憎しみの檻

アシル編

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 【4】

 ネレシアとの戦争終結から六年が過ぎた。
 フェルナン様とエリーヌ姫の仲は良好であったが、進展もなかった。

 体の関係はなくとも、フェルナン様の愛妻家ぶりは年を経るごとに磨きがかかっていた。
 遠征に出れば、奥方の喜ぶものをと現地や道中で土産を買い漁り、帰れば帰ったでどこに行くのにもべったりだ。
 レリアは当然いい顔をしていないが、主君がこれまた喜んでいるので、強く言えないジレンマを抱えている。

「これも可愛いな。エリーヌに似合いそうだ」

 名産品を売り買いする店の一つに入り、殿下が品定めしているのは女が身につけるアクセサリーだ。
 装身具はもちろん民芸品に小物など、次から次へと購入し、供についてきた従者の手には土産が山になって積まれている。

 今回の遠征は国境付近に出た賊の鎮圧。
 残党の捜索を目的に国境を越えて隣国まできたので、帰りに土産を買おうと殿下が言い出し、オレはその護衛でついてきた。
 先ほどから他の客や通行人からの視線が集中し、居心地が悪いこと、この上なかった。

「アシルは買わないのか? これなんか、レリアにプレゼントすれば喜ぶと思うよ」

 フェルナン様が真珠のネックレスを持って、オレに見せた。

 ……プレゼントねぇ。
 そんなもん贈っても、あっという間に引き千切られて捨てられそうだ。

 頭を掻いてため息をついたが、フェルナン様の手前、買わないわけにもいかなくなった。
  表向きは、オレとレリアは恋人同士ってことになってるし、情事を行うのはもっぱら屋敷の中なので、フリだけでないことは周囲の者にはバレていた。
 だが誰も、フェルナン様でさえ真実を知らない。

「オレ、こういうのあんまり得意じゃないんですよ。変なもん贈ったら嫌われるでしょうが」
「レリアに似合うと思うものを贈ればいいんだよ。真心は必ず伝わるさ」

 歯を見せて爽やかに笑う殿下は、さあさあとオレを促して店員の前に突き出した。
 渋々勧められた品を手に取る。
 赤や緑の宝石がついた装身具、ガラスの髪飾りなんてのもあった。

 あいつに似合うもの……。

 目に留まったのは、水色の石をアクセントに使った銀のアンクレットだった。
 磨かれたアクアマリンはレリアの瞳を思い出させる。
 それがあいつの白く細い足首を飾るところを想像して胸が躍った。
 喜ぶわけがないとわかっているのに、あいつのために物を選ぶことが楽しかった。




 遠征から戻ってすぐ、都合をつけてレリアに会いに、殿下の屋敷を訪れた。
 訪問には遅い時刻だったが、殿下の公認で出入りしているオレは、家人に見咎められることなく中に入れた。

 レリアは就寝前だったようで、部屋に押しかけると鏡台の前で髪を梳かしていたところだった。

「今何時だと思っているんです。もう寝るんだから帰って」

 レリアの対応はいつも通りの冷ややかなもので、鬱陶しげな目を向けられた。
 いつものことだし、オレは大して気にしない振りをして、土産にと購入したアンクレットを放り投げた。
 アンクレットを収めた箱は、包装紙とリボンで綺麗にラッピングしてある。
 レリアは条件反射でそれを受け止めて、困惑した顔でオレを見た。

「土産だ。お前にやる」

 そう言った途端、開封されないまま屑籠に放り込まれた。
 あー、やっぱりな。
 予想はしていたので、さほど落ち込みはしなかったが、露骨な拒絶を前にして言葉は出てこなかった。

「贈る相手を間違えたわね。あなたから物をもらうなんて冗談じゃない。どうせ、誰かのご機嫌取りに買った余り物なんでしょう? そんなものいらないわ」

 顎をそびやかして、むくれる顔を見て、首を傾げた。
 こいつ怒ってるのか?
 しかも、ついでのプレゼントだと思い込んで、臍を曲げている?
 オレのこと嫌いなはずなのに、妙な反応をされて戸惑った。

