償い

傷心・3(side 鳩音)

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 服を脱がされていることに現実感を見出せず、動くことも言葉を発することも忘れていた。
 さっきまで口内を貪っていた彼の舌は、今はわたしの肌の上を這っている。

「鳩音ちゃんて着やせするタイプ? 結構、胸あるね」

 渡さんは嬉しそうに囁いて、下着の上から胸の膨らみを触った。
 自分ではない人の手で揉まれている感触が、これが夢ではないと教えてくれる。

 気がつけば、下着姿にされていた。
 白でレースの飾りがついている、揃いのショーツとブラだ。
 一応見られてもいい下着をつけて来たものの、まさかこんな急に求められるとは思わなくて、期待や戸惑い、恐怖と歓喜が同時にせめぎ合い、動揺に拍車をかけていく。
 渡さんの手がブラの中に入ってきて、膨らみを直に撫でた。
 指で刺激されて乳首が立ってしまい、悪戯するみたいにつつかれて、ころころと転がされる。

「やぁ、あん、ぅあん……」

 恥ずかしくて、目を瞑って我慢した。
 反射的に手を強く握りしめたら、渡さんがその手を取った。

「目を開けてごらん。恥ずかしいことなんて一つもない。それが当然の反応なんだよ。かわいくて、えっちな鳩音ちゃんがもっと見たい」

 握った指を解されて、人さし指が渡さんの口に含まれた。
 好奇心に負けて目を開けたら、渡さんがうっとりとした表情で、わたしの指を舐めているのが見えた。
 文字通り食べられているみたい。
 胸がドキドキして、それと一緒に心も解放されていく。
 恥ずかしいことじゃないって言ってもらえたから、理性を保っている壁の一部が崩れ始めた。
 こんなの初めて。
 キスや指を舐められただけで、こんなに気持ちよくなれるものなの?




 未遂に終わった朱鷺との初えっちの思い出は、実はあまり良くなかった。
 家の人は遅くなるまで帰ってこないと誘われて、覚悟を決めてついていった彼の家。
 ベッドに腰掛けて、甘い雰囲気でキスをしたまでは良かった。
 問題は、服を脱いで、ベッドに横たわってからのこと。
 朱鷺もわたしも初めて同士で、何をどうしていいのかわからなかったんだ。

 大した愛撫もしてもらえず、性急に押し進められてことに及び、体を切り裂くような痛みに悲鳴を上げた。
 結局、入れることもできずに彼が果ててしまい、居たたまれない空気に負けて、逃げ帰ったことを覚えている。
 付き合いはその後もまだしばらく続いたけど、キス以上の雰囲気になると、互いに失敗を思い出して気まずくなってダメになる。
 そんな風に、なかなか次の機会を言い出せずに過ごしている間に、わたし達は破局を迎えてしまった。

 わたしの積極的な面だけを見ている友達は、恋愛経験も体の経験も豊富だと思っているようだ。
 でも、本当のわたしは奥手の処女だったりする。
 渡さんに見抜かれてホッとしていた。
 えっちも積極的で楽しませてくれる女の子だと思われていたら、幻滅されてしまうもんね。




 渡さんは指から口を離すと、ブラのホックを外して取ってしまった。
 裸の胸が晒されて、とっさに手で覆った。

「着替えもないことだし、下も脱いでもらうよ」

 え? と声を上げる間もなく、ショーツが下ろされて足から抜き取られた。
 渡さん、手馴れすぎてます。
 わたしは全裸で、彼に組みしかれてしまった。

「あの……、わたしだけ裸って不公平です」

 渡さんはパジャマを着たまま。
 文句を言ってパジャマを掴んで引っ張ったら、彼は口元を怪しく歪めた。

「脱いでもいいの?」

 ああん、耳に囁くのは反則だぁ。
 吐息がくすぐったくて感じてしまう。
 渡さんが上着を脱いだ。
 鍛えられて引き締まった体。
 胸板は厚く、腹筋も割れていて、無駄な肉がない。
 男の人なのに、酔いそうなほどの色気が漂っている。

