本日の魔王様 15


「つい先ほど、話があるならいつでも城に来いと私は言った」
 そこで魔王様はテンション高く大きな笑い声を上げました。「そして今、お前は私に会いに来たではないか! つまりお前もまんざらではないと――」
「だから、お前に会いに来たわけじゃないと言ってるんだ!」
 勇者が頭痛を覚えたように額に手を置きながら、魔王様の言葉を遮ります。「よく聞け、俺は、そこにいる、シェリルに聞きたいことがあるんだ!」
 必死に言葉を句切って発音することで、クレイグは何とか魔王様に理解をしてもらおうという努力をしたようです。
 でも当たり前のことなのですが、魔王様はそんなこと、聞いてはいらっしゃらなかったのです。魔王様は大広間の中を見回し、さらにひんやりとした石畳の床を見下ろし、ふ、と笑いました。
「ここでヤるのも一興」
「……帰りたいね、正直」
 コンラッドがそう呟きながら深いため息をこぼし、これ以上関わりたくない、と言いたげに一歩下がるのが私の視界の隅に入ってきました。
 そして、クレイグが私の方へ歩いてこようとしているのも。

 あああ、もう。
 私はやっとそこで気を取り直し、床に手をついたままで大きく深呼吸をしました。
 それからゆっくり立ち上がり、クレイグの方へまっすぐ視線を向けました。
 一瞬、彼の表情に緊張が走るのが見えました。でも、足を止めようとはしません。自然と、私も緊張して身体を強ばらせます。
 彼は、『人間』なのです。
 怒りに囚われそうになる私の手を隣にいた獣人の少年がそっと握ってきて、その温かさに救われた、と思いました。憎悪や嫌悪といったマイナスの感情に流されることなく、私は今、ここに立っていられる。グラントの存在がなかったら、今頃私は何をしていただろう。クレイグに向かって、魔王様の命令など忘れて攻撃をしていなかっただろうか?
「聞きたいことがあってやってきた」
 クレイグが私の目の前で足を止めて、真剣な口調で言いました。「過去、何があったのか知りたい。昔の勇者と呼ばれた人間や、さっきの神官……、それに昔の魔王のことだ。何が起きたのか知りたいんだ」
「知ってどうしようというのですか?」
 私の声は冷えていました。
 だから自然と、突き放すような言い方になります。
「過去は変えられません。あなたがそれを知ったとして、何も変えられない。あなたには関係のない出来事です」
「かといって、知らないままではいたくない。何が起きたのか教えて欲しい」
「教える理由がありません」
 私はそこで小さく笑いました。そして、視線を彼からそらして、彼の背後へと向けます。
 クレイグは気づいていなかったでしょうが、そこには魔王様の姿があったからです。
「そんな話などどうでもいいだろう」
 魔王様は、いかにも楽しげにニヤリと笑い、クレイグの背後からそっと彼を抱きしめました。勇者の身体が瞬時にして強ばりましたが、その直後、彼は素早く身体を捻り、腰に下がった剣を抜いてその切っ先を魔王様の喉元に突きつけていました。
「お前に用はないと言ってるだろう」
 苛立ちを露わにしてクレイグは魔王様を睨みつけましたが、魔王様の笑みが消えることはありませんでした。というか、さらに上機嫌な様子でクレイグの剣を魔力で喉元からはね除けると、その白い繊細な指先を勇者へと伸ばし、そっと頬を撫でます。
「あまりつれないことを言うと、無理矢理犯すぞ」
 笑顔で言ったその言葉は、どこからどう聞いても魔王様の『本気』が滲んでいて、クレイグの顔から血の気が失せるのも当たり前といった感じでしょうか。
 クレイグは素早く後ずさり、コンラッドの脇へと逃げました。コンラッドはクレイグが近くに来たことで、少しだけ我に返ったように見えました。それまでは、一体どうしたらいいのか解らないといった表情で、この場の成り行きを見守っていたのです。
「話は無駄じゃないのか。諦めて……」
 コンラッドはその緊張した双眸を魔王様に向けたまま、小さく言います。「戦うか逃げるか、どちらかを選べ」
 クレイグが何か言うより早く、魔王様はその右手を挙げて魔力を手のひらに集め、軽くそれを彼らに押しやりました。
 真っ白な光の塊が、魔王様の手から離れた瞬間、クレイグとコンラッドの身体は後方に飛ばされ、床に倒されています。
 立ち上がったのはクレイグが先でしたが、悪態をついたのはコンラッドの方が先でした。
 見ると、彼らの両腕には光の帯が巻き付いています。魔王様の力による拘束具。鎖のようなもの。それは、彼らの両腕の自由を奪い、さらに彼らが戸惑っているうちにもう一度、彼らを魔力が襲ったのです。
 今度は彼らの両足に巻き付く光の帯。
「くそ」
 クレイグが抜き放ったままの剣先を両足の間に差し込みますが、やっぱりというか何というか、魔力の帯を剣などで切り裂くことはできません。悔しげな視線を魔王様に向けようと顔を上げた時、素早いというか何というか、魔王様はいつの間にか勇者の腹の上に乗るようにして、彼を冷たい床に押し倒していたのでした。

