あなたしか見えなくて

王の証言

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 愛娘のローナが魔物に攫われたと報告を受けた時には血の気が引いた。
 余は国王であると同時に父親でもある。
 特にローナは療養中で、自室より出ることも難しいと言われていたのだ。
 虜囚の身となった娘が、魔物の巣窟でどのように目に遭わされているのか想像するのも恐ろしく、即座に討伐軍を向かわせた。
 軍の指揮はアレックスに任せた。
 アレックスは、余が最も信頼する騎士だ。
 あの男が忠誠を誓う相手はローナだが、ローナは故国と家族を思う心優しき娘。
 いずれ、ローナを他国に嫁がせることで、優秀な騎士を国外に出すことになろうとも、我が国の利にはなっても害にはなるまい。
 此度の指揮を任せた時も、なぜかまったく不安を感じなかった。
 この男であれば任務を遂行し、ローナを無事に連れて戻ってくると確信していた。
 だからこそ、アレックスが余の信頼を裏切ったことに激昂してしまったのだ。
 ローナの救出と魔物の討伐を成し遂げた褒美に、アレックスが要求したのはローナであった。
 臣下の身で、自ら王家の姫を伴侶に迎えたいと申し出るなど不敬極まりない。
 さらに付け加えるのならば、アレックスがローナに剣を捧げた理由に不埒な下心が隠されていたということにも激怒した。
 たとえ、アレックスの功績がどれほど高く積み上げられようとも、王の権威は絶対であり、譲ることのできぬ境界がある。
 余は王の権威を守るべく、アレックスの望みを一蹴した。

 あやつもこれでおとなしく引き下がれば良いのだが。
 民に英雄視されている男を処刑するわけにもいかぬ。
 頭が冷えるまで謹慎させて、適当な理由を見繕い、国境の警備にでも行かせるか。
 ローナが戻ってきたことは喜ばしいことだが、頭の痛いことになった。




「父上、どうかお考えを改めていただけませんか?」

 アレックスに謹慎を申し渡した後、余の許を訪れたのは我が息子のキースであった。
 将来はキースの右腕となる逸材だと、アレックスと引き合わせたのは余であったな。
 思惑とは少々違ってしまい、アレックスはローナの騎士となったが、それでも二人の間には深い信頼関係が築かれていたようだ。
 キースはアレックスのために執り成しにきたのだろう。

「そなたが何を言おうとも余の意思は変わらぬ。我が娘達は全て王族に嫁がせる、ローナを臣下に降嫁させるなど考えもしておらぬ」
「いいえ、どうあってもお考えを変えて頂きます。それが我が王家を守るためなのです。ローナを渡さねば、アレックスは王家を滅ぼしてしまうでしょう」
「……何を言っておるのだ?」

 キースの眼差しは真剣そのもので、口にした言葉も本当のことなのだろう。
 だが、その言葉は到底信じることのできぬものであった。

「馬鹿なことを申すでない。アレックスが王家を滅ぼす? 確かにあれの望みは大それたことであったが、誰よりも誠実に長年王家と国に忠節を尽くしてきたではないか。そのようなこと、起こるはずがない」
「ああ、父上。今この時だけは、この不肖の息子の言葉を信じてください。アレックスは善人を装った悪魔です。ヤツの目的はローナを得ることのみ、そのためならばどのような手間も手段も惜しまない。父上の承諾さえあれば、晴れてローナを手にできる立場となって、その願いが拒絶されれば、アレックスは利用価値を失った父上を亡き者とするでしょう」

 思い詰めた顔をしてキースがすがりついてきた。
 次期国王がなんたる醜態を晒すのかと怒鳴りたくなった。
 だが、尋常ではない脅え方が気になる。
 キースは決して臆病者ではない。
 アレックスへの恐怖に近い感情が、息子をこれほど動揺させているのだ。
 アレックスはそれほど危険な男なのだろうか。
 余の権威をもってしても抗えぬ存在であると、息子が訴えてくるほどに。

「公爵を呼べ、父親であれば何か存じておろう。アレックスについて問いただすのだ」
「ご存知ではなかったのですか? 公爵は精神を患い療養のために妻を伴って遠方の領地へと移りました。もはや復帰は叶わぬ故、爵位をアレックスに譲ると申請書が提出されております」
「なんと!」

 そういえば、公爵の姿を見かけなくなって久しい。
 公爵が果たすべき執務は全てアレックスが行っていたからか、特に気にしたこともなかった。
 よく考えてみれば、これはおかしな事ではないのか?
 余は何ゆえに、アレックスをこれほどまでに信頼しきっていたのであろうか。
 一度綻びを見つけてしまえば、疑念は次々と湧いてきた。
 だが、疑いはあくまで疑いでしかない。
 息子がこれだけ訴えているというのに、どうしても信じることができないのだ。
 キースと目を合わせると、諦めの表情で息子は項垂れた。

「信じていただけないことはわかっております。アレックスは人心掌握の術に長けている。彼の者への信頼を崩すことは容易ではない。それこそが、私がアレックスに勝てぬ理由。ですが、まだ遅くはありません、アレックスが行動を起こす前に、どうかお心を変えて頂く様に願っております。私は息子として、父上に害が及ぶことを恐れているのです」