「下はやめとくよ。初めての子に見せるには刺激が強すぎる」

 気を使ってくれてるんだ。
 た、確かに見慣れてないし、怖いかも。
 朱鷺のも、まともに見られなかったし……。

 渡さんの指が秘所に添えられた。
 上下に撫でるように動き、クリトリスを触って指の腹でやさしく摘まむ。

「んんっ、はぁんっ」

 そんなところ、じっくり触られたことも触ったこともなかったから、びっくりした。
 初めて感じる類の痺れが全身を突き抜けた。

「やぁん、わ…渡さん。そんなとこ……、触らないで……」

 怖くなってきて、しがみついてお願いした。
 渡さんはくすっと笑うと、わたしの頬にキスをした。

「わかったよ。じゃあね、これはどう?」

 下から離れた彼の手が上ってきて、胸が包み込まれた。
 弾みをつけて揉みこねられる乳房の先っぽが、口に含まれて舐めまわされた。

「ああっ……! んぅ、あぁっ…」

 背中がぞくぞく震えてきて、下半身が熱くなる。
 イキそうだよぉ。
 ふるふる震えて悶えていたら、渡さんがわたしの膝を持ち上げた。

「足を広げて、オレに見せて。鳩音ちゃんの大事なところを全部だよ」

 仰向けに寝転がっているわたしは、渡さんの目の前で大きく両足を開いていた。
 剥き出しになった秘密の場所が、彼の瞳に映されている。

「や、やだぁ。見ないで。恥ずかしい……っ!」

 顔を覆って目を閉じた。
 見ないようにしていても、彼の視線を感じる。
 わたしのそこに注がれる眼差し。
 見られているだけなのに、興奮が高まってくる。

「や……、こんな……、嘘……」

 どうしよう、我慢できない。
 何もされていないのに、勝手に出来上がっていくわたしの体。

「わ、渡さん、離して! やだ、見ないで、お願い!」

 あそこがきゅうっと締まっていく感覚と共に、波が襲ってきた。

「あっ、はぁ……、ぅああんっ!」

 波が理性を押し流していって、達してしまった。
 やらしい声を上げるわたしに呼応するように、あそこから大量の蜜が溢れ出てくる。
 膝の戒めを解いてもらえたけど遅かった。
 消えてしまいたいほど恥ずかしくて、わたしは両腕で体を抱きしめた。

「ひ、ひどい。やめてって言ったのに……」
「ごめんね、鳩音ちゃん。だけど、かわいかったよ」

 背中を向けているわたしに、渡さんが寄り添うように近づいてきて、甘い声で囁いた。
 騙されないんだから。
 そんな甘い声で帳消しになんかならな……。

「オレのこと嫌いになっちゃった? だとしたら、悲しいな」

 心底悲しそうな彼の声に、心がぐらりと揺れる。
 どうして怒ってたんだっけ?
 恥ずかしかったけど、体は気持ちよかったしなぁ。
 ……許してあげてもいいかな。

「好きです。嫌いになんてなれない」

 怒ってたことなんてすっかり忘れてしまい、彼の方を向いた。
 渡さんの優しい口付けが唇を塞ぎ、わたしは腕を伸ばして彼に抱きついた。

「鳩音ちゃんの声、もっと聞かせてね。そしてオレの頭の中を君でいっぱいにして」

 渡さんの声が、耳に蕩けるように染みていく。
 彼の指がじっとりと濡れた秘所に入ってきた。
 ゆっくりと動かされ、感じる箇所を的確に探り当てられる。

「やぁん、あぁん、イク……。だめ、やぁ……、渡さぁんっ!」

 達するたびに、切ない喘ぎ声を上げて彼を呼ぶ。
 ベッドの上で乱れるわたしの体は、彼の手で翻弄されて、何度も震えて熱くなった。
 水音がするほど濡れたそこは、本来受け入れるべきはずのモノを求めているのか、代わりに入っている彼の指を締め付けている。

 準備はとっくにできているはずなのに、渡さんは入れようとはしない。
 どうしてなのかな?
 喘ぎ、朦朧としながら、疑問が湧いてくる。

「渡さん……」

 手を伸ばして、彼を求めた。
 抱きしめてもらえたけど、渡さんはわたしを抱えたまま、頭を撫でてくれただけだ。

「ど…して? わたしのこと、抱きたくないの?」

 渡さんは微笑んで、額にキスしてくれた。

「抱きたいけど、鳩音ちゃんは初めてだからじっくりしたいんだ。焦らなくても機会はたくさんあるんだ。入れるのはまた今度にして、今日は鳩音ちゃんをえっち大好きな子に調教しちゃおうかと目論んでいたりするんだ」

