わたしの黒騎士様

栄冠は誰の手に? 騎士団主催チャリティーショー・1

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 秋晴れが続く毎日だったが、私の心は雨雲に覆われたように鬱々としていた。
 もうじき毎年恒例となっている、騎士団主催のチャリティーバザーが開催される。
 それ自体は別に構わない。
 問題は、バザーの客寄せに行われる出し物だ。

 一級騎士による女装コンテスト。
 白騎士団団長アドルフ=クラウザー様の鶴の一声により決定してしまった、非常におぞましく色物な企画である。

 開催日が近づくにつれ、私の許には任務を求めて同僚が連日殺到していた。
 こうして敷地の中を歩いている時や、寮の部屋にまで、彼らは切羽詰った表情でやってくる。

「グレン、頼む! バザーの当日にかかっている任務をくれ!」
「どんな遠方でも、危険な任務でもいい! 女装するより、凶暴な獣や盗賊団を相手に戦う方が遥かにマシだ!」

 必死の形相で腕や肩にしがみつかれ、一気に体が重くなる。
 気持ちが分かるだけに、希望を叶えてやりたいとは思うのだが、そうもいかない。

「わかったから、みんな落ち着け」

 口々に任務を乞う彼らを片手で制し、私はいつもの返答を口にする。

「残念だが平和なものだよ、一級騎士が出動するような重大任務はない。さらに付け加えて言うなら、そんな任務があれば私が行く」

 その途端、私を掴んでいた手が力を失ってずるずると離れていった。
 同僚達は肩を落とし、その場に蹲って絶望の声を上げた。

「ああ、やはり逃れられない定めなのか……」
「オ、オレ、田舎から彼女が来るんだよ。来るなって手紙を書いたら、浮気を疑われて、どうしてもこっちに来るって……」

 それぞれ何やら大変なことになっているようだ。
 私も家族に来るなと伝えに帰ったら、すでにバレていた。
 両親、祖父母、兄弟姉妹の文字通りの家族構成である八人は、目を輝かせて、当日は応援に来ると言った。
 絶対来るなと念を押して帰ってきたが、彼らはこっそり見物に来るだろう。兄と姉などは、自分の連れ合いや子供達まで連れて来るに違いない。そういう人達だ。
 どうして私の実家は王都にあるんだ。
 諦めのため息をつき、私は足を動かした。




 白騎士団の敷地に入ると、こちらでも似たような光景を見ることが出来た。

「オスカー、一生のお願いだぁ! 任務、任務を私にーっ!」
「我が家の沽券に関わる一大事なんだ! ああ、長男が女装なんて両親が知ったら……」
「うるせぇ! 女装ごときでガタガタ抜かすんじゃねぇ! 苦情なら団長に言え!」

 同僚達の泣き落としと悲痛な願いの声を一蹴し、オスカーは無視を決め込んで歩いていく。

「大体、そんな任務があるなら、オレが行くっての」

 彼が残した呟きは、私のそれと同じもの。
 みんな心は一つだ。
 重大任務よ、やって来い。




 不穏な我々の願いを神が聞き届けてくださるはずもなく、ロシュア王国は平和な日々を刻んでいく。
 闇に蠢く盗賊団が略奪を働くのも、収穫が完全に終わった冬の初め頃からだ。
 おのれ、バザーが終わった直後に行動を起こしたら、きっと我ら一級騎士は、彼らを皆殺しにするまで追い詰めることだろう。

 チャリティーバザーは明日に迫っていた。
 私は注文していた衣装を受け取りに、街の仕立て屋を訪ねた。
 店には先客が居て、誰あろう、我が黒騎士団団長ウォーレス=マードック様であった。
 団長は丁寧に包装された衣装を受け取ると、私に向き直った。

「グレンも衣装をこの店で頼んだのか?」
「はい、団長もですか?」
「ああ、先ほど試着してみたが、注文通りの出来栄えであった。この店のお針子は腕がいいな」

 団長が仕立てを褒めると、店主の男性が同情と好奇心の混ざった顔で、我々に笑顔を向けた。

「ありがとうございます。いよいよ明日でございますね。騎士団のバザーと出し物は家内共々毎年楽しみにしているんですよ。頑張ってください」
「うむ、この衣装に恥じぬよう、明日は全力を尽くすつもりだ。店主殿も、バザーへのご協力をお願いいたしますぞ」
「はい、もちろんでございます」

 何に全力を尽くすんですか、団長。
 これが御前試合ならわかるのだが、女装コンテストのどこに力を入れるというのだろう?
 団長が張り切っている理由を私が知ったのは、他の大勢の者と同じく、開催日当日のことだった。




