12

 そこは男子生徒の間では冗談で”サンクチュアリ”と呼ばれていた場所だ。正式名は女子更衣室。
 たとえ教師であっても男性は手前の廊下のに引いてある線以上先に入る事は禁じられており、それを破れば覗いた覗かないにかかわらず、よくて停学、悪いと退学と言われていた。
 瑞稀が向う先は紛れも無いその線の向こう側である。令が普通の人生を送っていたならば、おそらく一生踏みこむ事適わなかった場所。それはまさしく”聖域”だ。
 しかし令は瑞稀に連れられ、あっさりとそのラインを跨いでしまった。
「三木原さんどうしたの? 顔、赤いよ?」
 緊張し動悸が早まる令に瑞稀は不思議そうに声を掛ける。なんでもないと言って手を振るも、男としての令の心には禁忌を破ってしまったような背徳感があった。
 しかし令の悲劇(喜劇?)はようやく始まったばかり。瑞稀がその先の廊下を曲がり扉を開ける。
 むろんここは令にとって未知の領域だったわけだが、向っていた先がわかっていた以上、答えは一つである。
「……………!!!!!」
 令の呼吸が停止した。思考回路が一気にパンクする。心臓が爆発しそうなぐらいの勢いで跳ねる。
 目の前に広がるのは、クラスメイトの女子が着替える”女の園”。
 今までそういう事にはあまり免疫の無かった令には、あまりに刺激が強すぎる光景だった。
 その場に倒れこみかねないほどの精神的衝撃をなんとか寸での所で押さえこむ。
 もし令にこの2日間の性的体験がなければ、この場で気絶していたかもしれない。
 そういう意味ではこの危機に対する免疫を作ったのは姉でありセネアであるとも言えるのだが……
 −考えてみたら、あの二人のせいでこの状況があるんじゃないか……!−
 一瞬感謝しかけ、それが正反対の評価である事にすぐ気づく。何か騙された気分だった。
「三木原さん、こっちこっち!」
 瑞稀に呼ばれ、令はようやく我に返る。奥のロッカーの前で手招きしている瑞希に気が付くと、令はなるべく他の生徒を見ないように瑞稀の元まで歩いていった。
 令の男友達がもしこの事実を知ったとしたら、おそらく”なんてもったいない事を!”と令を茶化しただろう。しかし根が真面目な令には、そんな精神的余裕など一切なかった。
「大丈夫? さっきから様子が変だけど……」
 瑞稀が心配そうに令を覗きこむ。が、すでに着替え始めている瑞稀を令はまともに見る事ができない。
「あ………もしかして三木原さんって?」
 突然の疑惑の声、まさかと驚き顔を上げると瑞稀は怪訝そうな顔で令を見ていた。
 もしかして? それは疑惑の提示だ。嫌な予感脳裏を掠め、令の顔がみるみる青くなる。
 −そんな! どうしてこんな時に!?−
 タイミングとしては最悪だった。さらにマズイのは、その絶望の表情が問いを肯定してしまった事だ。
 が、瑞稀はその顔を見るや、突然口に手を当ててクスクスと笑い出した。
「……?」
「大丈夫よ、うちのクラスだって何人も泳げない子はいるから。そういう子はビート板使っていいんだし。」
「あ……あの……」
 思わず声を出し、令はようやくそれが自身の早とちりであったと気がつく。
 −な、なんだ…そういう事か。”令”だってバレたわけじゃないんだ……−
 令は最悪の事態が杞憂に終わった事に安堵する。まだカナズチだと思われた方が百倍都合が良かった。
 さらに実は令は本当に泳げないわけで……ある意味逆に有りがたい指摘であったとも言える。
「それに三木原さんならきっとすぐ上手く泳げるようになるわよ。心配ないわ。」
「そんな……私、瑞稀さんみたいに子供の頃から水泳やってたわけじゃないし……」
「何言ってるの。泳ぎなんて一度コツを掴めばすぐよ。私だって泳げるけど上手いわけじゃないわ。あ、ごめんね。今水着出すから。」
