わたしの黒騎士様
栄冠は誰の手に? 騎士団主催チャリティーショー・4
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「いよいよ準決勝となりました。第一試合はウォーレス=マードック様とオスカー=ライアン様の対戦です。黒と白ではありますが、団長と副団長の対決! 先ほどまでの試合に負けぬ、好勝負が期待できます!」
トニーの呼び出しで、団長とオスカーが舞台中央に進み出る。
睨み合う二人には馴れ合いの空気はない。
敵に牙を剥く獣のごとき闘争心を見せて、彼らは戦いの場に挑んだ。
「ここまで来たら優勝して、有給二週間はいただくぜ。そのぐらいの特典がないとやってらんねぇ」
オスカーは据わった目をして、そう呟いた。
客席から子供達が無邪気に声援を送る。
「オスカー、頑張れー!」
「優勝したら二週間お休みだよ! 一緒に遊んでーっ!」
家族サービスをねだられているぞ。
大黒柱は大変だな。
対戦相手の団長は、客席の子供達を見て微笑した。
「子供達のことを思えば有給休暇は譲りたいところだが、これは試合だ。手は抜かんぞ」
「当然だ。全力で来てくださいよ」
二人は位置に着き、構えた。
試合開始の合図と同時に、両者は全力で相手に挑んだ。
力と力のぶつかり合い。
震える腕、飛び散る汗。
観客の声援が飛び交う。
騎士団員達も声を涸らして叫ぶ。
「団長!」
「粘れ、オスカー!」
大歓声の中、中央で両者の腕は攻防を続けている。
どちらが優勢かもわからない。
「ふぬっ、ぐおおおおおっ!」
「うっ! ……ぐうっ、うおおおっ!」
オスカーの表情にちらりと限界の色が見えた。
やはりパワー勝負で団長に勝てる者はいないのか。
ほどなく、勝敗は決した。
無論、勝者は我らが団長だ。
「勝者、ウォーレス=マードック様! オスカー様、惜しくもここで敗退! 会場の皆様、この激闘を演じたお二人に労いの拍手をお願いします!」
大きな拍手を浴びながら、オスカーは疲労困憊の面持ちで息をついていた。
反対に団長は軽く腕を伸ばしたりして、軽快に体操なぞしていた。
まだまだ余力は十分だな。
さすが団長だ。
団長が決勝にコマを進め、次の第二試合で決勝の相手が決まることとなった。
対戦するのはレオンとクラウザー団長だ。
心情的にはレオンに勝ってもらいたいが、クラウザー団長の強さは計り知れないものがある。
あのメイスンも敗れたのだ、この勝負も気が抜けない。
「それでは準決勝第二試合を始めます! 右サイドは黒騎士団最強の騎士、レオン=ラングフォード様! 左サイドは白騎士団団長アドルフ=クラウザー様! こちらもいずれ劣らぬ実力者の対決! 白熱した試合を見せてくれることでしょう!」
黒い貴婦人の装いをしたレオンが舞台中央に進み出ると、歓声が大きくなった。
あの姿を見てもご婦人方は引くこともなく、いつもと変わらぬ熱狂的な声を上げた。
「ラングフォード様ぁ!」
「どんな衣装をまとわれても、凛々しいお姿は変わりません! わたくしは永遠にあなたをお慕いしておりますわー!」
色んな意味でご婦人方は強いな。
そして黒騎士団員達も盛り上がる。
「この試合に勝てば決勝で団長と対戦です! ここは必ず勝利を!」
「我ら黒騎士団に栄光を!」
対する白騎士団陣営も負けてはいない、彼らの団長を応援する声が負けじと会場に響き渡る。
「アドルフ団長! 必ず勝ってくださると信じています!」
「あなたは我らの最後の希望です! 負けないで!」
クラウザー団長は動きづらいドレスを物ともせずに優美な裾捌きで軽やかに舞台に上がった。
着慣れていないはずなのに、動きに無駄がない。
レオンを見据える表情も余裕しゃくしゃくといった感じで、微笑みが消えることはなかった。
「準決勝はレオンと対戦か。君とも初めて手合わせするね。本来ならこんなドレス姿ではなく、鎧を装備して剣か槍での勝負といきたいところだ」
「同感です。ウォーレス団長の宿命のライバルと呼ばれたあなたと、こんな形で対戦するとは夢にも思いませんでした。……そう、夢ならどれほど良かったか……。どうしてオレがこんな格好……」
レオンは悔しさを滲ませて呟き、唇を噛んで顔を背けた。
対戦相手も自分も鬘にドレスを身につけた女装姿。
我に返ったらだめだ。
頑張れ、レオン。耐えるんだ!
