償い
鷹雄サイド・6
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同居を始めて半年が過ぎた。
雛と暮らすことになった以外は、オレ達の関係には進展も後退もない。
ペットだのご主人様だのと主従関係を強いてセックスを強要していたが、それ以外のことでは大事にしていた。
雛にしてみれば、意にそわない関係を強いられている時点で大事にされているとは言えず、これはオレの勝手な言い分なわけだが……。
監視下に置いているとはいえ、雛の全てを縛る気はない。
他の男に目を向けさえしなければいい。
友人との付き合いや、実家に帰る等の行動は、無断ではない限り自由にさせていた。
その代わり、監視は常につけて身辺調査も怠らずやっている。
最近の報告書で、気になる事柄が浮上してきた。
その件に関わっているのが、鶴田鳩音。
雛の高校時代からの友人で、最も親しく付き合いが続いている相手だ。雛がする話題にもよく出てくる。
まだ雛との関係が良好だった頃に、彼女と遊びに行くからと、日曜日の朝に帰っていくのを見送った時は、顔も知らない鳩音ちゃんとやらを憎らしく思った。その後、渡を呼び出して遊園地に行き、絶叫系アトラクションで憂さ晴らしをした。渡は三つ目で吐いてリタイアしたが、オレは通算で十回は乗り、ようやく気が晴れた。
それは今回の件とは関係のない思い出なので、脇に置いておこう。
オレが認識している鶴田鳩音という人物は、雛の親友というだけで無害な存在だった。
軽い嫉妬を覚えることもあるが、雛にも友人は必要だ。
オレに渡がいるように、雛が親友だと認めた相手なら、交際を制限する理由はない。
彼女の身辺も一応調査したが、素行にも問題のない、ごく普通の女だ。
だが、最近の報告書で見逃せない一文を発見した。
頻繁に合コンを主催し、雛にも参加するように誘っているらしい。
雛はオレとの関係を隠しているので、出会いの機会を逃すなとの親切心からの誘いだ。
大きなお世話というものだ。
出会いを求めて合コンに来る男には下心があるに決まっている。
雛は鈍いから、危険を察知できずに食われてしまうかもしれない。
事が起きてからでは遅い。
今日も大学が終わってから、遊びに行く約束をしているそうだが、胸騒ぎがする。
雛は女ばかりだと言っていたが、はたして本当にそうなのか?
ええい、悩むのは性に合わない。
行動あるのみ。
オレは雛の監視チームの再編成をすることにした。
影で見張っているだけでは済まない事態も想定した監視体制を作るつもりだ。
その責任者にうってつけの者がいる。
オレが最も信頼し、雛の側に置いても安全だと確信できるヤツだ。
内線で呼びつけ、仕事をしながら待っていると、ドアがノックされた。
「入れ」
ノックに応えると、ドアが開いた。
黒のスーツに身を包んだ渡が入ってくる。
「出かけんのか? どこにでもお供しますよ、ご主人様」
おどけた口調の渡を一瞥して、先ほど作成した書類を差し出す。
「何コレ? 移動命令? しかも今から!?」
「そうだ。喜べ、昇進だ。給料も上がるぞ」
渡は書面を目で追って、ニヤリと笑った。
「お姫様の警備担当責任者ね。わざわざチームを再編成、ボディガード増員ってことは、監視だけじゃなくて護衛にもつけってことか?」
「飲み込みが早くて助かる。雛に悪い虫がつかないように、男絡みの危険から守れ」
今夜も遊びに行った先に男がいないと言い切れない。
オレはそれらの不安要素を挙げて渡に厳命した。
「了解しました。でもさ、別の危険は考えないわけ?」
渡の問いに、眉を寄せた。
別の危険?
