わたしの黒騎士様
栄冠は誰の手に? 騎士団主催チャリティーショー・3
NEXT BACK INDEX
長い廊下を歩き、光が見えてきた。
外に出ると、そこは闘技場の晴れ舞台。
本来なら騎士達が馬を駆って槍や剣で武力を競う戦場のはずだが、今日はバザー会場と女装大会の舞台となっている。
木材で組まれた舞台は、闘技場に元から備え付けられている客席の一部と向かい合うように配置されていた。
舞台を見ることができる客席は、大勢の観客で埋まっている。
老若男女が混在し、大きな拍手で我々を迎えてくれた。
「これより、ロシュア王国騎士団主催、女装コンテスト改め、女装アームレスリング大会を開催します! 司会は騎士団一の情報通であることを買われて司会進行兼審判に抜擢されました、黒騎士団所属の従騎士トニー=ナッシュがお送りします!」
わあああっと、大歓声が会場を包む。
我々が登場するまでのトニーの前フリは大成功だったようだ。
会場はすでに熱気で沸きかえっている。
「では、さっそく第一回戦を始めます! 会場の皆様には組み合わせは発表済み! 出場騎士の方は、名前を呼ばれたら舞台中央まで進み出てください!」
舞台の中央には木製の丸いテーブルが置かれている。足には丸太が使用され、床に固定してあるようだ。肘を置くテーブルの板には白地の布を張って真ん中に線が引かれており、判定を円滑にするための工夫がされていた。
最初に名前を呼ばれた騎士二人が、テーブルを挟んで向かい合って立つ。
戦いの火蓋が切って落とされる瞬間を待ち、観衆は大いに沸いた。
「始め!」
トニーの合図と共に騎士達が腕に力を込める。
「うおりゃあああっ!」
「ぐおおおおおっ!」
気合十分、彼らは相手をしかと睨みつけ、腕を倒そうと全力を出す。
男らしい熱い光景だ。
その姿が女装でさえなければ……。
「ふぬうっ!」
「ぐはぁ!」
どんっとテーブルに片方の腕が叩きつけられ、最初の勝敗が決した。
一組目の勝負が終わると、すぐさま次の勝負が始まる。
私の出番もすぐきたが、ここは副団長の意地もあり、気力で辛くも勝った。
観客席には予想通り一族郎等の姿があった。
笑顔で女装姿の息子を応援する両親の心情なぞ、私にはまるでわからない。
ああ、この日のことは永遠に、親戚が一堂に会する場で酒の肴にされるんだ。
対戦はどんどん続き、ノエルの出番がやってきた。
彼は唯一の従騎士だ。
傍目にも不利だが、これは純粋な力比べ。
勝機がないこともない。
「次の対戦は一回戦での注目カード! まずは右サイド! 出場騎士中、唯一の従騎士! しかも従騎士は自由参加でありながら、女装が映えるという理由で団長に強制参加を命じられた薄幸の我が友! 黒騎士団従騎士ノエル=レイモンド!」
舞台の右袖からノエルが現れると、女性の黄色い声援と、男性諸君の熱狂的な歓声が響いた。
「ノエル、頑張って!」
舞台の傍まで駆けつけたキャロルが声援を送る。
ノエルは彼女に手を振り、毅然と対戦相手に向き合った。
「対するは、左サイド! 白騎士団最強の騎士、そして一番の美形と名高いアーサー=メイスン様の登場です!」
ノエルの対戦相手はメイスンだった。
白黒一の美形対決ということで、ご婦人方の声援が最高潮に高まる。
「きゃあっ、メイスン様、素敵ーっ!」
「あの黒騎士団の従騎士様、今から期待できるわ!」
「アーサー様、しっかりーっ!」
「ノエルさん、頑張ってーっ!」
きゃあきゃあと、女性達が騒ぎ立てている。
ノエルはファンを獲得したようだ。
こんな場で獲得しても嬉しくないだろうけど。
「さあ、両者とも位置についてください」
トニーに指示され、ノエルとメイスンはテーブルに肘をつき、互いの手を握り合った。
「始め!」
合図と共に、両者の腕に力が入る。
互角か?
