束縛

再会・3(side 秋斗)

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 オレの忘れられない恋の相手、水澤和泉と駅前で偶然再会した。
 旅行者のような大荷物を持った彼女は、なぜか巾着袋を大事そうに抱えて、ベンチに座っていた。

「久しぶりだね。元気だった?」

 彼女の表情に驚いたものの、いきなり理由を聞くのもどうかと思い、無難に声をかけた。

「うん、穂高くんは、会社の帰り?」
「会社帰りに友達と飲んでてさ。今から帰るところ」

 水澤さんの隣に腰掛けて、様子を窺う。
 泣きそうだった顔は笑顔に戻っていた。
 だけど、やっぱり悲しそうで、作った微笑みなのだと胸が痛んだ。

「誰か待ってるの?」

 山下と旅行にでも行くんだろうかと、憂鬱な気持ちを隠して問いかけた。
 水澤さんは首を横に振り、違うよと寂しそうに答えた。

「夕飯食べてただけ、これからホテル探しに行くんだ。安くていい所どこか知らない?」

 ホテルを探すと言われてびっくりした。
 アパートまで帰れない距離じゃない。
 何があったんだ?

「遅くて帰れない時間でもないだろう? 送っていくよ、ホテル代がもったいない」

 そう申し出たら、水澤さんは苦笑した。

「アパートは立ち退きになって、実家もないし、帰る家がないんだ。住み込みで働けるところ探してるんだけど、うまく見つからなくて……」
「じゃあ、山下のところに行けばいいじゃないか。こんな時に彼氏に頼らなくてどうするんだ」

 山下の名を口にした途端、彼女の顔色が変わった。
 強張った顔を俯けて、小さな声で「別れた」と言った。

「別れた?」
「三ヶ月ほど前。会社が倒産した日にね、峰生のマンションに行ったら彼女がいたの」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 なんだって彼女が大変な時に浮気なんぞしてやがるんだ、あの野郎は!
 気に食わないヤツだと思っていたが、そこまで性根が腐ってやがったのか! ぶん殴って詫びいれさせてやる!
 怒りを覚えて、拳を握り締めた。
 殺気に気づいた水澤さんは、慌ててオレの手に自分の手を添えた。

「怒らないで、最初から間違ってたの。峰生はわたしを好きじゃなかった。同情で一緒にいてくれただけだったの」

 水澤さんは山下と、親友だった静流という人のことを話し始めた。
 両親を亡くした彼女を、ずっと支えてきてくれたのが二人だった。
 思い出すのもつらいはずなのに、水澤さんは彼らと別れた日のことまで順番に打ち明けてくれた。
 二人にはアパートの立ち退きや、会社の倒産の話はしなかったそうだ。
 同情を引いてまで付き合いを続けたくはなかったのだと、彼女は言った。

「ごめんね、嫌な話を聞かせて。でも聞いてくれてスッとした。二人には感謝もしているし、峰生とのことは忘れることにした。昔のいい思い出だけを覚えていたいの」
「だからって、そいつらのやったことは許せない。水澤さんを騙して裏切っていたんだろう? 君を傷つけて自分達だけ幸せになろうなんて、ムシが良すぎるじゃないか!」
「確かに悲しかったけど、もういいの。元に戻せないものにすがるより、わたしは今を生きる方を選んだの。せめて、今年のクリスマスまではって……」
「クリスマス?」

 オレの問いかけに、水澤さんはハッとして口をつぐんだ。
 そして目線を下に戻して、首を振った。

「何でもない。久しぶりに会えて嬉しかった。明日も仕事探して歩かないといけないし、もう行くね。穂高くんもお仕事頑張って」

 オレは先に立ち上がって、彼女のボストンバッグを持った。
 水澤さんはオレの突飛な行動に目を丸くしていた。
 驚かれるのはわかっていたけど、動かずにはいられない。
 ごめんね、水澤さん。
 オレは喜んでいる。
 山下とその彼女に腹を立てながらも、君がフラれて目の前にいることを喜んでいるんだ。

