わたしの黒騎士様

エピソード6・オスカー編

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 【3】

 日が昇るまで街をぶらついて、聞き込みをした。
 売人と遭遇することはなく大きな収穫はなし。
 眠気で欠伸がもれた。
 朝になったことだし、メシでも食って、それから帰るか。
 ガキ共の昼寝に付き合って寝てもいいしな。
 ああ、そうすっと、今回はナタリーを抱けねぇが、たまにはそういう日があってもいいか。

 貧民街を出て、開いている飲食店に入った。
 軽い食事を頼み、備え付けの新聞を広げてくつろぐ。
 食いながら読み耽っていると、二時間は軽く経っていた。

 店を出ると、街は活気に満ちていた。
 往来には人が溢れ、声が幾重にも重なって、喧騒を生み出している。

 商店を眺めていて、玩具屋に目を留めた。
 オレ自身にはほとんど縁のない代物だったそれだが、ガキの機嫌を取るには非常に有効な品だと認識している。
 久々に土産でも買っていってやるか。
 気まぐれを起こして店に入った。

 男女両方が遊べるようにと、大量の玩具を買ったオレに、店主が会計をしながら不審そうな視線を送ってくる。
 何となく、想像が付く。
 これを餌に、ガキの誘拐を企んでいるのではと疑われている。

「商品はどうなさいますか? 配達も受けたまわっておりますが」
「いや、自分で持っていく。手土産だからな」

 大物の木馬を左肩に担ぎ、その他は一括して網に入れてもらい、右肩に背負ってぶらさげた。
 嵩張ってるだけで、重さ自体はどうってことはない。

 貧民街に戻り、孤児院を目指す。
 たまにぎょっとしたような視線を向けられたが、理由はわかっているので、いちいち気にするのもバカらしかった。
 オレと玩具の組み合わせは、それほど異質なものなのだろうか。

 近道のために路地に入ると、鬱陶しいことに、大人数の男達が道をふさいでいた。
 何かを囲んで叫んでいるが、そんなことは知ったことじゃねぇ。

「おい、邪魔だ」

 オレは迷うことなく、目の前を塞いでいる男の背中を蹴りつけた。




 男達が囲んでいたのは、見覚えのあるガキだった。
 黒騎士団の従騎士で、バカップルの片割れだ。
 オレが絡まれているのかと問うと、ヤツは頷いた。
 男なら自力で何とかしろと切り捨てたい所だが、この人数を相手には荷が勝ちすぎる。
 おまけに見捨てたと知れば、こいつを溺愛しているレオンが黙っていないだろう。
 ついでだ。
 減るもんでもないし、道を掃除するついでに助けてやるか。

「面倒くせぇが、放っていくと後でレオンの野郎がうるせぇだろうしな、仕方ねぇ。おい、てめぇら、そういうわけだ。死にたくなかったら失せろ」

 オレが威嚇を口にすると、男の一人が激昂した。

「な、何だお前は! 偉そうにオレ達に指図する気か!」
「バ、バカ! 逆らうんじゃねぇ! こいつは、あのオスカーだぞ!? 名前ぐらいならてめぇら若いヤツでも聞いたことがあるだろう、地下闘技場の殺戮王だ!」

 オレを知るヤツがいたようで、ご丁寧に解説付きで仲間を止めた。

「げぇ! う、嘘だろ、こいつがあの……」
「やべぇ、逃げろ!」

 顔を知らなくても、名前だけは全員知っていたようで、男達は恐怖で顔を引きつらせ、一目散に逃げていった。
 逃げなくても、歯向かわなきゃ何もしねぇのに、せっかちな連中だ。

「ありがとうございました、オスカー様」

 ヤツらがいなくなると、バカップルの片割れがオレに頭を下げた。
 こいつ、なんて名前だったか?
 レオンの惚気っぷりと壊れようが鬱陶しかったので、無意識にこいつの情報を意識の端に追いやっていたらしい。

「おう、……確か、キャロリンだったか?」
「キャロルです」

 どこかでそんな名を聞いたような気がしていたが、間違っていたらしい。
 途中までは合っていたのでよしとしよう。

「そうだったか。ちょうどオレが通りかかって良かったな、キャロ」

 また間違えると面倒なので、縮めて呼ぶことにした。
 バカップルの片割れなんぞに興味はない。
 おまけにこいつは黒騎士団の従騎士なので、そうそう関わることもないはずだ。

