「……はい」
そう返した声は、自分でも情けなくなるくらい掠れていました。
グラントの肩に手を置いた自分の手も、緊張によるものなのか、それとも違う感情からなのか解りませんが微かに震えていました。
「おい、小僧」
ラースがグラントの頭を乱暴すぎるような勢いで撫で繰り回しながら言いました。「お前、一人で帰れるか? 俺はシェリルと話がある」
「やだよ」
グラントは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ラースを見上げました。「シェリルは怪我が治ったばかりなのに。僕、心配だし一緒に」
「グラント」
私は小さな少年に微笑みかけます。「私は空間移動が下手なので、一緒だと色々問題があります。あなたはシーザーたちと一緒に帰ってください。それから、城に帰ったら一緒に食事でもしましょうか」
「えー?」
明らかにグラントは不満そうな表情で私を見つめました。でも、私が何も言わずに彼を見下ろしていると、やがて不承不承といった様子で頷きます。
「まあ、シェリルがそう言うなら仕方ないよね。後でシェリルの部屋にいくね!」
「はい」
グラントはそこで獣人たちが集まっている方向へと駆けだしました。
ちょうど、そこではシーザーたちが何やら会話をしていたようで、だんだんとその姿は山を下りるために移動を開始しはじめたところでもありました。シーザーは私たちの姿に気づくと、意味ありげに首を傾げた後、グラントを連れて駆けだしました。
神殿の庭は一気に静かになって、ほとんどの魔物がその場から消えた跡、ラースは小さく言いました。
「俺の部屋に飛ぼう」
彼の手が私の肩に触れて、彼の魔力が弾けました。
空間移動はラースの方が上手い……なんてことを考えていたのは、何か別のことを考えていないと身体が強張ってしまうからです。
気づけば目の前には私の部屋と似たような光景がありました。
石造りの壁と床、ベッド、家具らしい家具はありませんが、武具を置いておくための棚が酷く場所を取っていて、圧迫感がありました。窓の外はまだ明るくて、何だかそれが現実感がなくて、私はただ――。
「お前が好きだ、シェリル」
そう、彼の腕が私の腰に背後から回されて、否応もなく我に返ります。逞しい腕。でも、拒否すればすぐにほどくことができるであろう力の加減。
もちろん、私はそれを振りほどくなんてことはしませんでした。
一度は諦めたんです。
もう、こんな風に優しく抱きしめてもらえることもないだろう、と。
昔の記憶が戻って、その激情のままに彼を拒否して、あんなに酷いことを言ったから。だからきっと、もう無理だと思って。
でも、ラースはあんなことの後でも優しい。
「ごめんなさい」
私は彼の腕に触れ、小さく言いました。「私は……本当に……」
「何だ、罪悪感か?」
ふと、ラースの声が苦しげに響きました。「俺に酷いことを言ったから……だから、申し訳なくて寝るのか?」
「違います!」
私はそこで顔を上げ、彼の方を振り向いて続けます。「そんな理由でこんなこと、できません!」
「じゃあ、何でだ?」
気付けば私たちは正面から見つめ合っていて。
ラースはその手で私の頬に触れ、そのまま指先を私の喉の上まで滑らせます。その優しい動きには、明らかな官能の香りまで含まれているようで、私の身体が震えました。
そう、『期待』に震えていたのです。
「罪悪感でもいい。それでお前が手に入るなら」
ラースの手が私の服にかけられました。酷くゆっくりと、私から服を脱がせようと動く彼の指。
相変わらずつけられた仮面の向こうに、少しだけ暗い瞳があるのが見えました。不安とも違う、曖昧な感情。
「私は」
そう言いかけた私の声を遮って、彼は続けました。
「ムカついて仕方なかった。お前が俺を拒否してクレイグと……いや、『勇者』と寝ると言った時はな。俺に邪魔するなと言ったろう?」