 女にご機嫌取りで贈り物なんて、初めてやったんだ。
 機嫌を取るほど執着している女なんて、お前ぐらいだと言ってやったらどうするんだろう?
 嫉妬心が滲み出ている不機嫌な顔が無性に可愛く思えて仕方がなかった。

「お前にやったもんだから、好きにしろ。それよか、今夜はここで寝るからよろしくな」
「な……、出て行ってよ! ……きゃっ!」

 余計なことは口にせずに、レリアを抱き上げてベッドに運んだ。

 ベッドに押し倒し、上の服を脱いで覆い被さった。
 手足を押さえ込み、肌蹴た胸元に唇を押し当てる。
 夜着を押し上げている胸の膨らみを布ごと掴み、指先を埋めて揉んだ。
 柔らかくて、でかい感触が心地いい。

 性欲解消のために、相変わらず他の女の世話にもなっているが、あれらは代用でしかない。
 本音を言うと、代用など必要ないぐらい毎日でもレリアを抱きたい。
 しかし、実行すると、レリアの精神まで壊してしまいかねない。
 今の頻度がギリギリのラインだった。

 どんな女を抱いても、レリアと比較してしまう。
 オレが心から満足できるのは、こいつを抱いた時だけだ。

「やっぱ、お前がいいや。そっちもオレがいなくて寂しかったんじゃねぇのか」

 足下まで覆うネグリジェの裾をたくし上げ、太腿を撫でた。
 下着で覆われた股間にも手を伸ばし、布越しに指で割れ目を擦った。

「さ、寂しくなんかない! やだ、触らないで!」

 赤い顔をしてオレの手から逃れようともがいているが、離してなんかやらない。
 夜着の前を開いて、乳房を剥き出しにする。
 吸い付いて、先の尖りを嬲りながら、指を秘所に潜り込ませた。

「やぁ……、んっ……、あぁん……」

 快楽に蕩けた顔で、それでもレリアは抵抗する。
 動くだけ手足をばたつかせ、体をずらそうとしてか揺すっている。

 オレは獲物を捕らえた残忍な獣のように、女の体を貪っていく。
 下着をむしりとり、曝け出した割れ目にむしゃぶりついた。
 舌で中を探り、溢れ出る愛液を舐める。

「な、舐めないでぇ……、んぁあ……」

 レリアは潤んだ目でオレを見つめ、逃れようと腰を揺らした。
 それがまた誘っているかのごとく扇情的で、横になったところを片足を持ち上げて広げ、猛り狂ったオレ自身を十分濡れた秘所に押し込んだ。

「あっ、ああぁーっ!」

 レリアの叫び声にも構わず、前後に動く。

「嫌ぁ、うぅ……、くぅ……っ!」

 レリアは目を閉じて歯をくいしばり、耐え始めた。
 オレが性感を刺激しても、感じることさえしたくないとばかりに、堪えてばかりいた。

 体勢を変えては貫き、最後には後ろから突き上げた。
 手足をついて這う姿勢になったレリアの腰を掴み、オレは絶頂を迎えようとしていた。
 外に出そうとしてやめた。
 このまま中で果ててやる。

 最初の強姦から、数え切れないほど抱いているのに、レリアは一度も孕んだことがなかった。
 娼婦や貴族の女達が使っている避妊薬を飲んでいるのだと、早いうちに気がついた。
 オレの子はいらないらしい。
 当然なんだけどよ。

 だが、オレは欲しいと思った。 
 中に出すのは、できてもいいと思ったからだ。
 レリアが子供を愛せないなら、その分オレが愛そう。
 愛せなくてもレリアなら、母親の役目を果たそうとするはずだ。そうなれば、結婚も迫れる。

 どこまでも腐った思考へと傾き、オレの魂は堕ちていく。
 もはや愛とも呼べない、醜い執着心。
 レリアを抱くたびに、その肉体に溺れて我を忘れかける。
 この女が欲しいから、他に望むものはないから、オレはどんな酷いことだってできる。




 夜明けがきて、目が覚めたオレは体を起こした。
 向こうを向いているレリアの背中は、金の髪で隠れていた。
 髪を掬い上げて背中に口付けると、肩がびくりと揺れた。
 どうやら起きているようだ。