少しも思い当たらない。
「オレのこと信頼してるってことか? 雛ちゃんとオレを接触させていいのかって聞いてんの」
「その心配はしてねぇよ。お前、女いただろ。お前は浮気とかありえねぇタイプだからな」
「ああ、そういうこと」
合点がいった渡は視線を天井に向けて、ぽつりと呟いた。
「別れた」
オレ達の間に冷たい風が吹き抜ける。
「いつ?」
「んー、先月かな? 夜勤明けで休日迎えて、疲れてたからデートの約束キャンセルして寝てたんだよ。そしたら彼女が部屋まで来て、合鍵をオレに投げつけてきて「あたしのことホントに好きなの」って、問い詰められた。愛してるって言っても、真剣さが感じられないって言われて、全然信じてくれなくてさ。ついていけない、別れようって話になってダメになった。付き合ってまだ二ヶ月だったから、ショックは小さいけど」
渡は淡々と破局の経緯を語り終えた。
誠実ではあるのだが、渡は女に執着しない。
それはこいつの過去の失恋が原因だ。
しかし、女自体に興味が失せたわけではないので、フリーとなれば要注意。
せっかく出した移動命令だが、この際取り消すか?
「あ、今取り消そうとか思っただろ? もう遅い。せっかくの給料増額のチャンス逃すわけないじゃん」
命令書をピラピラ振って、渡は意地の悪い口調で返却を拒否した。
「心配しなくても、お前と敵対してまでお姫様を奪う気はないね。雛ちゃんはかわいいけど、一緒にベッドインしたって、お前の生霊が背後に取り付いているみたいな気がして、ヤル気も失せるって」
オレの執着ぶりを間近で見てきた渡は、雛に恋愛感情を抱くことはないと断言してみせた。
「信用してるぞ。裏切った時は、わかってるよな?」
信用していると言いながら、オレは脅しを口にする。
雛にもそうだ。
オレは怯えていた。
両親の離婚で、男と女の愛情が永遠ではないと思い知ったのだ。
男女の情愛の前では、家族だろうが友情だろうが簡単に崩壊してしまうのではないか。
裏切られるのが怖い。
信じたいのに、信じられないのはオレが弱いからだ。
「お前って臆病だよな。まあ、裏切られた時のショックを知ってるだけに、仕方ないんだろうけど。でもさ、裏切られる体験をしたのは何もお前だけじゃない。オレも怖いよ、愛を語り合っていた相手に、利用価値がなくなったって切り捨てられたんだ。あいつの裏切りを知った時のことは、今でも忘れていない。それでもオレは人を信じたい。世の中、裏切るヤツばかりじゃないことを証明するために、オレは常に誠実でありたいし、お前の愛しいお姫様も裏切りとは無縁の人種だと思うけどな」
疑われても、渡はオレを責めない。
こいつはオレと違って本当の意味で強い。
雛が渡に惚れても仕方がないと、始めから負けを認めている自分が情けない。
「それじゃ、オレはこれから打ち合わせで忙しくなるから、もう行くな。定期的に連絡するから安心して仕事に励めよ、未来の社長さん」
張り切って渡は出て行った。
責任者の肩書きをもらって、あいつもやる気が出たようだ。
信頼か。
荒れた時に支えてくれた渡と雛。
親父とちどりさんのことは信じられなかったけど、今度こそは信じないといけない。
オレは渡を信じて、任せてみることにした。
渡からの第一報は夕方だった。
やはり合コンだったか。
参加者は大学生ばかり、カラオケ屋にて歓談中とのこと。
雛は現地に行くまで合コンだと知らなかったようで、入り口でかなり動揺していたそうだ。
オレの不安は的中した。
簡単に騙されやがって、今夜はお仕置き決定だな。
『雛ちゃんに張り付いてる男が一人いる。印象としては女遊びの激しいタイプだな。お姫様が危ないぞ』
渡の報告を聞き、携帯を握り締める手に力が入った。
「場所はどこだ。すぐ行って、そいつぶっ飛ばして、雛を連れて帰る」
『待て、待て。まだ何もされてないんだぞ。そんなことしたら、雛ちゃんが困るだろ。オレに任せとけ、必ず無事に連れて帰る』
