償い

鷹雄サイド・5

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 離れて暮らし始めて二年もすると、雛の体つきは子供から大人へと変わり始めた。
 雛が高校を卒業するまでは、プラトニックな関係でいようと決めていたオレは、過ちを犯さないために、一緒に風呂に入るのをやめ、寝室を別にしたりと自然に距離を置き、沸き起こる欲望を抑えていた。
 爆発しそうになると、玄人の女の所に行き、テクニックを磨きがてらに抜いてきた。
 オレが抱く邪まな感情を知らない雛は警戒心なく傍に来る。
 大学卒業を機に独立してマンションで一人暮らしを始めてからも、週末になると雛は泊りがけで遊びにやってきた。

 土曜日の夜だけは、オレはまっすぐ帰宅する。
 仕事や用事は全て前日までに終わらせる努力をして、雛との逢瀬を心待ちにして日を過ごす。
 雛は昼間からマンションに来て、合鍵を使って部屋に入り、甲斐甲斐しく掃除や洗濯をして、夕飯を作って待っている。
 女子高生となった雛は、幼い新妻のようだった。
 いや、じきに本物の妻になる。
 そうなったら、今まで押さえてきた欲望をどう解放しようかと、妄想を逞しくしてニヤついていた。

 その日もオレは雛の手料理を食べ、気持ちよく入浴を終えて機嫌が良かった。
 雛が風呂に入っている間、ソファに座ってテレビを見て時間を潰した。
 明日は休みだし、どこかに連れて行ってやろうかな。
 数年前から親父の会社の業績は悪化し始めて、さほど裕福ではなかった小鳥家の家計はさらに苦しくなってきている。
 高校生になった雛は学校が終わるとバイトをして、お小遣いを稼ぎ、一部を家に入れているらしい。
 本当は土日だってバイトに行きたいはずだ。
 だけど、オレに会うために平日頑張っているんだ。
 オレには何もしてやれないけど、遊びに連れていくぐらいなら幾らでもできる。
 雛の喜びそうな場所、遊園地は定番だが、映画やボーリングなんてのもいいか。買い物に行って、服やCDを買ってもいい。
 何せオレは社会人だ。
 収入もすでに一人前以上のものを得ている。
 保護者の同意があれば雛は結婚できる年だ。
 万が一、親父の会社が倒産なんて事態に陥った時には、雛の面倒はオレがみる。雛と夫婦になり、親父とちどりさんとも改めて親子関係を築けば、それを口実に援助ができる。
 二人はオレに感謝するだろう。
 そしてオレは二人の手を取って、昔のことは忘れてもう一度親子になろうって言うんだ。

 オレの人生は輝いていた。
 そう、その時までは……。




 風呂から上がってきた雛は、黙ってオレの隣に座った。
 雛は経済のニュースに見入っていたオレの邪魔をしないように遠慮していたのか、話題がスポーツに変わると話しかけてきた。

「お兄ちゃん、相談したいことがあるの」
「どうした? 雛が相談なんて珍しいな」

 オレを頼ってくれたことが嬉しくて、肩を抱いて引き寄せる。
 雛はオレの胸元に顔を寄せて微笑んだ。
 だが、雛が持ちかけた相談は、オレを奈落に突き落とすものだった。

「あのね。昨日、同級生の子に告白されたの。こういうの初めてで戸惑ってる」

 雛は頬を染めて、恥ずかしそうに俯いた。
 その仕草にオレは全身の血が沸騰するかのごとき嫉妬に燃えた。
 オレの変化に気づいていない雛は、もじもじ視線を泳がせて話している。

「好きってわけじゃないんだけど、いいなぁとは思うんだ。どうしたらいいと思う? 試しに付き合ってみるのってどうだろう? ちゃんと好きって思えなかったら付き合ったらだめ?」

 だめに決まってるだろ。
 お前はオレの女なんだ。
 好きでもないのに、どうして付き合うんだよ。
 オレの気持ちを試しているのか?
 なあ、そうなんだろ?
 冗談だって言えよ、今なら笑って許してやる。

 口を閉ざしたままのオレの態度をどう捉えたのか、雛は落ち着きなく早口になった。

「やっぱり、お試しはだめだよね。ちゃんと答えださないと、彼に悪いよね」

 答えなんて一つしかない。
 それなのに雛の口ぶりでは、オレを口実に断る選択肢がない。
 なぜだ。
 おかしい。
 ここにきて、オレは雛との認識の違いを思い知らされることになる。

