わたしの黒騎士様

エピソード6・3

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 翌朝、わたしは疲労の取れない重い体を引きずって、朝の仕事をこなした。
 朝食の支度をして、給仕をこなす。
 食堂は一級騎士から順番に席に着き、正騎士の人の食事が終わってから、従騎士が食事にありつけるシステムだ。

 レオンはグレン様と朝食を食べていた。
 近くのテーブルに置いてあった使用済みのお皿を下げていくついでに、そちらの様子を盗み見る。
 レオンの表情は暗く、グレン様が励ましているようだ。

 昨夜のレオン、どこかおかしかったな。
 あんなに何度も愛しているかどうか確認するなんて、何を不安がっていたんだろう?
 わたしの知らない間に、彼に何かあったのかな。

 レオンの様子を気にしながら配膳作業を終え、自分の朝食を持って席に着いた。
 トニーとノエルも向かいの席に座り、三人で揃って食べ始める。
 最初に会話を振ったのはトニーだった。

「あのさ、キャロル。噂を聞いたんだけどね」
「うん」

 相槌を打って、トニーの方を見る。
 彼は言いにくそうに口ごもったけど、やがて思いも寄らない問いを発した。

「レオン様と別れたって本当?」

 呆然となった。
 朝食を口に運んでいた手も、無意識に止まっている。

「え……?」

 何で? どうしてそんな噂が?

「この一週間ほど、キャロルがオスカー様を追いかけまわしているって、すごい噂になっててさ。付き合ってとか言って、デートに誘っているらしいって。いや、ボクもキャロルに限って二股なんてと思ったんだけど、毎日白騎士団の敷地に行っているのは事実だしね。そんな噂が流れているんじゃ、友達としては放っておけないだろ。ボクらにだけは本当のことを言ってよ」

 トニーの説明で疑問が解けた。
 それでレオンの様子がおかしかったんだ。
 わたしはオスカー様とナタリーさんの橋渡しをしてただけなのに、周りの人にはわたしがオスカー様に迫っているように聞こえてたの?

「キャロル、心変わりは仕方ないかもしれない。でも、こうもあっさり乗り換えるなんて、レオン様がかわいそうじゃないか。あんなにお前のことを大事にしてたのに」

 ああ、ノエルまで誤解している。
 彼は真剣な顔でわたしを諌め、レオンに同情していた。

「ち、違うよ、わたしが好きなのは、レオンだけだよ。オスカー様を追いかけていたのは、あの人が話を聞いてくれないからで……」
「だから、告白しようとしてたんだろ?」
「違うってば、そんな用事じゃないの!」

 わたしは二人を制して、かいつまんで事情を説明した。
 つまり、オスカー様の恋愛事情に首を突っ込み、お節介にも橋渡し役を買って出たことを。
 説明を聞いた彼らは納得して、表情を緩めた。

「なぁーんだ、そうだったんだ。そうだよね、キャロルに限って、二股はないよね」
「そうか、橋渡しか。大変だったんだな」

 はぁ、誤解の訂正はトニーに任せておこう。
 彼は他の人にも話しておいてくれると請合ってくれた。
 数日で噂は消えるだろう。
 早くオスカー様の件を片付けないと、また変な噂を立てられそうだな。




 レオンの誤解も解かなければいけなかったけど、次にわたしが会ったのはオスカー様の方だった。
 彼は書類の束を左手に持って、黒騎士団の敷地を歩いていた。
 チャンスを逃すわけには行かず、わたしはオスカー様に駆け寄った。