「オレの家においで、社員寮完備の就職口を世話するよ」

 にっこり笑いかけて、返事も待たずに歩き始めた。

「ほ、穂高くん、待って!」

 水澤さんは追いついてくると、ボストンバッグを持つオレの手を掴んだ。

「家においでって言われても、迷惑かけたくないの。今夜はホテルに泊まるから、就職の話だけお願いします」

 遠慮する水澤さんに新鮮な感動を覚えた。
 大学時代、オレが大企業の御曹司だと知った途端、擦り寄ってくる女はかなりいた。その手の輩はオレの実家がヤクザと繋がりがあると知るなり、あっさり離れて行ったけどな。
 女の子といえば、甘え上手なタイプを多く見てきただけに、彼女のような反応をされると、それだけで好感度が上がる。

 改めて彼女に惚れ直したはいいが、家に連れて行くに当たって一つだけ不安なことがある。
 それはオレの家の雰囲気だ。
 不本意ながら我が家はその筋の雰囲気を漂わせている。
 何人かできた女友達も、家に一度来てからは「いい人」ポジションにオレを置くようになった。
 偶然耳にした噂話では、幾ら金持ちで頭が良くてカッコよくても、極妻にはなりたくないと言われていた。
 だから、オレはヤクザじゃないって。
 親父もどっちかというと、更生させてる側なんだ。
 親父の実家がヤクザで、その繋がりから、家に元組員や家出した不良を住まわせて、社会復帰のための教育をして、仕事の世話をしているんだ。
 彼らは親父を兄貴と慕い、オレを若と呼ぶ。
 昔の任侠ヤクザのノリだ。
 オレは彼らを親父の舎弟と呼んでいるが、当たらずも遠からずといったところだ。

 オレは水澤さんの手をとって握った。
 冷たくなっている。
 オレが温めてあげたい。
 でも、水澤さんもうちに来たら怖がるかな?
 誤解を解こうにも、実際があれだから、説得力ないかも。
 それでも連れて帰らないと。
 このまま一人にしておけない。

「女の子が一人で夜の街をうろうろしてたら、危ないと思う。少なくともオレの家なら安全だ。親父はボランティアでワケ有りの人の働き口や寝る場所を世話してる人だから、この寒空に帰る家のない女の子を置いて帰ってきたと知られたら、半殺しにされるんだよ。だから助けると思って一緒にきて」

 わざとそんな言い方をすると、水澤さんの口元が綻んだ。
 かわいい笑顔だ。
 惚れた幸せそうな笑顔じゃなかったけど、泣き顔よりはマシだ。

「それじゃあ、お世話になります。今夜、穂高くんに会えて良かった。諦めずに頑張ったら、やっぱり良いことあるんだね」

 水澤さんの言葉が嬉しかった。
 寝る場所と就職口のことだとはわかっていたけど、会えて良かったのはオレも同じだ。
 偶然という奇跡がオレに起こった。
 労せずして彼女を慰める役がまわってきたことを、誰にともなく感謝していた。




 片手でボストンバッグと自分のカバンを持って、空いた手で水澤さんと手を繋いだ。
 彼女は照れくさそうにしていたけど、嫌がらずに握ってくれた。

「穂高くんの手、温かい。人肌って落ち着くよね」

 水澤さんのそれは無意識の言動だとわかってはいたが戸惑った。

「男にそんなこと言うなんて、誘ってると勘違いされても知らないぞ」

 わざと茶化してみたら、彼女はぶんぶん首を横に振った。

「変なこと言って、ごめん。彼女とかいるんでしょ? わたし、気がつかなくて……。何やってるのかな、寂しすぎておかしくなってた」

 離れかけた水澤さんの手をしっかりと掴んだ。
 震えを帯びた体が、どれだけ寂しさを抱え込んでいたのかをオレに教えてくれた。

「彼女なんていない。寂しかったら遠慮なんかしなくていい。オレは知り合った頃から君がずっと好きだった。君が必要だと言ってくれるなら、いつまでも傍にいるよ」

 鞄やバッグを足下に置いて、彼女を抱きしめた。
 水澤さんは泣いていた。
 瞳から伝い落ちる滴が、堪えていた悲しみの涙なのか、告白に対する喜びの涙なのかはわからない。
 それでも拒絶はされなかった。
 期待してもいいのかな。
 彼女に寄せる好意が膨れ上がっていく。
 今なら望めば手に入る。
 その誘惑にオレは負けた。