 瑞稀は自分のロッカーを開け、中に持ってきたバスタオルやスポーツドリンクを入れ始める。
 泳ぎの事はともかく、大きな問題が発生しなかった事に令はようやく心が落ち着いた。そしてそんな瑞稀の姿を後ろから見ていたが……鞄から水着を出そうとして、ふと瑞稀の動きが止まった。
「……瑞稀さん?」
「……え? あ、何でもない。その、ちょっとね。」
 何故か瑞稀は慌てて取り繕い、自身の水着を鞄から出すとそのままロッカーを探し始めた。
 多分ロッカーに最初から入れてあったのだろう。もう一着、胸に瑞稀の名前が入った水着が出てくる。
「あ、あのね、新品の予備忘れちゃったみたいなの。こっち、私のお古なんだけど……ダメかな?」
「え?………えぇ!?」
 つまり瑞稀が慌てたのはそういう事か?−要は令に瑞稀の水着を着ろと……。
 令の心の男の部分が急に刺激を受ける。それはある意味、より危険で魅惑的な提案だ。
 これまで令は女らしい行動に男の心で抑制を掛けてきた。しかし今回は、男としての心の中ですら”女の子の水着を着たいなんで変態だ!”という意識と、”瑞稀の水着なら……”という意識が壮絶な戦いを繰り広げてしまう。
 多分瑞稀は令を”他人の使った水着を使う事を躊躇っている”と思ってるだろう。
 しかし令の葛藤は、瑞稀の思案より遥か別な次元での問題であった。
「瑞稀! あと彼方達だけよ。もうすぐ先生も来るから急いで!」
 クラスメイトの一人が声をかけ、プールへの入り口の方に消えて行く。気が付くと更衣室に居るのは令と瑞稀の二人だけだった。時計を見ると確かに授業開始まで後5分とない。
「あぁ! ごめん、今日だけはこれで勘弁してね! 急がなきゃ…」
 時間が令への選択権を否定した。瑞稀は令にその水着を押し付けると、すごい勢いで制服を脱ぎ始めた。しかし令は瑞稀の使用済みを着るという現実と、目の前でどんどん肌を晒してゆく瑞稀の姿に思わず硬直してしまう。
 何も恥らう事なくパンティまで脱ぎ捨て、水着を手に取る。
 が、そこで令はある事に気が付いた。今瑞稀が着ようとしている水着のサイズである。
 −でもその水着って、あまりにサイズが小さいように見えるんだけど……−
 が、その疑問もすぐに氷解する。瑞稀がその肩紐を引き上げると、
 スクール水着は素晴らしい伸縮性を示した。これを着る事のない男には多分一生知り得ない知識。
 さらにその水着が肌に吸い付くように体のラインをなぞる光景は、この上なくエロチックだった。
 そのまま手を通して肩紐を添えた時、瑞稀は真っ赤になって固まっている”麗”に気が付いた。
「ちょっと三木原さん、なにやってるの!」
 瑞稀に声を掛けられて令はようやく我に返る。あわてて服を脱ごうとするも、なにしろ着付けは全て姉の行った服だ。勝手もわからず最初のリボンを外すのにすら手間取ってしまう。
 それに瑞稀が目の前にいる状況で脱ぐという男の葛藤が混じり、手は一向に進まない。
「……あぁもう! まどろっこしい!!」
 そんな”麗”に腹を立てたのか、瑞稀は突然令の制服に手をかける。リボンを外されたかと思うと、一気に上着、そしてスカートを半ば力技で剥ぎ取られた。
「うあああぁぁ! ちょ、ちょっと杉島さん!!」
「黙ってて!!」
 思わず体を引こうとする令に、瑞稀は怒鳴ってそれを御する。女性に服を剥ぎ取られるという信じられない光景に、令の心は戸惑いと興奮で半ばパニック状態になった。
 そのまま一気にブラにパンティまで脱がされると、水着を足に通すように言われる。
 言われるがまま足を上げて、片足づつ両足を水着に通した瞬間、瑞稀は水着を一気に引き上げた。
「ひゃあああうぅッ!!」
 突然の女の刺激。その原因は一気に股間まで引き上げられた水着だった。
