わたしの黒騎士様

エピソード3・おまけ 副団長のバカップル観察記録

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 自他共に認める多趣味な私だが、その一つである読書は、趣味と実益を兼ねた素晴らしい娯楽だと思う。
 入団後に七年かけて集めた蔵書は数百冊余り、一級騎士の寮に移った時に天井まで収納できる本棚を特注した。頼まれれば、本の貸し出しもしている。

 今日はキャロルが本を借りに来た。
 彼女が借りたいと言ったのは、ヴァイオレット=キャンベルのロマンス小説だ。
 男装して生活している彼女にとって、女性向けのロマンス小説は入手しにくい類の本なのだろう。

「でも、意外。グレン様もヴァイオレット=キャンベルのファンなんですか?」

 キャロルからの質問に、顔が引きつった
 落ち着け、ここで不審に思われてはいけない。
 常日頃から考えていた言い訳を瞬時に思い出す。

「ファン……というわけではないんだ。君はこの著者が本の売り上げで得た利益の多くを寄付しているのは知っているかな。私も寄付代わりに購入しているだけだ。欲しければ、全部あげるよ」
「いえ、そういうつもりじゃ……。とにかく、ありがとうございました。読んだらすぐに返しにきます」

 キャロルは慌てた様子で礼を述べて、部屋を出ていった。
 うまくごまかせただろうか?
 息を吐いて、本棚に残ったヴァイオレット=キャンベルの著作の背表紙を眺めやる。

 ヴァイオレット=キャンベルとは、二年ほど前にデビューした人気女性作家だ。
 原稿料や印税で得た大金のほとんどを孤児院や福祉関係の施設に寄付している慈善家でもあるのだが、読者の前に姿を現したことはなく、性別以外のプロフィールは全て謎という、ミステリアスな人物である。

 彼女が創造した騎士と乙女を題材にしたロマンス小説は、多くの女性達を虜にして離さない。
 デビュー作がベストセラーとなり、以後、刊行され続ける新作は、どれもが飛ぶように売れていき、どこの書店でも平積みにされているので、ロマンス小説に興味のない読書家でも彼女の名前ぐらいは知っているだろう。

 しかし、私が彼女を知ったのは書店ではない。
 私は知っているのだ、謎のベストセラー作家の正体を。
 だが、それは軽々しく口にしていいものではない。
 特にヴァイオレット=キャンベルの世界に酔いしれている読者の女性には、絶対に知られてはならないのだ。




 話は変わるが、先日の御前試合にて、レオンはアーサー=メイスンに対して、キャロルとは恋仲だと発言した。
 場所が場所だっただけに、両陣営の騎士団員、王や姫にまで、そのことは知れ渡ってしまった。
 意外にも、すんなりと仲間内には受け入れられた二人の仲だが、ここに一人だけ受け入れられない頑固者がいた。

「やはり、このままではいかん」

 我が黒騎士団の最高責任者にして、指導者であるウォーレス=マードック騎士団長殿はとにかく頭が固い。
 同性愛を理解できない彼は、今回の件で拒絶反応を起こしかけていた。

「なあ、グレン、そうだろう? あれらは若い、血迷っているのだ。夢から覚めた時、どれだけの絶望と後悔が彼らを襲うであろうか、私には想像がつく」
「そうですね……」

 他人の恋路を血迷っていると断言するのはいかがなものかと思うのだが、反論せずに受け流す。

「幸い、レオンは任務で遠出をしている。この隙にキャロルを説得しよう。グレン、ここに連れてきてくれ」

 説得か……。
 無駄だと知りつつも、キャロルを呼びに行くことにする。
 本人の口から本心を聞かされれば、団長も納得するかもしれない。

 キャロルを説得して別れさせようと考えた団長の目論みは、レオンとキャロルの絆と、エミリア姫の横槍で思わぬ方向に転がっていった。
 団長とレオンが戦い、レオンが勝利すれば二人の仲を認め、負ければ彼らは白騎士団へ移籍することになった。
 団長にしてみれば、どちらにしても望まぬ結末だ。
 だが、レオンが勝利すれば、それなりに気持ちの整理もつくだろう。
 複雑な団長の胸中を思いやって、ため息をついた。

 そして、事態をかきまわした張本人であるエミリア姫は、張り切って指示を出し、試合の準備を進めた。
 国民に向けて開催を宣言し、闘技場への入場を許したのだ。
 我が国では、何かにつけて騎士同士の試合が行われる。
 他国に自国の武力を知らしめる目的もあるが、騎士達の闘争心や向上心を上げるためでもある。
 自分も晴れ舞台に立ちたいと願う気持ちが、日々の修練にも反映されるからだ。

 そして、試合当日。
 エミリア姫はキャロルを連れ去り、なんと女装させて会場につれてきた。
 姫と共に貴賓席に現れた彼女を見て、騎士団員も観客達も大いにざわめいた。
 理由はその美しさにだ。

 華やかさでは姫の方が勝る。
 エミリア姫は、王者の風格を持つ、生まれながらの貴人だ。
 堂々と胸を張り、優雅に歩く姿は無意識にひれ伏してしまうほどの神々しさがある。

