束縛

06.目をつぶると余計に

NEXT BACK INDEX

 あれから何日か経ったけど、先輩達に因縁をつけられることもなく、わたしの周囲は静かなものだった。
 冬樹くんとの勉強会も、前みたいな楽しい時間になって、不安定だった心も少し落ち着いた。
 だけど、全てのことを教えてもらったわけじゃない。
 相変わらず、校内での冬樹くんの恋人は海藤先輩だったし、二人ともそんな風に振舞っていた。
 海藤先輩が、自信があるなら奪えと言ったことが広まったらしく、冬樹くんに告白する人が何人も現れるようになった。
 でも、みんな「彼女しか目に入らない」という理由で玉砕している。海藤先輩が相手なら仕方ないと、校内で交わされる会話を何度も聞いた。
 勉強会の時、冬樹くんがお前だけだってしっかり言ってくれるから、わたしは何とか耐えていた。




 その日、日直だったわたしは、帰り際に日誌を届けに職員室に行った。
 職員室から昇降口へ移動するために、人気のない裏庭を通りかかって後悔した。
 本日何人目の挑戦者かはわからないけど、冬樹くんが告白されている現場に遭遇してしまったのだ。
 告白しているのは、小柄で細い、かわいい感じの子だ。

「雪城先輩! わ、わたしとお付き合いしてください! 陸上部に入ったのも先輩に憧れて、少しでも近くにいたかったからなんです!」

 冬樹くんを先輩と呼んでいるから、わたしの同級生だろう。陸上部の人みたい。

「ありがとう、気持ちは嬉しいけど応えられない。オレは彼女一筋だから」

 冬樹くんはためらうことなく、そう答えた。

「わかりました。海藤先輩には勝てないってわかっていたけど、あの噂を聞いて、もしかしたらって希望が湧いて告白しただけなんです。本当に雪城先輩と海藤先輩は仲がいいですもんね。これで諦めがつきました。これからは今までみたいに憧れているだけにします」

 女の子が立ち去り、わたしは冬樹くんに見つかる前に、その場から逃げ出した。
 冬樹くんは否定しなかった。
 人に紹介する彼女は海藤先輩で、わたしじゃない。
 それでも、好きなのはわたしだけだって言う。
 信じたいよ。
 でも、やっぱり心は不安で揺れている。
 気がついたら、生徒会室の前にいた。




 生徒会長だからって、いつもいるわけじゃない。
 中には人の気配はなかった。
 それでもわたしは、引き戸の前に立っていた。
 穂高先輩とは、屋上での告白を聞いてから、一度も会っていない。
 理由も浮かばず、ただ会いたいと思った。

「春香ちゃん」

 廊下の向こうから、声をかけられた。
 穂高先輩が、たくさんの紙束を抱えてこっちに歩いてくる。

「悪いけど、戸を開けてくれる? 手が塞がってるんだ」

 わたしは頷いて、生徒会室の引き戸を開けた。
 やっぱり誰もいない。
 中に入ると、先輩は抱えていた紙束を事務机の上に置いた。

「まいったよ、文化祭に関するアンケートの集計やらなきゃいけないのに、どいつもこいつも部活だ塾だって逃げやがって、オレだって忙しいのにさ」

 口では文句を言いながらも、穂高先輩は笑っていた。
 雑用を押し付けられても、嫌な顔しないできっちり仕事をこなしていく。
 だから信頼されてるんだ。
 生徒会長をしている時の先輩は、生き生きしてて眩しく感じる。

「手伝いましょうか?」

 自然に申し出ていた。
 二人っきりになることを意味するのに、大変そうだからお手伝いしたいと、深く考えずに言っていた。

「ありがとう、助かるよ」

 穂高先輩が嬉しそうに微笑んだ。
 笑顔が見られて、なぜかホッとした。




 わたしと先輩は、黙々とアンケートの集計作業を始めた。
 先輩がパソコンに回答を打ち込んで、わたしはアンケート用紙の整理をする。
 打ち込みが終わったものから紐で綴っていく。
 昔は全部手作業で大変だったらしいけど、今は楽だ。
 先輩も一人でできると考えたから、人を呼ばずにしようとしていたのかな。

「春香ちゃん、休憩しよう」

 キーボードを打つ手を止めて、先輩が顔をこっちに向けた。
 眼鏡を外して、こめかみを押す仕草をする。
 眼鏡を掛けなおした先輩は、立ち上がって出入り口に向かった。

「付き合ってくれてるお礼に、飲み物奢ってあげる。一緒においで」

 手招きされてついていく。
 購買の自販機で、わたしは紙パックの牛乳を買ってもらった。
 ダイエットしてるから、ジュース類は敬遠している。
 穂高先輩は緑茶を買っていた。
 甘いジュースよりは、お茶が好きなんだって。
 そういえば、わたしは先輩のことを何も知らない。
 先輩だって同じ。
 ちゃんと話したこともないのに、いきなりあんなことしたのって、良く考えると、とんでもないことなんじゃないのかな。