「手っ取り早く、お前に快楽の味を覚えさせてやろう」
 ふふふ、と妖しげな笑い声を上げながら、いそいそと魔力を使い始める魔王様。
 勇者の上に馬乗りになり、その左手でクレイグの腹を服の上から情欲を掻き立てるためになぞる魔王様の横顔は、とても綺麗です。ええ、本当に、困ったことに。
「待て待て待て、何をするつもりだっ!」
 恐怖なのか不安なのか恐慌からなのか、クレイグの声はうわずっていて、その拘束されたままの両手で魔王様を押しのけようと無茶苦茶にもがいていました。しかし、魔王様に簡単にあしらわれています。
 そうしているうちに、魔王様の右腕に魔力が集中して、そこに突然現れたものがありました。
 蛇のような、うねる生き物がそこにいました。十数匹の蛇? と私がまじまじと見つめたところ、それが蛇でもなんでもなく、もっと厄介そうなものであることに気づき、小さく唸ります。
「アレ、何?」
 隣でグラントが小さく問いかけています。
 首を傾げ、私を見上げる姿はとても無邪気です。
 だから私は彼の手を引いて大広間から出て行こうとしました。アレはこの子に見せてはいけないと思いましたから。
「ええと、ご飯でも食べにいきましょうか?」
 などと、少年の興味を他に持っていこうと努力しつつ。
 すると、私の後ろから、魔王様に押し倒されているままでいるだろうクレイグが切羽詰まった声を上げてきました。
「待て! この馬鹿魔王を何とかしろー!」
「なぜ私が」
 噛み付くように言って振り向くと、本当に勇者が死にそうな表情で私を見つめていました。
「この変態はお前の主だろうっ? 何とかしろっ!」
「いえ、私は魔王様の従順なる下僕ですから、魔王様のお邪魔は致しません」
 引きつりながらも笑ってそう応えると、魔王様が満足したように頷きながら言っています。
「そうだ、誰も邪魔する者はいない。ゆっくり楽しもうではないか」
 魔王様の右手がゆっくりと降りて、その右腕にからみついた生き物がうねうねとクレイグに近づいていくのが見えました。
 そう、それは。
 淡いピンク色をしていて、酷く淫猥な動きをしているもの。
 注視してみると、その生き物の表面が奇妙に脈打っているのが見えてしまったでしょう。だから、あまりじっくり見つめるのは躊躇われました。
 まるで意志を持っているかのように蠢くその表面は奇妙な粘液にまみれていて、ぽたぽたと勇者の服の上に落ちて染みを作っていきます。
 そしてその触手の――触手としか言えません――うちの一本が、クレイグの唇の方へと近づいていく光景を、とりあえず私はグラントの視界から遮ろうとして、自分の身体の後ろに少年を追いやりました。
「ままま、待て! やめろ!」
 クレイグの抵抗が激しくなります。
 しかし、魔王様は相変わらず平然としていて、とても楽しそうで。
「大丈夫だ、『それ』を飲んでも問題はない。むしろ、飲んだ方がいいかもしれんぞ? すると、セックスのことしか考えられなくなる。身体が勝手に熱くなって、すぐに足を開きたくなるだろう」
「この、変態が!」
「安心しろ、『これ』は私のピー(すみません)よりも細いから、お前のピー(本当にすみません)にも簡単に入る。あまり激しくは動かないから、お前のピー(……)にも傷をつけん。そのうちに、この粘液がおまの身体にすり込まれ、すぐに気持ちよくなってくる。後ろの穴を誰かにいじられたことなどないだろう? 驚くだろうな、すぐに淫乱女みたいに喘ぐことになるぞ」
「お、お前っ!」
「安心しろ、もっと太いモノが欲しくなったら、私のでかい逸物をぶち込んでイかせてやる」
「お前、一回死ねーっ!」

