わたしの黒騎士様

エピソード2・2

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 その夜、わたしはレオンに呼ばれて、寮の私室を訪ねた。
 数日に一度の間隔で、わたし達は互いの部屋を行き来している。
 表向きは、同じ郷里の者同士なので、故郷の話や昔の話で盛り上がっているのだと言ってある。

「失礼します」

 ドアを閉めるまでは、わたしは従騎士で、彼は一級騎士。
 敬語を使うのは、わたしなりのケジメだ。
 ドアを閉めて鍵をかけると、ようやく一息つける。

 レオンは長椅子に腰掛けて、ワインを飲んでいた。
 嫌なことでもあったのか、顔をしかめている。

「どうしたの?」

 隣に座って問いかける。
 レオンはわたしの方を向くと、肩を抱いて引き寄せた。

「昼間、アーサーに会ったそうだな」

 レオンの口から出た名前に、ぎくりと体が強張った。

「あいつに何をされた?」

 どうしてレオンが知ってるの?
 もしかして、アーサー様はレオンにあのことを言ったんだろうか。
 どうしよう、嫌われる。
 他の男の人とも平気でキスのできる女だって、軽蔑されてしまう。

 レオンに嫌われることが、何よりも怖い。
 彼を失ったら、わたしはどうしていいのかわからない。
 恐れと不安で体が震えた。

「キャロル、オレはお前に怒っているわけじゃない。アーサーのやったことぐらい予想はついている。ただ、お前の口から真実と本音を聞きたいだけだ」

 レオンは息を吐いて、わたしをさらに抱き寄せた。
 彼の肩に頭を預ける形で寄り添う。

「クラウザー様の執務室がわからなくて困っていたら案内してくれたの、良い人だと思ったんだよ。だから、気を許して帰りも送ってもらったら……」

 正直にアーサー様とのやりとりを打ち明けた。
 レオンは黙って聞いていた。
 最後に頬にキスされたことを話すと、彼はわたしを真剣な眼で見つめた。

「それでどう思った? 嬉しかったか?」
「嬉しくなんかない。気持ち悪くて、何度も顔を洗った。わたしはレオンじゃないと嫌だ」

 レオンにすがりついて、こらえきれずに泣いた。
 彼はわたしを抱きしめて、背中を撫でてくれた。

「キャロルが真面目なヤツだってことはわかってる。嫌な思いをしたんだな。あいつはオレが代わりにぶん殴っておいたから、犬に噛まれたと思って忘れろ。二度と手出しはさせない」

 ぶん殴ったって、ケンカしたの?
 それってまずくないのかな。
 騎士団内で諍いが起これば、下手すると当事者双方とも処罰されるんじゃなかった?

「大丈夫なの? 一級騎士でも私闘は処罰されるんでしょう?」
「ああ、それは心配するな。いつものことだ。あの男も懲りないヤツだからな」

 苦虫を噛み潰したような顔で、レオンはワインに口をつけた。

「運命の出会いだなんて、誰にでも言ってるんだ。いちいち真に受けていられるか、バカバカしい。あのクソ野郎、今度の試合で再起不能にしてやる」

 レオンはアーサー様への罵倒らしきものを呟きながら、お酒を煽り続けた。
 もしかして、すっごく仲が悪かったりしない?
 でも、アーサー様はレオンのこと気に入ってるみたいだったけどな。
 二人の間に何があったのか、すごく気になる。

「ねえ、レオンはアーサー様のこと嫌い?」
「大嫌いだ! あいつにだけは絶対に負けない、負けてたまるか!」

 いつもは寡黙でクールなレオンが燃えている。
 すさまじいほどの気迫と殺気を感じた。
 ここまで嫌われているなんて、アーサー様はレオンに何をしたのかな。
 ライバルってだけじゃない。
 憎悪すら感じられる気配をまとい、レオンは吼えた。

