ラースがイングラムのそばに膝を突いて肩を震わせている間にも、次々に殺されていく彼の仲間たち。
やがて彼は立ち上がり、辺りを見回しました。生きている者がいないかと、屍の間を素早く移動し、そして誰もが息絶えていることを知ると低く笑いました。
やがて、敵国の騎士が馬に乗ってラースの方へと駆けてきました。その時、ラースが率いていた騎士たちで立っている者は誰もいなかったのです。だから、立っていた彼は目立っていました。
振り下ろされる剣、そしてそれを剣で受け止め、跳ね上げるラース。
ラースの剣が敵の騎士の喉を裂き、返り血を浴びていました。
「そうだ、終わりだ。皆、死んだ」
ラースは落馬した騎士の胸に己の剣を突き立てながら、さらに声を上げて笑い出します。
その目には狂気がありました。
そして絶望と。
敵の数は多く、これ以上戦うのは無理だろう。そう思ったのか、ラースは血で汚れた剣を自分の喉に押し当てました。
「駄目だ、団長!」
クレイグが、過去の映像に向かって叫びます。実体を持たないラースのそばに駆け寄り、さらに言い募ります。
「生きてる奴もいた! 逃げ延びた奴らだっていたんだ! 俺みたいに、無事に国に帰った奴らだっていて、だから終わりなんかじゃない!」
でももちろん、その声は彼には届きません。ラースの瞳からは、急速に活力といったものが消えていきました。ただ暗い闇を映すかのような瞳。
「すまない、団長」
クレイグが声を震わせます。「仲間を置いて逃げたことを、ずっと後悔してた。一緒に死んでおいた方がよかったんじゃないかと思ってた。だから俺は。だから今度こそはと」
しかし、ラースは剣を握った手のひらに力を込め、そのまま一気に突こうとして。
「死ぬのか」
と、突然、辺りに楽しげな声が響きました。
私もクレイグも、ただその過去の光景を見つめるだけでした。それでも、息を呑まずにはいられませんでした。
急に、時間の流れが止まったのです。
先ほどまで聞こえていた音が全くありません。馬が大地を蹴る音、剣のぶつかり合う音、叫び声。それらの何もかもが消え、人間たち全てが凍り付いたかのように動きを止めました。空を飛んでいた鳥すらも、ぴくりとも動かないのです。
そんな状態で、ラースだけが困惑したように剣を喉から離します。
そして、声の聞こえてきた方向へと虚ろな目を向けました。
「面白いな、人間たちはお互いつぶし合う生き物なのだな」
そう言ったのは、見覚えのある――。
「魔王様……」
そう、それは今の私の主である魔王様の姿だったのです。
今よりも少しだけ髪の毛が短く、雰囲気もどこかが違います。どこが違うのか、うまく説明できません。でも、その目つきや口調にも、違和感がありました。
「憎悪を抱えたままで死ぬか、人間」
魔王様はラースに微笑みかけておっしゃいます。それは、とても穏やかな口調でした。
ラースはしばらくの間、無表情に魔王様を見つめた後、そっと笑い返しました。
「もう何もかも終わりだ。これしか道はない」
「お前が抱えているもの、それは誰のための憎悪だ? 何に絶望する?」
「……」
ラースは魔王様の質問を理解するのに、少し時間がかかったようでした。何の感情もなかった瞳の中に、やがてうっすらと輝きが戻ってくると、ラースの頬に赤みが差しました。それは、怒りによるものだったのでしょう。
「騎士団の連中は、俺にとって『家族』だった。それを殺したのは誰だ? 敵国の人間、確かに実際に手を下したのはそうだろう」
低い笑い声がその台詞に混じりました。そして、だんだんと大きくなっていく笑い声。正気を失っているのだろうか、と思わせる神経質な声。
「だが、援軍さえあれば何とかなった。そうだ、陛下はどうなさっているのだ!」
「陛下か」
魔王様は小さく笑うと、その右手を軽く挙げました。途端、その手のひらの前に大きな光の珠が生まれました。まるでそれは水晶珠のようでした。その珠の中に、何かが映っています。どこか、豪華な建物の中の光景。
その建物の中で、煌びやかな服装をした人間たちが談笑していました。それは大広間であったのかもしれません。長いテーブル、たくさんの椅子。さまざまな料理の皿、お酒の入ったグラス。
ドレスを身にまとった美しい女性たち、彼女たちを相手にいかに楽しい笑い話を繰り出せるか、それを競っているかのような男性たち。