 無情にも翌日は快晴で、早朝から騎士団員総出で会場の準備をしていた。
 会場は闘技場を使い、コンテスト用の舞台やバザーの露店用のテントを設置していく。
 設置が終われば、それぞれの仕事に就く。
 バザーの店番や裏方は従騎士が主にやり、会場の警備や通常任務は正騎士と二級騎士が担当し、我ら一級騎士は午後の女装コンテストが始まるまでは自由行動。
 私は少しでも女装を先延ばしにしようと、会場の見回りをしていた。

 一般客の入場が始まり、一時間が経過した。
 それなりの人出だ。
 主目的であるバザーの方も好調で、騎士団員や王宮に勤める官僚、さらに街の人達から集めた品が、順調に売買されている。

「いらっしゃいませ、エミリア王女がデザインされた騎士団のマスコット人形はいかがですか。限定品の一級騎士人形もありますよー!」

 元気良く売り子をしているのはキャロルだ。
 エミリア姫ブランドの店の売り子が彼女の担当であった。

「さらに、あの人気ロマンス小説家ヴァイオレット=キャンベルがこの日のために書き下ろした同人誌もあります! 在庫は残り僅かです、お早めに!」

 姫は人形だけでは満足されず、小説まで書き下ろされたのだ。
 バザーに対する姫の情熱は計り知れない。
 弱き民草を思いやる姫の行動力と御心に、多くの家臣が感嘆の声をもらしたが、単にあの方はお祭り騒ぎが大好きなだけな気もする。
 まあ、結果的に寄付金が増えるなら、それでいいのだが。

 私が露店に近づくと、キャロルが手を振った。

「グレン様、見回りですか? ご苦労さまです」
「ああ、君達も頑張っているようだね」

 ちらっと店の奥で商品の梱包と会計をしているキャロルの相棒を見る。
 キャロルの相棒はエルマー=バーネットだ。
 彼女は私に気づくと、無愛想な顔つきながら会釈した。
 あまり接客には向いていない子のようだから、緊張しているのだろう。

 私は店に並べられている人形達を眺めた。
 完売の札が置かれているものもあるが、幾つか残っているものもある。
 私をモデルにした人形はまだ数体残っていたが、購入した人がいるようだ。
 どんな人が買って行ったのか気になる。
 やはり子供か若い女性だろうか。

「グレン様のお人形、さっき連続で売れたんです。一人目はお母さんに手を引かれた可愛い女の子でしたよ。二人目は逞しい若い男性で、嬉しそうに抱っこして帰っていかれました」
「いや、いいよ。言わないでくれ、頼むから」

 知りたいなんて気持ちは木っ端微塵に吹き飛んだ。
 一人目の女の子のことだけ覚えていよう。
 かわいがってもらうんだよ、私の分身。

 頭を振り、人形の行方を想像するのはやめた。
 おや?
 店の奥にまだ人形が置いてあるぞ。
 出し忘れているのか?

 隠すように置いてあったのは、レオンとメイスンの人形だった。
 私の視線が人形に向けられていることに気づいたキャロルは苦笑を浮かべた。

「すぐに完売するだろうから、取り置きしておいたんです。レオンのは私ので、アーサー様のはエルマーの分です」

 エルマーは私達の会話を聞いていないフリをしながら、赤くなって俯いていた。
 思い人の人形を欲しがる辺りは、二人とも女の子だな。
 微笑ましくなって、口元が緩んだ。
 でも、相手が自分達の人形を持っているとは想像もしていないんだろうな。




「グレン様! 助けてくださいーっ!」

 突如、背後が騒がしくなったかと思うと、先のセリフと共に抱きつかれ、面食らった。
 私の背中にしっかりとしがみついていたのはノエルだった。

「助けてって、どうしたんだ?」

 公衆の面前で騎士団員が助けを求めるとはよっぽどの事態だ。
 私が顔を上げると、白と黒の一級騎士達が我々を取り囲んでいた。

「往生際が悪いぞ、ノエル。さあ、一緒に来てもらおうか」

 ずいっと一斉に詰め寄ってくる。

「グ、グレン様、見捨てないで……」

 ノエルはすがるような眼差しで私を見つめ、服を掴んでいる手に力を込めた。

「おいおい、これは一体何事だ? 会場で暴力沙汰は起こすんじゃない」

 私がノエルを庇うと、同僚達は違うと否定した。

「団長命令なんだ。ノエル=レイモンドには女装コンテストに参加してもらう」
「え?」

 あ然として、ノエルを振り返ると、彼はすごい勢いで首を横に振った。
 この様子を見ると、不本意な命令から逃げてきたのだな。

「確か一級騎士以外は自由参加だったはずだが……」
「それは私から説明しよう」

 一級騎士達がさっと身を引き、囲みを解く。
 彼らの背後から進み出てきたのは、クラウザー団長だ。

 クラウザー団長は、いつもの温和なにこにこ笑顔で、私とノエルを見つめた。

「だってね、綺麗な子もいないと舞台が盛り上がらないだろう。女装が映えるのはうちのアーサーぐらいだし、黒騎士団の方でも良い子がいないかと思って探していたら、君がいたんだよね」

