束縛

03.どこがいい?

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 翌日の昼休みに教室でお弁当を食べていたら、穂高先輩がやってきた。

「桜沢さん。この間の委員会のことなんだけど、君に確認してもらいたいことがあるから、生徒会室まで一緒にきてくれる?」

 それは口実だ。
 委員会絡みで、わたしが確認しなければならないようなものはない。
 本当の用事は昨日のメールの返信についてだろう。

 穂高先輩と一緒に生徒会室に行った。
 他には誰もいなくて、二人っきり。
 緊張したけど、深呼吸をして中に入った。
 戸を閉めて、先輩は話を切り出した。

「さっそくだけど、このメールについて聞きたいな。昨日、お友達から始めようって言ったのに、もう結論出しちゃうの?」

 穂高先輩は携帯を取り出し、目的の画面を呼び出してわたしに見せた。
 携帯の画面には、昨日の夜にわたしが送ったメールが表示されていた。
 眼鏡の奥に見える先輩の瞳は穏やかな色を湛えていたけど、下手な言い訳は許さないという強い意思も見え隠れしていた。冬樹くんのことを言わないで済むようにするには、どう答えればいいんだろう。

「言っとくけど、嘘をついてもすぐにわかるよ。オレ、そういう駆け引き得意なんだ」

 先輩の言葉に追い詰められる。
 本当のことを言って嘘だと責められるか、経験があることを打ち明けて軽蔑されるか。わたしの頭では、結局最悪な結果しか導き出せなかった。
 覚悟を決めよう。

「わたし、初めてじゃないんです」

 冬樹くんの名前は出さないことに決めた。
 嘘つき扱いされるより、尻軽な女だと軽蔑された方がマシだと思った。

「前に好きだった人に、たくさん抱かれました。こんなわたしは先輩のイメージと違うでしょう? だから、最初から付き合わない方がいいんです」

 一息に言い切って、俯いた。
 先輩の顔が見られない。
 昨夜だって、抱かれている。
 わたしはすでに、先輩の優しい気持ちを踏みにじってる。
 好意をもたれるような、綺麗な存在じゃないんだ。

「さ…よう…なら」

 声がかすれて引っかかった。
 足を後ろに引く。
 顔を上げたら、先輩が目の前に立っていた。
 頭を手で引き寄せられ、顔が先輩の胸に押し当てられて、抱きしめられているのだと理解した。

「だから何? 処女じゃないから嫌われるって思ったの?」

 穂高先輩は怒っているような強い口調で言った。
 わたしはびくっと震えて、彼の腕の中で縮こまってしまった。

「そんなに度量の狭い男に見えたわけ? 惚れた子に経験があると知ったぐらいで尻込みするほど薄っぺらい気持ちで告白したと、君はそう思ったわけだね」

 畳み掛けるような追求に、わたしは首を横に振っていた。
 違うの、そうじゃないの。
 うまく言えないけど、悪いのはわたしで、先輩じゃない。

「好きだからしたことだろう? 真剣な気持ちで相手に抱かれたんなら、オレは経験があっても気にしない」

 先輩はわたしを信じてくれるんだろうか。
 わたしを抱いても、好きでいてくれる?
 それとも冬樹くんみたいに、欲望を満たすためだけに、体さえあればどうでもよくなっちゃう?

「先輩、わたし怖いの……。裏切られるの、もう嫌なの」

 涙が溢れてきて、嗚咽をもらしたわたしの背中を、先輩は優しく撫でてくれた。
 先輩にしがみついて、つらかった気持ちを吐き出した。

 すがりついた体は温かかった。
 だけど、違う。
 わたしが欲しい温もりとは違う。
 他の人のものだとわかっていても、わたしが欲しいのはただ一人の人の温もりだった。
 裏切られても、どんなにひどいことをされても、嫌いになんかなれない。
 生まれた時から二人で重ねてきた思い出は、簡単に忘れ去れるものじゃない。
 冬樹くん、どうして?
 昔はちゃんとわたしを見てくれてたはずなのに、あなたにとってわたしとの思い出は、簡単に忘れてしまえるようなものだったの?

