わたしの黒騎士様
エピソード3・3
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エミリア姫の後について、闘技場へと入場する。
場内はすでに大歓声で湧き上がっていた。
貴賓席へと続く出入り口の影からこっそり様子を窺うと、観客席は超満員。
騎士団員だけではなく、貴族や一般市民まで来ている。
こ、これじゃ、レオンの恋人が同性の従騎士だって、国中に広めることになってしまう。
「ひ、姫様。幾らなんでも、これは大げさすぎます」
「よいではないか、レオンの虫除けにもなる良い機会じゃぞ。それに、何のためにわらわの衣装を貸してまで女装させたと思っておる。ここにいる観客のほとんどは試合の理由を知らぬ。侍女達を使ってあやつらは麗しい乙女のために剣を交えるのだと噂を流しておいた。ここで、その姿を見せておけば噂に信憑性が増す。そなたは黙って座って微笑んでおれば良い。万事わらわに任せておけばいいのじゃ」
頼もしく笑うエミリア姫。
そんなこと言われたって、わたしが麗しい乙女に見えるわけがない。
シェリーと同じ容姿なら、虫除けにもなるだろうけど……。
自信がなくて、足が動かない。
生まれついてのものだけは、努力だけでは埋められない。
突っ立っているわたしに業を煮やした姫が、腕を掴んで引っ張った。
「何をしておる、試合が始まってしまうではないか!」
怒鳴られて、頭が真っ白になる。
姫は強引にわたしを引っ張り、観客席へと踏み出した。
途端に響くファンファーレの音。
忘れてた。
王族の入場時には、こうやって注目されるんだ。
俯き、持たされた扇で顔を隠す。
視線は足下に向けて、姫の後ろを歩く。
ざわざわと、たくさんの人の声が聞こえて、驚いている人の気配もする。
騎士団のみんなにだって、笑われているかもしれない。
居たたまれない気持ちで指示された席に座った。
エミリア姫の傍らにあるこの席は、貴賓のために設けられた特別なものだ。
姫は上機嫌で闘技場の中心を眺めている。
「今日は馬上槍試合の形式を取らせた。ウォーレスもレオンと似たタイプでな、力強い戦い方をする。もしかすると、馬上だけでは決着がつかぬかもしれんな」
そっと視線を上げて、広げた扇の影から闘技場の様子を覗く。
黒い騎馬が二騎、向かい合っているのが見えた。
馬の背には黒い鎧を装備して、槍を持った騎士がいる。
見分けがつかないけど、片方の騎士は左腕に青い布を巻いていた。
どっちがレオンなんだろう?
「目印に腕に青い布を巻いているのがレオンじゃ。そなたのドレスと色をあわせてみた」
わたしの表情で気づいたのか、エミリア姫が教えてくれた。
騎士は、王のためだけでなく、乙女のためにも剣を振るう。
今この場で、レオンはわたしの騎士として戦ってくれるんだ。
見ていることしかできないけど、最後まで見届ける。
それが剣を捧げられた乙女のするべきことだから。
「ついに始まるようじゃな」
エミリア姫が高揚感を滲ませて呟く。
開始の合図がなされ、両者の馬が動き始めた。
真っ直ぐに相手に向かい、槍を繰り出す。
団長の槍の方が一瞬早く、レオンが受け止める形になった。
レオンは受け止めた槍を押し返して弾くと、手綱を引いて右にまわりこむように馬を走らせた。
団長も馬首をめぐらせて、迎え撃つ。
闘技場内を所狭しと駆け回り、幾度も槍を交えたが、どちらの攻撃も相手を突き落とすには至らない。
顔を隠すことも忘れて勝負に見入った。
扇を胸元で握り締め、込み上げてくる不安を押さえ込む。
何度目かの激突で、ついに馬同士が衝突し、共にバランスを崩して倒れこんだ。
馬上の二人は素早く馬から離れ、地上へと着地する。
槍を捨て、剣を抜く。
レオンも団長も、雄叫びを上げて剣を振り上げ激しく打ち合い始めた。
緊迫した戦いに触発された人々の興奮が伝わってくる。
歓声が雪崩のごとく響き渡り、耳が痛いほどだ。
「レオン、負けないで!」
声が出ていた。
聞こえるはずはなかったけど、お腹の底から振り絞って叫んだ。
少しでも彼の力になりたかったから。
レオンは一歩も退かず、団長を押していた。
団長の剣の威力も衰える気配が無い。
二人はもつれ合うように長時間の攻防を続けたが、ついにその均衡は破られた。
レオンが放った重い一撃が、団長の隙をついて肩に決まった。
鎧で防がれているとはいえ、受けた衝撃は相当のはずだ。
それでも団長は体勢を崩さず、反撃に転じた。