「オスカー様、待ってください!」
「またお前か、いい加減に諦めろ」
「嫌です! それに今日は特別な日なんです。これ、ケイから預かりました」

 わたしは昨日ケイに渡された招待状を差し出した。
 オスカー様に宛てた、あの子の手作りの招待状だ。

 オスカー様は招待状を見て、上着のポケットに入れた。
 捨てる気はないみたい。
 でも、行ってくれるかどうかはわからない。

「オスカー様、行きますよね?」
「さあな。別にオレが行かなくても、代わりならいるだろうよ」

 オスカー様はやる気のない声で答えた。
 ナタリーさんの婚約者のことを言っているんだ。
 どこか拗ねたような彼の態度に、わたしは苛立った。

「ケイはオスカー様に来て欲しがっているんです。こんな簡単に諦められるほど、あなたの気持ちは軽いものじゃないでしょう!? このまま他の男の人にナタリーさんを取られてもいいんですか!」
「ふざけるな! お前に何がわかる! あいつにとってオレは他の拾ったガキと変わりゃしねぇ。ちょうど良かったんだよ、オレもうんざりしてたんだ。家族なんて曖昧な関係なんぞいらねぇんだよ!」

 オスカー様の本音が少しだけ垣間見えた。
 この人も自分は愛されていないのだと思い込んでいる。
 彼女が好きなのに、その気持ちを否定されることを恐れて、わざと離れようとしているんだ。

 ああ、もう!
 わたしにわかることが、どうして当人にわからないんだろう!

「あなたは自分の気持ちをぶつけて、拒絶されるのが怖いだけなんだ! オスカー様の意気地なし!」
「てめぇ……っ!」

 オスカー様が怒りを露わにする。
 だけど、わたしだって苛立ってるんだ。
 だって、ナタリーさんも子供達もあんなに……。

「どうしてわからないんですか! オスカー様のこと、好きなのに!」

 イライラが頂点に達して、叫んでいた。
 途端にオスカー様から怒りの感情が消えて、迷惑そうに顔をしかめた。
 ん?
 反応が変?
 それに視線がこっちを見ていない?
 彼の視線を追っていくと、わたしの後ろを見ていることがわかった。
 後ろに何かあるの?

「おい、キャロ。てめぇ、見事に主語を抜かしやがったな。あれはお前が責任持ってどうにかしろよ」

 オスカー様が低い声で、わたしに囁く。
 恐る恐る振り返ると、そこには青い顔をして立ち竦んでいるレオンがいた。
 その姿は真昼に現れた幽霊のようだった。

 レオンは表情を消して、わたしを見つめた。
 ただならぬ様子を感じ取り、冷や汗が吹き出た。

 やがて動き出したレオンは、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

「キャロル……、あの噂は本当だったんだな……。まさか、お前がオスカーのことを……」

 そこで誤解されていることに気がつく。
 主語を抜かしたせいで、告白になっていたんだ!

 レオンは引きつった笑みを浮かべ、頭を振った。

「オレにお前を引き止めるだけの力がなかったんだろうな。……だめだ、簡単に気持ちを切り替えられそうにない。どうしてなんだ、キャロル。昨夜だって、あれほど何度も愛していると言ってくれたじゃないか! くそ、もっと激しく抱いておくべきだったか!」

 わたしが動揺して咄嗟に言葉の出てこない間に、レオンは自己完結してどんどん話を進めていく。
 恥ずかしいことまで平気で口走っているし、かなり混乱しているみたい。

「ちょっと、レオン、落ち着いて! 違うの、わたしとオスカー様は何でもないの! わたしが好きなのはあなただけだよ!」
「やめろ、ごまかすんじゃない! たった今、目の前で告白を聞いたんだ。なぜ、オレじゃなくてオスカーなんだ! オレのどこが不満だったんだ! そんなにあいつのことが好きなのか!」