 ぐらぐら揺れる心を支えてくれたのは穂高先輩で、冬樹くんじゃない。
 それでも、わたしは冬樹くんが好きだった。

「先輩、ごめんなさい。それでもわたしは彼が好き。愛されてないことを知ってても、忘れられないの」

 先輩の好意に嘘をついてはいけない。
 だから、正直に自分の気持ちを言った。

「そうか、それなら待つよ。君がそいつのことを忘れるまで友達でいよう。つらくなったらオレの所においで。慰める役ぐらいさせて欲しいな」

 どうしてここまで優しくなれるの?
 抱きしめてくれる穂高先輩の腕は、わたしにはもったいないぐらいの思いやりで溢れていた。
 人気のない生徒会室で、わたしが泣き止むまで先輩は抱いててくれた。




 日曜日が来て、憂鬱な気分で起きだしたわたしは、出かける支度をしていた。
 クローゼットを開けて、よそ行き用に買っていた服を取り出す。
 白いブラウスと膝丈のフレアスカート、上には薄いオレンジのカーディガンを着る。
 全部バーゲンで買ったブランド品だ。
 それなりに良い品のはずなんだけど、わたしが着ると野暮ったく見える。
 海藤先輩なら同じ服でもおしゃれに着こなせるんだろうな。
 冬樹くん、どうして誘ってくれたんだろう。
 連れて歩くなら、先輩の方が自慢できるのに……。

 比べるまでもなく、劣っていることがわかっているのにやってしまう。
 いつからこんなに卑屈になったんだろう。
 一年前のわたしなら、人と自分は別ってきっぱり言えたはずだ。
 思い返せば、何の取り柄もないわたしにとって、冬樹くんに愛されているってことだけが自信の源だった。
 バカだな、わたし。
 それじゃ、体だけって思われても仕方ないじゃない。
 何か好かれる要素が一つでもあれば、大事にしてもらえたんだろうか。
 わたしにも夢中になれるもの見つけられるかな?
 今からでも探してみよう。
 見つけられたら、何かが変わるような気がする。

「春香、冬樹くんが迎えに来てくれたわよ」

 お母さんの呼び声に、バッグを持って部屋を出る。
 今日のことは不安だけど、楽しめるなら楽しもう。
 大好きな冬樹くんと、久しぶりに出かけられるんだから。




 冬樹くんは外で待っていた。
 茶系統のシャツとジーンズというラフな格好だったけど、雑誌に載ってるモデルの人みたいに決まっていた。相変わらず、何を着てもカッコいい。
 つり合ってないことがわかっているから、隣に立つのをためらってしまう。

「どこ行くの?」
「電車に乗るから、駅に行こう」

 冬樹くんがわたしの手を握った。
 いきなりで、体が固まる。
 引っ張られながら、駅に向かって歩いていく。
 今は人目がないからいいけど、誰かに見られたらどうしよう。
 冬樹くんはいいのかな?
 握られた手から伝わる体温に、心臓がドキドキしてきた。
 もう何年ぐらい手を繋いでいないんだろう。
 こうして歩くのって、すごく懐かしい。




 電車に乗って一駅で降りた。
 うちの近所は住宅街だけど、一駅乗ると商業施設がたくさんある大きな街に出られる。
 駅前のデパートを始め、映画館にゲームセンターを備えた遊技場、大型書店、ちょっと行けば小さな遊園地や公園もある。
 今は友達とか、お母さんとしか来なくなったけど、子供の頃は冬樹くんともよく来てた。

 冬樹くんはわたしの手を引いて、デパートに入った。
 エレベーターで真っ直ぐ屋上を目指す。
 屋上には幼児が遊べる遊具が置いてあって、日曜日だけに親子連れで賑わっていた。

「何なの? もうこんな所で遊ぶ年じゃないでしょ?」

 不思議がって問うと、冬樹くんはこっちを見て微笑んだ。
 わたしを犯す時と違う。
 昔の冬樹くんの笑顔だった。

「母さん達が買い物してる間、ここでよく遊んでたよな。一回、バーゲンに熱中してて迎えがすっごく遅くなって、春香が『お母さんがいない』って泣きだして、あの時は困ったな」
「覚えてないよ、そんなの。泣いたのだって、多分幼稚園ぐらいの時でしょう? 時効よ、時効!」