 その後ろを歩くキャロルは、扇で顔を隠して俯いているが、その輝きは隠しきれるものではない。
 元々、整った顔立ちでもあり、貴婦人の高貴な装いで、さらに魅力が引き出されている。
 恥ずかしそうに隠れようとする姿が、闇に浮かぶ月に似た、淡く儚い印象を与えた。
 男性たちは月の女神の降臨を目の当たりにしたかのごとく陶酔した目で彼女を見つめ、女性たちは嫉妬と羨望の眼差しを送る。

「もしかして、あの方がラングフォード様の噂の恋人?」
「く、悔しいけど、お似合いですわ」
「どちらのご令嬢かしら? もしや外国の姫君なのでは……」

 レオンのファンの貴婦人達が囁きを交し合っているのが聞こえた。
 エミリア姫がレオンの恋人を今日の試合に招いたと、社交界に噂が流されていたのだ。
 姫の計画は成功したようだ。
 これでレオンに近づこうとする女性は確実に減った。

「あれって、キャロルだよね? うわー、綺麗。男にしておくのもったいないぐらい」
「あ、ああ、そうだな。綺麗だ……」

 トニーが素直な感想を述べている隣で、ノエルは呆けたようにキャロルを見つめていた。
 彼の秘めた恋心はこれでまた消える機会を逃してしまったかもしれない。
 キャロルも罪な子だ。

「レオン様が惚れるのもわかった。あれなら男でもいい!」
「オ、オレもだ! あんな美人なら、男か女かなんてどうでもよくなってきたぞ!」

 騎士団員の間でも、キャロルへの賛辞の言葉が飛び交っている。
 逆にレオンのライバルは増えてしまった。
 これは計算外である。
 外野の声が聞こえているのか、いないのか、レオンは黙って身につけた装備の点検をしていた。
 従騎士達は離れているので、私はレオンにだけ聞こえるように話しかけた。

「キャロルにみんなが見惚れているよ。でも、どうして隠れているんだろう? 前から思っていたが、あの子は自分の容姿について、自信も自覚もなさすぎる」

 男の姿をしている時の方が、彼女の表情は輝き、自信に満ちている。
 なぜだろう?
 女としても、誰にも負けないほどの輝きを秘めているというのに、彼女自身は認めていないようだ。

「キャロルには双子の妹がいてな」

 わたしの疑問を受けてか、レオンが口を開いた。

「妹の方は幼い頃に女としての素養を完璧なまでに身につけた。当然、大人達はそちらに注目し、キャロルは日陰の中で生きていた。誰にも認められない孤独に苛まれ、生気を失うほど追い詰められたあいつは、比べられてきた対象を越えたとしても気がつかないほど、自分は劣っているのだと強く思い込んでいるんだ」

 キャロルが抱える強烈なトラウマ。
 それが彼女が騎士を志した理由の一つでもあった。

 成長するごとに、顔立ちが変わっていく者もいる。
 キャロルはまさにそのタイプで、美しい母親の特徴も備えた、妹とは別の整った容姿を手にいれたというのに、彼女の瞳は過去の自分の姿を常に映し続けている。
 幼少期に受けた心の傷は、現在でも癒えることはなく、キャロルに影響を及ぼしていた。

「かわいそうに。そこまでわかっていて、なぜ思い込みを正してやらないんだ? 女性として生きる道もあるとわかれば、この平時の世でわざわざ剣をとって戦う理由は無い。レオンだって、本心ではキャロルが騎士への道を進むことを望んではいないんだろう?」

 愛しい女性を危険に晒したい者などいないはず。
 レオンは苦笑した。
 自分にもわからないのだと彼は呟いた。

「この七年間、あいつがオレとの約束を忘れて、女としての人生を選んでいても構わないと思っていた。希望を失わず、笑顔でいてくれるならそれで良かった。だがな、こうしてオレを追いかけてきて、特別な愛情を抱くようになった今は、片時も離れることなく傍に居たいと願っている。本音を言うと、オレはキャロルの夢を叶えたいわけじゃない、この手の届く場所に置いておきたいだけだ」

 危険から引き離したいと思いながら、手放したくもない、矛盾した気持ち。
 レオンも悩んでいるのだろう。
 キャロルに向ける狂気に近い、己の独占欲の強さに。

「手に入れたからには、二度と離すつもりはない。何者だろうと、オレとキャロルを引き裂くことはできん。たとえ、それが指導者として尊敬し、慕ってきた人であってもだ」

 レオンは挑戦的な目つきで団長を見つめ、兜を着けた。
 控えていた従騎士達が馬を引いてきて、槍を差し出す。
 レオンは黒馬に跨ると、槍を受け取って、中央へと進み出ていく。
 支度を終えた団長も同様に舞台へと上がった。
 試合が始まる。

 言葉通りにレオンは勝利し、キャロルへの愛の深さを証明して、黒騎士団での二人の居場所を守りきった。




 あれから数週間が過ぎ、我々は平穏に日々を営んでいた。
 キャロルは相変わらず頻繁にレオンの部屋に通ってきている。
 壁が厚いので聞き耳でも立てない限り、声は漏れてこないが、何をしているのか想像がつくだけに、その日の夜は少し居心地が悪い。
 彼らの絆は、今回の件でさらに強くなったようだ。