クラウザー団長は親指を立て、レオンに笑顔を向けた。
「気にしない、気にしない、些細なことさ。いつもより、ちょっとだけかわいい格好しているだけじゃないか。似合うよ、そのドレス」
冗談か本気なのかわからないのが、クラウザー団長の言動だ。
レオンは生真面目に受け取り、ムキになって真っ向から否定する。
「いい加減なことを言わないでください、似合っているわけがないでしょう! 変な人だとは思っていましたが、ここまでおかしなことを思いつかれるとは想像もしていませんでした!」
「変な人ってひどいなぁ。私はただお客さんに楽しんでもらいたかっただけなのに」
困った顔で頭を掻くクラウザー団長を見て、レオンは不満を言うのも諦めたようだ。
肩を落として息を吐き、再び団長へと視線を戻す。
彼の瞳には闘争心が漲っていた。
「今さら何を言っても現実は変わりません。オレはこの腕で勝利をつかみ取るだけだ!」
「その意気だ、全力できたまえ。私も手加減はしない」
クラウザー団長の表情が、凛々しく切り替わる。
テーブルに肘をつき、彼らは互いの手を重ねた。
「始め!」
開始の合図と共に、観衆が沸く。
「レオン、頑張って!」
キャロルが舞台の下から声援を送る。
彼女の前で無様な戦いは見せられないと、レオンは気合を入れてクラウザー団長を倒そうと力を入れた。
「うおおおおっ!」
おお、これはレオンが優勢か?
思わず拳を握って、身を乗り出す。
だが、クラウザー団長も簡単には勝たせてくれない。
彼らの腕は中央で止まり、応酬を続ける。
「ぐっ、ううっ!」
「ふっ、……やはり予想以上だ。さすがウォーレスが期待を寄せているだけはある。騎士団最強と呼ばれていることにも頷ける。でもね……」
その瞬間、クラウザー団長は爽やかに微笑んだ。
そして、徐々に腕を倒していく。
レオンの瞳が驚愕に見開かれた。
「うっ、ぐうっ!」
テーブルにレオンの腕が叩きつけられた。
クラウザー団長は不敵な笑みを口の端に浮かべた。
「こう見えても、一昔前の最強だったからさ。まだまだ若い者に負ける気はないよ」
「く、くそ……。なんて力だ」
レオンは腕を擦りながら、立ち上がった。
勝利したクラウザー団長は、私と同じく舞台の裾で勝負を見ていたウォーレス団長に向き直った。
「ウォーレスもそうだろう? 久々に我々が対決できる舞台にめぐり会えたんだ。君の相手だけは誰にも譲れない」
温厚な性格は影を潜め、クラウザー団長は挑戦的な態度でウォーレス団長に声をかけた。
ウォーレス団長は目を輝かせ、快活な笑い声を上げた。
「もちろんだとも。お前と戦う時が、私は最も熱くなれる!」
宿命のライバルと呼ばれた二人。
少年の頃、彼らの対決に胸を躍らせて、私は観客席にいた。
あの再現が、今ここで見られる!
……だが、それが女装のアームレスリングだとは、少年時代の輝く思い出が音を立てて壊れていくようだ……。
会場は最高潮に盛り上がっていた。
決勝戦には手の空いた騎士団員が階級問わず全て集まり、それぞれの団長に声援を送った。
「さあ、いよいよ決勝戦! さすがというべきか、決勝は両騎士団の団長同士の対決となりました! 現役時代のお二人は、それぞれの騎士団を代表する最強騎士と称えられ、幾度の御前試合で渡り合った因縁の間柄! その戦績も決着がつかぬままと伝え聞いております! 今日のこの舞台であの名勝負が再現されるのです!」
トニーも興奮気味に解説を付け加える。
団長達が舞台に上がった。
これが最後の試合だ。
日は傾きかけており、夕焼けが赤く二人を照らす。
「位置についてください」
トニーに促され、両者がテーブルに肘をついた。
硬い手の平を合わせ、互いの手を掴む。
「始め!」
とうとう始まった。
大声援の中、団長達は死力を尽くして相手に挑む。
額には汗が滲み、鬘がずれ、力瘤を浮き上がらせた腕が震える。
「うおおおおおっ!」
「うぐああああっ!」
クラウザー団長も、ウォーレス団長が相手ではまったく余裕がないようだ。
現役時代を彷彿させる真剣さで、彼らは勝負に没頭していた。
観衆が彼らを呼ぶ声も、恐らく届いていない。
今日もっとも長い時間が、この勝負で経過した。
みしみしとテーブルが軋む音が聞こえる。
肘から伝わる振動が、テーブルを揺さぶっているのだ。
「くうっ、ぐううっ」