意外に健闘しているノエルに、観客達の声援がさらに飛ぶ。
「ぐうっ、負けるかああっ!」
「なかなかやるね、この様子だと手加減はいらないな」
メイスンはまだまだ余力を残した表情で、ノエルに声をかけた。
「これでも白騎士団最強の肩書きを背負ってるんだ。従騎士に遅れを取るわけにはいかない。悪いがここからは全力でいかせてもらう」
「な、何を! ……って、うわっ!」
どすんっと派手な音を立てて、ノエルの腕がテーブルの上で横倒しになった。
彼を完全な形で破ったメイスンはそっと手を離し、体を起こす。
「勝者、アーサー=メイスン! さすが一級騎士! 負けたとはいえ、ノエルもよく頑張った! 両者の健闘を称える拍手をお願いしまーす!」
惜しみない拍手が敗者のノエルにも注がれる。
感動的な光景だ。
これが普通の御前試合なら良かったのに。
試合は二回戦に進み、私の出番がやってきた。
「二回戦、第三試合。右サイドは黒騎士団副団長グレン=ロックハート様! 今日はご家族が総出で応援に駆けつけてきてくださっています! ご両親から何かお言葉をどうぞ!」
客席にいたはずの両親が、いつの間にやら舞台に上がっていた。
一張羅の衣装を着た二人は胸を張って答えた。
「グレンは我が家の自慢の息子です。今日も死力を尽くし、皆様のご期待に添える戦いを見せてくれると信じております!」
「グレン、頑張るのよ」
父と母は、にこやかな笑顔を私に向け、舞台を下りて客席に戻る。
「ありがとうございました。さて、左サイドは白騎士団副団長オスカー=ライアン様! 副団長対決です! オスカー様のご家族も総出で応援に駆けつけておられます! 婚約者のナタリーさん、オスカー様に一言お願いします」
これまたいつの間に舞台に上がっていたのか、ナタリーさんが祈りの形に胸の前で手を組んでオスカーに声をかける。
「オスカー、私はここで見守っているわ、頑張って。……でも、無理はしないで」
彼の身を案ずる様子を見せて、彼女も舞台を下りて客席に戻っていく。
目の前にいるオスカーは、腕組みをしてイラついた顔をしていた。
「見守らなくていいっての。くそ、しかもガキ共まで連れて来やがるとは」
「仕方ない、宣伝にも熱が入っていたからね。今日のことは王都に住む人間なら誰でも知っているさ」
オスカーは組んでいた腕を下ろして私と向かい合い、手の指を鳴らして戦意を見せた。
「副団長は公式試合には出られねぇからな。久々の勝負だ。格好のことはこの際忘れて、楽しませてもらおうか」
「そうだね、忘れよう。どうせもう手遅れだ。今さら恥ずかしがってもどうしようもない」
位置につき、我々は手を重ねた。
相手を見据え、全神経を腕に集中する。
「始め!」
合図と同時にぐっと力を込める。
歯を食いしばり、腕を自分の方へ引き倒すべく攻防を続けた。
オスカーは強敵だ。
彼は素早さに定評があり、腕力勝負となると分が悪い方かと分析していたが、それは認識違いだということを思い知る。
一瞬でも気を抜けば負ける。
額から汗が吹き出て流れ落ちていく。
こう着状態が続き、観衆の歓声や家族の応援の言葉も遠くなっていく。
私は腕にだけ意識を集中していた。
握り合った腕を倒そうと無心で全力を出す。
ふと、視界に相手の全身が映った。
振り乱し、蛇のようにうねる長髪の鬘。
似合うことのない華美なドレスの袖から伸びるのは、筋肉のついた逞しい腕。
整えても男臭さの抜けない顔は、汗で化粧が崩れて見るも無残なことになっている。
「……ぶっ……ぐはっ!」
こんな場面で私は我に返ってしまったのだ。
意図して忘れていたはずだったが、目に映る光景の滑稽さに改めて気づいてしまい、笑いのツボにスイッチが入った。
噴出したと同時に、力が抜け、私の腕は容赦なくテーブルに叩きつけられた。
「勝負有り! 副団長対決を制したのは、オスカー様でした! グレン様もご健闘されましたが残念でした!」
勝敗が観客に宣言され、我々の健闘を称える拍手を聞きながら、私はテーブルに突っ伏して腹を抱えた。
いかん、止めようとしても笑ってしまう。
