わたしの黒騎士様

栄冠は誰の手に? 騎士団主催チャリティーショー・2

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 普段は武具を身につける場であるはずの闘技場の控え室は、女装道具がずらりと並ぶ怪しい空間に様変わりしていた。
 色とりどり、多種多様な生地をふんだんに使った華やかなドレスを着ているのは、筋骨逞しい大柄の男達だ。
 ……想像以上にどぎつい光景だな。

 部屋の隅に、強制的に女装を終えられた様子のノエルが背中をまるめて椅子に座っていた。
 長い金髪の鬘には、大きな青いリボンがついている。身につけたリボンと同色のドレスは若い貴婦人が好んで着るフリルをたくさん使った可愛らしいものだったが、他の者に比べて彼の装いは似合っていた。決して女性に見えるわけではないが、中性的な美しさとでもいうのか、違和感を感じないのだ。
 だが、似合っていることは慰めにはならなかったらしく、ノエルは深く落ち込んでいる。
 その彼にキャロルが近づいていった。

「ノエル、似合ってるよ。全然変じゃない、綺麗だよ、自信持って」

 キャロルが励ましの言葉をかけたが、ノエルは彼女の顔を見て涙ぐんだ。

「キャロル、ごめん。お前の気持ちがよくわかったよ。綺麗なんて言われても全然嬉しくない」

 ノエルの謝罪はキャロルが女装させられたあの二件の出来事を指している。
 両手で顔を覆ってさめざめと泣く彼の背中を、キャロルは撫でた。

「わたしなら気にしてないよ。わたしこそ、無神経なこと言ってごめんね。でも、本当に似合ってるよ」
「うん、ありがとう。キャロル」

 好きな相手に女装を見られたあげく、慰められる。
 男としては複雑な心境だろう。
 しかし、キャロルが同情を見せたことで、ノエルは何とか立ち直ったようだ。
 コンテストが終わったら、私からも慰めの意味で何か奢ってあげよう。




 控え室を見渡すと、あちこちで同僚達が慣れない女装に悪戦苦闘していた。

「いけません、白粉を使いすぎです。紅はもっと薄くつけて」

 王宮の侍女達がボランティアで着付けや化粧のアドバイスをしている。
 彼女達の表情は生き生きとしていた。
 職業柄、人を着飾らせることに熱意を持っているのだろうが、ごつい男を着飾らせて何が楽しいのか私には理解できない。

「遅かったな、グレン」

 控え室の隅をカーテンで仕切って作られた更衣室からレオンが出てきた。
 彼は長袖の黒いドレスを着ていた。
 肌を足首から首元まで覆い、露出を極限まで抑えたシンプルなデザインだ。
 手には黒い長髪の鬘を持っている。
 ここまで黒に拘ると、葬式の出席者みたいだな。
 体型はごまかしようがなく、男性的な逞しさが滲み出ていて、私は口元に引きつった笑みを浮かべ、とりあえず何か言わねばと彼を褒めた。

「よく……似合うよ」
「本気で言っているのなら、友人の縁を切るぞ。これも職務だ、騎士の務めだ。そうでも思わないと正気ではいられない」

 こんな騎士の務めがあるかと、心の底で思った。
 口ではああ言って自らに言い聞かせていても、レオンも同じ気持ちだろう。
 元々、女装を言い出したきっかけも、事件解決の囮捜査のためだったのに、どうしてこんなことになっているんだ?

「レオン、ここにいたの? 準備の方は……」

 キャロルがやってきて、レオンの姿を見るなり、足を止めた。
 顔を逸らしはしなかったが、彼女は視線を彷徨わせ、何を言おうか考えているようだった。
 レオンは気の毒なほど陰気な顔をして、キャロルを見つめている。

「キャロル、オレは決して楽しんでやっているわけじゃない。それだけは誤解しないでくれ」
「うん、わかってる。騎士ってつらい仕事なんだね」

 だからこれは騎士の務めとは関係ない。
 断じて違う。
 変人で横暴な上司を持ったがゆえに起きた不幸だ。

「まあ、素敵。お似合いですわ、レオン殿」

 彼らの間に割って入るように、キャロルの後ろにいたシェリー嬢が進み出てきた。
 レオンの顔が引きつる。
 シェリー嬢は美しい笑顔を向けて、レオンに歩み寄った。
 彼女の裏の声が聞こえてくるようだ。