「あ、れは」
「俺は記憶もなかったし、何であんなに苛つくのか解らなかった。ただ、揶揄われたと思ったから、それでムカついたのかと思ってた。でも、違った。違ったんだ」
そこで、ラースは私の腕を掴み、ゆっくりとベッドの方へと引っ張っていきました。そのまま、彼は私の身体をベッドに倒すと、そのまま馬乗りになってきます。
逃がさない、という明確な彼の意志が伝わってきて、私の心臓が暴れはじめました。
「お前は真面目だ。前も言ったよな」
ラースの顔が陰になっていて、その瞳に浮かぶ感情は見えません。でも、とても苦しそうでした。
「真面目だからこそ、きっと一度寝ればその相手に……何らかのしがらみを感じるだろう。たとえそれほど好きでなくても、その相手と一緒にいようと思うだろう。だから、前は諦めた。そんな義務感からじゃなく、お前を手に入れようと思ったからだ。でも、もういい。もう、そんなのはどうでもいいんだ」
そこで、彼が私に身を屈めてきて、少しだけ乱暴なキスをします。
濃厚で、でもどこか焦ったようなキス。
そして、少しだけ唇を離して小さく言うのです。
「全身全霊をかけて優しくする。だから、お前は嘘をつけ」
「嘘?」
「俺を愛していると、今だけでいい、言えよ」
その途端、彼の顔が私の顔に寄せられてきました。さっきよりも熱のこもったキスで、性急に割入れられてきた彼の舌が私のものへと絡んできた時、私は必死に彼の胸を押しのけようとしました。でも、彼の力は強すぎて、とても押しのけることなんてできません。
違う、これでは違うのです。
嘘なんかじゃない。私は、ラースのことが。
「悪いが、今さらやめられん」
ラースの唇が離れ、そのまま首筋へと伝っていきます。そこでやっと私は彼に言うことができました。
「いいんです、やめないでください。でも」
私は押さえつけられた自分の腕を恨めしく感じながら、必死に続けます。「嘘になんかしたくありません。私はあなたのことが好きです。でも、この感情は嘘じゃない。本当に、あなたのことが好きなんです」
「上手いぜ」
ふ、と彼が笑いました。
でもそれは、自嘲にしか聞こえませんでした。
「好きだから!」
私は必死に声を上げました。「だから、あなたのために死のうとしたんです! あなたが死ぬのを見たくなかったから!」
ふと、彼の動きがとまりました。
彼が私を見つめる気配。私は何とか身体を捻り、右腕だけでも自由を得て彼の頬に手を伸ばしました。
触れた瞬間、自分の腕が歓喜に震えるのすら隠せません。
「次は失敗しません。あなたがもし危険に陥ったなら、あなたのために死んでみせます。それが……私の願いです。あなたには生きていて欲しい。だって、あなたが好きだから。あなたが死んだら、もう私は生きていけない。大切な相手が死んで、あんなにつらい思いをするなら、その前に私が死にます。もう、厭なんです。あんなにつらくて、頭がおかしくなるくらい苦しいなら、先に死にますから……だから」
私は右腕だけで彼を抱きしめて続けました。「あなただけは、死なないで」
涙がこぼれたのが解りました。
ただそれを隠したくて、彼の胸に頭を押し付けようとしたのですが、体勢的にそれは難しくて。
「だったら、一緒に死ねばいい」
ふと、ラースが困ったように笑いました。「俺だって、お前が死ぬのは見たくない。お前を守って死ぬなら本望なんだよ」
「でも!」
「だから、その時が来たら一緒に死ねばいい。……そうだろ?」
その時、ラースが仮面の奥の瞳を細めたのが解りました。
唐突に、私は彼のその瞳をもっと見たいと感じました。だから、手を伸ばしてその仮面に触れます。そのまま仮面をはぎ取って、自分から彼の顔に唇を寄せました。
そして、キスをする直前に囁きました。
