憎しみの檻

レリア編

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 【4】

 女達の妬み嫉みは、どこに行ってもついてまわる。
 おまけにわたしにまで、敵意を剥き出しにする女が現れた。
 言わずもがな、アシル絡みの女だった。

 ある日、街に出かけようと城門をくぐって外に出た所、路上で見知らぬ女にいきなり頬を打たれて呆然とした。
 女は鼻息荒く「泥棒猫!」とわたしを罵り、泣き喚いた。
 要約すると、わたしのせいでアシルが抱いてくれなくなった。どんな汚い手を使って彼を惑わせたのかと罵倒された。

 惑わせたも何も、わたしは無理やりあの男に処女を奪われ、脅迫されて抱かれているのだ。
 そんなに抱いてもらいたいなら、代わって欲しいぐらいだ。
 そう言うと、怒りを煽ってしまったのか、女はまた手を振り上げた。

 振り上げられた女の手は、横から伸びてきた男の手に掴み取られた。
 女は驚愕して目を見開き、わたしは冷ややかに救い主の男を見やった。
 元凶のご登場だ。
 アシルは捕らえた腕を離して、女を睨んだ。

「こいつはオレのもんだって知ってんだろ? それよりお前、何しに来たんだ?」
「な、何しにって……。だって、あなたが会いに来てくれないから、あたし……」

 女はアシルに向き直り、必死な様子でまくしたてた。
 恋人なのだろうか?
 体の関係もあるようだし、そうなのだろう。
 恋人がいながらわたしを襲ったのか、節操のない男だ。
 女の敵。
 わたしの中で元々低かったアシルの評価はこれ以上ないほど地に落ちた。

「そりゃ、用がなくなりゃ行かねぇだろうが。単にお前の体に飽きただけだ。こいつは関係ない。最近の娼婦は押し売りまでやるのか? よっぽど客がつかなくて困ってんだな」

 女の顔が強張る。
 娼婦と客。
 アシルが言うには、それだけの関係。
 だが、女の方は違ったのだろう。
 憎しみに燃えた目を、わたしへと向けた。

「あんたさえ、いなければ……!」

 女の手には鈍い光を放つ刃が握られていた。
 研ぎ澄まされた短剣が、真っ直ぐわたしに向かってくる。

 目の前で鮮血が飛び散った。
 刃はわたしの体には触れていない。

 女の手から短剣が滑り落ちた。
 実際に人を刺したからか、女は怯えた表情で口元を覆った。

「え? やだ、何で……?」

 女の瞳に映っていたのはアシル。
 わたしと女の間に割って入った彼は、かわすこともせずに、左腕で短剣の刃を受けたのだ。

「これで気が済んだか?」

 血で染まった腕を見せ付けて、アシルは女に迫った。
 女は悲鳴を上げて、振り返ることなく駆け去った。

「たまに勘違いするヤツがいるんだよなぁ。ベッドでの客の睦言なんぞ、本気にする娼婦がいるか? 普通立場が逆で、甘い言葉を囁いて客に入れ込ませるのがあいつらの商売だろうが」

 痛くないのだろうか?
 まだ新鮮な血が流れ出ている傷口にも構わず、娼婦に悪態をつくアシルの声を聞く。

「娼婦とはいえ、人の子です。男に体を売る商売を喜んでやる者など、それほどいるとは思えない。あなたのような身分の高い騎士に見初められたと思い込み、つらい日々の慰めにしたとしてもおかしくはない」

 なぜか女に同情していた。
 理不尽に暴力を振るわれたのに、今のアシルの言葉に反発している。

 娼婦の側についたわたしを見て、アシルは意外だと表情に表した。

「引っ叩かれて、顔まで腫らしてるくせに、庇うなんて余裕だな」

 アシルの手が、わたしの赤くなった頬に触れた。
 彼の左腕の血は徐々に止まろうとしていたが、大量の血糊で袖が汚れて酷い見た目になっていた。
 アシルにとっては、この程度は掠り傷なのだ。
 確実に殺すには、心臓を抉り取るか、首を刎ねるかどちらかか。

 容易ではない殺害の場面を想像して嘆息する。
 鬱々とした暗い気持ちでアシルと向き合った。

「痛いけど、あなたに抱かれる時ほどじゃない」

 怒りも憎しみも、アシルに抱くものほど強いものはない。
 消えることのない憎悪を向けて睨んだわたしに、アシルは不敵に笑ってみせた。




 怪我人を前にしては放っておくこともできず、アシルを連れて屋敷に戻った。
 間の悪いことに手当てを頼めそうな家人は出払っており、仕方なく部屋に入れて薬箱を運び、傷の手当てをした。