『おほほほほっ、無様なものね。大勢の観客の前で、せいぜい恥をおかきなさい。盛大に笑って差し上げるわ』

 ……幻聴だろうな。
 うん、気のせい。
 先入観とは恐ろしいものだ。

「私にお化粧をさせてくださいな。うーんと綺麗にして差し上げますわ」

 瞳に不穏な光を宿しつつ、シェリー嬢がレオンに迫る。
 キャロルは何の疑問も抱かず、妹の申し出に賛成した。

「それがいいね、シェリーなら上手だもの。いいでしょう? レオン」
「え? あ、ああ。それなら……頼もうか」

 レオンも彼女の目に宿る不穏な光に気づいたのだろうが、キャロルの勧めを断れるはずもなく頷いた。
 シェリー嬢は椅子に腰掛けたレオンの前に立つと、化粧道具を手にとってニヤリと笑った。
 キャロルは彼女に背中を向けていて見ていない。
 その笑みは、悪魔の微笑みだった。

「動かないでくださいね」

 声だけは可愛らしく囁き、白粉を肌に叩きこむ手は、ごしごしと力強く動いている。
 化粧をしたことのない私にだってわかる。
 あれは化粧ではない。
 例えるなら、壁のペンキ塗りの手つきだ。

「あらら、白くなりすぎたかしら? 頬にもっと色を乗せてみましょうか?」

 ぬりぬり、ばふばふ、ぐりぐり。

 そんな擬音が聞こえてくる錯覚がするほど、彼女の化粧は執拗で念入りだった。
 と、止めるべきか?
 しかし、口を挟むのが怖いぐらいに、シェリー嬢の微笑みは黒かった。

「さあ、できましたわ。ちょっと失敗したかもしれませんけど、鏡をご覧になって」

 シェリー嬢がレオンの化粧をしている間、他の者の手伝いをしていたキャロルがその声を聞いて戻ってきた。

「できたの? 見せて……ぎゃあ、何これ!?」

 キャロルが悲鳴を上げて、レオンの顔を凝視する。
 彼の顔は真っ白に塗りたくられ、紫だのピンクだのの派手な色で目元や頬を強調された上に、唇の周囲を赤で厚く塗り立てられて、サーカスの道化以上に奇怪な顔になっていた。

「シェリー、貴様……」

 敬称をつけることも忘れ、レオンは怒りを滲ませた声でシェリー嬢に詰め寄った。

 シェリー嬢はさっとキャロルの背に隠れ、泣きマネをして見せた。

「申し訳ありません、レオン殿。綺麗にしなければと張り切り過ぎて、失敗してしまいましたわ。悪気はありませんでしたのよ」

 あからさまに胡散臭い言い訳だが、彼女の本性を知らない者はあっさり騙される。
 その筆頭であるキャロルが、シェリー嬢を慰めた。

「シェリー、失敗は誰にでもあるよ。お化粧はやり直せるもの、落ち込まないで。レオンも許してあげてね」
「そうだな、女性のメイクとは勝手が違うから当然だよ。シェリーさんは悪くないぞ」
「大目に見てやれよ、レオン」

 口々に他の一級騎士もシェリー嬢を庇う。
 ここで怒ればレオンが悪者だ。
 黙るしかない彼の悔しさが伝わってきて、私は強く同情した。

「じゃあ、レオンのお化粧はわたしがするね。はい、まずはこの石鹸で顔を洗って化粧を落としてきて」

 シェリー嬢と交代したキャロルが、改めて化粧をやり直す。
 レオンは彼女の指示通りに顔を洗いにいった。
 さて、私も着換えるか。




 更衣室に入って、用意してきたドレスを着る。
 紺を基調の色にして華やかな装飾は極力抑えてもらったものの、締まったウエストに膨らんだスカートが作り出すシルエットは女性の衣服のそれにしか見えない。
 鬘は地毛に近い色の、長髪のものだ。
 鏡を見ても、あまりの似合わなさにため息しか出てこない。
 男特有の太い眉や、顎のラインなど、生まれついての顔立ちは化粧でごまかせるものではない。
 もう一度深いため息をついて、カーテンを開けた。