 目に付いたブティックホテルに水澤さんを誘った。
 家には泊まって帰ると電話を入れておいた。
 ついでに明日は女の子を連れて帰るので、部屋を用意してくれと母への伝言を頼んだ。
 応対に出たのは同居人の中でも古株のおじさんだ。
 ちゃんと聞いてくれたかな?
 不安だったけど、携帯の電源も落とした。
 彼女との大事な夜を邪魔されたくない。

 先に軽くシャワーを浴びて、バスローブ一枚でベッドに腰掛け、水澤さんの入浴が終わるのを待った。
 ほどなく出てきた彼女も、同じく裸の上にバスローブ姿で、ためらいがちにベッドの傍までやってきた。

「おいで」

 両手を差し出して呼ぶ。
 水澤さんはベッドに腰を下ろすと、広げたオレの両手の中に上半身を預けてきた。
 彼女の体がオレの腕の中に収まる。

「和泉って呼んでいい? オレのことは秋斗って呼んで」
「うん。秋斗くんて眼鏡がないと、印象が変わる。素顔もカッコいいね」
「お世辞でも嬉しいよ、和泉」

 いい雰囲気で唇を重ねた。
 彼女は馴れていた。
 舌を入れても戸惑うことなく絡めてくる。
 山下ともこんなキスをしたんだ。
 きっとその先も……。
 他に好きな人がいるくせに、あの男は彼女を抱いた。
 気持ちがないのに抱かれる女の子の身になってみろ。
 和泉はそのことでも傷ついたはずだ。
 オレは山下に猛烈に腹を立て、気がつけば咥内への愛撫も乱暴なものに変わっていた。

「ごめんなさい」

 キスを止めて、和泉は唐突に謝った。

「わたし、初めてじゃないし、やっぱり嫌だよね」

 オレの苛立ちを、別な意味に受け取ったらしい。
 違うって、君が嫌なわけじゃない。

「君の前の男に嫉妬しただけ。オレは処女かどうかなんて気にしない。今がフリーでオレと寝てくれる気があるなら、それでいい」

 顎を持ち上げて、キスのやり直し。
 甘ったるいキスをして、頬にも口付けた。

「秋斗くんもキス馴れてる。経験あるんだ?」
「そう、経験だけは無駄に豊富なんだ。だから、初めてじゃないからって君が気にする必要なんてない。むしろ、こっちが嫌われやしないかって気が気じゃないよ」
「本当に秋斗くんは優しいね」

 和泉はそう言って、自分から唇を寄せてきた。
 キスをしながら彼女の体を横たえて、バスローブをはだけた。
 胸は小ぶりで、肉付きもあまりよくない。
 裕福な暮らしではなかったはずだから、ちゃんと食事もできていなかったのかもしれない。
 オレの家に来たら、お腹一杯おいしいもの食べさせてあげよう。
 セックスもなるべく体に負担をかけないようにしないと、壊してしまうかも。
 壊れ物を扱うように、優しく肌を撫でていく。
 胸元にキスをして、膨らみの頂をくすぐるように愛撫すると、和泉はくすくす声をもらした。

「あん…、くすぐったいよ、やめてぇ……」

 言葉ほどには嫌がっていない。
 その反応がかわいくて、乳首を指の腹で押したりしてかわいがった。

「ほらほら、こんなに起き上がってきてるぞ。気持ちいいんだろ?」
「やだぁ、意地悪」

 笑いあいながら、じゃれあった。
 オレもバスローブを脱いで、裸になって彼女に覆いかぶさった。
 足を持ち上げて、その間に顔を埋める。
 ためらいなく秘所を舐めると、彼女は恥じらいを見せて、オレを押し留めた。