「この辺りは貧民街だ。他の区域より治安が悪い。特にこんな路地裏は連中にとっちゃ格好の狩場だ。好奇心だけで踏み込むと、今みたいにえらい目に合うぜ。肝に銘じて、すぐ帰れ」

 さっさと行けと促したが、キャロは動こうとしない。
 途方に暮れた捨て犬みたいな目をして、オレを見上げてきた。

「帰れないんです」
「迷子か」
「はい……」

 我が身を情けなく思っているのか、ヤツは俯いて拳を強く握っていた。
 身なりからして、相当の箱入りだなこりゃ。
 ここまでくると呆れてしまって、突き放す気にもなれない。
 まだまだガキだし、今回は大目にみてやるか。
 孤児院にいるガキ共と、さほど変わらなく思えてきて、景気づけに頭を軽く叩いてやった。

「そこまで付き合え。用事が済めば、一緒に帰ってやる」

 歩き始めると、後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。
 厄介なもん拾っちまった。
 こりゃ、今日はゆっくりできねぇな。




 教会に着くと、入り口に馬車を見つけた。
 二頭の馬が引く、客車に豪華な装飾を施した金持ちが乗る馬車だ。
 金持ちの礼拝自体は珍しいことじゃない。
 寄付金を持ってくる慈善家には信心深い者が多く、礼拝を行って帰るのが当たり前だ。
 だが、なぜか今日に限って嫌な予感がした。

 子供の頃に見た、あの光景が重なって見える。
 あの扉の向こうで行われていたこと。
 もうずっと忘れていたのに、胸糞の悪い光景が鮮明に甦ってきた。

 礼拝堂の扉が開き、男とナタリーが出てきた。
 男は貴族風の中年で、目つきからしてよからぬ欲望を持っていることがすぐに知れた。
 ナタリーは男に対して、愛想よく微笑みまでくれてやっていた。

「またいらしてくださいね、ダリク様」
「本当は毎日でも来たいんだがね、私も仕事があるんだよ。ああ、ナタリー、君をこの手にする日が待ち遠しい」

 男はナタリーの腰に触り、撫ではじめた。
 その腕をへし折ってやりたい衝動にかられたが、なぜかナタリーは抵抗しなかった。
 喜んでいるわけではない。
 それなのに拒まない理由。
 一瞬で心が冷えた。

「ナタリー」

 呼びかける声も、彼女を映す瞳も、凍えた心が伝染するかのように冷え冷えとしている。
 近寄っていくと、ナタリーがオレに気づいて瞳を大きく見開いた。
 急な休みだったから、今日は来ると知らせていなかった。
 それでかよ。
 何も知らなかった自分のバカさ加減に嘲笑がこみ上げてきた。

 視界の端で、男が怯えた顔を向けているのが見えたが、どうでも良かった。

「オスカー、あの、この人は……」

 ナタリーが何かを言いかけたが、ここで聞く気になれなかった。
 二人に背中を向けて、戸惑った顔でこっちを見ているキャロに向き直る。

「話は後で聞く、ガキ共に土産を渡すのが先だ。来い、キャロ」

 彼女の話を聞いてしまえば、この関係は終わる。
 確実にそんな予感がした。




 先に家に入り、ガキ共に持ってきた玩具を渡した。
 無邪気に騒いでいる様子を眺め、いつものように相手をしていると、ナタリーが戻って来た。

「ごめんなさいね。今、お茶を入れるわ」

 彼女が台所に入っていくと、ガキ共は一斉に暗い顔になり、席に座って勉強を再開した。
 しばらく来ない間に何かが変わっていた。
 恐らくさっきの男と関係があるんだろう。

 戻って来たナタリーは、ガキ共とは少し離れた場所に置かれていたテーブルに茶の用意をして、オレ達を呼んだ。
 ナタリーにキャロを適当に紹介して、後は勝手に喋らせておく。
 二人は互いに自己紹介をして、会話を始めた。