「キャロルが自分の容姿に自信がないのは好都合かもしれない。男の口説き文句を本気に取ることがないからな」

 二人で会話をしていた時、レオンがふと、そんなことを口にした。
 私は呆れて、彼に意見していた。

「君はキャロルを檻にでも閉じ込めておく気かい? 私には、彼女が鳥かごに捕らわれた哀れな小鳥に思えてきたよ。美しい羽根を使うことも許されず、鳴くだけの日々は悲しいだろうね」
「そうかもな。小鳥はいずれ外の世界に放してやらなければならない。だが今は、オレが守る」

 小鳥にキャロルを重ねた私の例えに、レオンは答えた。
 惚気を聞くのも慣れたつもりだったが、レオンのキャロルに対する感情は日が経つにつれ、重く深くなっていく。
 恋とはここまで人を狂わせるものなのか。
 そこまでのめりこめる相手に出会えていない私としては、少し羨ましくもあり、怖さも感じるのだ。




 蛇足となるが、今回の騒動には、もう一つ後日談がある。
 私はエミリア姫に呼ばれて王宮に出向いた。
 表向きはチェスの相手をするためとなっているが、それは口実で、真の用件は別にあった。

 姫が客人を招く時に使用している部屋に通される。
 品よく整えられた小さな部屋の中央には丸テーブルが置かれていて、チェス盤が用意されていた。
 私が席に着くと、姫は侍女に人払いを命じた。

「ゲームに集中したいから、呼ぶまで誰も近寄ってはならぬ。マーカスとグレンがおるのだから、心配はいらぬぞ」

 姫は毎回そう言って、私とマーカス以外の人間を部屋から締め出す。
 言いつけを守り、控えていた侍女達が隣の部屋に消えた。
 気配が完全に消えたことを確認してから、姫はチェス盤を脇に押しやり、私に数枚の書類を渡した。
 姫の傍らに立っていたマーカスも同じテーブルに着く。

 手渡された紙面にびっしりと書き込まれていたのは、物語のプロットだ。
 最初から最後まで、おおまかな筋書きが、幾つかのブロックに線で分けられている。

「レオンとキャロルのおかげで、新作のアイデアが出たぞ。今回の主人公はあやつらがモデルじゃ。騎士が恋した美しい乙女は、いつも傍にいて窮地を共に切り抜けてきた従騎士だったのだ。どうだ、斬新な結末であろう!」

 得意満面の姫を前にして、私の背に冷たい汗が流れた。
 シャレにならない結末だ。
 本当に姫はキャロルが女性であることに気づいておられないのだろうか。
 これをキャロルが読めば、自分に重なる部分があることに気づいてしまうかもしれない危険性を感じた。

 読み進めていくと、この間の騒動をモチーフにした展開が随所に散りばめられている。
 もちろん、当事者でさえもわからないほど巧妙に細部は変更されているが、事前にネタ元を知っている私には、どの出来事を使用しているのかがすぐわかる。

 ここまで書けば、もうわかっただろう。
 ベストセラー作家ヴァイオレット=キャンベルの名は、エミリア姫が考えたペンネームだ。
 ヴァイオレット=キャンベルの正体が姫であったなら、バレたところで乙女の夢は守られるだろう。それどころか、王家を崇拝する国民が本を購入し、売り上げはさらに伸びて、姫の名は世界中に広まるはずだ。
 しかし、我々が正体を秘密にしている理由は、作家が姫一人ではないことが原因だった。

「グレンには、この決闘の場面と盗賊団との立ち回りに特に力を入れて欲しい、迫真の描写を頼むぞ。マーカスの担当部分はこの通りじゃ、確認してくれ。最後の愛を語り合う場面には、うっとりするような騎士の甘いセリフが欲しいな」
「御意」

 マーカスはいつも通りに短い返事をして、担当のプロットを確認した。
 私も自分に任された場面に目を通し、こっそり目線を上げて、姫とマーカスを交互に見つめた。

 ヴァイオレット=キャンベルとは、三人合作のペンネーム。
 描写が秀逸と評判の戦闘場面は全て私が書いている。
 姫は筋書きを考え、戦闘とロマンス以外の場面を書き上げて、私とマーカスが書いた文章を矛盾がないように組み込み、編集者と推敲を重ねて仕上げていくリーダー的役割だ。
 これが、作者を秘密にしている最大の理由。
 女性達が夢中になっている騎士と乙女のラブシーンは、全てこの無口で無表情な男が書いているのだ。

 読書家で知られていた私を仲間に引き入れたのはわかるとしても、エミリア姫がどこでマーカスの才能を見出したのかは不明だ。
 作品がベストセラーとなった現在、姫の人選は正しかったのだろう。
 長年同僚として付き合ってきたが、未だに私にはマーカスが何を考えているのかがわからない。
 だが、彼はそこらの夢見がちな乙女をも凌駕するロマンチストである。
 彼が表現する騎士と乙女の恋物語を読んでいると、それを確信するのだ。


 END

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