わたしの黒騎士様

エピソード4

NEXT BACK INDEX

 【3】

 がちゃんと鍵が外される音がして、階段の入り口を塞ぐ扉が開いた。
 まだ上階で騒ぎが起きた気配はない。
 時間を稼ぐためにも、一暴れする必要が出てきたかも。

 エルマーにアイコンタクトを試みると、頷きが返ってきた。
 声を殺し、身構える。
 人の気配が奥へと向かい、やがて大声が響き渡った。

「大変だ! さっき捕まえた女共がいねぇ! 逃げやがった!」

 野太い男の大声の後に、ざわざわと上の方から複数の声が聞こえてくる。

「上には逃げてねぇ、まだ地下の部屋にいるはずだ! よく確かめろ!」

 これ以上、隠れているのは無理だ。
 部屋を飛び出して、一気に階段を駆け上る。
 開かれた扉から顔を出している男がいる。
 ふいを突かれて面食らっている男の顔面に拳を叩き込んだ。

「ぐおぉっ!」

 呻く男に止めのまわし蹴り。
 スカートだから裾が気になるけど、構ってはいられない。

 階段を上りきると、そこは広い板張りの部屋で倉庫のような内装がしてあった。
 物はほとんどなく、隅の方に材木や木箱、たるが積まれているだけだ。

「取り押さえろ!」

 気を取り直した男達が掴みかかってくる。
 エルマーは短剣で切りかかってきた敵の剣を受けた。
 受け流して弾き、足技で顔面を蹴りつけ眠らせる。

 五人ほど倒した所で、別の部屋からぞろぞろと新手が湧いて出てきた。
 徐々に取り囲まれ、逃げ場を失っていく。

「このっ! ……きゃあっ!」

 蹴りでできた隙を狙われ、別の男に足を掴まれて床に叩き付けられた。

「うぐっ!」

 打った背中が痺れる。

「キャロル! ……うあっ!」

 エルマーの痛みに呻く声が聞こえた。
 ごろんと転がされて、腕を後ろ手に捕らえられる。
 エルマーも捕まってしまい、同じように床に組み伏せられてしまった。

 押さえ込まれたわたし達の前に、頭目と思われる幾分態度の大きい壮年の男が、ニヤニヤ下品な笑みを浮かべて進み出てきた。

「随分、活きのいい嬢ちゃん達だな。元気な女は嫌いじゃないが、おいたが過ぎると、きっつい罰を与えなくちゃなぁ」
「こいつら令嬢じゃねぇとわかったことだし、楽しんでもいいでしょう、お頭ぁ」

 いやらしい笑みを浮かべて、舐めるような視線がわたし達に集中する。
 うえぇ、気持ち悪い。

「いいだろう。だが、突っ込む時はオレに譲れよ」
「へへ、わかってますって」

 いやぁ、変態!
 ぞわぞわと鳥肌が立ってきて、嫌悪で体が震えた。
 暴れるわたしの胸元に手が伸びてくる。
 そんなところ触るな!
 レオン、助けて!

「ん? なんだ、こいつ。胸がないな、男か?」

 わたしの胸を服越しに触っていた男がそんな声をもらした。
 頭のどこかで、ぶちっと何かが切れる音がする。

「あ? 乳がねぇのかつまらねぇ。こっちのネェちゃんはでかいぜ、片手じゃ足りねぇほどだ」
「やめろ、触るな!」

 嫌がって悲鳴を上げるエルマーの声もどこか遠くに聞こえていた。
 む、胸がなにさ!
 小さくてもレオンは好きだって言ってくれたんだ!
 貧乳で何が悪い!

「バカにするなああぁっ!」

 どこから力が湧いてきたのか、上に乗っていた男を押しのけて蹴りを入れた。
 先ほど胸がないとか言った男だ。
 あるんだよ、小さくても揉めるほどにはっ!