 渡さんの言うことって、どこまで本気にしていいんだかわからない。
 わたしが怖がらないように我慢してくれてるのかな。
 受け身なままじゃだめだ。
 押して、わがまま言わないと、渡さんは離れていく。

「平気だから、怖くないから……。わたしは、渡さんとしたい」

 正直な気持ちを言葉にする。
 渡さんは目を見開いて、次に表情を穏やかに緩めて、照れくさそうに笑った。

「そういうこと言われると、押さえられないよ。後悔しないでね?」
「しないよ。あなたが好きって気持ちは本物だと信じてるから」

 渡さんはベッドから下りると、身につけていた下半身の衣服も脱ぎ去った。
 その後何か探しているみたいだったけど、見つかったのか、すぐに戻ってきてくれた。

 わたし達を隔てるものが全てなくなった。
 唇を重ねあい、見つめ合って微笑む。
 この瞬間を、穏やかな気持ちで迎えることができるなんて思いもしなかった。
 広げた足の間に彼の体が入ってくる。
 目を閉じてって言われたから、おとなしく従って待っていた。

「力はできるだけ抜いて」

 指示と一緒に、唇が肌に触れた。
 入り口には彼自身ではなく指が当てられ、滑りを確かめているかのごとく動いている。

「濡れ具合はいいみたいだし、入れるよ」

 指が離れて、別の圧迫感のあるものが押し込まれてきた。
 これが渡さんのなんだ。
 わたしは彼を受け入れて、一つになろうとしてるんだ。

「ぅん……、ふぅ……、うぅん……」

 以前の強烈な痛みを想像していたせいか、やけにすんなりと入っていく気がする。
 やだ、どうしよう。
 痛がらないと疑われるんじゃ……?
 本当に初めてなのに、何で? どうして?

 途中で痛みが強くなった。
 それでも耐えられないほどではなく、彼が腰を進めるたびに一体感が増していく。

「ああっ、ぅん、あんっ」

 目を閉じたまま、渡さんにしがみついて、声を上げた。

「……はぁ。目を開けてもいいよ、ちゃんと入った。オレと鳩音ちゃんは、今繋がってるんだよ」

 一仕事終えたような渡さんの声に、そうっと目を開けた。
 上から見下ろすようなアングルで彼の顔がドアップで飛び込んでくる。
 ああ、イイ男はどの角度から見てもカッコイイ……。
 じゃあ、なくてっ!?

「渡さん、あの、その……」

 パニックになって、繋がっている部分の痺れや痛みのことは吹き飛んでいた。
 慌てるわたしの頬にキスをして、渡さんは胸を揉んできた。

「動くよ。最初は気持ちよくないかもしれないけど、我慢してね」

 気遣いの感じられる動きで、体が揺すられる。
 ああ、そうだった。
 わたし、渡さんと……。

 渡さんが腰を動かすたびに、わたしが受け入れている彼の分身も動く。
 円を描くように揉まれる胸が、時々口でも愛撫される。
 やぁん、気持ちいい。
 達する快感で、中にいる渡さんを締め付ける。

「鳩音ちゃん、君の中ってすごくいい。柔らかくて、温かくて、離したくない」

 渡さんが強く抱きしめてくれた。
 わたしだって離したくない。

「渡さん、わたしも……」

 言葉が続けられない。
 声は全て喘ぎに変わり、わたしの体は彼のことしか感じなくなっている。
 痛みは快感が紛らわせてくれて、悲鳴を上げるほどでもない。
 一つに解け合っていくみたい。
 一際高く声を上げた瞬間、渡さんも達して、わたしの中で果てた。




 息をついて、ベッドに横たわる。
 渡さんが体を起こしてベッドから出て行く。
 傍にあった温もりがなくなって不安になり、目で気配を追うと、避妊具を外して後始末をしているのが見えた。
 あ、ちゃんとつけてくれてたんだ。
 さっきズボンを脱いだ時に探していたのはコンドームだったんだ。そういうことまで気がまわらなかったな。
 わたし、完璧に溺れてた。