そんな中で、ワインの入ったグラスを手に、笑いながら世間話をしているのは。
「陛下……」
ラースは茫然と声を上げていました。
きらきらと輝く皿に乗せられた、たくさんのお菓子。それをつまむ、繊細な指たち。
若い女性の腰を引き寄せ、さらに笑い声を上げる、『国王陛下』。戦のまっただ中にある国の、最高権力者、それが彼なのだと誰が思ったことでしょう。
何て楽しそうに笑っているのか。
なぜ、笑うことができるのか。
ラースはただ、低く笑い続け、やがて憎悪をむき出しにした双眸を『陛下』に向けました。そして、たくさんの料理の皿を。酒を。お菓子を。
どんなに願っても与えられなかった食事。
略奪だけは、と突っぱねたラースの心の中に、『陛下』に対する殺意が生まれたとして、誰が責めることができるでしょうか?
「死ぬのか」
魔王様はさらにおっしゃいました。「お前の主は、お前が死んでも何とも思わないだろう。それでいいのか」
「……陛下」
ラースの瞳は『陛下』に向けられたまま。
そして、魔王様はゆっくりとラースに歩み寄りました。ぴくりとも動かないラースの目の前に立って、ラースの焼けただれた頬に手を置いて続けます。
「捨てる命なら、私が拾おう。お前が望むなら、力も与えてやろう。さあ、何を望む?」
「……俺は」
ラースの焦点の定まらない瞳が、ゆっくりと魔王様の姿を捉えます。凄絶なまでに美しい顔立ち、冷ややかではありますが、魅力的な声色。
「俺は」
ラースの表情に、苦渋が広がりました。『それ』を口に出すことを躊躇っているかのような、そして今にも口にしたいと考えているかのような。
「駄目だ」
クレイグが慌てたように呟きます。きっと、この後の展開を予想したから。
「駄目だ、絶対に駄目だ」
もちろん、これもラースには届かない。
あまりにも自然に、魔王様はラースの頬を撫でた後、彼の唇に己の唇を重ねました。ひどく優しい口づけ。離れた時、魔王様の口元にも優しい笑みが浮かんでいらっしゃいました。
「さあ、言うといい。力が欲しいか?」
「俺は」
ラースも先ほどのキスなど気にしていないかのようでした。ただ、本当に自然にそれを口にしたのです。
「力が欲しい。……陛下を、いや、この男を殺すための力が欲しい」
「よし、与えてやろう」
魔王様はまるで、してやったりと言いたげに低く笑い、さらに続けます。「その代わり、私に忠誠を誓え。私は人間のように、邪魔になったらお前を切り捨てるなんてことはしない。お前が死ぬその時まで、守ってやろう。いいか、私は何があってもお前を裏切ったりしない。この意味が解るな?」
「解った」
ラースの声が一気に低くなり、そしてしっかりと辺りに響きました。
その目に鋭い光が宿り、生気が戻ってきます。そして、今初めてといっていいくらいに、真っ直ぐに魔王様を見つめたのです。
「俺はお前に」
そう言いかけ、すぐに彼は膝を地面について頭を深く下げました。「あなたに忠誠を誓います」
途端、辺りに弾ける閃光。
凄まじいまので魔力の解放。
魔王様の手からラースへと放たれた力は、彼を『人間』から『魔物』へと造り替えていました。人間の姿そのままでしたが、光が消えた時に見えた彼の姿からは、魔力の放出が感じられました。ラースはそれでも、膝を突いたまま身動きをせずにそこにいたのですが、やがて自分の肉体に違和感を覚えたのか、ゆっくりと自分の手を見つめました。
「お前が望んでいることをしてくるといい。ただ、魔力を使うことを考えるだけでいい。大丈夫だ、自在に使いこなせるようになる」
魔王様の声は相変わらず優しく、だからこそ、心に大きな傷を負っているだろうラースには染み入ったのかもしれません。感謝の眼差しを魔王様に向けた後、ラースはゆらりと立ち上がりました。
そして、その身体がこの場からかき消えました。
「団長!」
クレイグがラースを探して辺りを見回しましたが、そこには動きを止めた人間たちがいるだけで。
やがて、魔王様が小さく呟いたのです。
「私は、配下が欲しいのだ」
その声色に、私だけではなくクレイグも戸惑っていました。
何しろ、今の魔王様のテンションの高さが印象的で、それ以外何も残っていないと言っても過言ではありません。しかし、『この』魔王様は違う。
