我が愛しの女王陛下
第五章・外交官フィリップ=カリエール
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【2】
私とリュシエンヌ様の夜は穏やかだ。
天蓋で覆われたベッドに並んで寝転がり、話し始める。
寝物語に、私は資料で得た知識や実際にこの目で見てきた経験を元に外国の話をする。
それと少しだけ、我が国をとりまく情勢の話なども織り交ぜて。
「次に行くシャラディンは砂漠の国なんです。オアシスがあって、そこを拠点に街が築かれている。移動は駱駝で、気温はかなり高いらしい。あちらの国の人々の肌は、太陽に焼かれて真っ黒なのだそうです。帰ってきたら、私の肌も焦げて真っ黒になっているかもしれませんね」
冗談交じりにそう言うと、陛下は声を立てて笑われた。
「ごめんなさい。真っ黒になったあなたを想像したらおかしくて。そうならないように、日よけの布を幾つか用意させておくわ。持っていって」
「ありがとうございます」
お礼の言葉と共に、失敬して唇を奪う。
舌を絡める深いキスを交わし、彼女の艶やかな栗色の髪を撫でる。
夜着の襟元を少しだけ肌蹴ると、白い肌に赤い痕がいくつもついているのが見えた。
歯形にキスマーク。
誰の仕業かは何となくわかる。
独占欲の強い、凶暴な騎士様のことを思い浮かべて苦笑いした。
「ユーグ辺りでしょう。いや、情熱を直接形にしてみせるのは彼ぐらいしかいませんね。それより痛みはありませんか?」
リュシエンヌ様は自らの体の痕を見やり、微笑んだ。
「見た目ほど痛くはないの。それにお互い様だわ。わたしも彼の体にいっぱい傷をつけた。ううん、わたしの方が多いかもしれない」
若い二人は獣のごとく激しく交わっているようだ。
微笑ましくなって、苦笑は微笑に変わった。
私自身も二人の女性を愛しているせいだろうか、なぜか他の四人に対して本気で張り合おうという気がおきないのだ。
リュシエンヌ様は、私のことも見てくださっている。
それがわかっているから、この心は満たされて、余裕を持っていられるのだろう。
一緒になって笑っていたリュシエンヌ様が、急にしゅんと落ち込んだ。
何かを思い出されたようだ。
「侍女達の立ち話を偶然聞いたのだけど、フィリップには奥さんがいるのでしょう? その人はあなたが私の夫となったことでつらい思いをしているって、彼女達は話していた。それは本当のことなの?」
ただでさえ、女性が五人の男を伴侶とする異例の婚姻。
その上、私は妻帯者だ。
噂好きの女達にしてみれば、格好の題材だろう。
いつかはリュシエンヌ様のお耳にも入ることだ。
ここでごまかしても良いことはない。
「つらい思いはしているでしょうね、特に今夜のような日は。それでも、私はあなたを諦めることはできなかった。もしも、あなたが誰か一人を愛して伴侶となさったのなら諦めもつきましたが、そうではなかった。自分にもチャンスがあると知った時、譲ることはできなかった。妻と出会う前から、私はずっとあなたに恋焦がれていたのです」
「フィリップ、わたしは……」
リュシエンヌ様は悲しげに目を伏せられた。
我々の心がわかるために、同じ想いを返せないことで、苦しんでおられる。
また、クリスティーヌの存在も、陛下の御心を痛めている。
私をめぐっての嫉妬なのではなく、クリスティーヌが受けている心の痛みを思って、原因となった自分を責めておられるのだ。
「リュシー。私の妻を苦しめているのは、あなたではなく私なのです。彼女は私のわがままを受け入れて、あなたを愛することを許してくれた。ですが、決して心から望んでいるわけではないでしょう。我々が、やむを得ず五人であなたを共有しているのと同じように」
リュシエンヌ様の頬を両手で包み込み、額に口づける。
私の言葉で、少しでも心が軽くなるようにと願いながら話し続けた。
「私はあなたのそのお気持ちに僅かなりと共感できる立場にいます。だが、私は自分の選択を後悔していない。あなたも妻も、生涯愛することができるのなら、これ以上の幸せはない」