 刺し傷は浅かった。
 少し突いた程度で、表面の皮と僅かばかりの肉を傷つけただけだった。

「女の細腕じゃ、オレは刺せねぇよ。あいつもあれで気が済んだだろ。血を見てかなり怯えて取り乱してたからな」

 女の気を静めるために、アシルはわざと刺されたのだ。
 利き腕ではない、左腕をケガしているのがその証拠。

 薬をつけて包帯を巻く。
 わたしはなぜ手当てなどしている。
 こんな男、放っておけばいいのに。

 あの時、アシルがわたしを庇う必要はなかった。
 女に憎まれていたのはわたしだ。
 弄ぶための玩具なんて、守る必要はない。
 それなのに、血を流してまで庇ったのはどうして?

「言っただろ、守るって。それだけは嘘じゃない。居合わせたのは偶然だが、他の誰にもお前を傷つけさせない」

 わたしの戸惑いの理由がわかったのか、アシルは真剣な顔を向けて言った。
 困惑が増す。
 憎しみとは違う感情が、わたしの中で芽吹き始めていた。




 包帯を留めて固定した途端、アシルがわたしの腕を掴んだ。
 引き寄せられて、膝の上に乗せられた。

「オレが他の女を抱いていたと知って、少しは嫉妬したか?」
「ご冗談を。今からでも遅くないわ、彼女のところに行ってあげれば? わたしは全然構わない」

 そっけなく突き放すと、アシルはニヤつきながら、わたしの体をまさぐり始めた。

「従順な女より、お前の方が面白い。悲鳴上げてもいいぜ、その方がやる気が出る」
「何でも思い通りになると思わないことね。悲鳴なんか上げるもんですか、好きにしなさい。その代わり、心までは屈しない」

 先ほど横切った不思議な感情は、とたんに嫌悪感と入れ替わった。
 服が剥ぎ取られ、寝台に押し倒される。
 エントランスで手当てすれば良かった。
 しかし、それならそれで部屋に連れ込まれていたのだと思い直し、諦める。

 無骨な手が胸の膨らみを持ち上げて揉み始める。
 何度も抱かれるうちに、わたしの体は男の愛撫に喜びを見出すようになっていた。
 アシルは前戯に時間をかける。
 よがり狂う姿を楽しもうというのか、いちいちわたしの反応を確かめながら、いやらしい体勢を取らせ、卑猥な言葉を囁いてくる。

 両方の胸が円を描くように揉み解され、硬くなった先端が指先で摘まれた。
 押しつぶしたり、弾いたりされるたびに、下腹部が熱く疼く。
 腿をすり寄せて、快感に悶える。
 アシルの右手が胸から下へと移動を始め、潤み始めた秘所にたどり着いた。
 疼いていた箇所に直接触れられて、大きな波がわたしを襲った。

「あっ、ああんっ」

 たまらず声が漏れた。
 達してひくひく震えた体が愛液を生み出す。
 アシルの指が差し入れられ、的確にわたしの感じる場所を探り当てて動き回る。

「くうっ、あうっ、ううんっ!」

 抑えようとしてもこぼれてしまう声が悔しい。
 指で与えられる快楽と同時に、胸を吸われて達してしまい、はしたない声を出して仰け反ってしまう。

「あああああっ!」

 ぐったりとした体をうつ伏せにされて、腰を抱えられた。
 お尻が高く持ち上げられ、閉じようとした膝を開かれる。
 濡れた割れ目を指で広げられて、恥ずかしさで枕に顔を埋めた。

「入れてくださいって可愛くおねだりしてみろよ。そうしたら、多少は手加減してやるぜ」
「そんな汚らわしいモノ欲しくない、入れたいならさっさとすればいいでしょう」

 早く終わらせて、どこかに行けばいい。
 どうせわたしは性欲を解消するためだけの奴隷。
 楽しむなら、あなただけ楽しめばいい。

 広げられた割れ目にアシルが入ってきた。
 滾る欲望をぶつけるために、腰を打ち付けてくる。
 枕を掴み、顔を伏せたまま耐えた。
 感情を殺して人形になろうとする。

「くっ……、はぁ……っ!」

 アシルが呻いてわたしの中に欲望を吐き出した。
 彼はたまにだが、外には出さず中で果てる時がある。
 そのために避妊の薬は飲んでいる。
 自分を守るために、王宮に出入りしている魔女から手に入れたものだ。
 上流の貴婦人達が快楽を求めて男遊びをする際に、失敗をして孕まないようにと作らせた薬だ。効能が確かなことから買い求める者は絶えず大量に作られており、誰でも簡単に手に入れられる。
 そんな薬があることさえ、アシルは知らないだろう。
 わたしのような女は面倒になったら簡単に捨てられる、彼自身がそう言っていたのだから。