「私は、前の魔王を知らぬ配下が欲しい」
私は自分の服の胸元を掴み、じっと考え込んでいました。急に胸を突かれたような感覚。
隣でクレイグが困惑したように呟いているのが聞こえました。
「前の魔王に何の関わりがあるんだ? なぜ、そこにこだわる?」
……それは多分。
前の魔王様と、今の魔王様。
私がそうであるように、このお二人を比べずにいられるはずがないのです。
あまりにも違うから。そう、あまりにも違いすぎるからです。
でも、それを気になさっていたのだとは知りませんでしたし、考えもしませんでした。だって、あの魔王様ですから。こういった些末な問題に囚われるようなお方だとは思いませんでしたから。
「この魔王でも悩みなんてものがあるのか」
クレイグの言葉に私はそっと頷きます。そして、彼の横顔を見つめながら冗談めかして訊いてみました。
「惚れ直しましたか」
彼が途端に咳き込んで、すぐに私を睨みつけてきます。
「『惚れ直す』という表現は、元々惚れていた相手に言う言葉だろう」
「ああ、そうですね」
素直にそれに頷いてさらに続けました。「惚れましたか」
「馬鹿か」
クレイグは苦虫を噛み潰したような表情で短く言いました。「それだけはない」
可哀相に。
と、思わず魔王様に同情してから、私は昔の光景にもう一度目をやりました。そこには、魔王様がまだ立っていました。そして、少ししてからラースの姿がそこに戻ってきたのです。
ラースは血で汚れた剣を手にぶら下げていて、ふと我に返ったようにそれを見つめ、地面に投げ捨てました。それから、腰に下がっていた鞘も。鈍い音が辺りに響き、それを聞いた彼自身が淋しげに笑いました。
「まさか、これを捨てる日が来ようとは」
騎士団の団長であったラースにとって、そしてそれ以前に一人の騎士だった彼にとって、剣とは彼の命のようなものであったでしょう。しかしそれを捨てた今、彼はもう以前の彼ではないのです。
「満足したか」
魔王様はラースに短く問い、彼が肯定するのを見届けてから微笑みます。そして「城へ向かう」と小さく言いました。
途端に動き出す、辺りの光景。
辺りの木々を燃え尽くさせる炎の揺らめき。人々の怒号、勝ち鬨の声。
ラースはそれらを一瞥し、薄く笑って魔王様のそばに歩み寄ります。魔王様の姿がここから消えると、それを追ってラースも消え、そして。
「団長が裏切ったんじゃない」
クレイグが額に手を置いて、きつく目を閉じます。乱れる呼吸、苦しげな声。
「団長が俺たちを裏切って寝返ったわけじゃない、そうだろう?」
それは私に対する問いかけのようには聞こえませんでした。だから何も応えず、私は右手を挙げて魔力をコントロールし、過去の光景を消しました。戻ってきた静寂、ゆっくりと色を変えつつある空。
「陛下の国葬が行われた時、誰もこんな事情があるなんて教えてもらえなかった。病で亡くなったと公表されていた。そして、新しい陛下の戴冠式がすぐにあって……」
ぽつぽつと語り始めるクレイグ。
私はそれをただ聞いているだけです。
「平和な世界になったと思った。今の陛下が敵国に停戦を申し入れて、相手はそれを受け入れた。戦が長引いても、どちらも得することなどないと思ったのかもしれない。そうすると、だんだん、何のために仲間が死んでいったのかすら解らなくなった。俺たちが戦った意味は? 無駄に死んだだけなんだろうか? じゃあ、俺が生き延びた理由は何だろう? ただ、死に場所を失っただけか? そうかもしれない。あの時死んでいれば、こんなに悩むことなどなかった」
あの時、死んでいれば。
私もそう思います。魔王様が亡くなった時に、なぜ自分も死ねなかったのか。
仇を討つために生き残った。そう信じるしかありませんでした。
「俺が『勇者』として魔王と戦うことに決めたのは、死に場所を求めたからかもしれない。魔王を倒すことが願いなんかじゃない。そうすれば、『綺麗に』死ねると思ったからだ。無駄死にではないと思えるからだ。何て俺は……利己的なんだろうと思う」
「利己的ではない人間など存在しないでしょう」
私は無意味に髪の毛を掻き上げて、そして動きを止めました。自分は今、何をしているのだろう。クレイグと一緒にラースの過去を見て、魔王様の別の一面を知って。
一体自分は、何をしているんでしょうか。
私の目的は?