「いいきっかけだと思うの。わたしもそろそろ兄離れしないといけないでしょう? お兄ちゃんは彼女とか作らないの? あ、そうか。わたしが毎週来るから呼べないんだね。でも、大丈夫。彼と付き合うことになったら、忙しくてお兄ちゃんとは遊べなくなっちゃうから、これからは邪魔しないよ」

 兄離れ。
 その言葉が、オレ達の意識の違いを明確にした。
 は、はは……。
 そうか、兄か。
 そういうことか。

 雛にとって、オレはお兄ちゃんのままだったんだ。
 安全で頼りになる、男とは異なる兄という存在。

 オレがこれだけ愛してきたのに、雛には全く伝わっていなかった。
 ただの兄貴がここまでするかよ。
 我慢して大事にしてきたのに、その想いの全てを否定された。
 オレは逆上して、冷静な判断ができなくなっていた。

 雛をソファの上で組み敷いて、肩を掴んで圧し掛かった。

「お兄ちゃん?」

 不安そうな声で雛が問いかけた。

「そいつと付き合う気か? 男ができれば、オレは用なしだから、ここにはもう来ないって言うのか?」

 知らない男に抱かれて喘ぐ雛を想像する。
 こいつはオレのものだ。
 代わりのいない、大事な女だ。
 今さら諦めろって言うのかよ。
 お前にハマって絡めとられた、オレの気持ちはどうすればいいんだよ。
 無意識に掴んだ肩に力をこめる。

「お兄ちゃん、痛いよ」

 まだ状況をわかっていないのか、雛が文句を言った。
 単なる兄妹ゲンカのつもりなんだ。
 兄妹の枠なんて越えて、愛してくれているんだと思っていた。
 これはオレの独りよがりの恋だった。
 もういい。
 待つのはやめた。
 枠はオレがぶち壊す。

 膨れ上がってきた欲望を押し殺すことなく解放して、雛の唇に口付けた。
 雛の瞳が大きく開く。
 唇を離すと、雛は顔を蒼白にして震えだした。

「何で? 兄妹なんだよ? こんなことするの、おかしいよ。初めてだったのに、悪ふざけにしてもひどいよ」

 初めてのキスか、それならこの体もまだ無垢なまま。
 オレは怒りと失望で泣き出しそうになりながらも、喜びに打ち震えていた。

「おかしくない。オレには兄弟なんかいない。生まれてから一度も妹なんぞ持った覚えもない」

 雛に対する理不尽な怒りを言葉に乗せて吐き出す。
 泣きそうな顔で、雛はオレを見つめた。
 途方に暮れた迷子みたいな目をしている。

「そんな、嘘でしょう? お兄ちゃんは、わたしのお兄ちゃんで、わたしは妹で……」

 煮えたぎるような怒りに支配されていても、オレは雛を求めていた。
 一つだけ、雛を縛り付ける方法がある。
 なあ、雛。
 お前が優しくて、家族のためなら自分を犠牲にすることも厭わないヤツだってオレは知っている。
 大好きな兄貴のためでも同じだよな。
 オレが苦しんでいると知れば、お前は慰めてくれるよな?

 その残酷で卑劣な思いつきを、オレは実行に移した。
 親父が母さんを捨てて、ちどりさんと再婚し、オレが家を出るまでの経緯を話して聞かせた。
 それらは全て事実だ。
 ただし、オレの気持ちの変化は話さなかった。
 思惑通り、雛はショックを受けてオレに許しを請うた。

「お兄ちゃんがつらかったの、知らなかった。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「雛、お前がいくら謝っても何も変わらない。不倫で母さんを苦しめて、オレの幸せを奪った二人を許す気はない。真面目に更生したのは母さんのためだ。隼人さんにも感謝している、赤の他人のオレを、あの人は実の息子のように育ててくれたんだからな」

 謝り続ける雛に、親父達に対する憎しみを語り、責め立てる。
 嘘をつくことに罪悪感はなかった。
 オレを捨てて他の男を選ぶ雛が悪いんだ。

 雛の体を隠す邪魔なパジャマに手をかけて、裂くように前を開いた。
 キャミソールを胸の上までめくって、膨らみを露わにする。
 標準的で、肉付きのいい女の体だ。
 夢にまで見た雛の裸体を前にして、理性が飛んだ。
 恋焦がれた女を自分のものにすることで頭がいっぱいになる。