 顔や腹を目がけて見境なしに蹴りを入れていると、見る間に血だるまが出来上がっていく。
 鼻血を吹いて赤く染まった男を頭目めがけて蹴り飛ばし、エルマーに圧し掛かっていた男を殴りつけた。
 武器になりそうな物を探して、部屋の隅に積まれていた角材が目に付いた。
 走り寄り、全長三メートル近いそれを抱え上げる。

「うおりゃああっ!」

 怒りに任せて、向かってくる男達を角材で次々と殴り倒していく。

「死ね! 貴様ら、死んで罪を償え!」
「ひいいっ」
「助けてぇ!」

 わたしの豹変に恐れをなし、勢いを失った男達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
 頭目が血だるまの男の下敷きになって気絶していることも幸いしたのだろう。
 犯人達からは戦意が瞬く間に消え、恐慌状態に陥っていた。

 逃がすものか。
 一人残らず、地獄に落としてくれる!

「ふははははっ! 後悔し、懺悔して、我が前にひれ伏せ! この愚民どもがぁ!」

 何かにとり憑かれたかのごとく、高笑いをしながら暴れまわった。
 後日、その時のわたしはおとぎ話に出てくる魔王みたいだったとの証言は、全てを目撃していたエルマーのものだ。

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した誘拐犯達のアジト。
 逃げ出そうとした男達が出入り口の扉に殺到しかけた瞬間、扉が勢いよく外側から開けられた。

「全員、動くな! 身代金目的の令嬢連続誘拐容疑で逮捕する!」

 先頭をきって飛び込んできたオスカー様の鋭い声と共に、白と黒の騎士達が建物内部になだれ込んでくる。
 その彼らに、誘拐犯達は飛びついていった。

「き、騎士様、お助けをぉ! ありゃあ、悪魔だ! 天使の顔をした悪魔だぁ!」
「後生ですから、命ばかりはお助けをっ! 金も女も要りません! ここから出してぇ!」
「うるせぇ、騒ぐな! 話は牢屋で聞いてやる! とりあえず全員に縄かけて連れて行け!」

 すがりついてくる男達を振り払い、オスカー様が大声で指示を出す。
 わたしは騎士達の中にレオンの姿を見つけて我に返った。
 溢れてくる悔し涙を堪えて、駆け寄ってくる彼めがけて走った。

「レオン!」
「キャロル、ケガはないかっ!?」

 レオンに飛びつき、ぎゅうと抱きつく。

「うわああんっ! みんなが胸がないってバカにするぅ! レ、レオンは小さい方が好きだよね? 巨乳なんかに興味ないよね?」

 泣きじゃくりながら、無茶苦茶な問いをレオンにぶつけた。
 レオンはわたしを抱きしめて、困惑の呻きをもらした。

「きょ、興味がないとは言わないが、キャロルの体ならどんなのでも好きだぞ。胸があろうとなかろうと、オレの愛は変わらない」

 興味がなくはないと濁されて、不信感が増大する。
 レオンもそうなんだ。
 男はみんなおっぱいの大きい女の子が好きなんだ。

「レオンのバカ! 巨乳好き! どうせ、わたしはまな板だよ!」

 やけくそになって怒鳴り散らして、泣き喚く。
 レオンはわたしの取り乱しようにびっくりして、宥めようと試みる。

「キャ、キャロル、落ち着け。な? オレはまな板の方が好きだぞ。何もない方がすっきりしてていい」
「何もなくないもん! ひどい!」
「いや、そうじゃなくて、大きいにこしたことはないが、小さくても満足で、オレはキャロルの胸が大好きだ!」
「なによ! やっぱり大きい方が好きなんじゃない!」

 レオンの方も混乱してきて、次第に支離滅裂な受け答えになっていく。
 誘拐犯達が縄をかけられて引き立てられ、保護された令嬢達が連れ出されていく横で、わたしとレオンは見かねたグレン様が口を挟むまで、不毛なやりとりを続けていた。




 囮捜査でわたしが大暴れした件は、誰がもらしたのか、翌日には噂となって騎士団中に広まっていた。
 朝食の席でも話題に出された。
 トニーはわたしの労をねぎらい、そして慰めの言葉をくれた。

「巨乳がいいって言われてもさ。キャロルは男なんだし、もって生まれたものはしょうがないよ。元気だして」

 胸の話はもういいよ。
 レオンにも腹を立てて、昨夜は誘いを断って別に寝た。
 何もないって失礼すぎる。
 いつも撫で回して揉んでるくせに。
 あー、また怒りが甦ってきた。