 肩を掴まれて揺さぶられる。
 あうぅ、目がまわる!
 とにかく誤解を解かなくちゃ。

 わたしは掴まれた肩を振りほどき、レオンに飛びついた。
 勢いをつけて、唇を重ねる。
 レオンはびっくりして、動きを止めた。

「あれは、違うの! オスカー様のことが好きなのは別の人で、わたしはその代弁をしてただけなの!」

 一気にまくしたてて、様子を窺う。
 レオンは落ち着きを取り戻し、わたしの背中に腕をまわしてきた。

「それは……、嘘じゃないんだな? キャロルはオレのことが好きなんだな?」

 レオンはまだ信じられないのか、確認を取った。

「いつも言ってるじゃない。あなたのことが大好きだって」
「キャロル、お前はオレのものだ。誰にも渡さない!」

 んぐっ。

 レオンは強引に唇を押し付けてきた。
 性急に唇を塞がれた上に、舌が口の中に押し入ってくる。

「んっ、ぅう……、うむーっ!」

 雰囲気も色気も何もあったもんじゃない。
 わたしは骨が折れそうなほどの力で抱きしめられて、激しいキスを繰り返された。
 彼の手がわたしのお尻に当てられ、下から持ち上げるように撫で始める。
 耳朶や首など感じる箇所にキスを散らされて、体が官能の喜びに震えた。

「や……、待って、だめぇ……」

 わたしはレオンの胸を押して離れようとした。
 そうすると、彼の力はますます強くなる。

 ここって、外だよ?
 何してるのっ!?
 正気に返ってーっ!

 羞恥と焦りで悲鳴を上げかけたところで、わたしの体は解放された。
 レオンからわたしを引き離してくれたのは、グレン様だった。
 グレン様はレオンの腕を掴んで、自分の方に引っ張ると、呆れ顔で注意した。

「レオン、嬉しくて舞い上がっているのはわかるが、ここは君の部屋じゃない。公然猥褻は犯罪だぞ」

 冷静な声音で指摘され、レオンは目が覚めたみたいに瞬きした。

「あ、ああ、すまない。つい、我を忘れてしまった。しかし、猥褻って……」
「猥褻だろう? どう見てもキスだけで済みそうにない勢いだったよ」

 その通りです。
 頷くわたしを見て、レオンは目を逸らした。
 自分の行動が恥ずかしくなったんだろう。
 それだけ愛されているってことなんだけど、今日のレオンはちょっと怖かった。

 一息ついて、そこにオスカー様の姿がないことに気がついた。

「ああー! 逃げられた!?」

 今日も説得失敗。
 ケイのお誕生日なのに、本当に行かないつもりなの?
 わたし一人で行くしかないか……。




 夕食の当番は他の人に代わってもらい、日が暮れ行く街に出た。
 小走りに足を動かし、道のりを急ぐ。
 行きがけに、ケイへのプレゼントにと花束を買った。
 小ぶりの花を集めたかわいらしい花束を頼み、赤いリボンを結んでもらった。
 玩具やお菓子もいいだろうけど、女の子なら意外にこういった物も嬉しいかもしれない。

 孤児院に着くと、子供達が出迎えてくれた。
 彼らはオスカー様が一緒ではないことを知ると、気落ちしたように俯いてしまった。

「招待状は渡したんだけど、ごめんね……」

 期待に応えられなかったことを謝ると、進み出てきたケイが、わたしの手を取った。

「キャロルお兄ちゃんだけでも来てくれて嬉しい。お姉ちゃんがケーキ焼いてくれたんだよ、一緒に食べよう」

 彼女の屈託のない笑顔に、わたしも微笑み返した。

「お招きありがとう。はいこれ、ケイにプレゼント」
「わあ、綺麗なお花! ありがとう、お兄ちゃん!」

 花束を差し出すと、ケイはすごく喜んでくれた。
 彼女はわたしに抱きついて、頬にキスしてきた。
 かわいいな。
 シェリーも誕生日のお祝いの時は、こんな風に喜んでくれたっけ。

 和やかな空気の中、食堂へと案内された。
 木製の大きなテーブルには、大きなケーキを中心に、サンドイッチやハンバーグなどの子供が喜びそうな手作りのご馳走が並んでいる。
 台所ではナタリーさんが料理をお皿に盛り付け、それを子供達がテーブルに運んでいた。