「あいつらの大事なものを手に入れることも復讐の一つだった。このままおとなしくオレにくっついていれば、もうしばらくは優しいお兄ちゃんでいてやったのに。バカだよ、雛は」

 憎しみに駆られて復讐する男を演じるための言葉だが、半分は本音だ。
 他の男に目を向けず、オレだけを見ていれば、もうしばらくはお前の望む兄でいてやったのにな。
 お前の本心を知ってしまった以上、無害な兄はやめる。
 誰かに横から攫われる前に、オレがお前に男を教えてやるよ。

 雛の性感を刺激して体を馴らしていく。
 反応は初々しくて拙く、処女であることは間違いなかった。
 言葉で痴態を嘲笑い、羞恥心からも責めていく。
 雛の下半身を裸にして、足の間に舌を這わせた。

「あ、いや、やだぁ」

 喘ぎ、体を震わせて嫌がる雛を押さえつけて、湧き出る蜜を味わった。
 快楽に負けるたびに、雛の表情が蕩けたように変わる。
 誰も知らない女の顔だ。
 もっと喘げ、オレに身も心も開くんだ。
 オレを受け入れろ。

「だめだよ、お兄ちゃん、お願い、やめて……」

 まだ堕ちないか。
 強情さに舌打ちする。

「雛もいつかは、人の男まで取っちまう淫乱な女になるんだろうな。口じゃ嫌だとか言いながら、気持ち良さそうな声出してるじゃねぇか」

 暗に母親と重ねて責めてやると、雛の抵抗が止まった。
 これが一番効くようだ。
 雛は悲しげに表情を曇らせて瞼を閉じた。
 体の力が抜かれて、一切の抵抗がやみ、拍子抜けしたほどだ。

「諦めが早いな。もっと抵抗してくれないとつまらんが、いいだろう。だが、ここじゃやりづらい、場所を変えるぞ」

 雛を抱き上げて寝室に運んだ。
 ベッドに横たえて裸にして、オレも衣服を全て脱いだ。
 雛の体に跨って覆いかぶさる。
 白い肌に口付けて、赤い痕をつけていく。

「初めてのはずだよな? 特別に今回だけは優しくしてやる。その代わり、どんなに痛がってもやめないからな」

 胸を愛撫し、再び秘裂も舌で舐め回した。

「あん……、うぁ…、やぁ…あぁん……」

 雛の嬌声が寝室に響く。
 そうだ、鳴け。
 声を出して感じろ。
 魂からオレが欲しくなるように調教してやる。

 指と舌を使って愛撫を続け、何度もイカせてやった。
 絶え間なくやってくる快楽の波に溺れ、雛は意識を朦朧とさせて、次第に無反応になってきた。
 頬を軽く叩いて、覚醒させた。
 起きててもらわなくちゃ意味がない。
 お前がオレを忘れられないように、この体に刻み込むんだからな。

「おい、雛。ちゃんと起きてろよ。これからお前の中に突っ込むからな。信頼してた『お兄ちゃん』に犯されるってどんな気持ちだ? 怖いか? オレが憎いか? わざわざ長い時間をかけて懐かせておいたんだ、その分だけ絶望を味わってもらわないとな。オレが初めての男だってことを、一生忘れられないようにしてやる」

 目を開けてオレを視界に入れた途端、雛の瞳から涙が零れ落ちた。
 兄の裏切りを悲しむ涙だとしても、オレは退かない。
 涙を拭ってやり、冷酷に囁いた。

「泣いても許さない。オレはお前の兄貴じゃない。お前を守ってくれる優しいお兄ちゃんは、どこにもいないんだ」

 お前の兄貴はどこにもいない。
 オレはお前を求める一人の男だ。
 この違いがわかるか?

 濡れて迎え入れる準備を終えた膣内に、オレ自身をゆっくりと沈めていく。
 雛に快感はないはずだ。
 痛みに耐えてじっとしている。

 全てが納まり、様子を見ながら腰を動かした。
 次第に律動を早めていき、雛の中でオレの欲望がさらに高まっていくのを感じた。
 顔をしかめて声を殺していた雛が、救いを求めるようにオレを呼んだ。

「お兄ちゃん……、おにいちゃ……」

 呼びかけには答えなかった。
 オレは夢中で若く瑞々しい体を貪った。
 雛はオレの体にしがみついて苦痛に耐えていた。
 本能の赴くままに犯し尽くす。
 誰よりも愛しいはずの女を、オレは欲望に負けて最悪な形で傷つけてしまった。




