「あばよカイトちゃん。明日も漏れたちの性欲処理、頼むぜ」
 去り際の浩司の言葉が、カイトを絶望的な気持ちにさせた。

 ひとり残された教室の中でカイトはがくりとうなだれた。
 動作に合わせてイヤリングが揺れ、耳障りなチリチリという音を立てる。
『そのイヤリングが揺れるたび、音を鳴らすたびに思い返しなさい。君が誰かに所有される快楽のための道具に過ぎないということを』
 ムラタの言葉が耳に甦り、カイトは指が真っ白になるほど拳を握りしめた。
 怒りの感情と同じくらい、あるいはそれ以上に……ムラタの思惑通り生きたダッチワイフに作り替えられてしまうことへの恐怖があった。
 毎日こんなふうに責められたら、そう遠くない未来、ムラタの前に完全に屈服してしまうのではないか。
 ……そんな考えに恐怖している自分が情けなかった。
「殺してやる、殺してやる」
 ムラタたちへの殺意を口にすることでかろうじて精神の均衡を保てる。
 けれど物騒な文句をつぶやく声は、甲高い少女のそれになっている。それが悔しくて口をつぐむと、あとは心の中だけで同じ言葉を繰り返した。
 どれだけそうしていただろうか。
 隙間から射し込んでいた外界の光は途絶え、廊下で灯る一本の蛍光灯だけが光源となった。
 時間とともに激しい感情が幾分収まってくると、空腹と肌寒さを感じた。
 特に寒さのほうは深刻だった。夜になって旧校舎の空気は冷え込んでいた。少なくとも、湿ったバスタオル一枚では過ごしにくいほどに。
 あたりを見回すと、手の届く範囲内に衣類らしきものがコンビニのビニール袋に入れて放置されていた。ムラタたちが去り際に置いていったのだ。
 袋の口を広げると、まず体操着が目に付いた。肌寒さに耐えきれなくなっていたカイトはそれを引っ張り出して身に着けた。首と首輪の隙間を通してなんとか上半身に綿生地の体操着を着ることができた。
 ふと見下ろすと、胸の部分に校則通りゼッケンが縫いつけてあり、カイトの名が書き込まれていた。
(いちいち手の込んだことしやがる……)
 そう思いながら袋に残ったもう一枚の衣類を取り出すと、それはショートパンツではなく女子用のブルマだった。
「あの野郎っ!」
 思わず黄色い声で叫んでいた。
 ブルマを投げ捨てようとして寸前で思いとどまった。
 すっぽんぽんの下半身から寒気が上がってくる。たとえブルマでも背に腹は替えられないという状況だった。
 それに、男性のシンボルを失った己の下半身をいつまでも直視していたくはなかった。下半身丸出しにしていても、どうせ浩司やカジたちを悦ばせるだけである……。
 意を決して、ブルマに足を通した。
 コットンのやわらかな布地が脚を這い上がっていくとき、なんともいえない心地よさにため息が出た。
(ああ……なんでこの体、こんなに敏感なんだよぉ)
 伸縮性のある布地はすっぽりと腰にフィットした。
 股間に何もないため、ぴったりと布が押し当てられて、閉じ合わせた腿との間に小さな逆三角形の空間を形作っている。
 それに、こうして布地に包まれてみるとキュッと盛り上がったヒップの形がより強調される。カイトは無意識にぷにぷにと弾力のあるお尻を触っていた。
 はたと振り返って窓ガラスを向くと、勝ち気そうな美少女がブルマ姿でカイトを見返していた。
 チリチリとイヤリングが音を立てる。
 カイトは一瞬、我を忘れてガラスに映る女の子の姿に目を奪われていた。
 ゆっくりと、それが己の鏡像に過ぎないという事実が頭に染み渡る。
「こんなの……俺じゃない!」
 そう否定してみても、カイトが胸に手をやるとガラスの中の少女も同じ仕草をする。そして、胸のやわ肉の感触が手と胸の両方で生じる。
 鎖に繋がれた少女の姿。それは恐ろしくエロティックだった。
 カイトの価値観の中で、女とは征服し屈服させる対象だった。いまガラスに映る囚われの少女の姿は、そんなカイトの嗜好にぴたりと合致していた。
 少女は戒めの鎖を持ち上げ、それを外そうと虚しく抗う。非力な腕で、無駄と分かっている行為を繰り返す……
「ああ……」
 屈辱感にまみれた吐息を、カイトはガラスの向こうにいる少女の声として聞いていた。
 下腹部に灼熱のような熱い疼きを感じた。熱い塊が剣のように持ち上がる、男だけの知る昂揚感。
(犯したい……)
 これほど純粋に女を犯したいと感じたのは、生涯で初めてだった。
 たまらずそそり立ったペニスをしごこうとして……
 そこで否応もなく現実に引き戻された。
 ブルマの下の喪失感。自己主張している筈の剛直は影も形もない。
 カイトの「男」は奪われてしまったのだ。……それも、恐らくは永遠に。
 いまのカイトは男に組み敷かれて犯されるのを待つ、囚われの少女だ。
 それなのに、欲情した男としての心は、目の前の少女にペニスを突き立てろとカイトをせき立てる。
 ……どうやって?
 この受け身の肉体でどうやって女を貫けというんだ!?