「お前は、人間を憎んでいる。それは解る」
やがて、クレイグが私に視線を向けて言いました。「では、人間であることをやめた団長のことはどう思っている? そして、今の魔王のことは?」
「さあ?」
私は低く笑って見せます。「魔王様は魔王様です。私が永遠に、死ぬまで忠誠を示すべきお方です。それは何があろうと変わることはないでしょう。でも、ラースは」
そこで言葉を句切り、考え込みます。
でも、どうしても答えなんて出ません。
人間は嫌いです。
だから、元人間だったラースも……たとえ今は魔物でも、今は魔王様に忠誠を誓っていようとも。
「解りません。逆に、あなたはどう考えているのですか? 以前も魔物であるラースを、殺そうとしていましたね? 結局、敵だという認識なのでしょう?」
「……解らない」
クレイグはまた額に手を置いて、そのまま私から目をそらしました。何か考えているらしいということは解ります。でも、こう言わずにはいられませんでした。
「あなたがどう感じようと、記憶のないラースはあなたの知っている『団長』ではありません。多分もう、人間であり敵であるあなたを殺すことに、彼は躊躇いなど感じなくなっているはずです。よかったですね、これで戦ってラースを殺したとしても、あなたが苦しむ理由がない」
「そんなことはない!」
激高したクレイグがそう叫び、私はただ微笑みます。
「過去なんて知らない方がいいことだってありませんか? ラースが苦しんで魔物になったことなど、知らない方がよかったでしょう? だって、今のあなたは悩んでいるじゃありませんか。次にラースに会った時、躊躇わずに攻撃できますか? 知らなければ、魔物に寝返ったラースを蔑みながら殺すことができたでしょうに」
「そういう言い方をするな」
「じゃあ、どう言えと? 私とあなたは敵同士。これは明確ですよね? 魔王様に命令されれば、私は何でもします。絶対にあり得ない命令ですが、『あなたを殺せ』という命令だったとしても、私は喜んで遂行しますよ? だって、人間は大嫌いですから!」
「じゃあ、嫌いになった理由はどこから出たんだ?」
クレイグが私の肩を掴んできたので、それを振り払います。お互い、興奮していましたのでしょう。冷静な口調になんてなれませんでした。
「前の魔王を人間が殺したから、お前は人間を憎むようになった。そうなんだろう? 人間が魔王に罪を着せて殺したから、そうなんだろう?」
「ああ、そうですよ! その通りです!」
まるで、今もあの場所にいるような錯覚に陥ります。
魔王様の城。落城の時。魔王様の首が飛んで、私の目の前に。
「人間なんか、大嫌いです! そうです、嘘をつくのが得意、ギルバートの言った通りです! そんな最低な種族だというのに、どうして、どうして魔王様は!」
――愛している、と。
魔王様はあの人間に囁いて。
眩暈。
ただ、眩暈が。
顔を覆って後退った私は、その指の間から涙がこぼれるのを隠すことができずにいて。
そして。
「何をしているんですか」
私はやがて、小さく囁きました。
「解らない」
クレイグも小さく囁き返しました。
いつの間にか、クレイグが私を抱きしめていて、私は彼の腕の中で震えていることに気がつきます。だから、慌てて彼の腕を振り払い、彼から逃げました。彼の表情を見るのはやめようと思ったのに、見ずにはいられませんでした。
クレイグは明らかに戸惑っているようでした。
先ほど、自分が何をしていたのか、その理由が解らないといった様子で、所在なげにその場に立ちつくしていました。