 ふふふっと、白騎士団長殿は怪しい笑い声をもらした。
 私は改めてノエルの顔を見つめた。
 メイスンほど派手ではないが、目鼻立ちはすっきりと整っている。
 化粧栄えもしそうだ。
 確かに女装が似合うかもしれない。
 思わず納得して頷くと、ノエルの私を見る目が、裏切られた者がする絶望の色に染まった。

「女装なら適任者がいるでしょう! 何でオレなんですか!」

 私にも頼れぬと判断したのか、ノエルは相手が騎士団長であることにも構わず意見した。
 彼の言う適任者とは、言わずもがな、キャロルとエルマーのことだ。
 クラウザー団長は、キャロル達にちらりと視線を向けて、首を横に振った。

「彼らに頼んだら、それこそ勝負にならないじゃないか。ここで私が欲しい人材は、男に見えて、それでいて綺麗な子なんだよ。これは騎士団長からのお願いだ。よもや断ろうなんて思ってないよね、従騎士君」

 ああ、汚い。
 こんなところで騎士団長の権限を振りかざすとは。

「バザーの出し物は何が何でも成功させねばならない。なぜなら今年の評価は来年にも影響するからだ。来場者に満足して帰ってもらうことができれば、彼らはまた来年も来てくれる。君が女装することで寄付金も集まり、救いの手を待つ人々を救えるんだ。何も難しいことじゃないだろう? いつもと少し違う格好をするだけだ。それで多くの人を救えるんだよ」

 クラウザー団長はノエルの肩を掴み、力説する。
 納得できるようなできないような持論を展開し、相手を煙に撒く話術。
 このような人が一番質が悪い。

「そうだぞ、ノエル。これは人々のためなんだ。我ら騎士団員はこの国と国民を守るために存在する。何も剣をとって戦うだけが仕事じゃないっ」
「安心しろ、お前にはオレ達がついている。共に行こう、あの舞台へ!」

 他の一級騎士までもが、クラウザー団長の演説に乗り、説得にかかる。
 こうなったら一蓮托生。
 できるだけ多くの道連れを作ろうと、彼らはヤケになっている。

「で、でも、オレは衣装を用意してませんので……」

 咄嗟に思いついたらしい言い訳をノエルは口にしたが、クラウザー団長は微笑みであしらった。

「心配しなくていいよ。ちゃーんと用意してあるからね。さあ、みんなそろそろ準備にかかろうか」
「はいっ」

 一級騎士達は声を揃えて返事をして、数人がかりでノエルを担ぎ上げた。

「うわあああっ、助けて、キャロルーっ!」

 ノエルはじたばた暴れて、ついにキャロルにまで助けを求めたが、彼女はぐっと拳を握り、彼に声をかけた。

「ノエル、頑張って! 応援するからね!」
「応援なんていらないーっ! ちくしょう、どうしてオレだけこんな目にーっ!」

 ノエルの絶叫が一級騎士達の姿と共に遠ざかっていく。
 可愛い後輩ではあるが、曲者の騎士団長殿が相手では、私にはどうすることもできない。
 ここは潔く諦めてもらおう。
 心でハンカチを振りながら、私は彼を見送った。




 彼らがいなくなるのと入れ替わりに、向こうから大勢の子供達が引率らしき女性を先頭にして歩いて来るのが見えた。
 子供達を引き連れた若い女性はキャロルに気がつくとこちらにやってきた。

「こんにちは、キャロルさん」
「キャロルお兄ちゃん、こんにちは!」

 女性と子供達が口々に挨拶する。

「こんにちは、みんなも元気そうだね。そうだ、ナタリーさんのために、オスカー様のお人形を取り置きしておきましたよ」
「まあ、嬉しい。ありがとうございます」

 キャロルは笑顔で挨拶をした後、オスカーの人形を女性に渡した。
 女性は笑顔で人形を受け取り、代金を払う。
 この人がオスカーの恋人のナタリーさんらしい。

「ナタリーさん、こちらがうちの副団長のグレン様です。グレン様、こちらはオスカー様の婚約者のナタリーさんと、孤児院の子供達です」
「はじめまして」
「こちらこそ、オスカーがいつもお世話になっています」

