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保健室での佐藤との情事のあった次の日。つまり女として初登校した次の日。
卓哉の目覚めは最悪だった。
頭が少し痛い。すこし腹がズシンと痛む。………調子が悪い。精神的な物か風邪でもひいたのか。
「……うぅぅ……。」
それでも寝起きから理不尽に体を痛めつけて安眠から叩き起こす変調に
いきなり何でこんな目にあわねばならんのか的な怒りを覚えながら目を擦る卓哉。
布団の中でもそもそと体勢を変え、窓の外を見やるとどんよりとした空、雨音も聞こえる。
目線を壁にかかっている時計を向ける。………7時。起きはじめなければいけない時間だ。
季節は冬。少し痛む頭、太陽の射さない暗い部屋、部屋布団をかぶっていても感じる寒さが気分を憂鬱にさせる。
それでもまだ起きず、布団の中、寝起きのぼんやりとした頭で昨日の経緯を思い出す。
………初登校。周囲の視線。それを逃れて保健室に行って。
そこには佐藤がいて、それで……………。思い出して更に憂鬱になる。その時に………。
……いや、最中の事は覚えてはいない。何故そんな風なのかも知らない。ただ、セックスをされたらしい。
………体が変化したんだ。あまり思い出せない事が一つ二つあるくらい気にとめない卓哉であった。
その後、保健室の飢えた小動物に制裁を加え、栗の花の匂いが充満する保健室を飛び出した。
そのまま寮の自室に駆け込み、様々な体液にまみれ、ベタベタする体をがしがしと泣きそうになりながら洗って。
膣に指を入れかき出すと、ドロドロと次々に精液が垂れてくる。またこの光景を目にするとは……。
また男とセックスした。女ともしたこと無いのに。吐き気とはまた違う気持ち悪さが卓哉を苛む。
この後一生残るであろう重い屈辱。例えば道を踏み外し、後戻り出来ないときの絶望感のような物。
体を洗っている間、口からでるのはため息ばかりだった。
上がったら適当な部屋着に身を包んでさっさとベッドに入った。何もしたくなかった。
………布団にはいっても眠くないのだ、眠れるわけでもない。
布団の中で先の出来事、また最初の灰谷との行為に頭をぐるぐるとかき回される。答えが出るわけでもないが。
……しばらくたって、灰谷が保健室にいない卓哉を心配したらしく様子を見に来た。
どんな会話をしたかは思い出せない。確か……布団の中でうずくまったまま、目を合わさず。
先生に早退すると告げるように、また汚れた制服を学園内のクリーニングに出しといてくれ、と力無く言い…………
そのまま寝たんだった。
布団の中で一通り思い出した。………再度気分が沈み込む。
「(…………今日は寝ていたい……。)」
昨日あんな事が合った後、どんな顔して登校すればいいのか、また、起きようにもこの寒さ………
加えて調子が悪いのも手伝って、無気力な考えしか浮かばない。
布団を被り直して再び寝に入る。
すると。
………ギシッ。
…………上が起きやがった。
上のベッドが数回きしんだ後、灰谷が階段に足をかけ降りてこようとしているのが見えた。
「……………。」
もぞもぞとそちらに背中を向け、壁と向き合って目を閉じる。………全てを拒絶する卓哉。
物音が止まる。灰谷がこっちを伺っているのだろうか。
……………しばらくの静寂の後。
「………卓哉?」
灰谷が寝起きのかすれた低い声で声をかけてくる。
「……………。」
答えない。………何もしたくない。
「…………卓哉、起きてる?」
再度声をかけられる。
「………………………………………………………………………何。」
少しの静寂の後、根負けしてこちらも寝起きの低い声で背を向けたままぶっきらぼうに返す。
「…………卓哉、大丈夫? 昨日からずっと調子悪いの?」
昨日から様子がおかしい親友を気遣ってくる灰谷。
「………調子が悪い。今日は休む………。」
そういって卓哉は頭から布団を被り、それ以上の関与を拒絶した。
「そ、そう………………で、でも昨日はご飯も食べてなかったみたいだし………。
せめてその、ご飯だけでも食べに行った方がいいんじゃない………?」
それでも、病人のような親友に精いっぱいの気遣いを駆けて、顔を覗き込んでくる灰谷。
それを聞いてふと気にも留めていなかった事を思い出す。………そういえばご飯を食べていなかった。
「(このまま寝ていたいけど、お腹も少し減ってるし………)。」
"……くぅ"
そう思ったその時、丁度腹が軽く鳴った。
「……………………。」
……どうしようか。………行こうかな。
少し歩いて(といっても寮の1階にある食堂はすぐつくが。)栄養を摂ったら気分は良くなるだろうか?