リュシエンヌ様はわたしから視線を逸らし、体を起こされた。膝を抱えこみ、顔を伏せる。
私も起き上がり、彼女の肩を抱く。
リュシエンヌ様は伏せた顔の下から小さな声を出された。
「それでもフィリップは愛しているのでしょう? 奥さんもわたしのことも、一人の女性として。でも、わたしは違うの、わからないの。大好きだけど、何が違うのかわからない。特別な好きってどういうもの? なぜ、あなた達にとって、わたしは特別なの?」
リュシエンヌ様がこのようなことを言われるのは初めてだった。
私達の想像以上に、彼女は悩んでいた。
伴侶が一人であれば、恋愛感情を抱けずとも、彼女はそれほど悩まなかっただろう。
体を与えるのは一人だけであり、それによって特別な愛情を返すことができるからだ。
「悩まないでください。あなたは今のままでいいのです。あなたの愛は大きく、我々はその愛をお傍で分けていただければ満足なのです。なぜ特別なのかと言われても、あなたは自然に私の心に入り込んでいた。今さら消せと言われても、容易ではないほどに深い場所まで存在を浸透させていた」
彼女の悩みに答える術を私は持たない。
ならば、一時的にでも忘れさせて差し上げたい。
頼りなく震える体を後ろから抱きしめた。
「こうして腕の中にあなたを抱くことができて、私は幸せですよ。他の四人も同じことを言うでしょう。愛されるより愛することを、我々は自分の意志で選んだのです。さあ、リュシエンヌ様。お話はこのぐらいにして私にもご褒美をください。夜の間は私のことだけを考えて、他のことは忘れましょう。それがあなたが我らと交わした約束でもあるのです」
リュシエンヌ様は私を見上げて頷いた。
憂いの残る表情を消すために、唇をそっと重ねる。
ゆっくりと体を横たえ、上に覆いかぶさった。
緩んでいた夜着の合わせ目をさらに胸元まで開くと、張りのある乳房が揺れながら飛び出してくる。
大きさと、絹のような柔らかく美しい肌の感触を共に味わいながら揉みしだき、頂を口に含む。
含んだ突起を口の中で愛撫すると、リュシエンヌ様は甘い息を吐き出された。
「……あぁ……、あんっ」
胸を味わいながら、両手で肌を撫で、衣服を脱がせていく。
下穿きまで全て剥ぎ取ると、リュシエンヌ様は恥じらいを浮かべて身をよじった。
「じっと見ないで、恥ずかしいの」
羞恥に染まった表情は、愛らしくも欲情を煽る。
もっと辱めたいと、征服欲が湧き上がってくる。
「ここにいるのは私だけですよ。何も恥ずかしがることはありません」
仰向けに組み敷き、足を広げさせた。
全てを曝け出す体勢をとらされて、リュシエンヌ様のお顔がますます赤みを帯びた。
「や……、いやぁ……」
足の間に顔を近づけ、舌を這わせる。
太腿を撫で擦り、割れ目を丹念に舐めていると、奥から蜜が湧き出して私の唾液と絡まり始めた。
「……あ、あん……、はぁ……」
リュシエンヌ様は固く目を閉じて、恥ずかしさを堪えておられた。
下肢への愛撫を続けながら、再度胸にも手を伸ばす。
大きく形の良い膨らみに指を押し当てると、心地良い肌の弾力を感じ、ゆっくりと揉みしだいた。
「ああっ、……あんっ、ああああっ」
リュシエンヌ様の体が大きく震えた。
達した体は正直な反応を見せ、大量の蜜で秘密の泉を溢れさせた。
指に愛液を絡めさせ、中に入れる。
内部を傷つけないように動かし、反応を窺うと、リュシエンヌ様は恍惚とした表情で喘いでいた。
「そろそろ私を受け入れてくださいますか?」
問いかけに、彼女はぼんやりとした目でこちらを見つめ、頭を縦に振った。
熱を持った頬に口づけて、指を抜き、代わりに私自身を押し当てる。
「ああ、フィリップ……っ!」
挿入を果たし、腰を前後に揺さぶると、リュシエンヌ様が私の名を口にしながら抱きついてこられた。
体を屈め、陛下との距離を縮める。
「リュシー、大丈夫ですか?」
「ええ、続けて……」
愛しさが込み上げ、頬や唇、首筋にキスを繰り返した。
「あっ、あんっ、ああっ」
突き上げる度に、快感が増す。
彼女の足を抱え、さらに奥へと侵入し、深く繋がる。
「リュシー」