 心と肉体の矛盾にカイトの心は引き裂かれそうになった。
 つるんとした股間を虚しく手が行き来する。その間、脳は犯せ、貫け、突き立てろと喚く。灼熱のような欲望はたしかに感じるのに、この肉体はそれを解き放つ器官を有していない……。
 気の遠くなるようなもどかしさ。
 もがくように手を動かしたとき、指先が股間を押した。
 くちゅ……
 布地を押してやわらかな秘部に指が食い込んだ。
 瞬間、電気が走った。
 今度はそうっと、意識して指を折り曲げた。
 花弁のあたりを押すと、ピアノを弾くように七色の快感が躰の芯を駆け抜けた。
 ずっと感じてる熱い塊まで、あと一歩だった。
 そっと指を動かし、その部分をなぞるように上へと進む。やがて、小さな小さなふくらみへと行き当たる。
 思いきってそこを指で触れた。
「ふぁぁっ……!」
 痛覚に近いほどの鋭い快感が脳天まで突き上げた。
 間違いなくそこが欲望の凝固するポイントだった。
 もう一度指の腹でそこを撫でると、甘く痺れる快感が全身を駆けめぐった。
 立っていられなくなり、マットレスの上に横になった。
 目を閉じ、できるだけそうっと秘部に指を滑らせる。
「あぅぅ……ふぅ…………」
 ゆっくりと指を前後させる。
 目を閉じていると、ペニスをしごいてるという仮想現実に浸ることができた。
 淫らに喘ぐ少女と、それを犯そうとしているカイト。
 見えないペニスを突き立てるようにカイトは腰を振った。自分の口から出る喘ぎ声を無理やり犯してる相手のものと思いこむ。
 だが、やがて快感が高まっていくうちに、いつのまにか仮想現実の中でまでカイトは少女の姿になっていた。
 仮想の中で逆にカイトは男のペニスに貫かれていた。
 こんな筈じゃない、と抗議しようとしたとき、快感が臨界点を突破し、爆発的に広がった。
 身をよじってカイトは強烈なエクスタシーの波を耐えた。
 長く尾を引く絶頂感と浮遊感。
 バイブや拷問器具の杭によって強引に与えられた快感と違い、解放感を伴ったクライマックスだった。
 まだくすぶる恍惚感の余波に浸りながら、カイトは女としてのオナニーをしてしまったことをホロ苦く後悔していた。
(こんなの間違ってる……俺は男なんだぞ!)
 そのとき、廊下のほうから聞こえる物音にカイトは跳ね起きた。
 オナニーしてしまった直後の呆けた姿をムラタにだけは見られたくなかった。
 足音が近づいてくる……
 しかしその足音は、妙にしずしずとしたものだった。
 やがて戸の磨りガラスの向こうに小柄な人影が立った。
 誰だ……?
 カイトは用心深く身構えた。
「入るわね」
 そう断って戸を開けたのは、制服姿の少女だった。
 彼女は鎖に繋がれたカイトを見ても怪しむことなく、まっすぐに近づいてきた。
「誰だ、あんた?」
「桜花女子一年4組の村田葵……」
「隣の女子校の奴か!」
 言われてみれば見覚えのあるような顔だ。どこかですれ違ったことがあるのだろう。
「こんなとこへ何しに……いや、それよりいますぐ外へ行って人呼んできてくれ!」
「ごめん。それはできないわ」
 葵は悲しそうに首を振った。
「なんでだよ!」
「ごめんね、それはお兄ちゃんが許してくれないから」
「どういう……」
 ハッと気づいてカイトは息を呑んだ。
 村田葵。
 村田……ムラタ……
「あんた、あのムラタの妹なのか!」
「ええ」
「そういうことなら……」
 カイトはやおら葵に躍りかかった。
「きゃっ!?」
 葵の背後から首に腕を回し、ぐいと自分のほうへ引き寄せる。
「く、苦しいわ……」
「我慢しな。あんたには人質になってもらうぜ」
 この少女を人質にとればムラタを脅して自由の身になれる……カイトはとっさにそう判断したのだった。
 体が密着してるせいで葵の背中に胸が押し当てられてひしゃげたようになってる。葵が身じろぎするたびに、胸がこねくり回される奇妙な感触に耐えなければならなかった。
「お願い、落ち着いて」
「俺は充分、落ち着いてるぜ」
「私を人質にしたって、お兄ちゃんを脅すことなんてできないわ……」
「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
「ううん……お兄ちゃんにとって私はどうでもいい存在なの。私、バカで役立たずだから。私なんかを人質にとっても無駄なんだよ」
 背後から拘束されながら、葵は淡々と告げた。
「本当にそうなのか試してみるまでだ」
「ダメ。そんなことしても、あなたがヒドイことされるだけだよ」
「俺のことを心配してくれるってか? 信用できないね! あんたは奴の身内だ!」
「違うの。私はあなたの身の回りの世話を申し出ただけで……お願い、信じて」
「信じろって……こんな目に遭わされて、何を信じろっていうんだよ!」
 泣きそうになりながらカイトは叫んだ。
 そのとき不意に腹の虫が鳴った。その場の問答に不似合いすぎる、ギュルルルという滑稽な音は葵の耳にも届いていた。
「……ちゃんと御飯食べてないんだね。私、食べ物持ってきてるから」
 まるで葵に返事をするみたいに、もう一度腹の虫が騒ぎ立てた。
「逃げたりしないから、この手を離して。ね?」
「う……」
「あなたが私を信じられない気持ちは分かるけど、あなたに害を加えるつもりなら、私ひとりで来たりはしないわ」
 さんざん迷った末、カイトは恐る恐る葵を解放した。
「とりあえず、お前のこと信用してやるよ」
「ありがとう、カイト君」
「ふん……いいからメシ、持ってこいよ」
「うん、分かった。ちょっと待っててね」
 葵はひょこひょこと廊下に出ていった。
(まさか、このまま逃げたりしないよな……?)

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