すこし悩む。…………少々優柔不断ぎみの卓哉君であった。
「何だったらまた食事持ってくるけど…………。」
そう灰谷が言った。
…………寮の規則で食事持ち出し禁止。今度なにか規則破ったら停学ものだろうに。
「………………………。」
人のいい卓哉は以前犯されたとはいえ、そこまで自分を気遣ってくれる友人に
これ以上心配をかけるのも悪い気がしてきた。その自己犠牲的な申し出にすこし心打たれたのも手伝う。
しばらく考えた後。……食いに行くか。そう決めた。
「…………暖房入れて。………その後着替えるから先に出て。」

「…あ、行くの?」
間抜けな返答。心なしか嬉しそうな声色だ。
「……………いいから。」
布団から手をだし、まだ背を向けたままシッシッと手を振る卓哉。
灰谷はそれを聞いてエアコンのスイッチを入れて
いそいそと寝間着からワイシャツとズボンの姿に着替え、顔を洗ったりと支度を開始した。
ぶおーーーーー。
エアコンの温風が部屋を暖めはじめる。でもまだ這い出せるほど温かくない。
卓哉は体を丸めて身を震わせた。
どやどや………。
布団を被っていても廊下から喧騒がだんだん聞こえてきた。もう皆、起きはじめてる頃か。
それを聞いて俺も起きなきゃな、とは思えども、起きる気にはならない。
「(やっぱ止めようかな…………。)」
そんなことも頭を過ぎる。
…………灰谷が顔を出す。支度は済んだようだ。
「じゃあ、卓哉、先行ってるから。」
「…………………………。」
その言葉にまた布団から手だけを出してシッシッと手を振り返す。
……………がちゃん。灰谷が出ていった。
静寂が訪れ、雨音とエアコンの風音だけが布団の中で耳に入る。
「(………なんだか気味悪いくらい親切だったな………。)」
一人静かな部屋でそう思った。
「(……まあ病人に厳しく当たる方がおかしいか……。)」
……そういえば昨日はさっさと寝てしまったがあの野獣に襲われなかったのだろうか。
体をまさぐる。………ふむ、特に着衣の乱れはない。…………怪しげな液体も付着してない。
奴も分別をわかってきたか。
その内に部屋が暖まってくる。
もぞもぞと布団をはいだし、ベッドに腰掛けたまま、しばしボーッとする。
「…ぅー……だりー……。」
なんとか体に鞭打ち、立ち上がって着替える……………いや、このまま調子が悪ければ
結局、今日は休むかもしれない。このまま行こう………。
ダボダボのティーシャツにスパッツだけという姿。それ以外下着も着けてない。
「…………寒いっつの………。」
誰に言うとも無く、口に出る。
箪笥から厚手のトレーナーと靴下を引っ張り出してもぞもぞと着る。
体が縮んだせいもあってやはりダボダボだ。トレーナーは腕を目一杯延ばしても、手が袖からでない。
……それはまあ寒いから丁度いいか。
次。ヨタヨタと洗面台の前に行き、顔を洗って少し乱れた髪の毛を整える。最低限のみだしなみ。
シャワーしてすぐに寝たから寝癖がなかなか……。しょうがないので輪ゴムを引っ張り出し髪を後ろで束ねる。
「………ぬ……………く…………この……」
髪を束ねるなんて生まれて初めての事なので
なかなか思うように結べない。苦労してなんとか束ね、図らずしてポニーテイルのようなものになった。
………さて、とにかく準備は出来た。
「………ふぅ……………。」
ため息が出る。やっぱりだるい。
でもまあ行くといった以上、取りあえず行こう…………。
ローファーを突っかけ廊下に出る。服装と合わない事この上ないが。
廊下にはまばらに人が居る。皆もう食べおわったか、今から行くのか結構慌ただしく動いている。
その中をダラダラとトレーナーのポケットに手を突っ込み食堂目指して歩む。