迫ってくる豪剣をレオンは真正面から受けきった。
全体重をかけて、剣を押し返す。
団長は剣を引いて体勢を立て直そうとしたけど、レオンはさらに一歩踏みこんで懐に飛び込んだ。
剣が宙を舞う。
円を描いて落下し、刀身から地面に突き刺さった剣は団長のものだ。
剣を奪うことで決着をつけたレオンは、自分の剣を鞘に納めた。
「勝者、レオン=ラングフォード!」
審判がレオンの勝利を宣言すると、エミリア姫が立ち上がった。
レオンと団長は兜を外して跪き、興奮でざわついていた観客も次々と口を閉じた。
姫のお言葉を待つために、静寂が場を支配する。
くしゃみ一つすることもはばかられるほどの静けさの中、エミリア姫は威厳に満ちた態度で、闘技場の中心にいる二人の騎士に声をかけた。
「此度の試合、どちらも我が国の騎士として恥じぬ勇猛な戦いぶりであった、褒めてつかわす。さて、勝者への褒美として、レオンには約束通り、そなたの愛しき者を返そう。ウォーレスも納得したであろう。障害の多い恋をした若者達の行く末を心配する親心もわからぬではないが、今後一切の口出しは無用。わらわの前で誓ったのであるから、約定を違えることは許さぬぞ」
団長は深く頭を下げて、恭順の意を示した。
わたし達のこと、認めてくれたんだ。
「さあ、キャロル。レオンのところに行くがよい。もう、誰にも邪魔はされんぞ」
「はい!」
嬉しさで舞い上がっていたわたしは、大観衆の眼前であることを、すっかり忘れ去っていた。
ドレスの裾を摘まんで、階段を駆け下りる。
開かれた柵の間から飛び込み、レオンのもとへと駆け寄った。
飛びついたわたしを、彼は受け止めてくれた。
黒い鎧越しの抱擁だったけど、温もりを心で感じて幸せな気持ちになった。
「レオン、ありがとう。わたしのために戦ってくれて……」
「この戦いはオレのためでもあったんだ、礼を言われることじゃない。これで、堂々とお前を抱ける。もう何も心配することはない」
レオンは花嫁を抱きかかえるみたいに、わたしを両腕で抱き上げた。
そして団長に黙礼して出口へと向かう。
通り過ぎる時にちらりと見えた団長の顔は、何ともいえない複雑そうな表情をしていた。
悔しがっているわけでも、怒っているわけでもない。
途方に暮れた、呆然とした様子で、団長は佇んでいた。
レオンは控え室までわたしを運び、下ろしてくれた。
控え室にはトニーとノエルも来ていて、二人はわたしの姿を見るなり、目を丸くして驚いた。
騒ぎ出したのはトニーだ。
「うわあっ、遠目からでも思ってたけど、すごい! 本当にキャロルなの!?」
すごいって……、やっぱり酷いんだ。
笑ってもいいよ、どうせ似合ってないもん。
「だって、姫様が無理やり。わ、わたしだって好きでこんな格好したわけじゃない」
半泣きになって俯くと、トニーは不思議そうな顔で覗き込んできた。
「えー? 何言ってるの、似合ってるよ? 綺麗な顔してるなって思ってたけど、ここまでとはね。そこらの女の子より断然かわいいよ。ね、ノエル」
「あ? ああ、かわいい。うん、こんな風に言われるの嫌かもしれないけど、すごくかわいい」
話を振られたノエルは、しどろもどろになってやたらと「かわいい」を連呼した。
「二人とも、気を使わなくていいよ。自分の姿がみっともないってわかってるし、正直に貶してくれたっていい」
友達の優しさも、痛いだけ。
慰めなんていらない。
自分が惨めになるだけだ。
二人が困った顔を見合わせている。
彼らに悪気はないのだろうけど、わたしにとって容姿は決して口にして欲しくない最大のコンプレックスだった。
「ノエル、トニー、装備の片付けを頼む。キャロル、部屋に戻るぞ」
鎧を外し終えたレオンに声をかけられて、ハッと顔を上げた。
目の前の二人はレオンに向き直り、敬礼している。
「はい、お疲れ様でした!」
「任せてください!」
二人はわたしから離れ、レオンの装備を持って控え室を出て行った。
彼らの足音が遠ざかっていき、聞こえなくなると、レオンはわたしの手を取った。
「あ、これ、着替えないと……」
着替えは王宮の姫の部屋だ。
取りに戻らないと。
「このままでいい。たまには姿まで女に戻ってもいいだろう」
レオンの手が後頭部に触れて、引き寄せられる。
頬に唇が触れた。
「姫も余計なことをしてくださった。おかげでオレの不安の種が増えた」
偽の髪ごとわたしの頭を撫でて、彼は囁いた。