「あなたのものになりたいんです。あなたを誰よりも……好きだから」
この行為は、初めてです。
だから、どうしたらいいのか解りませんでした。
ラースの手が私の服を脱がせ、素肌の上をその指が這い回る感触に背筋が震えるのも、やはり不安がつきまといます。
微かに声が上がりそうになるのを、必死に唇を噛んで堪えます。
「愛してるぜ」
そんな甘い声が聞こえてきても、私はただ呻くことしかできなくて、もどかしくて仕方ありませんでした。
彼の手がやがて、私の下腹部へ。
そのまま男性器に触れた時、私は堪えきれず「あ」と声を上げてしまいます。慌てて手で口を覆い、次第に熱くなる自分の頬、目元を感じてラースから顔をそらしました。
彼に触れられた瞬間、びくりと脈打つそれは、とても自分のものとは思えないほど制御できなくて。
緩やかに、そして上下に擦りあげられて熱を帯びていき、そして気づけば濡れたような音が響いていくのも感じました。
「く、う……」
何て卑猥な音なんだろう、と思います。
擦りあげられるたびに立てる水音のようなもの。
何か、出ている? 私の中から何か。
羞恥。
本能的にこの場から逃げ出したくなるような感覚。
でも、もっと彼に触れていて欲しくて、そのもどかしさが私の腰を奇妙に揺らしてしまうのも感じました。
彼の唇が私の唇に重なるたびに、私は必死に自分からそれに応えようとしました。彼の舌は優しく、それでいてぞくぞくするくらい野性的で、とにかく気持ちよくて。
この恥ずかしさを忘れたくて、彼のキスに夢中になりたかった。
でも。
「あ、あ」
彼の手の動きがだんだん早くなるにつれて、どうやっても声が上がってしまいます。
硬くなったそれは、とにかく今すぐにでも楽になりたくて、もっと乱暴に彼にこすってもらいたくて、必死に私は彼の名前を呼びました。すると、彼は私の男性器の先端をぐりぐりと擦って、私をまるで苛めているかのようで。
「や、ラース……!」
まるで私が達することができなくするかのように、指の腹でそこを抑え込もうとする彼。私は思わず彼の手を掴んで、引きはがそうとしました。
もう、いきたくて。
いくことしか考えられなくて。
「早く……」
と、涙をこぼしながら彼を見上げた瞬間、強く彼の手がそれを擦りあげました。
「ああ……っ!」
全身が震えます。
身体の奥から何かが突き上げてくるかのような感覚と、一気に射精したことによる快感、そして脱力感。
唇が震え、足のつま先まで震わせつつ精を解き放って、自分の腹の上に飛び散った生温かいものを感じながらも目を開けることすらできません。見たらきっと、恥ずかしさで動けなくなってしまうような気がしました。
「シェリル」
彼の唇が私の唇に押し当てられて、何とか目を薄く開けます。
そして、私は慌てて言葉を探しました。
「あの、どうすれば……」
「ん?」
私はゆっくりと身体を起こして、ラースの顔から目をそらします。とても彼の顔を見ていることもできず、彼の首から下――まだ服を脱ぎかけの状態の胸元を見て、そっと手を伸ばしました。
厚い胸板。
そこに手を触れると、彼が少しだけ緊張したように身体を強張らせるのも解ります。
「どうすれば、いいですか?」
私はその胸を見つめたまま続けます。「同じ……ように、すればいいですか?」
心臓が高鳴ります。
いえ、暴れている。
酷く喉が渇いていて、唇は動くのに声はあまり出てこない。
自分も何かしなきゃいけない、という焦燥感はありました。ラースのために、自分から何かしなきゃ、と。
でも、手順がよく解らないのです。
ラースにも気持ちいいと思って欲しくて、自分だけがこんな――感じているのが凄く厭で、逃げ出したくなる感情を抑え込んで何とか笑おうとします。でも、全く唇が笑みの形をしてくれない。