「……フィリップぅ」
甘えた声で名を呼ばれ、かわいくて仕方がなくなる。
涙の浮かぶ瞳は閉じられ、唇は小さく開いて喘ぎと呼吸を繰り返す。
抱き合って上り詰めていく。
ついに頂点までたどり着き、私は溢れ出す欲望を、リュシエンヌ様の中で解放した。
果てて、体を横たえ、リュシエンヌ様を抱き寄せた。
乱れていた呼吸は次第に落ち着き、熱が引いたように穏やかさが戻ってくる。
腕の中の人は眠そうに瞬きした後、私の頬にキスをした。
「おやすみなさい、フィリップ」
「おやすみなさい、リュシー。良い夢を」
私もお休みの言葉と共に、彼女の頬に唇を押し当てた。
瞼を閉じた彼女の口からは、もう寝息が聞こえている。
かわいらしい寝顔を眺めてから、私も眠りについた。
今夜も良い夢が見られそうだ。
シャラディンへの旅路は予想通りに二ヶ月かかり、私は長い旅路からようやく故国に戻ってきた。
まずは身支度を整えてから報告に行こうと自宅に戻ったが、クリスティーヌは不在だった。
「は? 王城に?」
残っていた執事から、クリスティーヌが王城に出かけたと聞かされて、驚きが大きく、鸚鵡返しに質問を返していた。
「は、はい、女王陛下よりご招待を受け、旦那様がお留守の間に、何度も登城されておいでです」
リュシエンヌ様がクリスティーヌを?
一体、何の用事があって?
胸騒ぎを覚え、とりあえず侍女に服を用意させ、沐浴をして身を清めた。
リュシエンヌ様のことであるから、純粋に話してみたいと思い、呼び寄せられたのだろう。
しかし、クリスティーヌの心中を思うと不安になる。
認めてくれたとはいえ、本音の部分では陛下に対して良い感情は持っていないかもしれない。
いやいや、それを言うなら陛下はどうだ?
嫉妬を覚えぬはずがないと言いきれぬものではない。
人の感情なぞ、いつどこで、どのように変わるかわからないのだ。
考えれば考えるほど、最悪な修羅場を想像し、心臓がギリギリ痛む。
願わくば、私の大切な女性達が、互いを罵り合って睨み合うことのないように神に祈ろう。
城に到着するなり、真っ直ぐリュシエンヌ様の私室に向かう。
最悪の想像をしながら夢中で飛んできたわけだが、扉の前で私は戸惑いを覚えた。
中から聞こえてくるのは、婦人達の朗らかな談笑の声だ。
和気藹々とした雰囲気が外まで伝わってきており、肩の力が抜ける。
ノックして名を名乗ると、内側からドアが開き、ラウルが顔を覗かせた。
彼は無言でドアを開け放ち、さっと横に退いて入室のための道を開けた。
部屋の中央には、リュシエンヌ様とクリスティーヌがいた。
リュシエンヌ様は一人掛けの椅子に、クリスティーヌはその対面に置かれた長椅子に腰掛けて話をしていた様子だった。
彼女達は和んだ空気を漂わせながら、私を迎えてくれた。
「フィリップ、ご苦労様。無事に帰ってきてくれて嬉しいわ」
「お帰りなさいませ、あなた。さあ、どうぞこちらにお座りになって」
クリスティーヌが立ち上がり、私を長椅子へと招いた。
妻に促されるままに腰掛けて、リュシエンヌ様と視線を合わせる。
困惑している私に気づいたのか、リュシエンヌ様は事情を説明された。
「フィリップの奥さんがどんな人なのか気になったから、城にお招きしたの。とても気が合って話も弾んで楽しいわ。女性同士でしか話せないこともあるでしょう?」
クリスティーヌは笑顔のまま黙っている。
陛下は椅子から立ち上がると、クリスティーヌの隣に立ち、その手をとった。
「フィリップは国外に出ることが多いから、クリスはとても寂しいのですって。だから、わたしが慰めてあげたの。泊まってもらったこともあるのよ。同じベッドで眠ったの」
リュシエンヌ様は無邪気に笑って、クリスティーヌと見つめ合った。
ふと、ラウルに視線を向けると、彼も困惑の表情で主君を見つめている。
「わたしね、クリスのことが好き。これほど安心して甘えられる人はいないわ」
ぱっと陛下はクリスティーヌに抱きついた。
我が妻は、彼女を優しく受け止めて髪を撫でている。
クリスティーヌの瞳に宿っているのは慈しみと確かな愛情。
何が起こっているんだ?