渡に諭され、その場は任せることにして通話を切った。
くそ、落ち着かねぇ。
こうなったら、いつでも出迎えられるように、早めに仕事を終わらせて帰るか。
「羽鳥、この後の予定はどうなっている?」
秘書の羽鳥にスケジュールの確認を取った。
「今夜は会議も会食の予定もありません。こちらの書類を処理していただいて、幾つかの報告書に承認の判をいただければ、帰っていただいても問題ないかと」
残っている仕事を確認すると、定時は無理としても残業二時間ほどで帰れるか。雛の方も同じぐらいにお開きになるはずだ。
オレは目の前に積まれた書類を片付けにかかった。
頑張った成果で、残業は一時間で退社することができた。
夕食を外食で済ませてマンションに帰り着き、リビングのソファに腰を下ろしたところに、渡から連絡が来た。
『お姫様は無事確保した。詳しいことは報告書に書くが、とりあえず簡単に状況を説明しとく』
渡の報告によると、雛にちょっかいをかけてきたクソガキは、駅まで送ることを口実に二人っきりになり、ホテルに連れ込もうとしたらしい。
殺意が芽生えた。
オレの殺気が電話越しに伝わったのか、渡が慌てて言い添えた。
『そいつはこっちできっちりお仕置きしておいたから、物騒な報復は考えるなよ。それより、雛ちゃんだ。かなり怖い目に遭ったんだから、帰ったら優しくしてやれ。株を上げるチャンスだ。ここでうまくフォローしとけば、やっぱりお兄ちゃんは頼もしいって、惚れ直してくれるかもしれねぇぞ』
雛がオレに惚れ直す?
ぱあっと目の前に光が射した。
だが、どう接すれば、惚れ直してくれるのかわからなくて困った。
そわそわと落ち着きなく、熊のようにリビングを歩き回る。
優しくか。
例えば、こんなのか?
爽やか笑顔で、両腕を広げて雛を迎える。
「お帰り、雛。怖かっただろう? もう心配いらないぞ。オレの胸に飛び込んでおいで」
そうすると雛が泣きながら抱きついてくる。
「あの人に迫られて怖かったの。わたしはお兄ちゃんじゃないと嫌。お兄ちゃんのこと愛しているって気がついたの。もう妹でいたくないの、女として愛して欲しいの」
雛はオレに愛を告白し、オレも応える。
「バカだな、雛。オレは始めから、お前のことを女としてしか愛してなかった。復讐なんて嘘だよ。雛が好きだから、どんな卑怯な手を使っても引き止めたかったんだ。オレにはお前だけだ。愛しているよ、オレのかわいい雛」
「お兄ちゃん、嬉しい……」
瞳を潤ませて見上げてくる雛。
それを涼しげな微笑で見つめ返すオレ。
雛の瞼が閉じられ、オレはその顔に唇を寄せて……。
そこまで妄想が進んだところで我に返った。
オレのキャラじゃねぇ。
誰だよ、お前。
そんなに都合よく話が進んだら、ここまでややこしくなってねぇんだよ。
自分の妄想に疲れ切って、ソファに腰掛けなおした。
しょうがない、いつも通りで行こう。
できるだけ、優しくだ。
やがて玄関が開かれて、渡の声が家の中に響いた。
「鷹雄、雛ちゃんは無事に連れて帰ってきたぞ。経緯はさっき説明した通りだから、いじめるなよ」
オレにというより、雛に言い聞かせているような口調だ。
雛はオレに叱られると恐れているんだろうか。
日頃の行いがこんなところで影響してくる。
いじめるつもりはないんだが、甘い顔を見せないようにするとそうなってしまう。
口数は少なく態度で包容するんだ。
リビングのドアが開き、雛が顔を覗かせた。
オレの様子を窺いながら入ってくる。
立ち上がり、雛の方を振り向くと両手を広げた。
爽やかな笑みは無理だったが、これで迎え入れる意思を見せたつもりだ。
「雛、来い」
オレの呼びかけに、雛は驚きに目を見開いた。
次の瞬間には、笑顔で飛び込んできた。
オレの背中に雛の腕がまわされる。
緊張が解けて恐怖が戻ってきたのか、雛は震えていた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。怖かったよぉ」
