憎しみの檻
アシル編
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【3】
オレが兵士達を半死半生の目に遭わせたことは、フェルナン様の耳にもすぐに入った。
行き過ぎた警告だと形だけ嗜めた後、フェルナン様はにっこり笑ってよくやったと小声で囁いた。
「今回の件でレリアに近づく男はいなくなっただろう、手を出せば、アシルと戦うことになるんだから。良い牽制になったと思うよ。だが、お前はいいのか? 世間にレリアとの仲を誤解されてしまうぞ」
「今のところは特定の女はいないし、作る気もないから構いません。どちらかと言えば、迷惑なのは侍女殿の方でしょう。オレみたいな男と噂になって、怒ってないといいですけどね」
レリアが知れば、怒り狂うことだろう。
仇と憎む男が、いつの間にか公認の恋人になっているのだから。
「レリアはまだ知らないだろう。彼女はあまり人と交流をしないから、特に自分に関する噂は耳に入りにくいしね」
フェルナン様もその点は気になった様子だったが、黙っておこうということになった。
一度公認になってしまえば、噂にも上らなくなる。
この時はまだオレも、影から守るつもりだった。
「そうそう、今夜は私の屋敷で酒宴を開くことになっているのは覚えているな」
「ああ、結婚祝いのヤツですね。夕方に屋敷に行けばいいんですか?」
「うん、なるべく早く来てくれ。会場は食堂と広間を開放して充てるつもりだ」
近衛騎士の一人がネレシアとの戦の後、前々から婚約していた相手と結婚した。
その祝いをやろうと、フェルナン様が準備をしていたのだ。
酒宴にはエリーヌ王女とレリアも顔を出した。
酒の席ということで二人は挨拶だけして立ち去ったが、王女は子供らしい笑顔で新婚夫婦に祝いの言葉を述べ、周囲に和んだ空気を振りまいた。
レリアは形式的な祝辞を述べて、すぐに主君の後ろに下がり、部屋を出るまで影のように控えていた。
いつものことであり、あいつが無愛想な分は王女が十分埋めてくれたので、場が白けることがなかったのが幸いだ。
「エリーヌ様はかわいらしい方ですね」
二人が去った後、祝辞を捧げられた花嫁が、フェルナン様に話を振った。
「殿下は姫がかわいくて仕方がないようですな。どこに行くにもお誘いして連れまわしておいでだと聞きましたぞ」
「早く大きくなって欲しいでしょう。あれでは口づけ一つすらしても犯罪行為ですよ」
酒に酔った騎士達が、殿下に絡んで笑いあった。
フェルナン様は苦笑して頷いている。
オレは隅の方で酒を口に入れながら、それらのやり取りを聞いていた。
今まで意識したこともなかったのだが、フェルナン様と幼い姫君の仲が睦まじいことに羨ましさを感じた。
状況は似たようなものなのに、オレとレリアとは大違いだ。
子供だから、親兄弟の身に何が起きたのか、多くは知らないのかもしれない。
直接屍を見たか、見ないかの差異もある。
小さな姫には、憎しみや復讐よりも、目の前の不透明な将来への不安の方が大きいのだ。
すがりついているのが、父を殺めた男の手だと気づいた時、あの姫はどういった反応をするのか興味が湧いた。そして、フェルナン様がどう対応するのかも。
そこまで考えて、何も変わらないだろうと唐突に悟った。
きっと真実を知っても、理解しても、姫は殿下を憎まない。
そんな気がする。
フェルナン様の誠実さに触れているからこそ、彼女は理解する。
殿下が、彼女の父の死を本心から望んでいなかったことを。
誇りを賭けた死闘の末に、討ち取られたのだと納得するのだ。
同じようでいて、オレとは違う。
オレはドミニクに誇りある死を与えてやれなかった。
手傷を与えて、死の間際にヤツが抱える痛みを増やしただけだった。
レリアはオレを一生憎む。
そしてオレは憎まれても仕方のない人間だ。
今まではそれで良かったのに、釈然としない感情が胸に溜まり始めていた。
酒宴が終わっても飲み足りなかったオレは、一人で庭に出て酒を飲んでいた。
噴水の縁に腰掛けて足を組み、グラスを傾ける。
動く者の気配を感じ、庭に面した回廊を歩く人影を見つけた。
離れの浴場に向かう人影は、無造作に下ろした金の髪を揺らしている。
レリアだ。
こんな夜中に水浴びか?