どうして私の伴侶たる女性二人が、夫である私を除け者にして二人の世界を作っているのだ。
「フィリップ、ごめんなさいね。あなたが国を出ている間は、クリスにはわたしの傍にいてもらうことにするわ」
「あなた、女王陛下の仰せです。私は喜んで陛下のお傍にいさせていただきます」
これは悪い夢か。
状況が読めない。
これまで培ってきた知識と経験を総動員しても、このような事態は想像もできないし、対処の方法も浮かばない。
呆然としていた私はラウルに引っ張られて廊下に連れ出されていた。
そこにはロベール、ユーグ、リュカがいて、それぞれ諦め顔を私に向けてきた。
「リュシエンヌ様は母親の愛情を求めておられたのだ。クリスティーヌ殿はあの方が求める理想の存在。無理に引き離すことはできない」
「くそ、ただでさえ、四人も邪魔者がいるのに、また一人増えるのか」
「ボクらじゃ母親代わりはできないもんね」
彼らは不満を抱きながらも、この状況を受け入れていた。
リュシエンヌ様の願いなら、我らは何をしてでも叶えて差し上げたい。
私も受け入れるべきなのだ。
「……ところで、リュシエンヌ様とクリスティーヌはその……、そういう仲なのか?」
私が問いかけると、四人はうっと声を詰まらせ、各々顔を見合わせた。
そして疑惑に彩られた目を一斉にこちらに向け、まずロベールが口を開いた。
「それはこちらが聞きたい所だ。遠まわしに尋ねても、リュシエンヌ様は思わせぶりなことばかり言われるし、クリスティーヌ殿も否定も肯定もされんのだ」
「お二人が同じベッドで寝たのは本当だ。だが、そこで何が起きたか、我らには確かめようがない」
「フィリップが聞いてこいよ、あんたは両方の旦那だろ?」
ユーグが私をせっつき、他の三人もそうだと同調する。
私が聞くのか。
……正直言って真実を聞くのが恐ろしい。
意を決して、もう一度扉を開けた。
中には私が己の命を賭けてもいいほど深く愛する二人の女性がいる。
彼女達はこちらに背中を向けて仲睦まじく寄りそい、楽しそうに話していた。
「陛下、そこの編み目はこうして作るのです」
「難しいわ、もう一度お手本を見せて」
二人は顔を寄せて、編み物をしている様子だ。
扉が開いたことにも気づいていない。
「冬が来るまでには編み上がるかしら?」
「大丈夫ですよ、私もお手伝いします」
「楽しみね。みんなでお揃いのベストを着ているところを想像するのは楽しいわ。みんな、いつもケンカばかりしているの。これで少しでも仲良くなってくれるといいのだけど」
「それは無理ですわ。どの方も本音では陛下を独り占めしたいのです。他のご夫君はライバルであり、永遠に競い合う敵同士なのですよ」
「クリスもそうなの? やっぱりわたしのことは嫌い?」
「まあ、泣かないでください。嫌いになどなるものですか。私が抱く嫉妬など些細なものですわ。陛下はわたしのことがお好きでしょう? ですから、わたしもあなたが大好きですよ」
「ありがとう、クリス。大好きよ」
陛下はクリスティーヌに抱きしめてもらって嬉しそうだ。
下衆な勘ぐりはするものではない。
二人は純粋に好意を寄せ合っているだけだ。
例えるなら姉と妹のような親愛の情しか感じられない。
後ろを振り返る。
私と同様、今の彼女達の様子から考え過ぎであったと納得したのだろう。
彼らは各々頷いて、この場を立ち去った。
私だけが残り、こほんと一つ咳払いする。
すると、室内の二人はようやく私の存在に気がついた。
私を迎える温かな笑顔が二つ。
このように良き伴侶を二人も得ることができた私は、この上ない果報者だ。
心が満たされていくのを感じながら、私は愛しき妻達へと歩み寄った。
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