雛は泣きながらオレにしがみついている。
妄想通りとまではいかないが、これでもいいか。
頭を撫でて、慰めてやる。
「合コンに来るような男は、女に飢えてるに決まってるだろ。これに懲りたら、そういう時は電話入れろ。どこにいようが迎えに行く」
「うん」
雛は素直に頷いた。
ちょっとした仕草がたまらなくかわいい。
顎に手を添えて上を向かせた。
小さめの唇が艶めかしくオレを誘う。
吸い寄せられるように、キスをした。
角度を変えながら、舌を絡めて長く貪る。
離れると、甘い吐息がこぼれた。
唇だけではなく体も欲しくなって腰に腕をまわした。
持ち上げて肩に担ぐ。
軽くはないが、重くもない。
「合コンの件は見逃してやる。だが、簡単に騙されるマヌケにはお仕置きが必要だな。朝まで喘がせてやるから覚悟しろ」
「わああんっ」
寝室へと雛を運び、ベッドに転がす。
スカートがめくれて剥き出しになった足を見て興奮が高まる。
雛の上に跨り、上の服から手をつける。
胸を覆う下着まで一緒にめくりあげて、大きくも小さくもない手頃なサイズの膨らみを拝み、手の平で包み込んだ。
「あっ、お兄ちゃん……」
力を込めることなく揉んでやると、雛がうっとりした声を上げた。
手に吸いつくような若い肌の感触を味わい、弾ませて楽しむ。
手だけでは物足りなくなって、膨らみの先にある可愛らしい尖りを口に含んだ。
「あんっ」
舌を使って乳首をイジメてやると、雛は敏感に反応した。
「ううん……、ふぁ…あん……」
乳を嬲られて、もぞもぞ体を動かして快感を堪えている。
理性で耐えるその姿に、オレへの拒絶を感じて静かな怒りが湧き起こる。
本能からオレを求める姿が見たくて、それまで優しく触れていた胸にむしゃぶりついた。
理性を飛ばすほど辱めるために、吸い付く音を立てて聞かせた。
雛の喘ぐ声は大きくなったが、満足はせずに乳房を揉みしだき、耳に口を寄せて囁いた。
「もう感じてるのか? お前がこんな風にいやらしいから、男が寄ってくるんだよ。案外、嫌がってるフリして誘ったんじゃねぇのか? 雛はオレに抱かれているだけじゃ不満らしいな」
「ち、違うよ。そんな……」
雛は悲しそうに顔を歪めて首を横に振った。
この否定の言葉を心から信じることができれば、どれほど楽になるだろう。
「口答えするな。どれだけお前が淫乱か、じっくり調べてやる」
言葉より体の方が正直に応えてくれる。
半脱ぎにさせていた服を取り払っていく。
ショーツ一枚にしてから体を起こし、オレもシャツを脱いだ。
上半身裸の格好になって、雛を改めて見つめた。
痩せすぎでも太り気味でもない平均的な体型。
胸は先ほど堪能したので感想は省くが、腰のくびれはばっちりあるし、尻も桃を想像させる綺麗な形をしている。
初めて会った時はオシメを巻いたチビだったのに、十八年も経てば立派な女だ。
オレが女にしたんだ。
この体に性の悦びを教え込んだのはオレだ。
他の誰にも、触れさせるものか。
オレの視線が強すぎたのか、雛は両手で胸を隠して顔を逸らした。
頬は羞恥の色に染められ、オレを意識していることがわかる。
「隠すな。お前の全てをオレに見せろ」
オレの命令を聞き、雛は手を下ろした。
再び乳房が露わになり、身動きするたびに揺れる。
雛の目には涙が浮かんでいた。
恥ずかしがる顔を手で包み、正面を向かせた。
「ほら、自分で触ってみろ。ちゃんと見ててやる」
雛の手を掴んで股間へと導き、自慰を命じた。
とことんまで落として、オレにすがりつかせるためだ。
雛は怖々と自分の股間に指を這わせた。
布越しの愛撫では感度が悪いのか、あまり感じていない。
業を煮やして手首を掴み、ショーツの中へと指を入れさせた。
雛は指を体内に入れるのをためらい、入り口の辺りを撫でていたが、徐々に高まってきたのか、下着がじっとりと濡れてきた。
息が荒くなり、腰が揺れて跳ねる。