 目覚めた時に感じたのは、気だるさと罪悪感。
 腕の中で眠る雛の頭を撫でて、自分が起こした行動を振り返った。
 何も残っていない。
 虚しさだけが支配する荒野のようだ。

 なぜなのかはわかっている。
 雛がオレを愛していないからだ。
 体だけ手に入れても仕方がない。オレが欲しいのは心も全部だ。
 雛の愛だけがオレを満たしてくれるのに、それが与えられないのなら、どうすればいい。

 涙で濡れた雛の顔を思い出して、絶望に顔を歪めた。
 違う。
 オレが望んでいたのは、こんな未来じゃない。
 愛しているんだ、雛。
 こんなことをした後では、お前はオレを信じてはくれないだろうけどな。

 取り返しのつかない罪を犯した後悔で意気消沈したオレは、ベッドから出て浴室に向かい、冷たいシャワーを浴びた。
 冷水で頭を冷やし、雛が起きた後のことを考えた。
 過去のことだって、雛が悪いんじゃない。
 責められるのはお門違いだってことが、よく考えれば、あいつにもわかるはずだ。
 信頼していた兄であるオレの裏切りに、雛は離れていくだろう。
 オレには引き止める権利がない。
 あいつが離れていくなら諦めよう。




 リビングのソファに体を預けて、テレビをつける。
 旅番組をやっていて、リポーターが大騒ぎをしながらご馳走に食いついていたが、ほとんど頭に入ってこなかった。
 オレの人生は終わった。
 雛のいない人生なんて、色がなくなったみたいに味気ない。

 ドアが開いて、人の気配が近づいてきた。
 雛だ。
 顔を見るのが怖くて、テレビから視線を外せない。

「雛、ここにはもう来るな」

 決別するために、オレは言い放った。

「兄妹ごっこはおしまいだ。今度ここに来たら、遠慮なく抱く。男の部屋に泊まってタダで帰れると思うなよ」

 どうせ兄にも戻れない。
 それならばと開き直った。
 お前の初めての男はオレだ。
 傷だろうが何だろうが、お前にとってオレは一生忘れられない男になった。
 これからは男としてお前に接する。
 お前が下手に未練を抱かないように、兄であった過去も全て消し去る。

 足音が近づいてきた。
 雛はオレに抱きつき、信じられないことを言った。

「それでもいい。もう、離れたくないの。お兄ちゃんと一緒にいたいの」

 それでもいい?
 こいつ、こんなに物分りが悪かったのか?
 オレは雛を抱き寄せてキスをした。
 本気を見せたつもりだったが、雛は逃げなかった。

「お前、人の話を聞いてなかったのか? オレは二度と優しいお兄ちゃんには戻らない。お前は妹じゃない、ただの女だ。傍にいれば、昨夜みたいに抱いて性欲処理に使うだけだ」
「わかってるよ、わかってる!」

 雛はオレにしがみついた。
 離れ離れになって、再会したあの時みたいに、しっかりと腕を絡めて。

「雛は救いようのないバカだ。あんな目に遭って、何でそんなことが言えるんだよ」

 何がなんだかわからなかった。
 ヤケになって雛を組み敷き、服を脱がせた。
 痕の残る肌に吸い付き、指で体を愛撫しても、雛は暴れるどころか受け入れた。

「お兄ちゃんがつらかった分を償いたいの。どんなに憎まれても、あなたはわたしのお兄ちゃんだから」

 雛はオレに償うために、身を差し出すと言う。
 かわいそうな兄貴を慰めるために、自分を犠牲にしてもいいってことか。
 自分の目論見が成功したというのに喜びはない。
 オレの望みは同情ではなく愛だ。
 雛の愛が欲しいのに、それは永遠に手に入らないんだ。

「わかったよ、好きにしろ。お前が過去の兄貴の幻想にすがりつきたいなら、止めやしない。オレはオレで、都合のいいように利用させてもらうだけだ」

 一度は諦めようと決意したものの、雛が見せた同情がその決意を翻させた。
 愛されなくても、オレは雛を手元に置くことにした。
 体だけでもいい。
 雛を手に入れるためなら、オレは何でもする。