「昨夜の土産はお前のために買ってきた物だ。ちゃんと似合う物、選んだつもりだぜ」

 髪から手を離して寝台から降りる。
 脱ぎ捨てた衣服を身に着け、部屋を出た。

 あんなことを言ったところで、アンクレットは捨てられる運命だろうとは思ったが、レリアのために買ったのだと伝えたことでオレは十分満足だった。




 オレとレリアの関係は、何も変わらないまま二年が過ぎた。
 オレ達に変化がない代わりに、主君夫妻には進展の兆しが見え始めた。
 フェルナン様は時々思い悩むような顔して唸っているし、エリーヌ姫も夫が側にいると、そわそわ落ち着きのない素振りをすることがあった。

「アシル、十六才とは大人だと思うか? ……その、夫婦として共に夜を過ごすのに支障がないかという意味なんだが……」

 そんな質問をオレに投げかけて、フェルナン様はため息をついた。
 オレがレリアを抱いたのは、今の姫と同じぐらいの年だ。
 殿下の悩みがあのことなら、別にもう遠慮する必要はないのだが。

「体が熟してりゃ、年は問題ないと思いますけどね。初潮が済んでるなら体の準備はできているはずだ」
「熟してって……。ああ、いや、結局はそういうことなんだが……」

 思春期のガキじゃあるまいし、二十六の男が何をためらっているんだ。
 フェルナン様は目を泳がせて言葉を探していた。

「そろそろ、いいんじゃないかと思っているんだ。エリーヌも私のことを好いてくれているとは思うし。レリアはあまり歓迎していないようだけど……」
「侍女殿の了解を得ようとしたら、死ぬまで無理ですよ。夫婦なんだから、夫の権利を行使すればいいんです。姫が同意したならそれで十分だ」

 オレの言葉に後押しされたのか、殿下の顔がホッと緩む。

「近いうちに、エリーヌに話してみるよ。心の準備もいるだろうしね。できるなら、レリアにも祝福して欲しいんだ。もうあれから八年も経つ、アシルとも交際しているようだし、少しは戦のわだかまりも解れたかと思ったのだが、まだ無理なのだろうか」
「オレだってまだ憎まれている。あいつが復讐を考えずに耐えているのは、大事な主君のためだ。自分の役目が終わるまで心を殺して生きている」

 仕えるべき主君が、故国の憎き仇であるはずの王子に惹かれていることに、レリアは気づいている。
 あいつを支えてきたものが、もうすぐ壊れる。
 壊れた瞬間が、この生活の終わりの時だ。

「アシル、何を言ってるんだ? レリアとお前は恋人なんだろう?」
「いいえ、違いますよ。あいつはオレを殺したいほど憎んでいる。兄を殺し、体を陵辱し続けた最低の男としてね」

 レリアを強姦し、無理やり抱いてきたことを打ち明けた。
 オレ達の間にある越えられない壁のことも。
 フェルナン様は怒りはしなかったが、呆れ顔でオレを非難した。

「バカだ、お前は」
「ええ、自覚はあります。さらにバカなことに、オレはあいつに殺されたがっているんです」

 終わりが見えてくるにつれて、その願いは強くなる。
 オレを殺すことで、あいつが解放されるならそれでいい。
 今のオレは忠誠を捧げた人のために戦って死ぬよりも、愛する女の手にかかって死ぬ方がいいとさえ思っていた。

「もしも、レリアがオレを殺したら、罪は問わないでネレシアへ帰してやってください。オレの最初で最後のお願いだ。今までの働きへの褒美としては安いもんでしょう?」
「アシル、私はお前の考え方は間違っていると思う。罪を自覚しているのなら、死ではなく生きて償うことを考えろ。お前が望む通りの結末を迎えても、レリアは救われない。彼女の手を血で汚して人の命を奪った罪を一生背負わせる気か?」
「レリアにはオレの命を奪う権利がある。罪だと思うことが間違っているんです」

 殿下の言うことは正論だ。
 オレは逃げているだけだ。
 だが、生きて償う方法がわからない。
 オレの頭が思いつくのは、オレがあいつの前から消えること。
 そして、憎しみの全てをこの体にぶつけさせることだけだった。