「ふぁああんっ、ああんっ」
声を上げて雛はイッた。
背中を大きく逸らし、快感の波が引いていくと目を閉じ、恥ずかしさを堪えるためか、シーツを強く握り締めた。
愛のないセックスは虚しい。
だが、この瞬間オレの心は昂っていた。
雛は確かに感じている。
オレが体を弄び、痴態を嘲るたびに、秘裂を濡らして腰を振る。
オレを求める口実を与えてやる。
お前はオレが欲しいんだ。
心なんか関係なく、快楽を求めて雛はオレを欲しがる。
その繋がりだけで許してやるよ。
開かれた足の間に指を這わせて、濡れたショーツを撫でた。
「パンツがびしょ濡れになってるぞ。こんなに濡らして恥ずかしくないのか? 綺麗にしてやるからじっとしてろよ」
オレは雛のショーツを剥ぎ取って放り投げた。
足を開かせて、蜜で濡れた割れ目に顔を埋める
ためらうことなくそこを舐めた。
「あっ、やんっ」
かわいらしい声を上げて、雛は恥ずかしがって身をよじった。
オレが与える刺激で、愛液は乾くどころか溢れてくる一方だ。
「こら、人がせっかく綺麗にしてやってるのに漏らすなよ。終わらねぇだろ」
感じている雛を、さらに追い詰めようと意地悪を言う。
雛は両手で顔を覆って、イヤイヤと頭を振った。
「だって、だってぇ……」
自分ではどうにもできない体の反応に、雛の羞恥心は極限まで高まり、抵抗も反論もできずにオレの言いなりになる。
恥ずかしがって泣きそうな雛を見ていると、征服欲が満たされて、ある種の満足感を覚えた。
もういいだろう。
いじめるのは、このぐらいにしてやらなくちゃな。
「こんなに欲しがって、しょうがないヤツだな。入れてやるから、オレの上に乗れ」
欲しいのはオレも同じだが、優位に立つためには、雛に対する欲望は隠さなければならない。
下半身に身につけていた残りの衣服も脱ぎ捨てて、雛の体を起こしてオレの上に乗せる。
硬く勃起したオレ自身を、雛の胎内への入り口にあてがい、一気に挿入した。
「あっ、ああっ、ああああんっ」
雛が叫び声を上げた。
声には痛みではなく、快感に溺れる喘ぎが混じっていた。
「しっかり動け。オレをイカせることができたら、今夜は勘弁してやる」
目を開けて、オレを見つめた雛は、こくんと小さく頷いて動き始めた。
「うっ、あっ、うぅうんっ」
オレの命を従順に聞いて腰を振る雛を、熱を込めた瞳に映す。
愛おしくて、つらい。
理性を飛ばして奉仕を続ける雛の唇が、時々言葉を紡ぐみたいに動いていた。
それは許しを請う悲鳴なのか、つらさを訴える泣き言なのか、どちらを想像しても、それらの声なき声はオレの心に矢となって突き刺さる。
限界直前で雛の中から出て、腹の上に精を放った。
オレに汚されても気がつかないほど疲弊していたのか、雛はぐったりと体を横たえて息を吐いていた。
「雛、おい?」
呼びかけても雛は答えない。
そのまま眠ってしまったようだ。
起こすのをやめて、ベッドから降り、バスルームに向かう。
軽くシャワーを浴びて、バスローブを羽織り、タオルを湯で絞って寝室に戻った。
タオルで雛の体を拭いてやり、綺麗にしていく。
ごめんな、雛。
オレにはこんなやり方しか思いつけない。
お前を手放すことができないから、オレは罪を重ね続ける。
後戻りはできない。
オレはお前を失いたくないんだ。
雛の体を清めると、バスローブを脱いでベッドに入った。
下着も身につけずに裸のままだ。
雛の温もりを直に感じていたくてそうした。
うとうとしていると、雛が動く気配がした。
掛け布がずれていたらしく、着なおしてオレの方に体を寄せてきた。
目が覚めたのか。
閉じていた瞼を上げて、雛を胸元まで抱き寄せる。
そして耳に唇を寄せて囁いた。
「お前はオレのものだ。この体をオレ以外の男に触らせることは許さない」
雛は何も言わなかった。
拒絶できないことを知っていて、オレは雛を縛る言葉を吐く。
これだけひどい仕打ちをされても、雛はオレを慕っているのだろうか?