レリアはオレの気配には気づいておらず、こちらを振り向くことなく通り過ぎて行った。
立ち上がり、後を追って歩き出した。
脱衣場に入ると、レリアのものと思われる衣服が着替えと一緒に置いてあった。
誰もこねぇとは思うが、無防備過ぎだろ。
現に、オレがここにいるしな。
浴室に続く扉の向こうでは、水の流れる音が微かに聞こえてくる。
姿は見えないが、気配はわかり、つい中の光景を想像してしまった。
酒が入っているせいか?
なんか、色々やべぇかも。
理性ではこの場を離れるべきだとわかっているのに、もしも他の男が来たらと考えると動けなくなった。
壁に寄りかかって立ち、突然湧き起こってきた思いがけない感情に困惑した。
オレは本気で女を愛したことはない。
性欲を解消したい時は、娼婦を買うか、遊びに誘ってくる女を相手にした。
当然、独占欲などなく、相手が普段何をしていようが、他の男と寝ていようが気にしたことはなかった。
それがどうだ。
レリアが他の男に触れられることを想像するだけで許せなくなったのだ。
あいつはオレの女でも、抱いたわけでもないのに、何だこの独占欲は。
他人が触れることを許せないと思うと同時に、あの体に触れてみたいと急激に欲求が膨れ上がった。
下半身が熱く反応し、欲望を滾らせる。
このまま突撃して行っても、玉砕間違いなしだというのに、オレはあの女を抱きたいと思っていた。
浴室の扉が開いた。
誰もいないと思っていたのか、レリアは裸で、どこも隠さず、余すことなく裸体を堪能できた。
白く瑞々しい肌に、均整の取れたしなやかな肢体。
胸の膨らみは標準以上の大きさを持ち、くびれた腰に、きゅっと締まった尻が描き出す曲線は、十分なほどの色気と美しさを持っていた。
レリアはオレに気づくと、慌てて胸と股間に手をやった。
今さら遅いっつーの。
レリアの裸体は、目を閉じても正確に像が結べるほどオレの脳裏に焼きついていた。
「あ、あなた、どうしてここに……」
レリアは狼狽していて、体を隠しながらじりじり後ずさっている。
この状況で男がいたら身の危険を感じても不思議はないか。
腹が立つほど無防備なこの女に、男に対する危機感を植え付けてやろうと悪戯心が浮かんだ。
「酔い覚ましに水浴びしようと思って来たんだが、ちょうど良かった。いいもん見つけた」
わざとシャツを脱ぎ捨てて、それらしいセリフを見繕って口にした。
ちょっと怖がらせて、首の付け根の目立つ位置にキスマークの一つぐらいつけてやる程度のつもりだった。
周囲に対する牽制も必要だったし、後で身の安全と引き換えだと言えば、レリアも渋々ながら承知するだろうと考えていた。
壁際に追い込み、両手で囲んで捕まえた。
レリアはすっかり怯えてしまって、震えながら立ち竦んでいる。
「な……、何をする気?」
声は震えていたが、レリアは気丈にも問いただしてきた。
気の強さはまだ健在だ。
オレは彼女の髪を掴み、鼻先を押し当てた。
香料をつけたのか、良い匂いがした。
「良い匂いだな。体も洗ったんなら準備はいいな」
レリアはますます怯えて、震えがひどくなった。
歯が重なる音まで聞こえて、怖がらせすぎたかと内心苦笑した。
いつも強気で肩肘張って生きているくせに、脆い部分も併せ持つ危なっかしい女だ。
仕える王女のために憎い仇のいる国にまでわざわざ乗り込んできて、そういう健気なところも好ましく思った。
ああ、何だそうか。
オレはこいつが好きになってたのか。
異常なほどの独占欲も、心の芯から求めるような情欲が湧いた理由も、納まるところを見つけたみたいに、すとんとはまり込んだ。
それから、どうにもならない壁の存在を思い出して、己を嘲笑った。
オレはこいつに憎まれてるんだ。
一生許されることはない。
近頃、レリアの瞳からオレに対する憎悪が薄れかかっていることに気づいていた。
戦の中で失った命のことだ。
折り合いをつけることもできないことはない。
だが、許すことはできないだろう。
オレを見るたびに、こいつは兄を失った悲しみを思い出す。
触れられることなんて、想像もしないだろう。