「ぐっ、ぷっ、わははっ、あははっ!」
「てめぇ! 何がおかしい! そっちこそ、似たようなもんじゃねぇか!」
激昂したオスカーが私の胸ぐらを掴んで揺するが、一度笑い出すと止まらない。
「だって、止まらな……、ぐふっ、あは、か、顔を近づけないでくれ。すごい顔……」
「だーかーらー、お互い様だ! 笑うなっつってんだろ! ぶっ殺すぞ!」
がくがく揺さぶられ、私はオスカーに引きずられながら退場した。
これで私の出番は終わりだ。
良かった。
開放感と安堵から、なおも涙を浮かべて笑い続けたため、私はオスカーから頭に拳骨を一発見舞われた。
対戦は三回戦、四回戦と進み、次いで五回戦が始まった。
さっさと女装を解き、制服に着換えた私は、勝負が良く見える舞台の裾に陣取り、観客となって勝負を楽しんでいた。
この次が準決勝だ。
つまり、この五回戦まで勝ち残った騎士は八名。
準々決勝である。
「五回戦第一試合、右サイドはエミリア王女の近衛騎士マーカス=ウイルソン様! 左サイドは黒騎士団団長ウォーレス=マードック様! マーカス様は黒騎士団に所属されていたこともあり、この勝負にかける意気込みは相当なものでしょう!」
舞台に上がったのはマーカスとウォーレス団長だ。
エミリア姫は普段とは違い、声援を送るためか最前列の席に座り、大会の模様をご覧になられている。
団長と対するマーカスの表情はいつもと同じ無表情だ。
だが、全身に闘気が漲っている。
団長も敏感にその気配を感じ取り、愉快そうに口の端を上げた。
「マーカスと手合わせをするのは久しぶりだな。王宮勤めの近衛騎士とはいえ、お前のことだ、鍛錬は怠っておらぬのだろう? どれほど腕を上げたか見せてもらおう」
団長は拳を握り、筋肉で隆起する逞しい腕を振り上げ、己の戦意を強調する。
マーカスは団長の暑苦しいほどの挑戦を真正面から受け、こちらも両の拳を打ち合わせて応えて見せる。
言葉で語るより拳で語れ派の団長は、無口なマーカスの理解者の一人だ。
入団当初からその無口さゆえに孤立しがちなマーカスを気にしていた団長は、休日に彼を誘って二人でトレーニングなどもしていたらしい。
彼の剣や拳は歪みがなく真っ直ぐで、心もそれと同じく純粋なのだと、いつだったかの酒の席で団長が語っていたことを思い出す。
剣を交えることで団長はマーカスの人間性までも見抜いたのだ。
だからなのか、マーカスも団長を慕っているようだ。
久々の勝負だ。
二人とも熱が入ることは間違いない。
「マーカス、頑張るのじゃ。相手がウォーレスでも遠慮はいらぬ! 時代は変わったのだと教えてやれ!」
姫が興奮して立ち上がり、マーカスに檄を飛ばす。
マーカスは姫の方を向くと頷いた。
「両者とも、位置についてください」
二人がテーブルに肘をついた。
手が握り合わされ、トニーがその上に手を乗せる。
「では……、始め!」
開始の合図と共に、トニーが手を離す。
団長とマーカスの腕に力が入った。
「うおおおおーっ!」
団長の雄叫びが会場に響く。
「マードック様! 行けーっ!」
「アニキーッ!」
客席から一般の若く逞しい男達が、バザーで購入したと思しき団長の人形や名を書いた旗を振って声援を送っている。
ご婦人方の声援も掻き消える勢いだ。
そういえば団長は同性にファンが多かったな。
変な意味ではなく、純粋にあのようになりたいと思わせる逞しさでだ。
「おおっと、これはすごい声援だ! 審判は私情を挟んではいけませんが、この大声援ではマーカス様が不利! ここは少し融通を利かせていただき、一個人として声援を送らせていただきましょう! マーカス様、頑張ってくださーいっ!」
トニーの声援についで、姫も扇を振り回して身を乗り出す。
「マーカス、負けるな! 全力でいけ! ウォーレスを倒すのじゃーっ!」
黒騎士団員も両者に声援を送り、会場は熱気に包まれた。
「ぐうっ! うぬっ!」
「くっ、うう……、おおおおっ!」
手に汗握る力比べだ。
二人の丸太のような二の腕には力瘤がくっきりと浮き出て、彼らが放つパワーの凄さを物語る。