ローファーは矢張り大きく、バコバコと足から脱げそうになるがそれでも今更戻るのも面倒だ。
廊下を進んでいくと、すれ違う全ての生徒の目が、卓哉に集まる。
「……れだよ、あの、女になったっていう……。」
「……ジで? すげー可愛………。」
……噂は既に全生徒に広まったのだろうか。耳を澄ますと喧騒は全て自分の噂のようにも聞こえる。
……もう、飽きるのを待つしかない。無視してエレベータ乗り場に向かう。
エレベータ乗り場には人がまばらに居た。1人はもう卓哉に気付いたようで、チラチラと見てくる。
………一緒に乗りたくない。………でも、階段使いたくも無い。
「(……諦めよう。)」
………チーン
卓哉が来ると同時にエレベータが到着する。
ドアが開き、降りてくる生徒………と、ふと卓哉と目が合う。
ぎょっ。そんな音が聞こえてきそうなほど目を見開き、開いたドアの先に突然見えた美少女を見て固まり、
降りてこない先頭の生徒。どん。と後ろの生徒とぶつかる。
その生徒も怪訝な顔でふと視線をやった先の美少女を見て固まり……それの連鎖。そして誰も降りてこない。
「………………。」
嫌な静寂。頭の痛みが酷くなってきた気がする。
「………早く。降りて。」
ぶっきらぼうにそういうと、思い出したようにそそくさと降りはじめる。
………はぁ……。ため息をしつつ、開いたエレベータにさっさと乗り込む。
その後に続き、他の待っていた生徒達もこちらをチラチラ伺いながら乗り込んで来る。
……開閉ボタンを押してゴスッと挟んでやりたかったがそれは止めとこう。
全員乗ったのを確認して、1階のボタンを押し、さっさとドアを閉める。
今降りた生徒達は部屋に戻らずにまだこっちを呆然と見つめているから。
ガコン。ドアが閉まり降りていく。
密室内で卓哉に視線が集まる。卓哉はその視線に背を向けさっさと着いてくれる事を祈る。
……チーン
すぐに4階に止まる。ドアが開いて生徒達が乗り込んで…………こない。
「…………!!!!」
エレベータ内に一歩踏み込んだ時点でこっちを見て固まっている。
「……………………。」
………ポチ。スーー……バコッ
「ぅいでっ!!!」
卓哉によってドアに挟まれる生徒。
「………早く乗って。」
ぶっきらぼうにそういうと、
ここでも思い出したように数人がチラチラとこちらを見ながら乗り込んでくる。
全部乗ったのを確認してドアを閉める。……トホホとエレベータの使用を後悔した卓哉であった。
……チーン
……チーン
その後も三、二階と立て続けに止まり、皆同様にこっちを見て動きを止める。
……そのたびに制裁。
バコッ
「ぐふっ!」
バコッ
「ぶはっ!」
繰り返される同じ光景にエレベータ内でクスクスと他の生徒の笑いが起こる。
だが卓哉は体調が悪いのに加えて、なにより先から視線がうざ過ぎて笑う心の余裕はなかった。
………でもまあ、移動中ずっとしんとしてジロジロ見られてるよりはマシだろうが。
その2階で見知った顔が乗り込んでくる。………佐藤だ。
「……………ぁ。」
こっちを気まずそうにうかがいエレベータに乗る足が止まる。
「……………早く。」
ぶっきらぼうにそう促すと、おずおずと乗り込んでくる。
それを確認して開閉ボタンを押しドアを閉める。
ガコン。
降りていくエレベーター。佐藤は卓哉の顔色をチラチラと伺っていた。しかし卓哉は目を合わさない。
昨日の事をまだ怒っているわけではなく、ただ、今の状況にウンザリして、
言葉を交わす余裕も無いだけだった。昨日の事は、既に殴ったからもう二度とやらなければそれで十分……。
そのくらいにしか気にしていなかった。最後の方は覚えてないからわからないが、別に完全な強姦じゃない。