 最後の夜は唐突に訪れた。
 部屋を訪れたオレにレリアが微笑んだ。
 嫌悪も憎悪も伴わない、穏やかで優しい微笑みを向けられて、驚きで一瞬思考が止まった。

「あなたを待っていたのよ。さあ、抱いて」

 自ら服を脱ぎ、レリアは一糸纏わぬ肢体を露わにした。
 動かないオレに抱きついて、魅惑的な瞳で見上げてくる。

「抱いてもいいって言ってるの。たまにはわたしも楽しみたくなったのよ」

 最後なんだと、オレは悟った。
 レリアは覚悟を決めたんだ。
 復讐を果たすために、オレを油断させようと誘ってきたというところだな。

 この場で刺されても抵抗する気はなかったが、それならそれで冥土の土産にさせてもらう。
 唇を重ねて、舌を絡めた。
 腰を抱き寄せ、濃厚なキスを堪能する。

 尻を撫で回しながら秘所に指を伸ばした。
 オレとの間で潰れている豊かな胸の感触が欲望を煽る。

「んっ……、あ……」

 気持ち良さそうに息を吐くレリアは、恍惚とオレの愛撫に身を委ねた。
 初めて見る表情に嬉しくなってくる。
 もっともっと悦ばせたくて、ベッドの上にレリアの体を横たえた。

「触って欲しいとこあったら言えよ。今夜のオレは機嫌がいい。足の指でも舐めてやるよ」
「ふぁ……、ああんっ……、アシルの好きなところ触って……。どんな恥ずかしいことしてもいいから……」

 従順とも少し違う、素直なレリア。
 演技だろうに、愛されているのだと錯覚しそうになる。
 これは夢だ。
 オレに都合のいい夢。
 つかの間だけ、恋人気分でいるのも悪くない。
 夢から覚めた時、どれほど残酷な現実が待っていたとしても悔いはない。




 レリアはオレを激しく求め、オレも我を忘れて抱き合った。

「ああっ、アシル……、アシルぅ!」

 名前を呼ばれるたびに、愛しさが募る。
 狂ったようにオレの下で乱れる彼女に囁いた。

「レリア……」

 愛している。
 気づくのが遅すぎて罪を重ねすぎたオレには、この言葉を口にする資格はないけれど、この気持ちだけは嘘じゃないんだ。

 レリアの中で何度も達した。
 体に絡みつく愛しい女の四肢。
 離すまいと強くしがみついてくる体を愛でて、突き上げる。
 体の隅々まで舐めしゃぶり、繋がり、一つになった。
 精力が尽きるまで、オレはレリアを抱き続けた。




 眠りが浅くなり、傍で強烈な殺気を感じた。
 レリアのものだとすぐにわかったので放っておいた。
 寝返りを打つフリをして仰向けになり、胸を晒す。
 あいつが突き刺す場所を間違えないように。

 しばらくしてなぜか殺気が消えた。
 唇にキスの感触がして、すぐに離れていく。

 何をやっているんだ?

 様子がおかしいと薄目を開けたと同時に、血の匂いが鼻を掠めた。
 ぼやけた視界が像を結ぶ。
 胸から血を流したレリアが目に入り、飛び起きていた。

「レリア!」

 意識朦朧として視線を彷徨わせていたレリアだが、オレの方を向いて微笑んだ。
 手を伸ばして駆け寄る間にも、口が何か呟くように動いている。
 抱きとめた時には、レリアの意識はなくなっていた。
 滲み出た血が白い夜着に広がっていく。

 なぜオレを刺さなかった。
 どうして自分の命を奪うんだ。

 消えようとする命を前にして、夢中で動いていた。
 廊下に出て、大声で屋敷中の人間を呼び集め、部屋に戻って止血の応急処置をした。
 血を止めようと必死になっている内に、周囲が次第に騒がしくなってくる。

「ああ、レリア! どうしてこんなことに!」
「落ち着くんだエリーヌ! すぐに医者がくる。応急処置が済んだら 客間を整えてレリアを運べ!」

 オレが止血をしている間に、フェルナン様が指示を出して治療の用意を整えてくれた。
 動転しているエリーヌ姫の声も聞こえる。

 死なないでくれ。
 誰もお前の死なんて望んでいない。
 助かったら、お前の望む形でどんな罰でも受ける。
 だから頼む。
 オレを置いて逝かないでくれ。

 レリアの手を握り締め、オレはひたすら祈り続けた。

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