「ぬうっ、ぐおおおおおっ!」
団長達の気迫で、空気に歪みが生じた。
軋んでいたテーブルに、亀裂が走る。
木目に沿って亀裂は深まり、あっという間に裂けていく。
「ああっ!?」
観客の誰かが叫んだ。
次の瞬間には、テーブルは真っ二つに砕け、派手な物音と共に、団長達の体は前のめりに倒れこんでいた。
会場は瞬く間に静まり返り、トニーがうろたえた様子で私に視線を送ってくる。
どう判定すればいいのかわからないのだ。
私は舞台中央に進み出て、互いの手を掴んだまま倒れている団長達を見た。
そして空を見上げ、星が出ていることを確認する。
試合をやり直していたら、夜中になってしまうな。
よし、決めた。
咳払いして、観客に向き直り、判定を宣言した。
「決勝戦は私の一存で引き分けとさせていただきます。本日開催いたしました女装アームレスリング大会の優勝者はアドルフ=クラウザー、ウォーレス=マードック両騎士団長殿です。お二方には優勝商品の有給休暇を分配して、それぞれ一週間差し上げます。皆様、本日はご観覧とバザーへのご協力をありがとうございました」
勝敗を告げ、閉会の挨拶をすると、会場は拍手で満たされた。
観客は満足してくださったようだ。
帰りに際しての注意事項はトニーに任せて、私は舞台を去る。
団長達もすぐに復活して、それぞれ観客に向けて挨拶をしていた。
今年のバザーは大成功だった。
恥はかいたが、開催した甲斐はあったな。
記憶から抹殺したい一日となったチャリティーバザーも終わり、我々騎士団員は夕闇の中で後片付けをしていた。
テントを畳み、バザーの売れ残りの品は団員で分けて買い取る。
悪夢を演出した舞台も見事に解体され、闘技場はいつもの姿を取り戻した。
控え室の女装道具も撤去された。
願わくば二度とこんなことはやりたくないものだ。
他の一級騎士達も安堵と自己嫌悪の混ざった複雑な表情で木材や備品を運び、作業を進めている。
有給ではなくとも長期の休みを取って逃亡したくなった者も多数いるだろう。
私もその一人だ。
片付けに必要以上に力が入ってしまうのは、そんな心情の表れでもある。
「た、大変です! 団長!」
通常任務に従事していた白騎士団の正騎士が息せき切って駆け込んできた。
クラウザー団長の前に立つと、彼は衝撃の報告をした。
「東の街道で手配中の盗賊団を確認しました。折りしも王都に向かっている荷馬車の一団が予定を大幅に遅れて街道を進んでいます。現在は正騎士と二級騎士が数騎護衛についていますがとても数が足りません、至急応援をお願いします!」
報告を聞くなり、場の空気が変わった。
尋常ではないほどの殺気が広がり、一級騎士達の目が鋭くぎらりと光った。
「すぐに出るぞ、従騎士は馬を出せ! 五分以内に用意しろ! 遅れるな!」
ウォーレス団長から指示が下されるなり、一級騎士全員が動き始めた。
報告してきた正騎士は、一斉に走り出した彼らを見て戸惑っている。
「あ、あの、戦力的には一級騎士が二十騎ほどで十分かと、何も全員で行かれなくても……」
クラウザー団長は、肩をすくめて苦笑した。
「タイミングが悪かったね。今日は好きにさせてあげよう。数が多くても問題ない、その分だけ迅速に片をつけてくれるだろう」
私も遅れることなく準備に走る。
我々は指示通り、五分で鎧を纏い、剣を装備し、馬に跨った。
「目指すは東の街道だ! 全員私に続け!」
檄を飛ばして先行するのはウォーレス団長だ。
王都全体に非常事態を告げて、住民に屋内から出ないように指示を促す騎士達の声がこだまする。
民家の二階の窓から、住人達が何事かと覗き見ているのが見えた。
百十数騎の騎馬が、注意喚起により人気のなくなった街の通りを疾走し、門を飛び出していく。
平時の我が国では、滅多にみることのできない騎士団の大行軍だ。
街道を走っていると、前方に炎が見えた。
一台の荷馬車が横転し、積荷が燃えており、その傍で盗賊達と騎士達が争っている。
盗賊達は大挙して押し寄せてきた騎馬軍団に驚愕の声を上げた。
「な、なんだありゃあ! 一級騎士か? しかも、あの数は尋常じゃねぇ! みんな逃げろ! 逃げろー!」
「くそ! 今日は王都で騎士団の祭りのはずだろ!? 油断していると思ったのに、なんてこった!」
「荷物は捨てろ! 捕まっちまうぞ!」