受け入れてしまうような態度は確かに取ってしまったのは覚えている。頑なに拒みきれなかった自分にも
責任がある部分も認めていた。その辺りはさばさばとして男らしい卓哉であった。
一瞬の躊躇のあと、佐藤は意を決したのか、消え入りそうな声で卓哉の顔を覗き込んで……
「ぁ、あの………おはようございます……。」
挨拶をした。
卓哉はチラ、と一瞥しただけですぐ前にむきなおり
「……ん、……ぁあ。」
目を合わさずにそれだけ答えた。卓哉に気の効いた言葉を言う気力はなかった。
……チーン
1階についた。さっさと降りて食堂に向かう卓哉。
後を追うように他の生徒も食堂に向かう。ひそひそと卓哉を噂しながら。
そのなかで一人エレベータにぽつんと佇む人影が残った。…………佐藤だ。
「……………き、嫌われ……てる…………。」
肩を落としてこれ以上ないほどガッカリする佐藤。
昨日の事で卓哉は佐藤の中で初恋の相手にまでなっていた。女に免疫すらなかった佐藤の前に突然現れた
最上の女性。その容姿、魅力的な体、自分なんかを心配してくれた優しい性格(最後の最後除く)、
そして昨日の官能的な体験、目の前に女性の魅力の全てを魅せつけられて、一気に一目惚れした。
元男であった事は既に忘却の彼方である。正真正銘、卓哉が女である事は身を持って確かめたのも有る。
それが、さっきのあの態度…………あれは………。肩を落とし、とぼとぼと食堂に歩みを進める佐藤。
罪作りな卓哉であった。
卓哉が食堂にいくと相当な人数が朝食を摂っていた。まあ、いつものこと。
座れる場所を求めて見渡す…………と。
「あ、卓哉。席取っておいたよ!」
と顔に飯をくっ付けながらぶんぶんと手を振る灰谷の姿が目に入った。
卓哉。その名前に食堂中の視線が集中する。……ずざざっ! と音が聞こえてきそうな勢いで
皆がこっちを見る。あれだけ騒がしかった食堂から、一気に音が消える。
男子校の噂の美少女。既に噂は広まりきっていたようだ。
しん……とする中、自分を刺すように集まる視線。思わずあとずさる。
「…………ぐ………。」
これは強烈だ。すばやく踵を返し部屋に………。
「あ、ああ、ちょっとちょっと!」
灰谷が追いすがり、がっしと腕を掴む。
「に、逃げちゃ駄目じゃないか!」
「馬鹿言うな! あんな中で飯が食えるわけないだろ!」
「で、でもそんな事言ってたら何時まで経っても………。」
「知るか! 俺はもう帰る! 寝る! お前ら全員死んでしまえ!」
今迄のフラストレーションが爆発する。体調の事など何処へやら。
静寂の包む中、きーきーと喚き散らしバタバタと暴れる卓哉とそれをいさめる気弱な大男。
その滑稽な光景に少しだけ喧騒が甦る。もちろん話題は卓哉のことであるが。
「ほ、ほら、皆もう気にしてないしさ、ご飯食べないと………。」
「そんなわけねえだろ! 見ろあいつらの目を! キモイ視線投げかけやがってこの腐れチ○コどもが!」
「そ、そんな、考えすぎだよ。皆女の人が珍しいから見てるだけで………」
「あ、あいつウインクしやがった! ウインクしやがったぞ! 目が! 目が腐る!」
「そ、そんな馬鹿な………」
「おぁあ! あげくのはてに投げキッスしてきやがった! ど畜生ああもう駄目だ殺してやる!」
きーきーと騒げば騒ぐほど注目が集まってしまう。
………一通り喚き散らし少し息切れする。
「……っはぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………?」
少し気分を落ち着けると………胸に圧迫感を感じる。
視線をやると灰谷の手がガッチリと胸を掴んでいた。暴れる卓哉を一生懸命制止した結果であるが。
「……何処触ってやがるっ!」
ゴスッ!