 わー、楽しそう。
 ちょっと私は現実逃避をしたくなって、遠くを見つめながらそんなことを思いました。

「お、俺はこんなことをしに来たわけじゃないっ!」
 クレイグの悲壮な声が聞こえました。彼は顔を蒼白にさせながらも魔王様を睨みつけ、必死に続けます。
「お前、さっき言っただろうっ? 話があったら城へ来い、と! まず、話をさせろ!」
 すると、魔王様が首を傾げました。
「話など突っ込みながらでもできるだろう」
「何をだっ! 違う、真面目に話を聞け! 俺はシェリルに話があって!」
 私はそこで、グラントの小さな身体を大広間の外に優しく追いやって、「すぐに行きますから」と声をかけてから扉を閉めました。そして、ものすごく激しい疲労感に苛まれながらも、勇者のそばへと歩み寄ります。
 魔王様に押し倒され、淫猥に蠢く触手に腹の上を撫でられ、しかもその服の隙間から『それ』に入り込まれて必死に抵抗しているクレイグのすぐ近くにしゃがみ込み、ため息混じりに言いました。
「このままでもお話しできますよ」
「できてたまるかっ!」
 蒼白だったクレイグの顔色。
 でも、どことなくその頬に赤みが差したような気もしますが、ええと、それは気づかない方がよかったと思うので、とりあえず無視しました。
「何を知りたいのですか?」
 私は少しだけクレイグを直視しないように気をつけながら、できるだけ冷たく聞こえるように言います。「人間が過去、我々に何をしたかというのなら、先ほどの老神官に聞けば解りますよ。もちろん、本当のことを言うかどうかは別ですけども」
「真実が知りたいと言ってる!」
 多分、クレイグはもっと真剣な口調でこういう会話をしたかったでしょう。
 でも、この状況で――魔王様の操る触手に翻弄されながらの会話はとても難しいはずです。その声が悲鳴じみていたのは仕方ありません。
「真実、真実。人間にとっての『真実』がご入り用ですか? 人間によって、都合良く歪められて広められた過去を知りたいと?」
「違う!」
「いいじゃないですか。魔物は『悪』、そう決めたのはあなたたちです」
「だから、そういう話じゃ……って、おい、やめろ!」
 我々の会話とは無関係に、魔王様の行動は……というか触手の動きはさらに危ないことになっていましたので、危機感を覚えたクレイグの視線が、必死にコンラッドの方に向けられて救いを求めたのです。
「助けろ!」
 コンラッドも手足の自由を奪われていましたので、床に座り込んだままでした。そして、あまりの展開についていけず、ただ茫然と魔王様とクレイグの様子を見ていただけです。
 魔王様は勇者の視線の先を追ってコンラッドを見やり、そこでもニヤリと意味深な笑みを浮かべました。
 そしてこう言うのです。
「そちらの魔法使いはあまり筋肉の付き方が好みではないが、顔はまあまあだ。勇者を犯したらお前も犯してやろう」
 瞬時にしてコンラッドの表情から血の気が失せ、そして慌てたような魔法の呪文の詠唱が始まりました。
 ……そりゃあ、慌てるでしょうねえ。
 私も少しだけ、茫然としていたのかもしれません。ただぼんやりとその場の成り行きを見守るだけでしたから。
 コンラッドによる魔法は、多分彼にとっても渾身の一撃だったのだと思います。