 渡さんはパジャマのズボンを穿いてから戻ってきた。

「鳩音ちゃん、体は平気?」
「はい、その、何とか……」
「無理しなくていいよ。落ち着くまで休もう」

 再びわたしの隣に寝転んだ渡さんは、抱き寄せる形で背中を撫でて、体を労わってくれた。
 嬉しいな。
 大事にされてるってわかる。

「渡さん、大好き」

 彼の胸に甘えて、顔をすり寄せる。
 渡さんは笑ってわたしを抱きしめてくれた。

 姿だけじゃなくて、優しくて頼もしいあなたが好き。
 この時間が永遠に続くように頑張ろう。
 両想いがゴールじゃない。
 わたしと渡さんの恋はまだ始まったばかりなんだ。




 情事の気だるさが消えるまでベッドで過ごしていたら、せっかく用意したお昼ご飯は冷めてしまっていた。
 野菜炒めをフライパンに戻して火を通し、温め直す。
 渡さんは食卓に座って新聞を読んでいた。
 新婚さんみたい。
 うへへと怪しい笑みを浮かべて、こっそりニヤける。
 明日は思いっきり雛に惚気てやろう。
 いつものお返しだ。

 そんなことを考えながら、温まった野菜炒めをお皿に移す。
 お昼のメインは野菜炒めと目玉焼き。ワカメと麩の味噌汁もつけた。
 冷蔵庫の中にはビールと冷凍食品しかなくて、近所のスーパーに走ってお肉と野菜と卵を買ってきたんだけど、もっと手の込んだものにすれば良かったかな。
 初めての手料理がこれでは落胆されるのではないかと不安になりつつ料理を並べると、渡さんは新聞を片付けて椅子に座りなおした。
 わたしも向かいに座り、二人で食卓を囲む。
 食器は有り合わせのものを使った。
 これからもこうやって二人で食べる機会があるなら、お揃いのお茶碗やお箸が欲しいな。
 後で渡さんにお願いしよう。

「おいしそうだね。いただきまーす」

 渡さんは手を合わせると、お箸を持って目を輝かせた。
 野菜炒めを口に運び、笑顔で頬張っている。

「おいしい。それに温かいご飯に味噌汁もついてて、久しぶりの家庭の味だぁ」

 たまに雛がおかずのお裾分けをくれたりするそうだけど、渡さんの普段の食生活は冷蔵庫が証明した通りみたいだ。
 部屋に置いてある調理器具は、実家からお母さんが来た時に使う程度で、もっぱらインスタントと外食が中心。
 そんな食生活、体に悪いよ。

「あの……。わたし、時々来て、ご飯作っていいですか? 渡さんのこと心配になってきた」

 わたしの申し出に渡さんは苦笑した。

「心配させて、ごめん。でも、鳩音ちゃんが来てくれるなら嬉しい。いつでも来て。ご両親の許可が出てるなら泊まってくれてもいいよ」
「と、とま……」

 泊まりってことは、やっぱりまたああいうことするんだよね?
 先ほどの裸で絡み合っていた自分達の姿を思い返して赤面した。
 真っ赤になって俯くと、渡さんの手が頬に伸びてきた。
 触れられて、ハッと顔を上げる。

「オレが怖い? もう、えっちしたくない?」

 困った顔の渡さん。
 わたしは首を横に振った。
 恥ずかしいけど、嫌じゃない。

「怖くない。わたしはあなたと触れ合うの好き……です……。だから、もっと抱いてほし……」

 ああ、わたしのバカぁ。
 何を言ってるの?
 これじゃ、えっちしたいって言ってるようなものじゃない。
 渡さん、呆れちゃった?
 首をぶんぶん振って、両腕をばたばた振り回した。

「あ、その、間違いです! い、今言ったことはなかったことにして……」
「嫌だ」

 きっぱりと渡さんは言った。
 彼はニヤリと笑っている。

「それが鳩音ちゃんの本音なんだ。若い君に負けないように、オレも張り切って応えないとね」

 は、張り切らなくていいですぅ。
 食事が終わると、わたしは強制的にベッドに連行されて激しい運動を余儀なくされた。

渡の独り言

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