そんなわけないよな。
雛がここにいるのは、オレへの同情と、両親のためだ。
本心では一刻も早く解放されたいに違いない。
でも、それだけは許さない。
オレはお前以外の女は欲しくない。
絶対に逃がさない。
逃がさないから、その代わりに、お前が望むものなら何でも与えて幸せにしてやる。
ドアの向こうから携帯に着信を知らせる音が聞こえてくる。
オレのじゃない。
雛の携帯が鳴っているんだ。
誰だ、こんな夜中に。
ムカついていると、雛が体を起こした。
ベッドから降りようとする雛の腕を掴んで止めた。
「ほっとけ、雛。非常識だぞ、何時だと思ってやがるんだ」
「鳩音ちゃんからだよ。もしかしたら、鷺谷くんが連絡したのかも」
鷺谷って誰だ?
ああ、例のクソガキか。
そういや、渡が通りすがりのチンピラの振りして脅しておいたって言ってたな。
つまり、雛はチンピラに攫われたことになっているのか。
フォローしとかないと、警察を呼ばれて面倒なことになるな。
雛の手を離して、先に行かせてクローゼットからガウンを取り出して着た。
リビングに行くと、ちょうど雛が携帯を出してかけ直しているところだった。
「あ、あのね。今、家なの……」
説明しようとしていた雛の手から、携帯を奪って声をかけた。
「雛と代わった。オレは元だが、雛の義理の兄にあたる者だ」
『え? あ、はいっ』
若い女の声が聞こえた。
こいつが鳩音ちゃんだな。
言葉を交わすのは初めてだ。
初対面、雛の親友ということで、地の喋りと営業用の丁寧口調を織り交ぜて話した。
渡からの報告と辻褄を合わせながら説明していくと、電話の向こうで彼女が動揺している気配が伝わってきた。
合コンの面子は友人ばかりで、雛を襲う人間がいるとは想像もしていなかったんだろう。
「幸い、たまたま通りかかったオレの部下が雛を救い出したから良かったものの、そうでなければ取り返しのつかないことになっていた。君も男友達はよく選べ」
ここで責めれば泣き出しかねないと判断し、今後のために釘を刺すだけに留めておいた。
別に彼女に対する怒りはない。
雛を危険に晒すつもりがなかったことは、言葉を交わしてわかった。
雛に携帯を返して、通話が終わるのを待った。
どうやら結局泣かせてしまったようだ。
雛がフォローしてくれていたが、オレはちょっとバツが悪くなった。
女を泣かすのは本意ではない。
「じゃあね、また明日」
明るい声で雛は通話を切った。
オレはそれを見届けて、寝室に戻った。
雛もすぐに後をついてきた。
ベッドに入るなり、雛は瞼を閉じた。
安心しきった雛の顔を見て、笑みが浮かんできて唇を重ねる。
時間にして、一瞬だけ。
雛が目を開ける前に体を離して、背中を向けて寝転がる。
向けた背中に雛が擦り寄ってきた。
温かい気配に、ふと昔のことを思い出した。
布団を被って不貞寝するオレの背中にくっついてきた雛。
でかくなっても、あの温もりは変わらない。
雛の寝息が耳に心地よく聞こえる。
今夜はゆっくり眠れそうだ。
安らいだ気持ちで、オレも瞼を閉じた。
渡の独り言
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