 子供ができたら解放されるのだろうか。
 誘惑めいた考えが浮かぶたびに打ち消した。
 生まれた子を愛せるとは思えない。
 アシルに抱く憎しみを、わたしは全てその子にぶつけてしまう。
 母に愛されないような不幸な子を生み出してはいけないのだ。

 わたしはエリーヌ様の支えとなるためにここにいる。
 そのためならば、どんなことでも耐えてみせる。
 たとえ、憎い男の慰み者になってでも。




 月日は過ぎ、エリーヌ様は健やかに成長されて十六才になられた。
 フェルナン王子は、相変わらず保護者役に徹していて、寝所に立ち入ることは決してない。
 婚姻が解消されることはないのだとしても、ずっとこのまま平穏に過ごせればいいと思う。
 本音を言えば、エリーヌ様だけでも穢れなきまま生涯を終えて欲しいのだ。

「レリア、近衛騎士団は今日戻ってくるのだったわね」

 エリーヌ様は喜びを隠すこともせずに、騎士団の帰還……、正しくは王子の帰宅を待っている。

「ええ。そろそろ王都につく頃かと。彼らも大変ですね、今回は同盟国に要請されての戦でしょう」
「フェルナン様はご無事でしょうね。心配だわ」

 王子の身を案じるエリーヌ様を、苦々しい思いで見つめた。

「何の連絡もないのです。ご無事なのでしょう。ご帰還なされれば、せっかく静かだったこの屋敷も、また煩くなりますね」

 ポットを手に取り、カップに紅茶を注ぎながらそっけなく答える。

「もう、レリアはいつもそう。嬉しくないの? アシルも帰ってくるのに」

 思わず紅茶を溢れさせそうになった。
 どうしてここでアシルの名が出てくる?
 ぎょっとしてエリーヌ様の方を向くと、我が主はからかいの表情で目を輝かせていた。

「知っているのよ。レリアはアシルとお付き合いしているのでしょう? それもかなり親密な」

 エリーヌ様は全てお見通しなのだと言外に匂わせた。
 おそらく、屋敷の中で行った情事を見るか聞くか、なされたのだろう。
 変なところで好奇心旺盛なお方だ。
 だが、その認識は間違っている。
 わたしとあの男の間に愛はない。
 あるのは肉欲と快楽、それと憎しみ。

「いえ、別に付き合ってはいません。この国でわたしが結婚することはないでしょう」
「え? だけど……」

 エリーヌ様は賢明にも口をつぐんでくれた。
 わたしもこれ以上は言いたくない。
 体だけの関係などと生々しく醜い現実を、この人は知らなくていいのだ。




 王子は戦の報告を兼ねて王宮に入り、そのまま祝勝の宴が催されたらしく、屋敷に帰ってきたのは翌日だった。

「ただいま、エリーヌ」
「フェルナン様、お帰りなさいませ」

 エリーヌ様は王子に駆け寄り、抱擁をねだった。
 王子も疲れた顔をホッとしたように緩めて、エリーヌ様を腕に抱いた。
 二人の姿はどう見ても仲睦まじい夫婦のようで、意見したい気持ちが膨らんだが、王子の前でもあり、黙っていた。

「一晩中、宴に付き合わされてしまった。これから一眠りさせてもらうよ。また後でね、エリーヌ」

 頬にキスをして、エリーヌ様の頭を撫でると、王子は自室へと歩き去った。
 エリーヌ様は不満そうだったが、王子の疲れように我が侭は言えずにおとなしく見送られた。
 そして、ちらっとわたしを振り向く。

「フェルナン様のお部屋について行ってはダメ? 何もしないでお傍にいるだけよ」
「いけません」

 寝室に入れるなど言語道断。
 王子も男だ。
 以前のような子供ならともかく、今のエリーヌ様は初潮もとうに迎えられ、女らしい体つきをした十分な大人だ。
 疲れているとは言え、ベッドを前にして二人っきりになって、襲わぬという保証はない。
 何より二人は夫婦なのだ。
 情事を行っても、後ろめたいことはない。
 むしろ遅すぎたほどだと誰もが言うだろう。