「キャロルさん、来てくださったんですね」

 ナタリーさんはわたしに気がつくと、手を休めてこちらに来た。
 彼女もわたしが一人で来たことに気づくと、眉を下げて肩を落とした。

「やはり、オスカーは来てくれませんでしたか」
「はい、すみません」
「いいえ、キャロルさんにはご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ありません。今日は楽しんで行ってくださいね」

 ナタリーさんはわたしに笑いかけて、席に案内してくれた。
 わたしの席は主役のケイの隣だ。
 準備を終えた子供達も次々座っていく。
 みんなが着席したのを見届けて、ナタリーさんが声をかけた。

「じゃあ、みんな。ケイにお祝いの言葉を……」

 お祝いの言葉を言う前に、家の扉がノックされた。
 みんな顔を見合わせて、パッと笑顔になる。

「オスカーが来たんだ!」

 誰かが声を上げると、子供達が席を立つ。
 ケイも喜んで玄関に駆けていった。

「何してるの、早く入って……」

 我先にとドアを開けた子供達の動きが止まる。
 外にいたのはオスカー様じゃなかった。
 身なりのいい中年の男性は、自分を見上げている子供達を見回し、薄笑いを浮かべた。

 ダリク=バクター。
 ナタリーさんを愛人にしようとしていた男の人だった。




「どうなされましたか? 今日はおいでになるとは聞いていませんでしたが……」

 後ろに下がった子供達を庇うように、ナタリーさんが進み出た。
 表情が硬い。
 彼の訪問は、彼女にとって予期せぬものであったようだ。

「すまないね、実は急用ができて」

 ナタリーさんの向こうに見える男性の顔は、いやらしく歪んでいた。
 顔立ちの問題じゃない。
 心の中にある感情が表に出てきている。
 それも、とびっきりの悪意を感じる笑い方だ。

「時間がないんだよ、ナタリー。さあ、おいで。表に馬車が待っている。子供達も一緒に行こう」
「な、何をおっしゃっているんです!? どこに行くと……ああっ!」

 ダリク=バクターは、ナタリーさんの腕を掴んで引っ張った。
 引きずられる形で、彼女の体が外に出て行く。

 いけない。
 嫌な予感がして、わたしは席を立った。

「みんなは家の中にいて! 絶対に外に出てはだめ!」

 子供達に家から出ないように指示して、ナタリーさんを追って外に出た。

「放してください!」

 ナタリーさんは、掴まれた腕を振りほどこうと抵抗していた。
 バクターの向こうに数人の人影が見えたけど、とにかく彼女を助けるのが先だ。

「待て! その人から離れろ!」
「ぐわっ」

 わたしはバクターの腕を掴み、手刀で手首に一撃を加え、引き離すことに成功した。

「ナタリーさん、大丈夫ですか?」
「キャロルさん……」

 ショックで怯えているナタリーさんを背中に庇い、バクターを睨む。
 バクターは打たれた手を押さえて、憤怒の表情でわたしを睨んだ。

「よくもやったなこのガキ! 見たところ、孤児院のガキじゃねぇな! ナタリーの男か? こんな若いのにまで手を出すとは、とんだ淫乱だな」

 紳士の仮面はあっけなく剥がれ、凶悪な本性が表に出てきた。
 わたしを睨んでいたバクターの目が怪しく光り、口元が笑みの形に歪んだ。

「ついでにそいつも連れていくか。よく見りゃ、かわいい顔をしてるしな。高値で売れるぞ」

 売る?
 その言葉によく注意して、彼らが乗ってきた馬車に視線を向けた。
 檻のついた客車は、動物の運搬に使うもののようだ。
 まさか、子供達をあれに乗せるつもりで……。

 ナタリーさんにも想像がついたらしい。
 彼女は顔色を変えて、バクターに詰め寄った。

「あ、あなたは子供達をどうする気なの! それに売るって……。まさか、そんなこと……」

 声を震わせて問い詰める彼女に、バクターは嘲笑を向けた。

「ちょいと予定が早まったが、あのガキどもは全員人買いに売るつもりだったんだ。どうせ捨て子だ、元手はかからないし、いなくなっても支障のないヤツばかりだ。役に立たない能無しでも、多少の金に化ける。なあ、ナタリー。お前だってガキ共が邪魔だったんだろう? こんな美人が結婚も出来ずにガキの世話に追いまくられて、年を取っていくだけなんて可哀想なことだ。だから、自由にしてやろうって言うんだよ。お前は売らずにかわいがってやるよ。情婦として、オレが飽きるまでな」