 昔に泣いた話って、恥ずかしい。
 冬樹くんはあまり泣かない子だったけど、その分わたしはよく泣いていた。
 親戚とかが集まって思い出話になると、すぐに春ちゃんはよく泣いて、とか言われて嫌なんだから。

「オレも心細かったけど、春香を守らなきゃって思ってたから泣かなかった。お前、泣いてる間はオレの手ずっと握ってたんだぜ。『ふゆきくん、いなくならないでね』って何べんも繰り返してさ、かわいかったな」
「やめてよ、恥ずかしいってば!」

 どうしてそんな思い出話をするの?
 すっかり前の雰囲気に戻ってる。
 わたしが裏切られる前みたいに、二人でしゃべってる。
 悪い夢でも見てたみたいに、何もかも元通りになっていた。




 冬樹くんは、わたしたちの思い出の場所をまわって行った。
 初めて子供だけで行った映画館。
 はぐれちゃダメだからって、ずっと手をつないでた。
 一緒に走り回った大きな公園。
 かくれんぼしたな。
 どこに隠れても、わたしはすぐに見つかって、ずるいって理不尽に怒って冬樹くんを困らせてた。
 遊園地に最後に一緒に来たのは、小学校の高学年だったかな。
 二人だけで観覧車に乗ろうって誘われて、互いの両親を下で待たせて一緒に乗った。
 好きだってことを確認し合って、頂上でキスをした。
 どこもかしこも幸せな思い出だらけ。
 冬樹くんは忘れてなかった。
 それが何よりも嬉しかった。

「観覧車に乗るか?」

 誘われて、頷いていた。
 自然に腕を絡めて、仲のいいカップルみたいに寄り添って、観覧車に乗り込んだ。

 乗ってすぐに、冬樹くんの手がわたしの胸に伸びてきて、軽く揉まれた。
 スカートもめくられて、ショーツの布ごしに割れ目を指で撫でられる。
 こんな所で、何を考えてるのよ。

「触って欲しいのはどっち?」

 どっちも中途半端に触っておいて、そんなことを聞く。
 もう、人がせっかく思い出に浸ってたのに!

「どっちも嫌! すぐ地上に着くんだから、こんなところじゃできないよ」

 ぷんぷん怒って頬を膨らませたら、冬樹くんはそっかと笑って両手でわたしの頬を挟んだ。
 正面を向かせられて、真っ直ぐ見つめられた。

「もうすぐ頂上に着く」

 冬樹くんは静かに言うと、唇を重ねた。
 頂上でのキスは、昔と同じ感触がした。




 心が燃えると体に火がついて止まらなくなり、どちらが誘ったわけでもないのに、ラブホテルに入ってしまった。
 もちろん、こんなところに入るのは初めてだ。
 冬樹くんも優等生なのに、バレたら怒られるだけじゃすまないよ。
 そう思いながら彼についてきたわたしもどうかって感じなんだけどね。

「体洗ってやるから、一緒に入ろう」

 冬樹くんに従って、部屋に備え付けの浴室に向かう。
 彼の前で服を脱ぎ始める。
 冬樹くんも脱いで、先に裸になってしまった。
 待ってる間は、バスタオルぐらい腰に巻いてよね。目のやり場に困るじゃない。
 最近は押し倒されて裸に剥かれてばっかりだったから、久しぶりの落ち着いた雰囲気に、かえって緊張した。
 冬樹くんの体をしっかり見たのも半年振りだ。
 陸上で鍛えた体は、貧弱なところなんか少しもなく、肌は適度に焼けて、筋肉が綺麗についている。
 わたしの体はどうだろう。
 大して運動してないから、最近お腹が出てきたかも。
 見せるの恥ずかしい。
 考えごとをしていたら手が止まってしまって、冬樹くんに手を掴まれて我に返った。