 雛が帰ると、オレは階下にある渡の部屋に行った。
 自分が始めた罪の重さに耐えられず、助けが欲しかったのかもしれない。

 渡は昨年までは隼人さんの身辺警護をしていたが、オレが副社長として本社に迎えられたこの春に、オレ用に編成された護衛チームの一員として移動してきた。
 オレの護衛チームの面子は、このマンションの上階に格安の家賃で入居している。
 社員寮と仕事の効率化も兼ねて、一石二鳥というわけだ。

 渡はオレの様子がおかしいことをすぐに見抜いた。
 その理由にも、思い当たったんだろう。
 黙って部屋に入れてくれて、コーヒーを出してくれた。

「相談に来たんなら事情は教えてくれよ。でないと、オレも何も言えない」

 昨夜に雛に持ちかけられた相談のことから話した。
 逆上して犯した辺りにまで進むと、渡は眉をしかめてオレを睨んだ。
 それでも口を挟まずに続きを促し、最後まで聞いてくれた。
 話を聞き終わると、渡はため息をついた。

「バカとしか言いようがないな。自分のやったことわかってんのか? 犯罪だってことはもちろん、雛ちゃんに一生消えない傷を負わせたんだぞ。彼女は責任を感じて、お前に体を差し出したんだろうよ。そういう性格だってわかっていながらやったんだろ? 後悔しているなら、言い訳するより謝って、彼女の選択に任せるんだな」

 渡の助言は、オレが求めていたものだ。
 オレは裁かれる立場であるはずだ。
 だが、聞き入れることはできないとも思った。
 非を認めれば、オレは雛を失う。

「オレはどんなことをしても、雛を失いたくない。お前に話したのは迷いを振り払うためだ。やっちまったことは元に戻らないなら、オレはオレのやり方で雛が慕う兄貴のオレを消してみせる。そして、雛の心を改めて捕まえて、身も心もオレのものにするんだ」

 渡はあ然とした顔で、オレを見つめた。
 呆れたように首を振って、髪をかきむしる。

「お前なぁ……。ああ、わかったよ、黙っててやる。その代わり、犯罪の片棒は担がねぇからな。オレはあくまで傍観者、見てるだけの人!」

 オレは渡に秘密を話すことで共犯者にした。
 聞いてもらったことで、心が落ち着いた。
 それに雛が戻ってくるとは限らない。
 雛が昨夜のことを親父達に打ち明ければ、二度とオレには近寄らせないはずだ。
 そうなったら、それでいい。
 オレは自分のやったことを後悔しない。
 どんな結末になろうとも受け入れる。

 月曜日を迎え、親父が怒鳴り込んでくるか、警察か弁護士が来るかと待ち構えていたが、誰も来なかった。
 もやもやした気分を抱えて日を過ごし、金曜日も終わってしまった。
 明日は雛が来る日だ。
 多分、来ないだろうけどな。




 土曜日の夜。
 仕事を終えて期待しないで帰ってみると、いつも通りに雛がきていた。

「お兄ちゃん、お帰りなさい」

 夕食を用意して、笑顔の出迎え。
 一瞬、先週のことが夢だったのかと思ったが首を振った。

「お前、バカ正直に来たのか? オレが言ったこと覚えてるよな? 部屋に入ったからには、このまま何もしないで帰らせる気はないぞ」

 雛は頷き、弱々しい笑みを浮かべた。

「わかってるよ。お兄ちゃんの気が済むようにして。わたしは償いに来たの。何をされてもいい。お兄ちゃんが命じることなら何でもします」

 こいつ、本当にバカだ。
 お前がそんなことをする必要はないんだ。
 健気な雛が愛おしくて、腹立たしい。
 オレのために体を差し出しながら、心から求めてくれないお前は残酷だ。
 そして、そんなお前の優しさにつけ込むオレは最低野郎だよ。

 次の週末も、その次も、雛はオレのもとに通い続けた。
 その度に抱き、親父達への憎しみを口にして雛を責めた。

 高校を卒業し、大学へと進学しても、あいつはオレに償うためにやってくる。
 どんな快楽を与えてやっても、兄妹じゃないと言い続けても諦めない。
 昔の優しい兄貴との思い出を拠り所にしながら、雛は黙ってオレに従い、尽くし続けた。




 オレは独自に人を雇い、雛の監視を始めた。
 身辺調査の結果が定期的に報告されてくる。
 それにより、雛の周囲に男の気配がないことに安堵し、親父が背負った負債が膨らんでいることを知った。
 報告に来た部下が、それに伴う危険を指摘してきた。