「自分に自信がなくても胸を張っていろ。オレはどんな美しい女よりも、キャロルの方がいい。オレのために磨かれたこの姿に勝るものなどない」
「レオン……!」
わたしを認め、求めてくれる彼の言葉に感激して抱きついた。
唇を寄せて誘う。
レオンの息が口元にかかり、口付けを交し合う。
「ん……、ぅん……ぁ……」
腰の辺りに手が回され、ドレスの上から胸を撫でられた。
だけど、急にレオンは動きを止めた。
「このまま続けるには、場所が悪いな」
レオンはわたしをまた抱き上げて、外に出た。
人のいない通路を選んで進み、城を抜けて黒騎士団の寮まで帰っていく。
一級騎士の寮もひっそりとしていた。
まだ誰も闘技場から帰ってきていないようだ。
レオンは自室に入ると、まっすぐ奥の寝室へと向かう。
わたしをベッドの上に座らせると、彼は床に膝をついて、わたしの頬を両手で包み込んだ。
「急いてすまないが、いいか?」
何の了解なのか、言われなくてもわかった。
頷くなり、レオンはわたしを寝具の上に押し倒して、組み伏せた。
「……んぁ……」
開いた襟の辺りに舌が這わされて、ぴくんと震えた。
ドレスの留め金や紐が解かれ、少しずつ肌蹴ていく。
「ぁ……、あぁ……」
露わになっていく背中を撫でられて、甘い快感が突き抜けた。
レオンの手が胸元に伸びて、着衣を下へとずらされた。
あ……。
胸元が軽くなり、違和感を覚えてハッとした。
偽の胸を形作っていた下着が取れた!
布で巻かれた本物の小さな胸が、わたしを夢から現実へと戻した。
「あ、やぁ……っ!」
飛び起き、恥ずかしさで赤くなり、胸を隠して丸くなった。
だけどレオンはその手を掴んで胸からどかすと、布まで剥ぎ取ってしまった。
「どうした? なぜ隠す?」
レオンは今さらだって呆れてる。
それでも、コンプレックスは容赦なくわたしを追い詰めていく。
「だって、小さいんだもの。見た目を幾らごまかしても、本当のわたしは……」
どうしても女としての自分に自信がもてない。
不安に急き立てられて、魅力のない自分自身への泣き言を口にしていた。
レオンは黙って聞いていたけど、いきなりわたしを抱えあげて、後ろ向きに膝の上に乗せた。
「あっ、レオン? ……んぁあん」
小さいと嘆いていた膨らみが、大きな手の平で揉みまわされた。
彼は首筋にキスを落としながら、指先を動かして乳房を弾ませる。
「まだ成長期だろう、オレが大きくしてやる。それに今でも十分魅力的だぞ。無意識に誘うな、いい加減に気づけ」
誘うって意味がわからない。
ドレスの裾がまくられて、下着が一つ一つ外されていく。
レオンの指が秘所を撫でた。
愛液が泉を満たし始めていて、湿った音と冷えた感触がした。
「あっ、あっ、やぁあぁ……」
うつぶせになってお尻を突き出す。
ドレスを腰に巻きつけたまま、快感の導きに任せて腰を振った。
レオンの片手は胸を弄び、もう片方の手が太腿を這って、蜜の溢れる場所をじらしては、軽く触れて痺れをもたらした。
与えられる愛撫に酔って、淫らに染まった喘ぎが幾つもこぼれていく。
「ふぅ、あぁ…ん……、ぁああ……」
レオンは胸を揉みながら、膨らみの先端を指の腹で擦った。
小さいなんて気にしていたから、胸への愛撫はいつも以上にじっくりと行われている。
わたしは愛されているんだ。
レオンの行為に労わりと愛情が込められていることを実感して、さらに快感が高まった。
愛液が幾筋も太腿を伝って流れ落ちていく。
体が昂っていくにつれ、レオンを求める気持ちも膨らんでいった。
「レオン…、お願い……、ぅん……あぁ……」
何をして欲しいかなんて言えないけど、伝わったみたい。
荒い息をつきながら、レオンがわたしの腰を抱え上げた。
「キャロル、いいんだ…な……?」
「う……、うん……」
熱い欲望が秘裂を割って入ってくる。
容赦なくわたしを貫くそれも、彼自身であると思うだけで愛おしく感じてしまう。
「あっ、あああっ」
背中にレオンの熱を感じる。
両手をついて、四つんばいになったわたしの上に、彼が覆いかぶさり、背後から突き上げてくる。
胸の二つの膨らみも、休むことなく揉み解されて、わたしを狂わせていく。
「あぁんっ、ゃあ……、んぁあああっ!」
「……くぅ……、ああっ、ぅ……っ!」
胎内から昂った自身を抜くと、レオンは精を放った。
わたしはそれを身に浴びて、ぐったりと崩れ落ちた。
呼吸で上下するわたしの背中に、レオンはキスを落として、身を起こした。
「すまん、やり過ぎた。大丈夫か?」