自分の手が情けなく震えていましたが、それでも必死に彼の胸を撫で、泣きたくなるくらい恥ずかしいと感じながらラースのお腹の辺りに手を滑らした瞬間。
「そのうち色々やってもらうさ」
ラースが私の手首を握ってそれを押しとどめます。
その声がとても嬉しそうに聞こえて、余計に私の心臓が暴れました。
「そのうち?」
「ああ」
ラースは起き上がったわたしの胸を優しく押し戻し、またベッドへと沈ませます。「だが、今日は全部俺がやる。お前はそこで喘いでいればいい」
「あ」
思わず声を上げそうになったのを、慌てて喉の奥に飲み込みました。
ラースの指が私の腹を這い、そこに飛び散っていたモノ……精液を掬い上げたのを感じたからです。そして、彼は私の両足を割り開き、自分の身体をその間に押し込んできました。咄嗟に閉じようとした私の両太腿でしたが、ラースはそれを押し広げるのです。
何も身に着けていない状況で、こんな恰好は誰にも見せたことがありません。それに、まだ部屋は窓から差し込む陽の光で明るくて、自分の姿が生々しいまでに見えてしまいます。
それはつまり、ラースにもはっきりと見えている、ということに他ならなくて。
彼のその指――私の吐き出したモノで濡れた指が、ゆっくりと私の中に入ってきた瞬間、さらに羞恥心が限界にまで達しそうになりました。
ぬるりとした感覚。
骨ばった指。でも、とてもゆっくり、私を傷つけないようにと優しく入り込んできました。
私の身体はさすがに緊張していたせいか、異物を受け入れまいときつく閉じているのが自分でも解りました。でも、彼の指が濡れているせいで、それは着実に少しずつ中へと進んできます。
彼の肩に担ぎ上げられた私の足が小刻みに震えます。
快楽というわけではなく、不安の方が強すぎて、私の声も泣き声に近かったような気がしました。
「痛いか?」
ラースが私の耳元で囁きます。
でも、私は唇を噛むことに必死で、何も言葉にすることができません。だから、何とか首を横に振りました。
彼の指がゆっくりと、抜き差しを始めました。そしてその動きはだんだん早くなっていく。
すると、耳をふさぎたくなるような濡れた音が辺りに響きます。
気が遠くなるくらい、時間が流れるのが遅い。
丹念に彼の指がそこをほぐそうとして、時間をかけて広げていく。
さっきまでは一本だった指が、二本に増やされた時、私は思わずベッドのシーツを掴んで身体を強張らせました。
「きついな」
ラースのくくく、という笑い声が憎らしくもあります。
私だけ、こんなに恥ずかしい思いをしているなんて。
彼だけ悠然としていて。
「もう、厭……です」
私はやがて、彼にしがみついて情けない声を上げました。「おかしくなって……しまい、ます」
「それがいいんだろ」
ラースはしがみついたわたしの背中にもう片方の手を回して、優しく撫でます。「おかしくなりそうなお前を見ていると俺は興奮するしな」
「や、」
私の中で彼の指が押し広げられました。
痛みなどありませんでしたが、私のそこが彼の指をきつく締めあげます。そして気が付くのは、彼に触れられてもいないのに立ち上がっている、自分自身。男性である証。
彼の指で感じている。
中をいじられて、気持ちいいと感じてしまっている自分自身が信じられませんでした。だって、これが『初めて』なのです。誰かに触れられるのも、こんなことをされるのも初めてで。でも、こんな簡単に感じてしまうなんて、自分はおかしいのだと思いました。
そして、彼自身のモノがそこに押し当てられた時は、不安よりも安堵の方が先に立ちました。
もう、どうにでもなってしまえばいい。
早く、彼のものを受け入れたい。
羞恥心なんか、もうどうでもよくなっていました。
だから、必死に彼に抱き付いて喉を震わせました。
「……お願い、です。もう……」
そう囁いた瞬間、彼の熱いモノがゆっくりとそこに進入してきました。