 生徒会室に戻って、座って牛乳を飲んだ。
 何を話せばいいのかわからなくて、気まずくて場が持たない。
 牛乳を噛み砕くように、ゆっくり飲んでいった。

「春香ちゃん、何かつらいことあった?」

 飲み終わった緑茶のパックをゴミ箱に入れて、穂高先輩が話しかけてきた。
 無意識に来てしまったけど、わたしは何しに来たんだろう。
 穂高先輩に慰めて欲しかった?
 冬樹くんを信じるって決めたくせに、先輩にすがろうとしてたなんて最低だ。

「何でもないです。たまたま通りかかって、先輩が一人で大変そうに見えたから、お手伝いしようかと思っただけ」

 牛乳がなくなった。
 間をごまかす道具がもうない。

「理由は何でもいいよ。避けられるかと思ってたぐらいだから、こうして話してくれてるだけで、オレは嬉しい」

 先輩がわたしを見る目が熱い。
 冬樹くんが愛してくれる時と、同じ雰囲気がした。
 このまま二人だけでいたら、取り返しのつかないことになりそうな気がした。

「先輩、わたし帰ります。牛乳ごちそうさまでした」

 椅子から立ち上がって鞄を持ったら、横から先輩の腕が伸びてきて抱き寄せられた。
 びっくりして離れようとしたら、先輩の腕の力が強くなった。

「逃げずに、オレを見て」

 声に従い、顔を上げた。
 穂高先輩の瞳は優しくて、それでいて切ない気持ちにさせられた。
 わたしがさせているんだ。
 何も話さずに、逃げちゃいけない。

「わたしね。先輩に抱かれた時、いっぱい愛してくれたのに、心が受け入れられなくて苦しくなった。つらいから逃げ込んだだけだったんだよ。抱かれるなら、先輩のことを好きになってからにするべきだった」

 一生懸命、自分の気持ちを伝えようと口を動かした。
 先輩のことを傷つけるだけかもしれない。
 それでも取り繕った言葉で、ごまかしたくなかった。

 先輩がわたしの頭に唇を寄せた。
 吐息を間近で感じた。
 犯されるとか、怖いとかは思わなかった。
 穂高先輩は、とても落ち着いていたからだ。

「利用してもいいって、オレは言ったよ。春香ちゃんが救いを求めて抱かれたことぐらいわかってる。それでも、このままオレのものになってくれるんじゃないか、オレのこと見てくれるんじゃないかって期待は持ってた。あの時、雪城が来なかったら、きっと今頃はそうなってただろうね」

 腕が緩んだ。
 先輩はわたしから離れて、一歩後ろに下がった。

「オレは君の不安が消えるまで待っている。もう一度心からの笑顔を見せてくれるなら、隣にいるのが雪城でも構わない。オレは春香ちゃんの幸せいっぱいの笑顔に惚れたから、失ったままじゃ嫌なんだ。君が笑ってくれないなら、オレは諦めることも進むこともできない。過去に縛られたまま、永遠に君を想い続ける」

 改めて、先輩の想いの深さを知った。
 大事にしたいって言ってくれた気持ちは本当だった。
 先に出会ったのが穂高先輩だったのなら、わたし達は恋に落ちていたかもしれない。
 先輩の気持ちが嬉しくて、苦しい。
 緩みっぱなしの涙腺が、ぼたぼたみっともなく涙の洪水を起こしてくれた。

「泣かないで。笑って欲しいって言っただろ?」

 先輩はハンカチを出して、わたしの目元に押し当てた。

「オレは幸せだよ。春香ちゃんに気持ちを知ってもらえたし、思い出もできた。確かに、あの瞬間だけは君はオレのものだった。君への想いを吹っ切るのは、雪城が本当のことを打ち明けて、春香ちゃんに昔の笑顔が戻ってからにする。それまでは、いつでも横から攫う気があるからね」