ローファーの踵で思い切り灰谷の爪先を踏み付ける。
「あぐぅ!」
うずくまる灰谷。
「全く………!」
少し乱れた髪と服を直しながら、食堂をキッ! と見据える。
その剣幕にさっと一斉に目を伏せる生徒達。
「………………ぬぅ………。」
うずくまった灰谷を放っておいて周囲を視線で威嚇しながら灰谷のキープした席に向かう。
「………! あ、卓哉の分は俺が持っていくから座っててよ!」
痛みから回復した灰谷がささっと受け取りに行く。実にしぶとい。
まあ、元から奴を遣うつもりだったから別にいいのだが。
取っていた席につく。灰谷の隣りだ。嫌がらせかあの性獣め。
とりあえず席につき、隣りから向かい側からと、じろじろと視線を投げかけてくる周囲を
視線で威嚇しながら運ばれてくる食事を待つ。
「はい、卓哉。A定食でいい?」
ゴトッ。目の前にクリームシチューとサラダ、コッペパンとみかんが置かれる。
「………クリームシチューは嫌いだ。ビーフシチュー以外は食べない。」
ブスッと我が侭な愚痴を垂れる。
「いやぁ、時間が時間だしこれくらいしか卓哉が好きそうなの残ってなくて……。」
「……………他って何が?」
「えーと、檄辛カレーとカツ丼とキムチ鍋と満漢全席………。」
「…………もういい、わかった。」
ゲッソリと目の前の食事を食べはじめる卓哉。
灰谷も隣りに座り食事を再開する。こいつの朝飯は…………
「…………朝からカツ丼なんて食うなよ馬鹿。」
ぴし。シチューの中のグリーンピースを投げつける。
「いやあ、やっぱりボリュームが無いと…………。」
苦笑いしながらカツ丼を掻き込む灰谷。
腹も痛むせいで食欲が無いが、もそもそと静かに食べていく。………すると、周りの声が良く聞こえてくる。
「……供とかデキたり…」
「……ンコがついてるとかいったオチ……」
「……ゃあ頼めばヤらせ……」
自分についての身勝手な話が聞こえてくる。
「(……はぁ……何時になったら奴等は飽きるのかなあ…。)」
ふぅ、と目を伏せ、ため息を吐く。女になってから何回目だろうか。
ふと、灰谷を見やる。ガスガスとカツ丼を掻き込む灰谷。
「……………?」
なんか怒ってる? 眉間にしわを寄せ、乱暴に食べている。
それを見て、ああ、俺の為に怒ってくれてるのかな……、と卓哉は少し感動した。
まだこいつにも思いやりの心が……。いや、さっきから普通以上に思いやられすぎてる気が………。
……………そういえばなんだかここ数日の灰谷はおかしい気がする。
俺が女になったとたん言葉にさばさばしたものが無くなり、急におとなしくなってしまった気がする。
今迄は最近のようにここまで下手に出る事はなかったのだが、何故急に………。
………襲った事をばらされるとマズイからか? ……いや、ありうるけどここまでしないだろうし……。
思わずスプーンを咥えたまま、じーーーーと灰谷を見つめてしまう。
……灰谷が気付く。
「な、何、卓哉?」
なんだか照れているようだ。………キモイ。
「……いや、汚い食いかただな、と。見ていて気分が悪くなるな。」
ピシ。またグリンピースを投げつける。
「………み、見なきゃいいじゃん……」
苦笑しつつ食事を再開する。
さて、こいつの真意は………灰谷を横目に考えつつパンに手を伸ばす。
と。
……ガタっ。
「あぅ。」
サラダの器にひじが当たり、器がひっくり返り中身が散乱する。
「あ、卓哉。気をつけないと………。」
甲斐甲斐しく散乱したサラダをかき集め始める灰谷。
「……おい、集められてもそんなもの俺は食わないぞ。」
「わ、解ってるよ。これは俺が……」
がさがさ。かき集めながら言う。
「おい、これもう汚いだろ。だいたい食べかけだし………。」
「だ、だってもったいないしさ………あ、卓哉、肘にドレッシングが……。」
そういってハンカチを取り出し勝手に肘を拭いてくる。
「………………………。」
……まあ断る通りも無いし任せる。
その時、ふとデジャヴを感じた。? これと似たような事あったような………。
………甲斐甲斐しい灰谷を余所に記憶を辿る。
……思い出した。あれは灰谷の中学の頃だ。
その頃こいつには好きな子がいた。そして灰谷はその子に気に入られようと色々と親切にしていた。
この情景はそう、その子も同じように牛乳かなにかをこぼして半べそ描いてる所を関係無い灰谷が
親切に優しく世話してたっけか………。その姿を見て、こいつはなかなか出来た奴だと思ったんだが、
こいつはその子意外には全然優しくなかったのが印象的だったなあ………。目の前で他の女の子がこけても
知らん顔してるときがあった。誰にでも優しいわけじゃない。そう、灰谷は好きな子には尽くすタイプなのだ。
そして嫌われるのを極端にいやがる。まあだからといって尽くしゃいいってもんじゃないが。
で、結局意気地なしの灰谷は告白せんまま卒業したわけだが……そういえばあの子は今元気で………
…………………ん?