「レリア、前から言おうと思っていたのだけど……」

 エリーヌ様の表情が硬くなり、語られる言葉の先に不吉なものを感じた。
 聞いてはいけないと、本能が警告した。

「用事を思い出しましたので、そのお話は後日改めてお伺いします。いいですか、エリーヌ様。フェルナン王子がどれほど良い方であっても、我々と彼の間には越えてはならないものがある。それは生涯消えぬもの、忘れることは許されないことなのです」
「レリア!」

 エリーヌ様の悲痛な呼び声を無視して、その場を離れた。

 エリーヌ様に聞かせた言葉は、わたしに言い聞かせる言葉でもあった。
 アシルに抱く憎しみの感情に、別のものが混ざり始めている。
 憎しみと相反する、絶対に認めてはならない感情。
 あの男は兄の仇。
 わたしを辱め、長年に渡り、体を弄んできた憎い男。
 そのはずなのに、憎しみは消えはしないのに、なぜわたしはあの男の帰りをこれほど待ち侘びているのだろうか。




 当てもなく、自室に戻った。
 部屋の手前で、扉の前の人影に気づき、足を止める。
 胸にじわりと小さな喜びが浮かんだ。
 だが、意識して打ち消し、冷たい表情を作る。

 王子同様、昨夜の宴に巻き込まれていたのか、アシルの制服は少しくたびれて見えた。
 着替えをする間も惜しむほど、わたしに会いたかった?
 それとも戦の後で、女が欲しくなっただけ?

 後者であると確信して、再び足を動かして近づいていく。

「よう、久しぶり」

 獲物を見る目で、彼はわたしを眺めやり、口の端を歪めた。

「生きてたんですね。死ねば良かったのに」

 冷淡にきつい言葉を吐き出す。
 アシルもわたしが抱く憎しみはわかっているはず。
 だが、どれほど敵意を向けても、彼はむしろ面白がって、わたしに絡む。

「随分な言い草だな。これでも真っ先にお前のとこにきたんだぜ。オレの帰りを待っている女達を放っておいてさ」
「でしたら、そちらを優先でどうぞ。王宮や街にいる娼婦達が大喜びで歓迎してくださるのでしょう?」

 わたしを抱く傍らで、アシルは相変わらず娼婦を買い、遊び相手を求める貴婦人達の誘いにも応じているらしい。
 この腕で他の女を抱いたのだと思うと、ムカムカと怒りが込み上げてくる。

「冷てーな。せっかくご主人様が無傷で生還してきたんだ。もっと喜べよ。今から天国に連れてってやるからよ」
「天国? 地獄の間違いじゃないの?」

 ふんっと、そっぽを向いてドアノブをまわした。
 わたしに続いて部屋に入ってきたアシルが、背後から体を抱きしめてきた。

 服の上から胸を揉まれる。
 アシルは慣れた手つきで侍女のお仕着せの留め具を外し、直に肌へと触れてきた。
 指先で乳首を摘ままれて、体の奥が熱くなる。

「お前の体は最高だ。行軍の間、何度思い返して抜いたかわからねぇ。やっと本物にありつけたんだ。楽しませてくれよ」
「勝手なこと言わないでっ、あんっ、んぅ……」

 抵抗しても腕は緩まない。
 ドアに鍵がかけられ、ベッドの上に投げ出された。

 半分脱がされた衣服をかき寄せて、身を硬くする。
 逃げられないのはわかっている。
 この国にいる限り、わたしはこの男の奴隷だ。
 だけど、心までは征服させない。

 殺気を放ち、睨みつけるわたしを、アシルは嘲りの目で見下ろしてきた。
 彼は衣服を脱ぎ捨て、傷だらけの逞しい体を晒した。
 瞼を閉じて、覆い被さってくる男の気配を感じる。
 アシルの手が肌を探り始めた。
 唇が押し当てられ、赤い痕をつけていく。

 間もなく、アシルが欲望をわたしの中に埋めた。
 足を抱え、奥まで突き上げてくる。

 激しい憎しみと怒りが湧き起こる。
 陵辱に耐えながら、わたしの中で憎悪の感情がさらに大きく育つ。

 耐えるのはエリーヌ様のためだ。
 でなければ、もう死んでいる。
 あの方にはわたししかいない。
 わたしは何があっても生きなければならない。
 その思いだけが、アシルに対する複雑な感情に揺れ動くわたしを支えていた。

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