 −な、なああっ! ちょ、ちょっとこれはぁ……!!−
 妙だった。その水着は瑞稀の着たものより明らかに伸縮性が低い。瑞稀が水着を引き上げると、信じられないぐらい股間に布地が食い込んでゆく。まるで拘束具を無理矢理着せられているような感覚だ。
「み、杉島さ……ちょっとこ…れ……」
 声を出す令を無視し、瑞稀は肩紐を手に通す。そのまま胸を包んで肩に紐を掛けた瞬間、水着がさらに令の股間を責め立てた。ズンッという衝撃が体に走る。
 絶対に変だ。こんなものを着けてまともに水泳などできるはずがない。
 しかし、そうは思うが令の口は刺激のせいで思ったように声が出せなかった。
「さ、行くわよ! 急がなきゃ…」
 質問をする暇もなく瑞稀は令の手を取ってプールの入り口に駆け出す。引きずられるように走り出した令だったが…
「…!!!!」
 歩を進める度に水着が股間に食いこみ秘部を責めたてる。胸の布地が乳首を擦り圧迫する。
 止めようにも瑞稀に引きずられそれも適わない。
 −な、なんでこんな……だめだっ! 止めて!!−
 令は声を殺して必死に耐えた。しかし突然の不条理な快楽に心はもう崩壊寸前だ。
 もう限界だと思った瞬間、瑞稀の動きがようやく止まった。
「杉島さん、三木原さん、遅いですよ!」
 なんとか理性を立て直して顔を上げると、いつのまにか令はプール横で整列している女子一団の中にいた。
 普段縁のない女子の体育教師が瑞稀と”麗”の遅れに怒っていた。
「すいません。ちょっと色々ありまして……」
「まあ三木原さんもまだ不慣れでしょうし、今回はいいでしょう。じゃ、すぐに準備体操を始めて下さい。いつもの通り二人一組で。始め!」
 普段は優等生の瑞稀と”転校したばかり”の令が相手なので先生はさしてそれを気にする事なく、いつも通りの授業を始めた。近くにいる生徒同士が互いに協力し合い柔軟体操を始める。
 もちろん令の相手は自然と隣りにいる瑞稀になった。
「じゃ、始めましょう。まず三木原さんが座ってね。」
 見ると周りの生徒は足を伸ばして床に座り、パートナーに背中を押してもらって前に体を伸ばす柔軟運動を始めていた。
 まだ呼吸の収まらない令だったが、再び先生に注目されると面倒なので、素直に従い座る。
 足を前に伸ばし、体をゆっくりと傾ける。
「あ……」
 令はその時、自身の体が男の時とは比べ物にならないぐらい柔軟になっている事に気が付いた。
 普段なら関節が痛くなり始めるポイントまで体を曲げても、まったく苦痛がないのだ。
 これなら床に顔が付く直前まで曲げられるのでは? などと考えながらゆっくりと体を曲げていった時、突然それはやってきた。
「あぅッ!」
 体を曲げた事で布地が再び股間に食い込む。そして胸の布が肩の方に引っ張られて乳首を刺激する。
 これ以上体を曲げると、その刺激に耐えられないかもしれない。令の動きはそこで止まったが……
「じゃあ三木原さん、押すわね。」
「……!!」
 まるでその衝撃に動きを止めたタイミングを見計らったかのように静奈が令の背中を押した。
 布がどんどん食いこんでゆく。秘部がどんどん圧迫されてゆく。
「み……瑞稀さ……も、もうやめ……あうッ!」
 背中を押し付けるように瑞稀が令に体重をかけてくる。もし意識が正常な令ならば、背中に感じる瑞稀の胸の感覚に歓喜したかもしれない。しかし今は、意識がどんど別の何かに支配されつつある。
 そんな令に瑞希は、ゆっくりと耳元に顔を近づけて呟いた。
「どうしたのかな麗ちゃん? もしかして、エッチな気分になってる?」
「!!!」
 その言葉に令は全てを理解する。間違いない、瑞稀は確信犯でこの水着を令に着せたのだ。
 何故そんな事をするのか令には理解できない。しかしそれは明らかに今の令の状況を楽しんでいる言葉だ。