「うおりゃあああっ!」
団長の気合の声と共に、マーカスの腕が体ごと横倒しになる。
会場は一瞬だけ静寂に包まれたが、次に割れんばかりの拍手と喝采、両者への労いの言葉が飛び交った。
エミリア姫も悔しさを見せながらも、笑顔で拍手を送った。
「残念であったが、よくやったぞ、マーカス。見事な戦いぶりじゃった」
マーカスは姫の御前に跪き、労いの言葉を拝聴した。
姿についてはもう何も言うまい。
団長は舞台を下りると、汗を拭いて化粧と衣装の乱れを直していた。
あらゆる意味で真面目な人だ。
古臭く頑固ではあるが単純明快な思考の持ち主であるこの人は、クラウザー団長の女装で客を呼ぶという口車にうまく乗せられたクチだ。
己の女装が人々のためだと信じ込んでいる。
結果、我々に傍迷惑な役目が押し付けられることとなったわけだが、どうにも団長を責める気が起きないのは、彼のこの真っ直ぐすぎる人柄のせいだ。
続いて第二、第三試合が行われた。
第二試合の勝者はオスカー。
第三試合はレオンが勝利した。
そして五回戦、最後の試合は……。
「続きまして五回戦第四試合、右サイドは白騎士団団長アドルフ=クラウザー様! 左サイドはアーサー=メイスン様です! クラウザー団長は、かつては白騎士団最強を誇っておられたほどの実力者! これは新旧白騎士団最強騎士の対決となります!」
勝敗を決するテーブルを挟み、華々しい立ち姿で対峙する二人。
互いの口元に宿る微笑みは穏やかで、どこか似た雰囲気を感じる。
位置についた時、クラウザー団長がメイスンに声をかけた。
「よく勝ち残ってきたね。こうして君と対戦できて嬉しいよ」
「私が入団した時には、すでに団長に就任された後でしたからね。手合わせの機会を得られて私も嬉しいです」
少年時代に憧れていた騎士との対戦。
それは騎士団員なら誰もが共感し、感動する場面。
……だけど、その格好では……。
当人達は、自分達の姿をさほど気にしていないらしく、気合の入った表情で互いの手を掴んだ。
観客も身を乗りだして開始の合図を待った。
「それでは……始め!」
トニーの合図で、両者は勝負を開始した。
今までの勝負に引けをとらぬ、すさまじい力の応酬だ。
「クラウザー様、しっかりなさってーっ!」
「メイスン様、負けないでーっ!」
声援を送るご婦人方の年齢層が、両者で微妙に違う。
クラウザー団長を応援する貴婦人の隣には連れ合いがおり、既婚者が目立つ。
年齢もメイスンのファンより一回りは上だ。
こんなところでも年代の差を感じることができる。
「団長、頑張ってください!」
「アーサー様!」
白騎士団の従騎士達も盛り上がる。
大歓声の中、好勝負を繰り広げた両者だが、決着は騎士団長の貫禄でクラウザー団長が勝利した。
「やっぱり団長は強いなぁ。負けちゃった」
敗者となったメイスンだが、全力を出し切ってすっきりしたのか、さっぱりした顔で舞台の裏側に戻って来た。
彼にタオルを持ったエルマーが駆け寄ってくる。
「アーサー様、お疲れ様です」
「ありがとう」
タオルで汗を拭くなり、メイスンはエルマーを抱き寄せた。
突然のことに、彼女は驚いて硬直している。
「落ち込んでるんだ、慰めて」
彼女の頬にメイスンが口付けた。
エルマーの顔が見る間に赤くなっていく。
「エルもして、ほらここに」
自らの唇を指して、キスをねだるメイスン。
「こ、こんなところじゃできません!」
「それなら人のいないところに行こうか。せっかくだから、エルにもかわいい格好してもらおうかな」
「わああっ!」
メイスンはエルマーを小脇に抱えてどこかに消えた。
邪まな狼が子羊を連れ去ってしまったようだ。
気にはなるが、他人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないので黙殺する。
さて、次は準決勝。勝ち残るのは誰かな。
NEXT BACK INDEX
Copyright (C) 2007 usagi tukimaru All rights reserved