「キャロル、機嫌直せよ。まな板でもいい所はあるさ。うん、平原でも最高」

 ノエルの慰めは、わけがわからなかった。
 平原の何が最高なんだ。

 ぶすっとふて腐れて口を動かす。
 今回の特別手当が出たら、豊胸効果を謳う、怪しげな薬に手を出してしまいそうな自分が怖い。
 思ってた以上に気にしてたんだな……。




 朝食後は掃除に向かう。
 割り当てられたのは通用門付近の草むしりだった。
 やり場のない怒りをぶつけて、力任せに引き抜いていく。
 抜いても抜いても生えてくる。
 雑草は強いな。
 植物はいいよね、体型で悩むことなんてないんだから。

 人の気配が近づいてきて、通用門が開いた。
 白騎士団から誰かきたんだ。
 顔を上げて、そちらを見るとエルマーだった。

「まだ怒っているのか。案外、根に持つヤツだな」
「巨乳にはわかんないよ、わたしの気持ちなんて」

 刺々しい口調で八つ当たりすると、エルマーは苦笑した。

「その話はやめにしよう。今日はケンカを売りにきたんじゃない。お前に用があってきた」
「わたしに?」

 首を傾げると、エルマーはわたしの前まで歩いてきた。
 立ち上がって向かい合う。

「あの時は余裕がなかったから、言いそびれてしまった。ん…と、その……。あ、ありがとう……な」

 顔を赤くして横を向きながらのお礼の言葉。
 微笑ましくて、笑みがこぼれた。

「両親のこととか、心にたまっていたものを聞いてもらえてすっきりした。それに励ましてくれただろ? あれからアーサー様と話をした。嫌われているなんて、お前の言う通り、ボクの思い込みだった」
「良かったね。……でも、告白とかしたの?」

 告白と聞いて、エルマーの赤みが増した。

「し、してないよ、そんなの。できるわけないっ! た、ただ、嫌いじゃなくて好きって言っただけなんだけど……」

 恋人の一人とまではいかなかったようだ。
 だけど、何か進展があったのかな。

「ア、アーサー様の愛情表現って激しいんだ。お前が羨ましかったけど、実際あれを人前でやられると恥ずかしくて……」

 わたしにもしている愛情表現?
 あ、あれは確かに苦しくて恥ずかしい。
 特に同じ白騎士団にいるわけだから、頻度も多いはずだよね。

「エルーっ! ここにいたのかい」

 白騎士団の敷地の方から、エルマーを呼ぶ声が近づいてくる。
 アーサー様だ。
 噂をすれば何とやら……。

「やあ、キャロル。君も昨日はお疲れ様。ケガがなくて良かった」

 わたしに声をかけながら、アーサー様はエルマーを抱きしめた。
 それはもう抱き人形状態で、頬をすり寄せたりしている。

「アーサー様! キャロルが見てます! は、離れてくださいっ!」
「照れなくてもいいじゃないか。エルはかわいいなぁ。うんうん、君のその反抗的な態度が、私の愛を求める裏返しだったなんて気がつかなくてごめんね。これからは今までの分を埋め合わせるぐらい愛してあげるよ」
「照れてるんじゃないです! 人の話を聞いてーっ!」
「聞こえてくるよ、エルが私を好きだって心の声がさ。健気でいじらしい君の気持ちが嬉しいよ」
「確かに好きですけど、これは何か違うーっ!」

 エルなんて愛称までつけちゃって、アーサー様はエルマーに夢中みたい。
 その姿は親バカなお父さんぽい感じ?
 彼に恋をしているエルマーとしては、この扱いは不本意なんだろう。
 まあ、平和でいいかな。




 夕食の後片付けが終わると、就寝まで自由時間となる。
 食堂を出ると、出入り口の側でレオンが待っていた。

「キャロル、その……。今夜は……?」

 気まずそうにぼそぼそ問いかけながら、こちらの顔色を窺ってくる。
 まだ素直に飛び込んでいけない。
 わたしも相当な意地っ張りのようだ。

「自室で寝ます。おやすみなさい」

 彼の脇を通りすぎて、足早に歩く。
 足音が追いかけてくるけど、振り返らない。

「キャロル、待て!」

 外に出たところで腕を掴まれ、足を止めた。
 顔をしかめて見上げると、レオンは困りきった様子でわたしを見つめていた。

「オレが悪かった、許してくれ。そんなに気にしているとは思っていなかった。オレはキャロルでないとダメなんだ。体よりも心が欲しい。お前の魂が入っているのなら、どんなものでも愛おしい。それこそ、食堂の椅子であろうとも構わない」