「キャロル、こっちを向け」

 頭を掴まれて、正面から向き合う。

「どっちの頬だ?」

 キスのことだと理解して、右頬を指差す。
 レオンはわたしの右頬に唇を当てると、幾度も離しては押し当てた。
 くすぐったくて変な感じ。

「レオン、くすぐったいよぉ」
「消毒だ、消毒。じっとしていろ」

 レオンは何度もキスをしてから仕上げにぺろりと舐めた。
 アーサー様のキスの感触なんて消え失せてしまうほど、レオンの唇の温もりが頬に残った。
 彼は続いて唇を重ねてきた。
 舌を迎え入れて、絡めあう。
 レオンは右腕でわたしの体を抱き、左手で服をはだけて素肌に触れた。

「…ん…はぁ……あんっ」

 露わになった胸の膨らみが、彼の手の平で揉まれている。
 優しく捏ねるような指の動きに恍惚となる。

 ズボンと下穿きが足から抜かれて、秘所を隠すものがなくなった。
 寝具の上に横たえられ、キスを受けながら、体を触られる。

「あっ……、んぁ……」

 胸の中心がレオンの口に含まれた。
 快感で硬くなった乳首が舌で弄ばれる。

「やぁ…、んんっ、ああ……」

 甘い愛撫に蕩けて蜜が秘密の泉を満たすと、レオンが起き上がって服を脱ぎ捨てた。
 再び覆い被さってきた彼は、わたしの足の間に指を入れてきた。

「あっ、ああっ……んっ」

 喘ぐ声が、幾度も唇で塞がれた。
 彼の指はわたしの性感を探りながら動き回り、中を刺激して快楽の痺れを与える。
 次第に蕩けていく体は指では物足りなくなってきて、彼自身を求めて大量の蜜を湧き出させた。

「レオン、来て……。お願い……」

 耐えられなくて、願いを口にしていた。

「わかった。……いくぞ?」
「うん」

 指が抜かれて、待ち望んでいた彼自身が入ってきた。
 狭く締め付ける内部を圧迫しながら進んでくる。
 愛液が侵入を助け、前後するそれを滑らせて快感に変えてくれる。

 レオンの背中に腕をまわしてしがみつく。
 わたしの足は大きく広げられ、無防備に全てを晒して、彼を受け入れている。
 その事実が羞恥心を強めて、体をさらに高めていった。
 男女が愛を交わす行為。
 わたしがこんなことをしたいと思う人は、レオンだけだ。

「……はぁ……んっ、ああ、レオン……」
「キャロル……、愛している」

 愛を囁く声と共に、口付けが右の頬に降りた。
 彼は手で胸をまさぐりながら、わたしの中を突き上げてくる。

「あ……、あんっ……、あああっ!」

 激しく熱く求められ、レオンが精を放つ瞬間が来て、わたしも一緒に達していく。
 何も考えずに交わる悦びに身を任せる、この瞬間が最も幸せ。
 レオン、愛している。
 わたしもあなたに、この言葉を何度でも贈りたい。

 解放された体はぐったりしていたけど、何とか起きて情事の跡を拭いた。
 今日は特にキスをたくさんしてもらえた。
 頬だけじゃなくて、体のあちこちに所有の証である赤い痕がついている。
 わたしがレオンの恋人である証拠。
 恥ずかしいけど、愛おしい痕をなぞり、満足感が胸を包み込んだ。




 二度と関わるまいと決めたのに、天からの試練なのか、わたしは再び彼と出会ってしまった。
 ここは黒騎士団の敷地内。
 アーサー様は用事でこちら側にやってきたそうだ。

「そんなに警戒しないでよ。今日は何もしないから」

 運の悪いことに、この場にいるのはわたし一人。
 数日前と変わらぬ様子で、アーサー様が目の前に立っている。
 いや、違う点を挙げるなら、彼の頬には張り薬が張ってあった。多分あれがレオンに殴られた痕なんだろう。

「レオンを怒らせて殴られるのはいつものことなんだけど、今回は逆鱗に触れたみたいだ。キャロルは大事にされてるね」

 アーサー様は笑っていたけど、どこか寂しそうに見えた。
 それはまるで叶わない恋に沈む人のような目で……。
 え?
 いや、まさか、そんなはずは……。
 だって、二人とも男の人なんだもの、思い過ごしだよ。