「だめ、汚いよ。そんなところだめだよ」
「平気だよ、和泉の味がする、いい香りだ。好きな子のためなら、オレって何でもできるんだ」

 浴室で綺麗に洗われたと思しきそこは、匂いもそんなにきつくない。
 恋の魔力に囚われているオレには、最高の香りだった。
 舌に和泉の蜜が絡まってくる。
 一度顔を離して、蜜の湧き出てくる割れ目に沿って指を這わせた。
 指を蜜壷に入れて愛撫しながら、彼女を抱き寄せる。
 和泉は恍惚とした表情で声を上げ、オレに体を預けて喘ぎ続けた。

「あ…きとくん、ああ…も…だめぇ…、何も考えられない……あ、イク、イッちゃうよぉ」

 とうとう達したのか、和泉は大きく体を仰け反らせて痙攣した。
 指に絡みつく蜜も洪水みたいに溢れている。
 頃合と見て、用意しておいた避妊具をつけた。

「そろそろいいな、入れるよ」

 頷いた和泉の足を開かせて、目的の茂みの奥に挑む。

「んっ」

 オレを受け入れながら、和泉が呻くような声をもらした。

「和泉? どう?」
「平気、続けて……」

 息を吐いて、彼女は次第にリラックスしていく。
 オレの背に腕をまわして、しがみついてきた。

「はあっ、あっ、ああっ」

 抑えきれずにこぼれる和泉の声が、オレを高める。

「秋斗くん……、秋斗……」

 うわ言のように、和泉はオレの名を繰り返し呼んだ。

「和泉、オレはここにいる。愛してる、君を愛しているよ」
「嬉しい……。秋斗くん、お願いだからもっと抱きしめて」

 ゆっくりと腰を動かして動きながら、繊細な体を柔らかく抱きしめる。
 和泉の顔を見つめると、目に涙が浮かんでいることに気がついた。

「秋斗くん、わたし幸せだよ。こんな都合のいいことってない、きっと夢なんだ。でも、夢から覚めてもこの思い出に支えられて、また頑張れる。だから今はあなたの全てで愛して欲しいの」
「夢なんかじゃないよ。信じられないなら、明日も明後日も抱いてやる。オレはどこにも行かない。君を一人ぼっちには絶対にしない」

 和泉に誓って、キスをした。
 夢だと思っているのは、オレも同じだ。
 だって、ついさっきまで、彼女は手に入らない人だと嘆いていたのに、今この腕で抱いているんだ。
 和泉がオレに抱かれたのは、寂しかったからだってわかっている。
 愛しているからじゃない。
 それでもオレは嬉しいよ。
 絶対に離すものか。
 手に入れたからには、心までオレのものにする。
 誰にも負けないぐらい愛して、必ず振り向かせてみせるからな。




 交わりを終えて、一緒にシャワーを浴びた。
 ベッドに戻り、腕枕をしてあげると、和泉は喜んでくれた。

「お母さんを思い出すなぁ、一緒に寝た子供の頃が懐かしい」

 おいおい、お母さんて……。
 でも、懐かしそうな笑顔に悲しみの影が見え隠れしていて、オレはツッコミを口にしなかった。
 頭を撫でて、頬に唇を触れさせる。

「明日はオレの家に行くけど、何の心配もいらないからね」
「うん、ありがとう。秋斗くんて王子様みたい、彼女がいないの不思議だなぁ」
「オレは和泉の王子様になれればいいの」

 和泉はオレの胸に顔を寄せた。
 心臓の音を聞くみたいにくっつけて瞼を閉じた。
 おやすみ、和泉。
 今日からオレが君を守る。
 たくさん愛して幸せをあげる。
 だから、笑って。
 オレが好きになったあの笑顔を、もう一度見せて欲しい。

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