「嫌か?」

 いつもはブラウスを引き裂く勢いで強引に脱がせるのに、今日の冬樹くんはちゃんと気遣ってくれた。

「そうじゃないけど、お腹出てるかもって思ったら恥ずかしくなった」

 わたしがそう言ったら、冬樹くんは意外そうな顔をして「そんなことか」って表情を和らげた。

「心配しなくても出てない。毎日見てるオレが言うんだから安心しろ。春香の体は綺麗だよ」

 わたしの服を脱がしながら、冬樹くんがキスしてきた。
 甘い口付けに体が蕩けそう。
 下着まで床に落として裸になると、彼と一緒に浴室に入った。

 立ったまま、泡で全身をくまなく洗われた。
 秘所も念入りに指で触れられ、たまらなくなって喘ぎに似た声がこぼれた。
 わたしも彼の肌に触れる。
 股間のものが硬くなってきているのがわかる。
 冬樹くんは興奮で上気した顔で、わたしを見下ろした。

「春香の胸でイキたい、アレやってみて」

 請われて彼の前に膝を着いて、反応しかけている分身を泡だらけの胸で挟み込んだ。
 胸のカップがDまで大きくなった時、初めてこうしてしてあげた。
 冬樹くんはわたしの胸を触るのが好きだったから、すごく喜んでくれた。
 あれ? でも、犯されるようになってからは一度もしてないな。
 気持ちいいなら、無理にしてもおかしくないのに、どうしてだろう。

 疑問が頭に湧いてきたけど、すぐにどうでもよくなった。
 今は彼を喜ばせたい。
 胸の谷間のものを大事に優しく擦り合わせながら、彼が満足してくれるまで、わたしは奉仕に没頭した。




 一度の射精では終わらずに、冬樹くんはすぐにわたしの体を求めてきた。
 場所をベッドの上に移し、裸で重なり、互いに触れ合った。

 冬樹くんが性感を執拗に責めてきて、翻弄されて喘ぎまくる。
 それなのに肝心なところには触ってくれない。
 胸は先端を避けるように舐めて、下の入り口は割れ目を指の腹で撫でるばかりで少しも入れてくれない。
 すでに秘所は、蜜が溢れるほどになっていた。

「やぁ……じらしちゃ嫌ぁ……」

 腰を浮かしてねだってみたけど、冬樹くんは知らん顔。
 どこがいい? なんて意地悪なことを、わざと聞いてくる。

「……し、下がいいの……指じゃなくて……ふ、冬樹くんのを、わたしの中に入れて……」

 本能には逆らえなくて、お願いしてた。
 冬樹くんは「わかった」って言って、一度起き上がって避妊具をつけた。

「久しぶりに聞けた春香のお願いだからな、たっぷりかわいがってやる」

 正常位から彼を迎えて、激しく求め合う。
 冬樹くんは何度も春香って呼んでくれて、キスしてくれた。
 昔のわたしだけの冬樹くんだ。

「あぁ…ん……冬樹くん……好きぃ。……ぁ…離さないでぇ…」

 逞しい冬樹くんの体に、夢中でしがみつく。
 腰も動きに合わせて、自分から振った。
 冬樹くんが体を屈めて、揺れ動くわたしの胸の先っぽをぺろんと舐めた。
 それだけで、電流が走ったみたいに痺れて大きく仰け反った。

「離すもんか。春香、オレにはお前だけだ。お前がいいんだよ」

 冬樹くんが何か言ってるけど、意識がぼおっとして聞き取れない。
 腰の動きが早くなる。
 冬樹くんもイッちゃうんだ。
 わたしも、わたしもダメ……。

「あっ、ああ……、あああああっ!」
「ぅくっ!」

 わたしの絶頂に達した甲高い声と、冬樹くんの低い呻めき声が重なった。
 ふっと力が抜けて、ベッドに体が沈みこむ。
 一緒にイッちゃった。
 冬樹くんのものが秘所から抜かれて、心細くて寂しくなる。

「ふ、冬樹くん……」

 手を伸ばしたら、抱きしめてくれた。
 広い胸の中には、慣れ親しんできた匂いと温かみがあった。
 ずっと、こうして欲しかったんだよ。
 今だけは、わたしの冬樹くんでいて。
 夢を見させて。
 つらい現実のことを何もかも忘れて、わたしは目の前の幸せに夢中ですがりついていた。

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