 侍女の一人に化粧をしてもらっていると、準備の終わった者達の話し声が聞こえてくる。

「どう、似合う? このドレス、王宮で一番人気のデザイナーに頼んだんだよ」
「ああ、違和感ないぞ」
「アーサーはいいよ。元がいいから何を着ても似合う」

 一際明るい声で、自らの装いを見せびらかしているのはメイスンだ。
 そちらを横目で見ると、彼が仲間達に称賛されている姿が見えた。
 自前の髪を結い上げて緑の宝石付きの髪留めで押さえ、ドレスは派手な色使いの豪奢なものだ。肘までの袖口には飾り布が三段に重ねられて華やかさを演出し、ウエストから広がるスカートもたくさんのフリルとリボンで飾られていた。
 高い背と華やかな衣装、堂々とした態度が相乗効果を生み、圧倒的な存在感を見るものに感じさせた。
 逞しい体つきは他者と同じなのだが、ノエルと同様に彼も中性的な容貌がプラスに働いて性別の差による装いの違和感を払拭している。
 さすが優勝候補。

「ね、エルはどう思う?」
「え? その……」

 彼の傍にいたエルマーは、話を振られて口ごもった。
 メイスンは彼女の顔を覗き込むように近づいて、再度問うた。

「綺麗? それとも似合わない?」
「き、綺麗です」
「ほんと? 嬉しいな!」

 真っ赤な顔でぼそっと小声を出した彼女を、メイスンはぎゅっと抱きしめた。
 何も知らずに見れば、大柄な美女に迫られる美少年の図だな。

「アーサー様、こんな人前でっ!? は、放してくださいっ!」
「他のところならいい?」
「そんなこと言ってません!」

 メイスンはムキになって言い返す彼女の反応を楽しんでいる。
 あれはあれで仲がいいんだろうか。




 入り口がざわつき、その場にいた者が道を開けた。
 エミリア姫が現れたのだ。
 彼女の後ろには、背の高い女性……ではなく、女装したマーカスが続く。
 髪は鬘で、サイドに縦ロール付き。
 白を基調として作られた彼のドレスは、ウエディングドレスに近い神聖さを備えた清楚なものだ。
 着ているのが結婚を控えた若い女性であれば、誰もがうっとりと見惚れるであろうに、残念ながら着ているのは男だ。
 それも鋼の肉体を持つ、我が国が誇る精鋭の騎士。
 布地の下の筋肉は隠しきれず、ごつい体型が衣装の可憐さとのアンバランスを強調する。
 もしかすると、マーカスに似合う衣装というより、姫が着てみたいデザインを選ばれたのではないのだろうか……。

「みな、準備は進んでおるか? どうじゃ、わらわがデザインしたマーカスの衣装は。美しいであろう」

 姫と目が合った者は、遠慮がちに頭を縦に振った。

「え、ええ、はい。とても綺麗ですね……」

 衣装が……、そう続けたくなったのは、この場にいる全員だろう。
 姫は得意げな顔で胸を張り、扇を優雅に振りながら高笑いをした。

「そうであろう。この中ではアーサーが最も強敵ではあるが、負ける気はせぬぞ。のう、マーカス」
「御意」

 その自信はどこから出てくるんだ?
 主従は稲光が炸裂するような闘争心――主にエミリア姫のものだが――を見せて、ライバルと名指しした男を見据えた。
 ライバル視されているメイスンは、エルマーを腕に抱きしめたまま、にこにこ笑って彼らを見ている。

「姫様、張り切ってらっしゃいますね。でも、私も優勝を狙っていますよ。それで勝ったらご褒美にエルにキスをしてもらうんです。もちろん唇に濃いヤツを」
「なっ、い、いつのまにそんな話になってるんです!?」