 目を灼かれるかというほどの閃光が大広間を照らし出し、私は慌てて顔を光から背けます。そして気がつけば、コンラッドや勇者の自由を奪っていた拘束は消えていて、魔王様の右手にからみついていた触手がその閃光に灼かれたのか白煙を上げて消えるところでした。そして、魔王様も閃光に目を痛めたのか、立ち上がって自分の目を左手で押さえていらっしゃいました。
「お前が何て言おうが帰るぞ」
 コンラッドがクレイグの腕を掴み、立ち上がらせています。
「従おう」
 クレイグは素直に頷き、ふらつく足取りで魔王様からできるだけ離れようとしています。
 そして、その視線がまた私に向けられて。
 一瞬の逡巡の後、私は低く囁きました。
「手がかりをあげましょう。まず一つ目。第二王子は誰に殺されたのか? そして二つ目。王女は誰に殺されたのか?」
 それを聞いて、クレイグの目が細められました。何か問いかけたいと言いたげに唇が動きましたが、コンラッドに早く逃げるようにせき立てられて言葉にはなりませんでした。
 コンラッドは空間移動のための呪文を素早く詠唱し、クレイグを連れて大広間から消えます。そして、その場に残されたのは魔王様と私という状態。
 何だかものすごく疲れてしまって、私はまたため息をこぼします。
 しかし、魔王様は勇者に逃げられてしまったというのに、少しだけ嬉しそうでした。その右手をそっと挙げ、ニヤリと笑うのです。
「勇者のモノは、結構でかいぞ」
 どさくさに紛れてというか何というか、魔王様はクレイグのええと、ソレを触ったのか掴んだのか。
「そ、そうですか……」
 半分泣きたかったのですが、何とか笑みを口元に作ってから、私は大広間から逃げ出すように廊下に出ました。すると、そこでずっと私を待っていたらしいグラントに気づき、私は思わずしゃがみ込んで彼をぎゅっと抱きしめました。
「大丈夫?」
 本当に、どこまでも無邪気な少年の声。
 ああ、心のオアシスとはこのことなのかなー、と考えながら、私は少年の肩に自分の頭を預けました。
「大丈夫です」

 でもやっぱり、今の魔王様は昔の私が敬愛した魔王様とはあまりにも違いすぎて、少しだけ淋しかったのも事実です。
 これだけ暴走して、周りを巻き込んで混乱させ、真面目に考えるのが無意味に思えてしまう気にさせるとんでもない魔王様。どんなにシリアスな場面でも、あっという間に空気を変えてしまう力を持っている魔王様。
 確かに、私の人間に対する憎悪を緩和させてくれたのかもしれません。一応、憎むべき人間であるクレイグともそれなりに会話が成り立ちました。
 でも。
 本当は、ちっとも大丈夫なんかじゃありません。
 胸の痛みが消えない。
 苦しい。
 淋しい。

 あの時、どうして私も死ねなかったのだろう。
 魔王様と一緒に死んでいたら、何もかも終わっていたのに。
 どうして、私だけ生きているのだろう。
 どうして、どうして、どうして。

「シェリル、苦しいよ」
 いつの間にか、私は少しだけグラントを強く抱きしめすぎていたようで、慌てて少年から離れました。そして、彼に安心してもらうために微笑みかけたのですが、魔王様の仇も討つことができないまま、こうして笑っている自分に罪悪感を感じていたのでした。

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