 わたしは先輩の手を取っていた。
 泣きはらした顔で、笑顔を作った。
 わたしが先輩の気持ちに報いるためにできることは、これだけだとわかったから。

「ありがとう、穂高先輩。わたしは冬樹くんを信じます。もう泣いたりしない。気持ちは受け入れることができないけど、わたしは先輩が好きです」

 穂高先輩はわたしが取った手の上に、もう片方の手を添えた。

「意味が違うってわかってても、君の口からその言葉が聞けて嬉しいよ」

 優しい声で囁いて、先輩は手を離した。
 残った温もりは、心を癒すみたいに肌に馴染んで消えていった。

「残りの集計は明日やるからいいよ、日が暮れる前に帰るといい。暗くなると前みたいに巧みに誘って、襲っちゃうかもしれないからさ」

 明るく茶化して、穂高先輩はわたしを戸口の方向へ向かわせ、背中を押した。
 わたしの涙も乾いていた。
 気合を入れて、とびっきりの笑顔を浮かべて振り返る。

「秋斗先輩、さようなら! また明日!」

 元気に声を上げたら、先輩は下の名前を呼ばれてびっくりしていた。
 でも、驚きはすぐに引っ込んで、笑って手を振ってくれた。
 戸を開けて、廊下に出る。
 先輩につらい気持ちが少しもないなんて思っていない。
 それでも先輩は、幸せだって言って笑った。
 だから、わたしも笑う。
 それであなたの好意に少しでも応えられるというのなら、わたしはいつも笑顔でいます。




 冬樹くんと二人っきりの時間。
 今日は向かい合って繋がっている。
 座っている冬樹くんの上に乗って、抱き合って濃厚なキスを交わす。
 キスがいっぱいできるから、この体位は好きだ。

「今日の放課後、穂高と一緒だったろ?」

 不機嫌そうな冬樹くん。
 見られてたのか。
 購買に行った時かな?

「うん、先輩一人だったから、生徒会の仕事のお手伝いしてたの。それだけだよ」

 後ろめたいことは何もしてない。
 わたしはヤキモチを焼いている冬樹くんのご機嫌をとろうと、頬にちゅっとキスをした。

「春香は無防備過ぎなんだ。穂高はまだ諦めてないんだから、不用意に二人っきりになるなよ」

 冬樹くんはしつこく注意をして、体位を変えて後ろから入れてきた。
 何気なく前を見ると、立てかけてある姿見に気づいた。
 背後から貫かれ、裸で喘いでいる自分が鏡に映っててびっくりした。

「ちょ、ちょっと冬樹くん! 場所ずれて! 鏡に映ってる!」

 冬樹くんは前を見て、ニヤリと笑った。
 何か企んでるような意地悪な顔。
 嫌な予感がする。

「オレはこういうの興奮するなぁ。恥ずかしかったら目を瞑ればいいだろ」

 も、もう!
 冬樹くんてば、わたしが恥ずかしがっているのを見て楽しんでる。
 仕方なく目をつむった。
 だけど、そうしたら、どこに触られるかわからなくなって、肌の感覚が鋭くなった。
 胸の膨らみを揉まれて、脇に指を滑らされ、背中に口付けられた。
 冬樹くんの手が、次はどこに来るのかわからなくて、いちいち敏感に反応してしまう。
 彼を受け入れている部分がきゅうっと締まって、後ろから熱い息が吹きかけられた。

「春香、すごくいいよ。もうじき、オレもイキそう」

 冬樹くんは気持ち良さそうな声で、わたしに囁いた。
 わたしはといえば、感じすぎて囁きを聞いているどころじゃなかった。
 たまらなくなって目を開けたら、正面には鏡。
 恥ずかしさで余計に興奮して、また冬樹君の分身を締め付けるの繰り返し。

「冬樹くん、やめてよ、ベッドに行こうよぉ。ここじゃおかしくなっちゃうよぉ」
「ここがいい。それに、そんな余裕はない」

 お願いしたのに、冬樹くんは拒否して激しく腰を使ってきた。
 終わりが近いんだ。
 もうちょっとだけ我慢すればいいの?
 うう、今度から姿見は壁に向けとこう。

「春香、お前はオレのものだ。他の男になんか絶対渡さないからな」

 冬樹くんは息も絶え絶えになりながら、わたしに念を押した。
 意外に嫉妬深い。
 秋斗先輩には一度抱かれているから、仕方ないのかもしれないけど、自分の方はどうなのよ。
 理由があるのかもしれないけど、わたしだって不安で心が千切れそうなんだからね。

 互いに上り詰めてきて、会話をする余裕が消える。
 階下に聞こえちゃマズいから押さえ気味に声を漏らして一緒に動いた。
 ついに訪れた冬樹くんの射精と一緒に、わたしは何度目かわからない絶頂を迎えた。




 服を着なおすと、冬樹くんはわたしを自分の膝の上に座らせた。
 子供がお気に入りの人形を抱くように、わたしに腕を絡ませている。

「夏子の方でも話がついたらしい。春香には、日曜日にオレ達と一緒にある人に会って欲しい。そこでオレと夏子が恋人同士のフリを始めたワケを全部話すよ」

 やっと話してくれるんだ。
 でも、ある人って誰?
 疑問はたくさん浮かんだけど、それ以上問い詰めることはしなかった。
 日曜日になったら全部わかることだ。
 わたしは冬樹くんのこと信じてる。
 わたしが心から笑える日が来るのは、そう遠くないのかもしれない。

NEXT BACK INDEX

Copyright (C) 2005 usagi tukimaru All rights reserved

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル