」
 城ヶ崎は私の思い人が『由梨』さんだと勘違いしている。でも、それでよかった。
「いこう」
 私はそう言ってすぐに歩き出す。すると、慌てたように背後に彼の足音が追ってきた。
「彼女、付き合ってる人がいるのか」
  躊躇いがちにそう声をかけてくる彼に、私は何て応えたらいいのか解らなかった。
  実際に藤崎の恋の相手を見てしまったことが、こんなにもショックだった。ショックを受けるということは、何かしらの期待を私は藤崎に抱いていたということだ。馬鹿馬鹿しいことだ、と思う。あんなにもかなわぬ想いだと自分に言い聞かせてきたくせに。
「合コン、出てみようか」
 やがて、私はレストランから随分遠ざかったところで足をとめて言った。俯いたまま、石畳の地面を見つめたままで。
「どうせ無理ならば、早くあきらめた方が傷が浅くて済む」
「そりゃそうだけどさ」
 私の横に追いついてきた城ヶ崎が、納得できないと言いたげに眉を顰める。「本当にそれでいいわけ? 相手の男と別れる可能性だってあるじゃん。こう言っちゃうといけないとは思うけどさ、あの男から奪うような勢いで……」
「彼は友人だ」
 私は顔を上げ、城ヶ崎を見つめる。
 すると、城ヶ崎が口を途中で開けたまま、動きをとめる。そのしばらく後、「友人……」と頭を抱える。
「そうか、友人か。……お前って、結構厄介な恋愛してんのな」
「恋愛?」
 私は苦笑した。それは違う。恋愛などというレベルの感情じゃない。そんなものは我々の間には存在しない。
 それに、このままではいけない、という思いもあった。
 このままずるずると藤崎とあんな身体だけの関係を続けたとして、そこに何が待っているんだろう? 藤崎が私に飽きれば、それで終わる。ただの友人へと戻る。いや、今のままでも友人だった。セックスとをしたとしても、それは変わらない。
 それに、お互いに恋人ができるまでのことだと藤崎は言った。藤崎にはさっきの女性がいる。では私は? いなければ作ってしまえばいいのだ。そうすれば、我々の関係を終わらせる口実になる。
「合コンの時には呼んでくれ」
  私は城ヶ崎にそう言った。意外と人を見る目が鋭い彼を誤魔化すためには、視線を合わせないようにするしかない。歩き出して彼が後をついてくる気配を感じながら、私は笑った。
「望みのない想いを抱き続けるよりも、新しい相手を探した方がずっと建設的だ。元々、私は何かを動かす力などない。……あの人を手に入れることも、そばにいることもできない。このままずっとこの状態を続けていけば、いつかきっと限界がやってくる。自分でも解ってるんだ」
 私はいつになく饒舌だった。
 それはつまり、城ヶ崎に向かっての言葉だったからじゃない。自分に向かって言っている言葉だったからだ。
「今のままじゃ駄目なんだ。早く、何とかしないと」
 そうしないと。
 いつか、藤崎との友人関係を、自分で壊してしまうだろう。自分の愚かな想いによって。
 そして、藤崎に嫌悪の目で見られて。
「でもさ、倉知」
 急に、城ヶ崎が私の腕を掴んで足を止めさせる。何とか振り向いた私のことを、彼はまっすぐに見つめてきた。
「無理矢理誰かを好きになることはできないって解ってるだろ? その気もないのに誰かと付き合っても、いいことなんて一つもない」
「いいんだ」
 私は彼に微笑みかける。「お前の友達なら、悪い子はいないだろう? 気が合えばいいし、合わなければそれで終わりにする。ただそれだけのことだ」
 すると、城ヶ崎はしばらく真剣な表情で私のことを見つめ続けていた。そして、どんな答えを彼の中で出したのかは解らないが、やがて不承不承といった感じで頷いた。
「それで倉知がいいなら俺も気にしないことにする」
 彼はそう言った後で、ひどく剣呑な輝きをその瞳にちらつかせた。「でも、一つだけ言っておくよ。お前が何を考えて誰と付き合おうが、俺は気にしないよ。それがお前の考えたことなら。でも、もしも俺の女友達をそれを巻き込んで傷つけようとしているなら、やめて欲しい。自爆するなら自分だけでやれ。お前は身勝手だ。自分が立ち直るために、他人を利用するのか」

 一瞬で、頭が冷えたような気がした。
 そうだ。その通りだと思う。
 私は身勝手だ。藤崎から逃げ出すために、誰かを利用しなくてはならない。それによって、その『誰か』を傷つけるかもしれないのに。

「元々、倉知は真面目な男だって俺は解ってる」
 やがて、城ヶ崎が声音を和らげた。「でも、これから会うヤツはそんなこと知らないわけだろ? 俺の友人ですってお前を紹介したら、みんなに『いい人だね』って思ってもらいたいわけよ。解る? この微妙な気遣いっつーか思いやりっつーかさ」
「解るよ」
 私は城ヶ崎の肩に手を置いた。「ありがとう。……本当に」
「あんまり無茶すんなよ。お前、見かけによらず危なっかしいんだよな」
 城ヶ崎も私の肩を叩く。「不器用っつーか何て言うか」
「器用に生きられればいいなとは思うよ」
  私が苦笑と共にそう言うと、城ヶ崎は小さく舌を鳴らした。
「不器用な方が幸せなこともあるさ」
 彼はそう言った後で、しばらく黙り込んでいた。そして、こう続けた。
「合コン、予定が決まったら連絡するよ。お前も気晴らしになるだろうし、俺もちょっとお前のことが不安だ。その、女友達にはお前には好きな人がいることも伝えておく。余計な期待はするなって言っておくから」
「……そうか。そうだな、その方がいい」
 私はそう言って薄く笑った。
 城ヶ崎がいい人間でよかったと思う。私が道を誤りそうな時に、正しい道に戻してくれる。
「本当に、ありがとう」
 私が重ねて言うと、城ヶ崎は照れたように笑った。

 そして、合コンとやらの日程はすぐに決まった。
 次の土曜日の夜、仕事が終わってから彼らとと合流することになった。どうやら初めてそこに参加するのは私だけではなく、城ヶ崎の友人たちも色々なところに声をかけているということで、かなりの大人数になりそうだった。
「馬鹿騒ぎして終わりそうだよな」
 城ヶ崎はそう言って笑っていたが、どちらかといえば私はその方がありがたかった。

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