彼はわたしから衣服を脱がせ、体を拭いてくれた。
動けない時は、こうやって世話を焼いてくれる。
優しいな。
レオンは昔からそうだった。
優しくて面倒見がいいから、広場の隅に座っていたわたしに声をかけてくれたんだよね。
あの時から、わたしはあなたしか見ていなかった。
「レオン、好き」
首に抱きついて、しがみつく。
レオンはわたしを抱きしめて、幼子をあやすみたいに背中を撫でてくれた。
「オレもだ。他の男が近寄ってきても絶対に目を向けるな、お前はオレだけを見ていればいい」
「うん、レオン以上に素敵な人なんていないから大丈夫だよ」
お互いを瞳に映して、声を奪い合う。
迎え入れた彼の舌に自分のそれを絡めて、心ゆくまで貪りあった。
騎士を目指すわたしだけど、レオンの腕の中でだけは、ただの恋する女に変わる。
試合の後に発せられた姫のお言葉のおかげで、一連の不名誉な噂は打ち消され、始めから何も起こらなかったかのごとく平穏が戻って来た。
わたしの日常は充実している。
レオンと愛し合い、修練と従騎士の仕事に精を出す日々。
そして、あれから数週間が過ぎた。
「お借りしていた本、お返しします。ありがとうございました」
グレン様に借りていた、ヴァイオレット=キャンベルの本を返しにきた。
お礼に街のお菓子屋さんでクッキーを買ってきた。
紅茶のお供に最適な、甘さを控えたハーブ入りのクッキーだ。
「お礼なんていいのに。だが、せっかくだから、喜んでいただくよ。君も一緒にどうだい」
グレン様は紅茶を入れて、クッキーを出してくれた。
わたしも席に着き、小さなお茶会が始まった。
「ヴァイオレット=キャンベルの本なら、いつでも貸すから持っていくといい。特に次の巻は君を……」
グレン様は途中で黙り込み、口元を押さえた。
失言したといった表情で、目を泳がせている。
「……いや、忘れてくれ。なんでもない」
気になりますってば。
次の巻がどうしたんだろう?
ヴァイオレット=キャンベルに絡む、グレン様の秘密。
すっごく気になる。
実はグレン様が作者でしたって、ことはないよね。
だって、あんなに乙女の夢を具現化した恋物語なんだもの、きっと作者は恋愛経験が豊富で、社交界で活躍しているような、素敵な女性に違いないんだ。
自分の考えを打ち消して、別の話題に移る。
帰り際に、グレン様お勧めの推理小説をお借りした。
騎士が謎の殺人事件の真相を探る、剣での死闘も展開されるスリル満点のサスペンスだ。
うん、こっちの方がグレン様らしい。
新しい本を読むのが楽しみになって、上機嫌で部屋を出た。
グレン様の部屋を出て歩きかけた途端、部屋から出てきた団長に出くわした。
「あ、その、こんにちは……」
何を言えばいいのかわからなくて、とりあえずご挨拶。
「ああ、キャロルか」
団長は微笑を浮かべ、機嫌のいい顔をわたしに向けた。
「グレンに本を借りにきたのか。ちょうどいい、私もキャロルに渡そうと思っていたものがあるんだ」
団長は姫に誓った通り、わたしとレオンの仲に口を出さなくなった。
そう、口は出してこない、出してないけど……。
「ちょっと待っていろ」
団長は自室に戻ると、すぐに出てきた。
手には本を二冊持っている。
「なかなか素晴らしいことが書かれている。ぜひ、読んでくれ」
「は、はい……」
受け取ると、団長は静かに立ち去った。
わたしは本の表紙をめくり中身を確かめた。
一冊目は男性作家が書いた恋愛小説だ。
純情な貴族の青年が初々しい恋をして、良き伴侶を得て子供を儲けて幸せな家庭を築くまでの半生が、ひたすらほのぼのと綴られている。帯の宣伝文には『これを読めば、あなたも必ず結婚したくなる!』などと書かれている。どうやら実話を元にしているらしい。
二冊目は男女の性愛に関する怪しい本だった。
夜の営みのテクニックやら、男性の性的興奮を煽るような文章や女性の裸を描いた挿絵が書かれている。
表立って反対できなくなった団長は、わたしの意識改革をしようと考えたようだ。
女性に興味を持つように、少しずつ誘導していく作戦なのだろう。
わたしが女性に性的な興味を持つなんて、この先もありえないのに……。
ため息をついて、本を抱えた。
団長には悪いけど、どうしても叶えたい夢のために、あなたに嘘をつき続けることを許してください。
END
副団長のバカップル観察記録
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