 私とナタリーさんが挨拶を交わすと、キャロルが彼女に話しかけた。

「ナタリーさん達は、オスカー様の応援にこられたんですか?」
「え? いえ、騎士団のバザーには毎年子供達を連れて来ているんです。そういえば、今年に限ってバザーの日程を教えてくれなくて、今日のことも広場の掲示で知ったんです。あの、彼、何かに出場するんでしょうか? 馬上槍試合とか……」

 ナタリーさんは不安そうに我々に尋ねた。
 オスカーはコンテストのことを内緒にしていたようだ。
 彼の気持ちは痛いほどわかる。
 ……が、来てしまったものは仕方がない。

「危険はありませんよ。単なる女装コンテストですから」
「ああ、良かった。そうですか、女装……」

 私の答えを聞いて、ホッと笑顔になったナタリーさんだが、女装と口にした途端、全ての動きを止めて固まった。

「ナ、ナタリーさん、しっかり!」
「お姉ちゃん!」

 キャロルと子供達が、彼女に駆け寄る。
 彼らに揺すられて、止まっていたナタリーさんは反応を返した。

「……あ。ええ、大丈夫よ、心配しないで」

 どうやら数秒気絶していたらしい。
 無理もない。
 恋人が……それも、女装と縁のない容貌の男がそれをするというのだ。

「誤解しないでナタリーさん。一級騎士は強制参加で、オスカー様も決して趣味でやるんじゃないんです!」

 キャロルが必死にフォローを入れている。
 私も同意して頷く。
 大体、こんな企画を楽しんでやっている者なんていな……。

 ……いや、いたな。
 全ての元凶である騎士団長殿達と、女装に抵抗のない数名の一級騎士が。
 終始乗り気だったメイスンと、エミリア姫に唆されて参加を決めたマーカスのことを思い出して、ため息をついた。

 ナタリーさんは青ざめた顔を、キリッと引き締めた。

「これも騎士団員の務めなんですね。私は彼を支えていくと決めたんです。今日も精一杯応援します。みんな、行きますよ」
「はーいっ」

 ナタリーさんと子供達はコンテスト会場へと去っていった。
 応援しないで帰った方がいいのでは……。
 隠しておきたかったであろうオスカーのことを思うと、少し気の毒になった。




「キャロル、探したのよ!」

 またまたキャロルの知り合いが来たようだ。
 清楚な純白のワンピースを着て、長い鮮やかな金髪を靡かせた美しい少女が、初老の男性を従えてやってくる。
 キャロルの妹のシェリー嬢だ。
 キャロルは満面に笑みを浮かべて彼女を迎えた。

「いらっしゃい、シェリー。バザーも楽しんでいるみたいだね」
「ええ、少しでも協力できたらと思って」

 彼女の後ろに控えている男性――セバスチャンという執事さんらしい――の手には、山のように買い物袋がぶら下がっている。
 シェリー嬢は露店の品を見て、騎士団のマスコット人形を手に取った。

「あら、かわいいお人形ね。この黒騎士マスコット髪が茶色いのね。金髪はないのかしら?」
「うん、それしかないの、ごめんね」
「ううん、いいの。これ一つもらうわ。一級騎士様がモデルのものもあるのね。レオン殿のお人形は完売したの? 私も欲しかったわ、我が国の英雄、それに敬愛する未来のお義兄様のお人形ですもの」

 残念そうに彼女は言ったが、欲しがる動機は別のものだろう。
 研ぎ澄まされたナイフの的にする気に違いない。
 レオンの話を聞いている私には、シェリー嬢から悪魔の尻尾が生えているように見えた。

 話をしている私達の所に、別の従騎士達がやってきた。
 どうやら持ち場の交代に来たようだ。

「キャロル、エルマー、店番を交代するから、コンテスト会場の手伝いに行ってくれ」
「うん、わかった、後はお願い。エルマー、行こう」
「ああ」

 キャロルとエルマーは、引継ぎをして店から出てきた。
 手にはしっかり取り置きしてあった人形を持っている。

「グレン様もお時間ですので、そろそろ準備をお願いします」

 交代で店に入った従騎士達が、私にそう告げた。

「もうそんな時間か」

 私も年貢の納め時だな。
 覚悟を決めよう。

 移動しようと歩き始めると、後ろでシェリー嬢の声が聞こえた。

「ねえ、わたしも行っていいかしら? メイクのお手伝いならできるわよ」
「どうだろう? グレン様、シェリーにも手伝ってもらっていいでしょうか?」

 キャロルの問いに振り返る。
 シェリー嬢が手伝いを?
 化粧に関しては女性の手があった方がいいしな。
 部外者といっても、彼女なら構わないだろう。

「ぜひ、お願いしよう。少しでも見られる顔にしてくれ」

 どんなに頑張ってもゲテモノだろうけどね……。
 諦めの境地に到り、私は彼女達を連れて、準備が行われている控え室に向かった。

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