形勢逆転となり、散り散りになって逃げ惑う盗賊達。
一級騎士達は、馬を飛ばして彼らの行く手に先回りして、抵抗すれば切り伏せ、投降した者には縄をかけていく。
「一人残らず捕らえろ! 負傷した一般人は保護して傷の手当だ!」
「おおっ!」
腕を振り上げ、鬨の声を上げる騎士達は、鬼気迫る形相で盗賊団を追い込んだ。
護送用の檻付き馬車の荷台に、捕らえた賊が次々と放り込まれていく。
我々の殺気に恐れおののいた盗賊達は、震え上がって檻の隅で体を寄せ合い縮こまっていた。
「どうせやるなら今朝にしろ! 終わってから事件を起こすなっ!」
「うわあああっ、恥ずかしくて、しばらく外を歩けない!」
「一生の汚点だ! 彼女に振られたら、お前らのせいだ! このバカ野郎共おおっ!」
掃討の合間に、羞恥に苛まれた悲鳴や逆恨みの絶叫が聞こえてくる。
盗賊達や襲われていた人達には何のことだかわからないだろう。
狂乱の掃討はしばらく続いたが、盗賊団は一人残らず捕らえることができ、我々は無事だった荷馬車と民を警護して王都に戻った。
翌日。
私は昨日の盗賊団討伐の件で取り急ぎまとめた報告書を持って、白騎士団の敷地に向かい、クラウザー団長を訪ねた。
執務室の扉をノックして、在室を確かめ、ドアを開ける。
「失礼します」
「ああ、ご苦労様」
クラウザー団長は、にっこり笑って出迎えてくれた。
微笑む彼の背後には、バザーで売られていた騎士団のマスコット人形がたくさん飾ってある。
戸棚の中や出窓に、白騎士と黒騎士が所狭しと押し合うように納まっていた。
「あの、それ、どうしたんですか?」
「ああ、これ? 売れ残った分は私が買い取ったんだ。施設に寄付したり、友人の子供達にあげようと思って」
一級騎士人形もちらほら混ざっている。
私のものはないようだが、完売したのかな。
事務机の上に、クラウザー団長の人形が置いてあった。
記念に自分の人形を買ったのか。
私も一体手元に置いておいても良かったかもしれない。
そんなことを思い、視線をずらし、クラウザー団長の人形に寄り添うように、もう一体置かれていることに気がついた。
凛々しい眉毛が強調された黒騎士。
ウォーレス団長の人形だ。
だが、あれだけ熱狂的ファンの多い団長の人形が売れ残るとは意外だな。
「よくできている。かわいいよね」
「え? ええ、そうですね」
かわいいと言って、クラウザー団長はウォーレス団長の人形を愛でていた。
それは人形がかわいいんだよな?
そうに決まっている。
たまたま団長の人形が、目の前にあっただけだ。
「今年のバザーは楽しかったね。盛況だったし、反応も良かった。来年はどんな企画にしようか、今から考えているんだ」
「とりあえず、女装だけは二度としたくありません」
すかさず釘を刺すと、クラウザー団長は苦笑した。
恐らく他の騎士達も同じ事を言ったのだろう。
「そんなに嫌だったのかな? 女性の男装ならみんな不思議に思わず受け入れるのに、男性の女装は似合わないなんておかしいよね」
「いや、それは……。男女の差と言うより、衣服には似合う体型というものがあるんじゃないですか?」
それと容姿。
標準より逞しい一般的な成人男子に、女装は絶望的に似合わないということだけは、今回の件ではっきりした。
「そういう見方もあるか。まあ、見たかったものは見れたし、満足できたからね。安心したまえ、女装は今回限りにするよ」
「は? 見たかったもの……ですか?」
「うん、想像以上に良かったよ」
にこにこ。
クラウザー団長は、この世の春を謳歌する人のように終始笑顔だった。
この温和な笑みの下に、どんな思惑が隠されていたのだろう?
見たかったもの、ね。
報告書を渡し、それに伴う連絡事項を伝えた。
用事が済んだので、退室のため、ドアに向かう。
扉を閉める際に、室内を振り返ってみると、クラウザー団長は愛おしそうに机上で寄り添う人形達を見つめていた。
恋愛は自由だ。
相手にわからぬように忍び、ひっそりと咲く恋もあるんだろう。
しかし、私情で騎士団員を巻き込まないでもらいたい。
それとわからぬように、自らの思惑通りに人を動かすあの人は、やはり只者ではなかった。
END
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