 驚くエルマーに、メイスンは端整な顔を寄せて、甘えた声で囁いた。

「だって、そのぐらいのご褒美がないとつまらないじゃないか。あ、優勝できなくても、頑張ったで賞ってことでよろしくね」
「そ、それじゃ、結果がどうでもするんじゃないですか!」
「うん、しよう。今すぐでもいいよ。激励のキスをちょうだい。んーっ」
「やめてください!」

 完全にからかって楽しんでるな。
 唇を突き出してキスをねだるメイスンを、エルマーは真っ赤な顔をして押しのけていた。

「アーサーは余裕じゃのう。まあ、良い。結果が出ればわかることだ。ん? ここのリボンが曲がっておるな」

 じゃれつく二人に興味を失った姫は、マーカスに向き直って衣装の乱れをチェックしている。
 マーカスは直立不動で姫のなさるがままにしている。
 こちらも何だか入り込めない空気だ。
 はてさて、どんなコンテストになるのやら。




「おい、てめぇら準備できたか? そろそろ始めるぞ」

 控え室にオスカーがやってきた。
 続いて騎士団長達も入ってくる。
 早々と着換えていたのか、彼らはすでに女装姿だ。
 長髪の鬘と、華やかなドレスは他の者と大差はない。
 見栄えについても同じなので、多くを語るまい。

「さて、これからコンテストの開幕だけど、ここでお知らせがあります」

 クラウザー団長が一同を見回した。

「単なるコンテストじゃ面白くないから、君達にはアームレスリングをやってもらいます。トーナメント方式で、勝ち残った人が優勝。勝者には有給休暇を二週間あげるから頑張ってね」

 私を含めた全員が、ぽかんと団長を見つめた。
 アームレスリングって、腕の力比べのことだな。
 それの勝者が優勝ってことは……。

「女装関係ねぇーっ!」

 私が心に抱いたツッコミとまったく同じ絶叫が幾つも重なった。

「どういうことじゃ!? それでは女装に気合を入れた意味がないではないか!」

 不満を爆発させ、団長達に詰め寄ったのはエミリア姫だ。
 我々の不満とはベクトルの方向がずれていたが、まあ姫の言い分もわかる気がする。
 クラウザー団長は余裕の表情で、姫の怒りの抗議を遮った。

「いえいえ、意味はありますよ。一級騎士の女装という触れ込みだけで、大勢の観客が集まりました。ここでもう一つ余興を追加すれば、会場は盛り上がること間違いなし。力比べなんて、騎士団に最も相応しい勝敗のつけ方じゃないですか」
「その通り! 日々鍛えてきた我らの力を、平和的であり、さらに人の役に立つ晴れ舞台で国民に見せる良い機会だ。全員、全力を持って相手に挑むようにな!」

 クラウザー団長に、うちの団長殿まで加勢する。
 団長が張り切っていたわけだ。
 力を試す勝負となれば、この人は誰よりも熱く燃える。

「いえ、ですから、アームレスリングをするなら女装は必要ないのではと、我々は言いたいわけでして……」
「そうですよ、女装しなくても観客は十分呼べたはずです」

 女装を嫌がっていた者達が抗議をするものの、クラウザー団長はどこ吹く風だ。意に介していない。

「そう言うだろうと思ったから当日まで内緒にしていたんだ。今さらやめるなんて通用しないよ。さあ、みんな舞台に上がって」

 ぱんぱん手を叩いて、彼は我々を促した。
 売られていく子牛のごとく哀愁を漂わせ、女装男の集団が控え室から舞台に向けて、とぼとぼ廊下を歩き始める。

「みなさん、頑張ってください」
「応援してますからね」

 我々について歩く侍女や従騎士達から声援がかけられた。
 応える気も起きず、俯いて歩く。

「マーカス、こうなったら、腕ずくで勝利を掴むのじゃ。わらわの騎士として恥じぬ戦いを期待しておるぞ」
「御意」

 姫とマーカスは切り替えも早く、気合を入れなおしていた。

「単なる見世物と諦めていたが、オレにも優勝の可能性が出てきたな。力には自信がある。相手が団長でも負けん!」

 レオンも先ほどよりは浮上している。
 腕力の勝負が加わったことで吹っ切れたのか。

 とにもかくにも、こうして女装の男が腕力を競うという、おぞましく珍妙な大会が始まってしまった……。

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