ゾクッと、悪感がした。答えが導き出されようとしている。こう、日常が崩壊せんばかりの答えが。
いやしかし…………いや、でも………。いや………しかし……それは嫌すぎ………。
………しかし、どう考えても灰谷のこの行動はそれでしか説明出来ない気がした。
…………………………………………惚れられた?
…………スプーンを咥えたままチラ、と灰谷の顔を見る。と、目が合う。
「こ、今度はどうしたの卓哉?」
サラダをボリボリと食べながら聞いてくる。
また、照れているようだ。………いや、嬉しそうだ。かまってもらえた犬のような……。
ガタタタッッ!!!
思わず椅子ごとあとずさる。
「た、卓哉?」
ビックリして聞いてくる灰谷。
卓哉をちらちらと見ていた食堂にいる生徒達もビックリして押し黙り、こっちを注視する。
……少し静かになる食堂。視線が仲の良い二人に集まる。
「……あー……いや、何でもない。何でもないぞー……いやいやこっち来なくていいから飯食ってろ!」
立ち上がろうとした灰谷をあたふたと諌める。
これは最悪だ。どちらかといえば、だが、体目当てならまだしも本気で惚れられるのはマズイ。キモイ。
彼女いない暦17年。初めて付き合った相手がむさ苦しいデブの大男でしたなんて冗談じゃない。
「卓哉? 急に何を……」
立ち上がって近づいてくる。
「ぅぅ、い、いいからお前は飯を食ってろ! 俺は急用を思い出した!」
ズバッ! と立ち上がり脱兎のごとく食堂を駆け出していく。
その後ろ姿をボーゼンと見送る灰谷と食堂の生徒達であった……………。
卓哉の部屋。
卓哉は一人布団に包まって(((((;゚д゚)))))ガクガクブルブルと震えていた。
「(まずい………このままでは………俺の人生に大きく傷が………。)」
その気が無いのに男に言い寄られる男(今、女ですが)の恐怖というものは筆舌に尽くし難い。
801漫画のようにはいかない。只ひたすらキモイ。ゲジゲジを服の中に流し込まれるほうがマシかもしれない。
しかもその相手が身内同然の相手というのだから本当に質が悪い。
布団に団子のように包まって今更になって気付いた衝撃の事実に身を震わせるニブチン卓哉。
そして。
……がちゃ。灰谷が帰ってきた。
ガバッ! 身を起こし布団を盾に防御態勢を取る。
「た、卓哉……何、……どうしたの?」
部屋に入ってきた灰谷がぎょっとして卓哉の奇行を問いただす。
「…………いや、別に………。」
警戒の色は解かない。
しばらくそのまま固まる二人。静寂が支配する。
「………と、とにかくもうすぐ授業だから支度しないと………。」
静寂を破ったのは灰谷だった。
「……う、うん…………そうだな……。」
まだ布団を抱いて警戒する。
「…………………。」
「……………………。」
…………また静寂。奇妙な空気が二人の間を流れる。
「…………………あの、本当に大丈夫?」
すこし近づいて怪訝そうな顔で聞いてくる。
「………う、いや、大丈夫だ。大丈夫だから先に言っててくれ。早く。」