「債権を持つ社の一つは、質の悪い取立て屋を使っています。表立った事件になっていない事例ばかりなので、恐らく小鳥氏は気づいておられないのでしょう。彼らの悪評はその筋では有名で、利息が回収できないとなれば、家族に若い女性がいれば誘拐し、暴力団絡みの非合法な風俗店で働かせるという強硬な手段に出てくることも考えられます」

 雛に危険が迫っていると聞き、オレはすぐに動いた。
 専門家を呼び寄せてチームを作り、債権の回収作業と、親父の会社の業績悪化の原因究明と回復させる方策を提出することを命じた。

 報告書がオレの手元に届き、情報をまとめて整理する。
 親父は堅実で信頼できる仕事をするが、やり手ではない。
 要領がよくないせいで、顧客をごっそり大手の同業者に奪われてしまったのが業績悪化の原因。
 借金が膨らんだのもそのせいだ。
 仕事さえあれば、会社は持ち直す。
 そのための資金や取引先の確保に奔走し、根回しを済ませてから、隼人さんの承認も取り付けた。
 この援助でうちの会社に損害が出ることはない。




 債権を全て回収し終えたと報告を受けた直後のことだ。
 雛の監視を任せていた部下から連絡が入った。
 雛が一人で家にいるところに、取立て屋が押しかけてきたというのだ。
 万が一の時は出て行って体を張って止めろと、監視役に指示して通話を切った。

 別室で待機していた渡を内線で呼び出し、車を出すように命じる。
 留守を秘書に任せ、関係書類をケースに詰め込んで抱えると、部屋を飛び出した。

 車に乗り込むなり、運転手に言いつけて急がせた。
 雛、ドアを開けるなよ。
 あいつにおかしなマネしやがったら、ヤクザだろうが何だろうが、全力でぶっ潰してやる。

「ちょっとは落ち着け。自分の立場も考えて行動しろよ。現場でいくらムカついても、こっちから手を出すんじゃないぞ」

 渡がそっと耳打ちしてきた。
 ああ、わかってる。
 暴力ではなく、権力で雛を守るんだ。
 そのためにオレは、鷲見の後継者になったんだからな。




 小鳥の家に到着すると、雛が男達に家から引きずり出されて抵抗していた。
 監視役の男の姿も見えたが、オレが来ていることに気がついたのか、近くの物陰に隠れている。
 怯える雛の顔を見た瞬間ブチ切れそうになったが、冷静になるよう努めて車を降りた。

「その手を離してもらおうか」

 オレが声をかけると、男達はあからさまな殺気を向けてきた。

「ああ? 何だお前は? 関係ないヤツが口を挟むなっ!」

 威勢のいいことだが、オレは怒っているんだ。
 薄汚い手で雛を捕まえている男達を睨む。

「借金の件は先ほど話がついた。そっちの上役に確かめてみろ」

 取立て屋は上司に連絡を取って確認し、悔しそうな顔で舌打ちした。
 攫った女の味見をしようと期待していたんだろうが、残念だったな。

「おい、そいつを離してやれ。行くぞ」

 男達が去ると、雛は路上に崩れるように座り込んだ。
 怖かったに違いない。
 優しく慰めてやりたかったが、今のオレにはそれができない。

「立てるか、雛」

 感情を押さえて手を差し出すと、雛が飛びついてきた。

「お兄ちゃんっ」

 オレの胸にすがりついて、雛は大声で泣いた。
 恐怖を取り除いでやろうと強く抱きしめた。
 言葉はかけられなかったが、雛は次第に落ち着いてきた。

 本題はこれからだ。
 オレが債権を回収し、援助の用意をしたのは、雛を危険から守るためだけではない。
 雛を手に入れるためだ。
 これらは確実に雛を手元に置き続けるための交換条件として利用する。
 親父達には人質になってもらう。
 大事な両親のためとなれば、雛は拒まない。

 オレが描いたシナリオ通りに話は進んだ。
 雛はオレと暮らすことになり、マンションに引っ越してきた。

 親父とちどりさんは、オレが雛に過去の経緯を話して聞かせたことを知ってからは、オレ達の関係を疑い始めた。
 単なる仲のいい兄妹でなくなったことに気づいているんだ。
 二人はオレを信じたい気持ちと、雛を心配する気持ちで苦しんでいる。
 真実を知れば、親父達はオレを許さない。
 それでもオレは、雛を求める気持ちを抑えることができなかった。

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