「だめだよ〜、授業中なのにそんな気分になるなんて。」
 悪戯っぽく瑞稀は呟く。背中からしっかりと体重をかけられているので押し返す事もできず、令は息絶え絶えに秘部の圧迫感に耐え続けた。動けば余計に刺激が増すだけなので、身震いすらできない。
 しばらくして笛が鳴り、ようやく令は瑞稀から解放された。
 足元がおぼつかない令に対し瑞稀は、何事もなかったかのように手を引いて令を立たせる。
 遠くで先生が何か言っているようだったが、今の令はとても耳に声が入る状態ではなかった。
 先生の話が終わると、皆が行動を始める。どうやら順番に泳ぐ事になったようだと令が理解した時、その頭にこつんと何かが当たった。見ると瑞稀が横でビート板を持って令を見ている。
「はい三木原さん。苦手でもこれがあれば25mぐらいは大丈夫よね?」
「あ……うん…。」
 瑞稀が差し出したビート板を令は素直に受け取る。確かにこれがあれば令も別段問題なく25メートルを泳ぐ事が出来る。カナズチである事は問題ないなと令が思った時、瑞稀が再び令の耳元で呟いた。
「次が本番だよ、麗ちゃん……」
 微かに読み取れる、悪戯心の混じった笑み。一瞬考え、令は唐突に事の重大さに気がつく。
 柔軟体操レベルでああなのだ。水の中でバタ足を使って泳いだりしたら……?
 慌てて瑞稀の方を振り向くが、彼女はすでに上級者レーンに並んでおり令はいつのまにか自身がすでに泳げないものの列に立っていた事に気が付いた。
 考え、そして瑞稀の方に歩きだそうとした時……まるでそれを拒むかのように令の順番がやってきた。
「三木原さん、ほら早く!」
 令の後ろに並ぶクラスメイトがせかす。追い詰められてしまった令は一瞬の迷う。
 −なんとか耐え切って……その後でこっそり問いただそう−
 とりあえず最初の1回だけはと結局覚悟を決め、令はプールに飛び込んだ。
 ざぶんという水の音。飛び込んだ惰性で行ける所までビード板を掴んだ状態で進んで行く。
 が……当然5メートルもこないうちにその勢いは止まってしまう。この先は足を動かすしかない。
 ゆっくりと足を動かすと……予想通りそれは令の秘部に襲いかかってきた。
「…んんっ!……ふあっ、ん、んんん……んぅッ!」
 必死に声を押さえ、なんとか足をバタつかせて前に進む。しかしそのたびに水着は令を容赦なく責めたてた。
 動くたびに性感を刺激するそれに、令の意識は思わず股間にバイブを入れられパンティを脱げなくされてしまう成人漫画のシチュエーションのそれを思い出す。しかし今その対象になっているのは自分自身なのだ。
 喘ぎを押さえて口を閉じているため、まともな呼吸すらおぼつかない。
 とはいえ足を止めると体が沈み込むため、その動きを止めることも出来なかった。
 じわりと秘部から何かがにじみ出る感覚がある。胸がどうしようもないぐらい張り詰めているのがわかる。
 そしてどんどんその快楽を増幅してゆく体に、令の意識は一瞬の油断を許してしまった。
「…ん、ん……んああああぁッ!! ゴボッ…!!!!」
 耐え切れず口が開き嬌声が漏れた瞬間、令の口に大量の水が流れ込んできた。
 水はいきなり器官に入りこみ、パニックになった令はそのままプールに沈み込む。
 足掻いて必死に水面に上がろうとするが、体が上手く動かない。手が虚しく水を掻き、意識がどんどん遠のく。
 …溺れる……このままじゃ……死…んで…。
 静かに視界が暗くなる。闇が静かに意識を包み込んでゆく。
 消え…る……………?
 その意識が尽きる直前、令は必至の顔で令に手を差し出す瑞稀の姿が見えた気がした。

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