たとえオレが真摯に求愛したとしても、受け入れられる可能性は万に一つもない。
初めて欲しくなった女。
それなのに、永遠に手に入らない。
ならば、この瞳にオレだけを映していられるようにしよう。
手っ取り早く、レリアの心をオレに向ける方法が一つだけあった。
それが憎悪だ。
他の何者も目に入らないぐらいオレを憎め。
そのためにオレは、お前から全てを奪う。
悲鳴を上げて暴れるレリアを押さえつけて、体を堪能した。
滑らかな肌を撫で、口付ける。
キスマークを付けながら胸を揉み、尻を撫でた。
なおも抵抗をやめないレリアの手首をベルトで縛り、床の上に仰向けにして転がした。
「助けて、誰か……っ! んぅうっ!」
うるさい口を封じて、耳に囁きかける。
「さっきも言ったけどよ。狙ってるヤツは大勢いるんだ。このままだとお前、街の娼婦よりひどいことになるぜ。あっちは商売だが、お前が相手なら金はいらねぇ、好きなだけ抱いて面倒になれば簡単に捨てられる。世の中それほど優しくないぜ、王宮にも騎士団にもそんな輩がたくさんいる」
レリアの瞳が大きく開く。
不安定な自分の立場を自覚して驚くと同時に、不安に揺らいだのが表情から見て取れた。
「大勢の男と、オレ一人に抱かれるのとどっちがいい? オレを選ぶなら他のヤツからは守ってやる。その代わり、オレの気が向いた時に好きなだけ抱かせろ。何でも言うことを聞く奴隷になるんだ」
どっちも選ぶはずがないと思いながらも尋ねてみた。
それに答えがどうであれ、周囲の人間はもうオレの女だと認識している。
フリだけのはずが、本当にするだけの話だ。
レリアの瞳に怒りの炎が宿る。
口から手を離すと、レリアは息を吸い込んで、軽蔑しきった目でオレを睨みつけた。
「どっちもお断りよ。この国の男は最低ね。無力な女を犯すことしか頭にないの?」
レリアは悔し涙を浮かべながら吐き捨てた。
オレが流させた涙だと思うと、愛しくなって舐め取った。
苦しめているのに、罪悪感より高揚感の方が勝った。
レリアの憎悪が向けられていることをひしひしと感じるたびに、心が満たされていく。
おかしな話だ。
憎しみでも、レリアの心を占めているのがオレだと思うと嬉しいんだ。
その後は、愛撫で強制的に体を高めて処女を奪った。
初めて男の侵入を許したあいつの中は狭くて、心地良い締め付けでオレの欲望をさらに煽った。
無垢な体を最初に開いたのが自分であることに歓喜して、レリアを貫き、揺さぶった。
「い、いた……っ! いやああああっ」
悲鳴を上げて破瓜の痛みと強姦の恐怖に怯えているレリアには、快感を感じる余裕もないようだ。
涙をこぼして震えながら、オレが果てるのを待っている。
唇を重ね、恐らく口内を探れば噛まれるので舌は入れずに押し当てるだけに留めた。
快感が突き抜けて、精を吐き出そうと、下半身が高まっていく。
最後は外に出して、レリアの上で果てた。
精液が肌にかかり穢していく。
白濁で汚された肌には、オレがつけた赤い痕が点在している。
そして秘所には僅かだが血がついていた。
レリアの目は虚ろで、何も映していない。
途中で抗うことをやめ、意識を逸らすことで逃げようとしたんだろう。
抱き上げて浴室に運んだ。
抱えたまま水に浸かって、互いの情交の跡を洗い流す。
レリアはオレの肩に頭を預けて、何の反応もみせなかった。
体に触れてもぴくりとも動かない。
こんな状態で放っていくわけにもいかない。
服を着せて部屋に連れていった。
寝台の上に座らせても、ぼんやり宙を見ていたレリアだが、目の輝きは戻り始めていた。
「守ってやるのは本当だ。誰にも手は出させない、それだけは信じろ」
酷いことをした自覚はある。
これからすることも然りだ。
これでレリアはさらにオレを憎む。
兄を殺めただけでなく、己の純潔を奪い、未来を奪い去った男として。
憎悪を育て、最後にはオレを殺してしまえ。
それまでオレはお前を独占し、命を賭けて守る。
何をしても愛されないなら、オレは憎しみでお前を捕らえる。
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