「少し複雑だったけど、気持ちはわからなくもない。こんなにかわいいんだもの、守ってあげたくなるよね」

 左の頬に手が当てられる。
 嫌だって言わなくちゃ。
 上級騎士でも構わない、もうあんな思いはしたくない。

「やめ……」

 声を出そうと口を動かしかけたら、彼の手が離れた。
 アーサー様は肩の辺りまで両手を上げて、何もしていないことをアピールしていた。

「ちょっと触っただけじゃないか。そんな怖い顔をして睨まないでくれないかな?」

 わたしに言ったんじゃない。
 彼の目線を辿っていくと、レオンがこちらへ向かってくるのが見えた。
 レオンはわたしを背中に庇い、アーサー様と向き合った。

「キャロルには手を出すなと言ったはずだ。お前の性癖をとやかく言うつもりはないが、その気のない人間を巻き込むな」
「君はそうでも、キャロルはわからないじゃないか。恋愛は自由だよ。いくら上級騎士でも従騎士の感情まで束縛する権利はないはずだ。もっとも、君達が恋人同士であるなら話は別だけど」

 なぜここで恋愛感情の話が出てくるのかはわからないけど、恋人同士と言われて硬直した。
 わたしは男のフリをしてここにいる。
 レオンと恋人になったことを周囲に隠している理由は、表向きは同性愛になるからだ。
 レオンは険しい表情を崩すことなく、アーサー様を睨みつけた。

「キャロルが嫌がっているのがわからないのか? 軽いお遊びのつもりで、うちの従騎士にちょっかいをかけるなと言っているんだ」
「遊びって、ひどいな。私はいつでも本気だよ。君のこともね」

 アーサー様はニヤリと笑って片目を閉じた。
 レオンの顔色が怒りの色にサッと変わる。

「何が本気だ、ふざけるな! オレはお前のことなんか、大ッ嫌いだ!」

 いつになく感情的になっているレオンに驚いた。
 とっさに彼の腕にすがりつく。

「レオン、だめ! ケンカはだめだよ!」

 声を張り上げたわたしに驚いたのか、二人の意識がこちらに向いた。
 レオンはどうにか怒りを押さえ込んだらしく、息を吐くと、しがみついているわたしを見下ろした。

「わかった。何もしないから心配するな」

 ホッとした。
 理由はどうあれ、先に手を出した方が悪くなる。
 わたしのせいでレオンの立場が悪くなるようなこと、して欲しくない。

 わたし達のやりとりを見ていたアーサー様は苦笑していた。

「私としては争う気はまったくないんだけどね。だが、かわいい天使の頼みとあれば、レオンを煽るのはやめておこう」

 うぅ、また天使って言った。
 そういうお世辞は嫌いなのに。
 やっぱりこの人は苦手だ。

「あ、そうだ」

 アーサー様がふいに手を打った。
 その仕草に何か勘付いたのか、レオンの表情が再び険しくなる。

「御前試合にやっている、いつもの賭けのことだけどね。今回は相手を変えよう。私が勝ったら、こちらの天使に祝福してもらうから、そういうことでよろしく」

 輝くような笑顔で、アーサー様が提案してきた。
 いつもの賭けって何のこと?

「ま、待て、キャロルは関係ない! それにオレは、あんな賭けなんぞ認めん! お前が勝手に言ってるだけだろう!」

 レオンが焦っている。
 うーん、話が見えてこない。
 でも、もしかして、わたし巻き込まれてる?

「いいじゃないか、いつも通りにレオンが勝てば問題ないだろう? 私が勝った場合、どうしてもキャロルが嫌だって言うなら、君が代理でしてくれてもいいし。うん、やる気が出てきたなぁ」

 賭けとやらを無理やり押し付けて、アーサー様は機嫌よく頷いている。

「冗談じゃない、オレだって嫌に決まっている! そこまで言うなら覚悟しろ! 完膚なきまでに叩きのめしてやる!」

 レオンがまた熱くなっている。
 わたしは彼がアーサー様に殴りかからないように腕にしがみついていた。
 この二人、いつもこんな感じなの?
 ちょっぴり怖いけど、賭けの内容に興味があるな。
 後でレオンに聞いてみよう。
 ……と、思ったけど、レオンは大したことじゃないと口をつぐんで教えてくれなかった。
 隠されると、ますます気になるじゃない。

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