びくびくと応対する卓哉。
「う、うん、じゃあ……先に行くけど……何だったら先生に休むって伝えようか……?」
尋常じゃない卓哉の様子を気遣う灰谷。
「いや、行く。行くから、もう行け。」
シッシッと追い払う。
「う、うん…………じゃあ…………。」
…………がちゃん。
灰谷はチラチラと最後まで心配そうな目を向けながら鞄を取って出ていった。
「…………ふぅーーーーーーー………。」
大きなため息を吐く卓哉。
これは………このさきどうすれば…………。
……バフッ。布団に頭を埋めて煩悶する卓哉であった…………。
がらがらっ。
卓哉がぎりぎりで教室に入る。もう皆来ているようで卓哉が最後らしい。
……少し教室が静かになり注目が集まる。いつもの事だがやはり嫌だ。
「………く…………お、おはよう。」
空気に耐え切れずぶっきらぼうに挨拶をして自分の席に向かう。挨拶の返事は待たない。
何か言われても今は困る。自分の席に着く。灰谷の隣り。
「(何処に行っても逃げ場ないのか………。)」
トホホと着席する。
「卓哉、大丈夫?」
灰谷が心配して声をかけてくる。
「う、ああ、心配するな。…………これからずっと……。」
顔を引き攣らせて答える。
「………な、なんじゃそりゃ………。」
灰谷はこちらの真意を計りかねてるようだ。
机に鞄を掛ける。………ガサッ。
「……………………ん?」
机に何かはいっている。
おかしい。授業終了後、教科書から何から全て持ち帰るようにしているのに…………。
手探りで確かめる。
結構な数あるようだ……………これはひょっとして悪戯か?
気が滅入っているときに………勘弁してくれ……。
中から取り出す。手に持っているのは………………手紙の束。
「………………………………。」
「た、卓哉……それは?」
灰谷が覗き込んでくる。……………無視。
………なんとなく嫌な予感がする。試しに一番上の手紙の封を開けて目を通す。
そこには汚い字で"一目ぼれしました"だの"付き合って下さい"だの書いてあるのが解った。
「………………………………。」
ぐしゃっ。無言のまま読んでないのもまとめて握り潰し、窓を開けて外に放り投げる。
バラバラバラ………と風に散っていく恋文たち。教室のどこかで
「………あっ……。」
という声が聞こえた。
そいつのやつのもあったのだろうか。とりあえず、止めてくれ。
窓を閉めちらっと横を見る。灰谷の顔。灰谷が。少し。
…………嬉しそうだった。
バン!
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお………!」
机に突っ伏し体を震わせながら、声にならないうめき声を上げる卓哉。
「た、卓哉、大丈夫!?」
「うるせえ!」
その声でガバッと起き上がり、甲高い声で喚き散らして鞄の角でドガッと灰谷を叩く。
「ひでぶっ!」
最初の一撃で頭から血を流して机に突っ伏す灰谷。
卓哉はそんなぴくりとも動かない灰谷に追い討ちを掛けるように何回も叩く。
ガスッ! ゴショッ!