「ナタリーさんは、オスカー様とはどんなご関係なんですか?」
「家族です。とても大切な……」

 オレとの関係を問われたナタリーは、やはり家族だと答えた。
 家族って、曖昧で便利な言葉だよな。

「それでさっきの野郎はなんだ?」

 苛立ちを微かに覚えつつ、会話に割って入り、問いかけた。
 オレの問いに、ナタリーはあの男を婚約者だと言った。

「あの人の名前はダリク=バクターと言って、王都を拠点に交易を営まれている資産家なの。結婚しても教会と孤児院は今まで通りに運営できるよう取り計らってくださるそうよ。だからね、もういいのよ、オスカー。私達のことは放っておいても大丈夫だから、あなたは自分のことだけを考えて。あなたにも大切にしたい人だっているでしょうし……」

 大切にしたい人。
 彼女の口から出た言葉に怒りが込み上げてくる。
 オレが大事にしてきたのは、ナタリーだけだ。
 今までやってきたことを、全て否定されたような気がした。

「それをあんたが決めたんなら文句は言わねぇ。オレも肩の荷が下りた、二度とここには来ない。もう会うこともないだろうな」

 それならそれで、はっきり言えば良かったんだ。
 オレに抱かれるのが嫌だってな。
 他に男ができたことは問題じゃねぇ。
 許せないのは、別れを告げる時にまで、オレの幸せを願うような言葉を口にしたことだ。
 繕ったごまかしの言葉なんぞ聞きたくねぇ。

「オスカー、二度と来ないなんて、どうして……」

 自分からオレを拒絶しておいて、ナタリーは傷ついた顔をしていた。
 わかっていて、知らないフリをしているのだろうか。
 どうして、だなんて、わかりきっていることをなぜ聞く?

「そういうことだろ? オレはもう用無しだってあんたが言ったんだよ。安心しろよ、昔のことは綺麗さっぱり水に流して忘れちまうからよ。あんたの旦那になる野郎にも話したりしねぇよ」
「ち、違う。用無しなんて、私はそんなつもりじゃ……」

 じゃあ、どんなつもりだよ。
 ナタリーの考えていることがわからない。

「まだオレと家族ごっこを続けたいってか? 残念だが、オレはあんたのガキじゃねぇし、弟でもない。それは十分わかってたはずだ。結婚を考えるほど惚れた男ができたんなら、これ以上あんたと関わる理由はないな」

 触れることさえ許されないのに、傍にいろって、そりゃ無理だ。
 オレにとって、ナタリーは世界の全てだった。
 最も失いたくないものを奪われて、平静でいる自信がない。
 彼女に触れる人間を、全て殺したくなるほど狂っちまうかもしれなかった。

「じゃあな」

 理性が残っている内にこの場から離れないと、何をしでかすかわからない。
 別れの余韻なんぞ感じる暇も与えずに、オレは外に出た。
 ガキ共が追ってきたが、ナタリーの結婚が本意であろうがなかろうが関係ない。
 肝心なのはナタリーの気持ちだ。
 あいつがオレのことを必要としないなら、引き下がるしかねぇじゃねぇか。




 有給休暇をもらったものの、寮に戻って休む気にはなれず、制服に着換えて執務室に向かった。
 昨日、団長に渡された資産家のリストに目を通し、嫌な名前を見つけた。
 ダリク=バクター。
 ナタリーが婚約者だと言った男だ。

 あんな冴えない中年男にナタリーが惚れたとは思わねぇが、オレに抱かれるよりはと選択したのが、あれかと思うと怒りがさらに込み上げてくる。
 ちくしょう。
 男としてのプライドもズタボロだ。
 ムカつくので、こいつの情報を徹底的に洗い出すことにする。
 オレは失恋の痛手を全て仕事に費やすことで、無駄に湧いて来る負のエネルギーを使うことにした。




 数日間、寝食を忘れるほど集中して、現場から集まってくる報告や証拠品などの膨大な資料を把握して整理する作業を黙々とこなした。
 他の容疑者の調べも同時に進めていたが、潔白が証明された者を次々とリストから外していくと、最終的にバクターの名が残った。
 ビンゴだったらしい。
 なんだってナタリーはこんな面倒な野郎ばっかり引き寄せやがるんだ。

 バクターの監視と調査を強化するようにと、担当の騎士に指示を出し、団長にも報告に行く。
 ヤツが雇っている用心棒はただのゴロツキではなく、暗殺を家業にしている者が多く、賞金つきの指名手配犯までいやがった。
 場合によっては黒騎士団の手も借りることになりそうだ。