「解らない」
彼はもう一度繰り返しました。そして私も、それに返す言葉などなくて。
「……帰ります」
やがて、私は問答無用で魔力を使いました。ギルバートたちのいる森に帰るために。クレイグも、大人しく私の魔力に身体を任せました。お互い、森に帰ってきても会話などありません。
ただ、暗くなりかけた森の中を歩き、彼らの気配に気づいて足を止めました。
「遅くなりました」
まだ遠く離れた場所から、私は森の奥にいたギルバートに声をかけました。すると、ギルバートが頭を掻きながらこちらに歩いてきます。
「いや、時間があって助かった」
何が、と問いかけようと思った時、私は目を細めていました。
ギルバートは上半身裸の状態で、ひどく上機嫌です。そして、コンラッドの姿が見えない。
その瞬間、クレイグが息を呑んで森の奥に駆け出しました。思わずその後を追った私は、クレイグが見たものと同じ光景を目にすることになります。
コンラッドの、『そういう姿』を。
彼は、ただ虚ろな瞳で宙を見上げていました。
両手首を後ろで布で縛られ、その口にも端布が押し込まれて地面に転がされていました。引き裂かれた服、身体中に残る暴行の痕跡。
明らかに、陵辱の後なのだと知れる光景。
「お前っ!」
クレイグが激しい怒りを見せてギルバートの元に駆け寄ります。「何もしないと言った!」
「えー?」
ギルバートは明るく笑いながら、がりがりと頭を掻いていました。「だって、嘘をついたのはそっちが先じゃん? だから嘘を突き返して何が悪いって?」
クレイグが腰から剣を抜いて、その切っ先をギルバートの喉元に突きつけました。それでも、ギルバートは笑みを崩さず、楽しげに言うのです。
「嘘をつかれなきゃ、俺だってこんなことしなかったよー。本当、最初は口裏を合わせるつもりだったし、こういうのを何て言うんだっけ、自業自得ー?」
「くそ!」
クレイグはまるで泣きそうな表情で剣を引き、そのままコンラッドの元へ膝を落としました。きつく縛られたせいで出血している手首を気遣いながら、そっと戒めを解きます。そして、口の中から布を取り払い、自分のまとっていたマントを彼の身体にかけ、彼にかける言葉を探していました。
コンラッドの瞳には何の感情もなく、ただなすがままになっていました。血の気が失せて白くなった頬、ひどく頼りなげにも見える肩。
「コンラッド……」
何とか正気付かせようと、クレイグは優しく彼の頬を叩きました。でも、何の反応もありませんでした。
しかしその直後、ギルバートが言うのです。
「結構よかったぜ、お前。そのうち、またやろうぜ」
その途端、コンラッドの瞳に生気が戻り、凄まじいまでの憎悪が燃え上がりました。
「貴様、殺してやる……」
その声は嗄れていました。そして、その身体ががたがたと震え出しました。さらに吐き気を覚えたのか、震える手でその口を覆い、身体を強ばらせます。
「……帰れ」
クレイグが低く呟くのが聞こえて、私は素直に頷きました。
後味が悪く感じられるのは、なぜなんでしょうか。コンラッドは不愉快な相手です。魔物を憎んでいますし、魔物を殺すことに何の躊躇いも感じないであろう人間です。
ギルバートと一緒に森の中を歩いて彼らから離れながら、私はぐるぐると色々なことを頭の中で考えていました。でも、何が何だか解らず、答えなど見つけられません。
ただ、ギルバートだけはとても楽しそうで。
「いやー、男もいけるね、俺!」
そんなことをお気楽な口調で言うものですから、私は深いため息をこぼして首を振るしかなかったのです。