その悲惨な光景に教室の他の生徒達はショックでなにも出来なかった………。
「で、あるからして、ここは…………」
1時間目は科学の授業。
頬杖を突き、シャーペンをくるくると廻しながらつまらなそうに授業を受ける卓哉。
周りを見ると皆授業を真剣に受けているようだ。灰谷もしかり。
静かで何もやることが無いと、色んな事を考えてしまう。
本当は授業に真面目に取り組まなきゃ行けないんだろうが……。
いや、卓哉には授業よりも考えなければいけないのがたくさんあった。
この体の事。今後の事。何時直るのか、ひょっとして直らないんじゃないか。
最初の頃はやはり混乱していたんだろうが、そんな事考えもしなかった。
だが、段々時間が経つにつれて、不安を覚えてきた。直るなんて楽観的すぎるんじゃないか。
世の中には不治の病が一杯あるし、これも死ぬまで直らないんじゃないか。
このままいくと女で一生を終えてしまうかもしれない。そうすると結婚する相手は男という事に……。
想像する。
ウエディングドレスを着た自分の姿。横には……何故か灰谷が連想される。
「(………じーざすくらいすと…………。)」
そういう場面を考える自分の頭が嫌になりがくっとふさぎ込む。頭が痛くなってくる。
「………………?? おい、蘇芳、どうかしたのか?」
それを見た先生が声を掛けた。
「……へっ?」
ばっ、と顔を上げると科学の先生が心配そうな顔をしている。
クラス中の視線も集まっている。
「……具合でも悪いのか?」
先生が問いただしてくる。
「……あ、いや、別に………………ぅ。」
ふと、腹の痛みが強くなってきているのに気付いた。
朝からずっと重く圧し掛かるような痛み。それがなぜか強くなってきている。
「蘇芳? 体調が優れないなら保健室に……。」
保健室。なんとなくあの事が思い出される。
「いや、それには及びまぅ…………ぅぃててててて……………………????」
それには及ばない。そう答えようとしたら、痛みが更に強くなる。思わず下腹を押えてうずくまる。
………経験した事のない痛み。何かの病気だろうか。
「お、おい、すぐに保健室に……。」
「…………そ、そうします………。」
がらっ。ズシリと痛む腹を押えて席を立つ。
「た、卓哉、大丈夫?」
心配そうに見上げる灰谷。
「……知らん。」
ぶっきらぼうにそう答え、腹をさすりながら教室を出る。
廊下をヨタヨタと保健室に向け歩く。歩くと腹の痛みに響いてつらい……。
まさか、また佐藤いないだろうな……。そんな事を考えつつ、ヨタヨタとようやく階段まで来たときだった。
つつぅーーーーーーー。
なにかが太股をつたっていった。
「(………………………え? 何?)」
階段の手すりに手を掛けたところで硬直する卓哉。
ズボンと太股が何かで濡れて張り付く。気持ち悪い。
股間を見やる。ズボンが濡れているようだ。黒い為、何の液体かはわからない。
な、何だコレは………。ひょっとして老人のようにおもらしとか………いや、馬鹿な………
いや、しかし、この訳の解らん体なら何が起ころうとも不思議ではない…………。
踵を返しトイレに駆け込む。と、とりあえず何が垂れているのか確認せねば。
保健の先生に股間見られたくないし………。ヨタヨタとトイレに入る。
スバッと個室に入り鍵を閉めて、すぐにベルトをかちゃかちゃと外しはじめる。
…………ズル。ズボンとトランクスを同時に降ろし、こわごわと股間を見やる………。
…………股間と内股が血まみれだった。凄い出血だ。
トランクスも血が染みていて酷い事になっている。
ズボンは黒なのでそう目立たないが………。
ショックだった。まさかこんな猟奇シーンが俺の体に………。
大量の血を見て、そういった物に免疫の無い卓哉は少し頭がくらくらした。
しかし、ここで倒れるわけにもいかない。踏みとどまる。
そして股間を凝視したままこの猟奇シーンが出来上がる条件として考えられる状況を全て上げていく。
この下腹の痛み。この血。どうすればこうなるのか。
といっても別に刃物を扱った覚えはないからこの血は怪我だの傷だのによる物ではない。
うん、別に何処も切れてない。というかどうやら血は膣口から……………。
………いや、するとこれはあれということに………。いや、まさかそんな………。
しかし、どんなに考えても、答えは一つしかない。
「……………………そんな……馬鹿な……。」
……股間を見たまま呆然とする。
自分でも認めたくない答えが出る。その答えしか出なかった。
生理。女でしか起きない事。
それは排卵の証。子供が生める証拠。
頭が大量の血を見た事と、さらに男であった自分が生理なんぞやってる事実。
その事実に混乱し、頭がくらくらする。
…………どうやら完全に女になってしまったようだ。
ぐらぐらとかき乱される卓哉の心と頭。そのなかで思った。
ウエディングドレスを着た自分とその隣りの…………灰谷。
おまけに。
手には子供の姿が………………………………。
「い、いやだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁ……………。」
イマジネーション豊富な頭をトイレの壁にごつごつと叩きつけつつ、
鬼気迫る咆哮を上げる卓哉君。
彼の明日は何処にあるのか……………。
ちゃんちゃん。

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