 報告を終えて団長の執務室を出たオレを、従騎士が呼びに来た。

「オスカー様、正門にケイと名乗る女の子が訪ねてきていますが、どうなされますか?」

 ケイ?
 さっそく何かあったのか?
 バクターの件もあり、気になった。

「ああ、すぐ行く。正門だな」




 その足で正門に出向くと、ケイが駆け寄ってきた。

「ケイ、どうした?」
「お姉ちゃん、元気ないの。お兄ちゃんがもう会わないなんて言うからだよ」

 用件を問うと、ケイは今にも泣きそうな顔をして、オレを睨んだ。

「なんでなの? あたしはお姉ちゃんとお兄ちゃんがいるあの家が好きなの。ずっとそうだったのに、どうしてそんな意地悪言うの?」

 ケイは生まれたての赤ん坊の頃、教会の前に捨てられていた。
 目が開いた時に傍にいたのは、ナタリーとオレで、こいつにとっちゃオレ達が親みたいなものだ。
 それまで孤児院に住む他のガキ共のことをナタリーのおまけぐらいにしか思っていなかったが、赤ん坊が一から成長していく過程を見て、初めて親が子に注ぐ愛情というものを理解した。
 ナタリー以外の人間に、興味や情を持つようになったのはこの時からだ。
 ケイは別の意味で、オレの特別な人間だ。
 だが、ケイが何を言おうが、オレはナタリーのところに戻るつもりはない。
 オレの望みとナタリーの望みはまったく違うものだからだ。

「お前が何を言っても、オレの考えは変わらねぇ。意地悪とかそういう問題じゃねぇんだよ。ナタリーがオレを必要としない限り戻らない」
「必要だよ、なんでわかってくれないの!」

 ケイは興奮して、目に涙を浮かべた。
 オレを責める眼差しがいっそうきつくなる。

「お兄ちゃんのバカー!」

 癇癪を起こしてケイは喚いた。

「うるせぇ、オレには関係ねぇって言っただろうが! そんな用事なら、すぐに帰れ!」

 オレも頭に血が上り、つい怒鳴りつけてしまった。

「うわーんっ!」

 泣き出したケイは、走って門を出て行った。
 無意識に後を追おうと体が動いていたが、気がついてやめた。
 イラつきを紛らわそうと、髪を掻き毟る。

「くそっ、なんだってんだよ……」

 捨てられたのはオレの方だってのに、これじゃ立場が逆じゃねぇか。




 さらに翌日、キャロがやってきた。
 使いか何かで来たのかと思い、話を聞いてやったが、ヤツが口にしたのはナタリーのことだった。

「やかましい! お前には関係ねぇだろ! 余計な首を突っ込むな!」

 鬱陶しさが最高潮に達し、怒鳴り散らした。
 キャロはオレの声に押されて肩をすくめたが、すぐさま立ち直り、怒鳴り返してきた。

「もうすでに関係者です! ナタリーさんと子供達はわたしの友達です! 次のお休みはいつですか!? 一緒に彼らを訪ねましょう! 必ず付き合ってもらいますよ!」
「オレは行かねぇっつってるだろうが! 行くなら一人で行け!」

 外野がごちゃごちゃうるせぇんだよ!
 口を開くのも嫌になり、次にヤツが何かを言う前に立ち去った。




 それからというもの、あいつは毎日のようにやってきては、ナタリーに会いに行けと急かしにくるようになった。
 お節介なヤツだ。

 今日もキャロはやってきて、ケイから預かったという招待状を押し付けてきた。
 その直後に現れたレオンの前で、あいつはナタリーがオレを好きだと叫んだが、見事に主語を抜かしたせいで誤解を生み、またレオンがぶっ壊れた。
 誤解はすぐに解けたようだが、バカップルのやりとりを最後まで見物する気もなく、さっさとその場を後にした。

 にしても、ナタリーがオレを好きだって?
 ああ、そうだろうな。
 自分の身を犠牲にしてまでも、あいつはオレを育ててくれた。
 だが、オレだけが特別だったわけじゃない。
 他にもいた孤児達のことだって、ナタリーは体を張って守っていたんだ。

 オレは守ってもらいたいわけじゃなかった。
 初めてオレに触れて抱きしめてくれた人を、大切にしたいと思った。
 男と女が生涯を過ごす中で、たった一人の相手とめぐり合うっていうのなら、オレの相手はナタリーであればいいと願っただけだ。

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