 何かあればいつでも呼んで欲しいと言い残し、キースは余の前から下がった。
 情けないことに、頭の中は混乱している。
 一人きりで考えてみたくなり、早めに寝室に入ることにした。
 后にもその旨を伝え、今宵は自室で休むようにと言いつけてある。

 侍女が明かりを持って下がっていく。
 窓から淡く差し込む月の光以外、視界を助けるものはなくなった。
 天蓋に覆われた寝台に横になり、瞑想に耽る。

 アレックスは何者なのだろう?
 本当にローナだけが目的なのか?
 そのためだけに王宮内を掌握し、王たる余にまで害を成そうとしていると?

 考えれば考えるほど寒気がしてきた。
 余はなんというものを傍に置いて重用してきたのであろうか。
 あれは危険だ。
 手を打つなら今しかない。




 薄暗い部屋の中で、何かが動く気配がした。
 風の流れを感じた瞬間、寝台を覆っていた布が大きく揺らぎ、耳の横で音が弾けた。
 寝台が大きく揺れる。
 身動き一つできずに、時間だけが過ぎていく。
 やがて気配は消えたが、頭のすぐ横にある”それ”の存在感だけは消えなかった。
 硬直が解けて、ようやく少し体を動かせた。
 慎重に、寝台に突き立てられたと思しき”何か”から離れる。
 手探りで非常用に備えていた蝋燭に明かりを灯し、寝台を照らした。

「こ、これは……」

 寝台に突き刺さっていたのは一振りの剣だった。
 剣の柄に刻まれていたのは公爵家の紋章だ。
 アレックスからの挑戦状か?
 怒りのあまり、剣を掴んで引き抜いた。
 これが動かぬ証拠となる。
 あやつの罪を暴き、全ての憂いを取り去ってくれるわ。

「誰か! 誰かおらぬか!」

 呼ばわりながら、寝室を出る。
 控えの間を通り、さらに幾つもの部屋を通るが、誰もおらぬのはどうしたわけだ?
 侍女は?
 警護の兵は?
 王たる余の傍に誰もおらぬとは、何が起こっておるのだ。




 外の廊下に出た所で、ようやく警備の兵を見つけた。
 数刻前ならば何をしていたと怒鳴りつける所であったが、まるで廃墟に迷いこんだかのごとく人の気配が皆無だったために安堵した。
 兵達は余の姿を見た途端、目を丸くして飛び上がった。

「へ、陛下! いかがなされましたか!?」
「曲者だ! 黒幕はアレックスである! すぐにあやつを捕らえよ、この剣が動かぬ証拠となる!」

 柄が見えるように剣を突き出して叫んだが、兵達は顔を見合わせるばかり。
 余の命令が聞けぬというのか。
 苛立って再度命を下そうと口を開きかけたが、先に兵の一人が「恐れながら」と声を発した。

「曲者が侵入したとのことですが、我々は物音一つ聞いてはおりませぬ。謁見の間でのアレックス様のことは聞き及んでおりますれば、夢でも見られたのではありませぬかと……」
「夢などではない! 見ろ、余の枕辺にこの剣が突き立てられていたのだぞ!」

 なぜか信用しない兵達を引き連れて寝室に戻った。
 するとどこに隠れていたのか、侍女や警護の兵が出てくるではないか。
 彼らは口を揃えて、余がいきなり起き上がって寝室から出て行ったと述べた。
 剣は寝室に飾られていた公爵からの献上品だった。
 しかも、寝台には傷一つついてはおらず、剣が刺さった跡などまったく見当たらない。
 まさか、こやつらは全員アレックスの手の者?
 誰が味方で敵なのか、判別することもできずに恐怖した。

「キ、キースを呼べ! 寝ていても構わぬ、すぐにまいれと伝えるのだ!」

 頼れるのは我が息子だけ。
 藁にも縋る思いで呼びつけると、キースはすぐに駆けつけてきた。

「おお、父上、やはりこのようなことに……」
「キース、余はどうすれば良いのだ。王宮はすでにアレックスの手に落ちているのか?」
「残念ですが、認めるしかありません。アレックスの野望はすでに達成寸前なのです。父上の承諾さえ得ることができれば、あの男は満足して止まります。ローナにはすまないことですが、私にはもう何もできない」

 息子と二人、無力感に打ちのめされて日が昇るまで泣き明かした。
 全てを捨てて対決するには、我々には失うものが多すぎる。
 臆病者と謗るが良い。
 娘の結婚を認めるだけで、災厄が去ってくれるというのであれば、我々が選ぶ道は一つしかない。

 不幸中の幸いか、ローナはアレックスとの結婚を望んでいる。
 願わくば、気づいてくれるな。
 あれが心清き善人などではなく、己に執着するあまり常軌を逸した策謀を巡らせ、多くの人間を巻き込んでまで結婚に到ったことなど。
 愛しい娘よ。
 こうして生贄に差し出そうとしているが、父はそなたの人生が幸福に満ちたものであることを願っておるのだ。

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