 食堂の椅子って、どんな例えなの。
 気が抜けたけど、レオンは真剣そのものだ。
 わたしのこと、愛してくれてるんだよね。
 本当は胸の大きさなんてどうでもいいって、わかってるよ。
 レオンはわたしだから好きになってくれたんだ。

「つまらない意地張って、ごめんなさい。もう気にするのやめる。今夜はいっぱい愛して」

 手を伸ばしたら、レオンは強く抱きしめてくれた。

「キャロルの体は素晴らしいんだ。どこに触れてもオレを高めてくれる。そのことを証明してやる」
「うん」

 わたしは踵を上げ、彼は体を屈めて、キスを交わす。
 この人は何度触れ合っても飽きることのない温もりを持っている。
 甘い夜の幕開けを感じて、わたしの体に淫らな熱が宿り始めた。




 レオンのベッドは大きい。
 マットの上に敷かれた洗いたてのシーツは、清潔感の漂う、さっぱりとした触り心地で気持ちいい。
 裸に剥かれてシーツの上に横たえられる。
 唇を重ねながら、レオンは両手でわたしの体を愛撫する。
 胸や脇の辺りに手を這わせ、口付けを唇から肩口を伝い、胸元へと下ろしていく。

「お前に拒絶されて、昨夜は気が狂いそうだった。オレはもうキャロルなしではいられない。この肌の温もりを一日だって離したくない」

 そんなにわたしのことを思ってくれてたの?
 嬉しくて、涙が出そうになる。

「わたしだって、レオンと離れるのは嫌。怒っていたって別れようなんて考えもしなかった。ただ少し離れて、頭を冷やそうと思っただけだよ」

 彼の背中に腕をまわして甘える。
 レオンの舌が乳房を舐めて、乳首に触れてきた。

「ああんっ」

 背を逸らして悶えた。
 はうぅ、気持ちいい。
 じんじん体の芯が痺れて、奥から蜜が湧いてくる。
 レオンは胸から顔を離すと下へとずれて、わたしの足を抱えて、腿の付け根の間に屈みこんだ。

「あっ」

 蜜で濡れた割れ目を舐められた。

「やぁあん……、い…はぁ…」

 入り口に添えられた小さな突起まで、優しい舌の動きで愛撫された。
 腰が勝手に反応して跳ねて、快楽の波が押し寄せてくる。

「んん……、ああっ」

 太腿を撫でられ、さらに性感を刺激された。
 彼の体が間にあるせいで、閉じられない足を意識すると、羞恥心から興奮も高まってくる。

「ふぅ……、ぅうん……」

 秘所を嬲っていた舌が離れ、代わりに硬くなった彼自身が押し当てられた。
 わたしを求めて膨れ上がった欲望を感じて、歓喜が湧き起こる。
 唇への口付けとともに、繋がりがわたしを満たす。

「ああっ、……ぅ…はぁ……、ああっ!」

 わたしの中でレオンが動く。
 彼にしがみつき、溢れ出てくる快感に酔って喘いだ。
 荒い呼吸の合間に、レオンがわたしの名前を口にする。
 名前を呼んでもらえると、それだけで深く繋がっていくような錯覚を起こした。

「レオン、……愛してる……大好きぃ……」

 達して、朦朧としていく意識の中で、胸に宿った感情を言葉にしていた。
 声が出ていたのかもわからない。
 でも、夢現の中で、レオンが愛を囁いてくれる声が確かに聞こえた。

 いつも温かく包み込んでくる頼もしくて優しい腕。
 ここは最も幸福を与えてくれる、わたしの居場所。
 世界を自由に飛べる翼を得たとしても、わたしは必ず彼のところに帰ってくる。


 END

副団長のバカップル観察記録

NEXT BACK INDEX

Copyright (C) 2006 usagi tukimaru All rights reserved

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!