 最低だ。
 人を人とも思わない男の言葉に怒りが募る。

「黙れ! 彼女にも子供達にも手を出すことは許さない!」
「威勢のいいガキだな。黙るのはお前の方だ。おい、ちょっと相手をしてやれ。ただし、傷はつけるなよ、後で商品にするんだからな」

 わたしの威嚇にも怯む様子はなく、バクターは手下の男達に指示を出した。

 それまでバクターの背後に控えていた男達が前に出てきた。
 相手は四人。
 それぞれの武器は、身の丈ほどもある大剣に、二刀流の剣、大振りの斧、湾曲した刃物を先につけた長い鎖なんて見たことのない物まである。
 殺気を肌で感じる。
 この連中、見掛け倒しじゃない。
 幾度も死線をくぐってきた、猛者の気配がした。

 相手は殺し屋の上に、対するわたしは丸腰。
 傷をつけるなと言われていることから、あの武器は使わないだろう。
 体術で渡り合うとしても、四人もいる向こうが絶対的に有利。
 油断から隙はできる。
 そこに勝機を見出そう。
 わたしは騎士だ。
 守るべき人のために、例え敵わなくても戦う。

「ナタリーさんも家の中に入って。鍵を閉めれば、少しは時間が稼げます」

 見回りの騎士や警備兵が騒ぎに気づいて来てくれるかもしれない。
 めまぐるしく頭を働かせて指示を出した。
 ナタリーさんは動こうとせずに、ためらいを見せた。

「で、でも、それではあなたが……」
「ここはわたしに任せてください。これでも従騎士です。それにあなたがいると、足手まといになります」

 言い過ぎかと思ったが、心を鬼にして言い切った。
 ナタリーさんは、言葉に詰まると少しずつ後ろに下がり始めた。

「それでいいんです。わたしのことは気にしないで、子供達を守ってください」

 彼女が動く気配を背中で感じ、わたしは前方の敵に意識を集中させた。
 袋のネズミだと思っているのか、彼らは焦る様子もなく、じわりじわりと近づいてきた。

「さあ、やっちまえ!」

 後ろでバクターが号令をかけた。
 男達の動きが、急に早くなった。

 四方を囲まれ、わたしを捕らえようと腕が伸びてくる。
 咄嗟にしゃがみ、眼前にあった男の足下をすり抜けた。
 包囲を抜けて、振り向き様に蹴りを見舞った。

「ぐおっ」

 やった! 決まった。
 斧を背負った男の膝後ろに蹴りが決まり、ぐらつかせることに成功する。
 よろめいて不安定な足元に、さらに足払いを食らわせた。
 男はうつ伏せに倒れ、地面に顔面を打ちつけた上に背負った斧と自重で潰されて、うめき声を上げた。

「この野郎!」

 続いて、突進してきた男、これは大剣の持ち主だ。
 左に飛び、距離を開けたと見せかけて、一気に懐に飛び込む。
 型通りなら、顎に拳を叩き込む体勢だったが、生憎なことに身長差が予想以上にある。
 拳はだめだ。
 とっさに体を捻って、逆立ちし、足を顎に向けて突き上げた。

「うぐああっ! いてぇええっ!」

 これも綺麗に決まり、男は顎を押さえてのたうちまわった。

「ち、ちくしょう! 剣さえ抜ければ、こんなヤツ!」

 負け惜しみか、顎を押さえた男が喚いた。
 いちいち聞いている暇はない。
 わたしの攻撃は致命的なものではなく、最初に一撃を加えた男もすでに復活していた。

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