お嬢様のわんこ
第一章・お嬢様と可愛いわんこ・2
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お父様の死をきっかけに、私は富豪の商家の娘から宿無しの孤児にまで落ちぶれた。
屋敷を失った後、クロは私を連れて冒険者ギルドに行き、冒険者登録をした。
冒険者ギルドは数多くの国に根を張る独立自治組織。
古代遺跡や未知の領域への探索を組織的にバックアップしたり、民衆から寄せられる困りごとなどの対応、森林や秘境の地で取れる素材の採取、国の軍隊や自警団の手が回らない魔獣駆除や盗賊の殲滅等、様々な仕事を請け負い、その仕事を私達のような根無し草へ斡旋することで、貧困から盗賊に身を落とす人を減らすセーフティネットにもなっている。
彼らの活動に理解を示した国に支部が設置され、現在では世界の半数以上の国々が協力関係にあるという。
冒険者ギルドに登録すると、ギルド本部や支部のある国の間を自由に行き来できて、定住する資格を得ることができた。ただし、定住には依頼を受けて十分な実績を積み上げた者のみに資格を与えると条件付けされていた。
登録をしたことで自由に旅ができるようになったから、私達は生まれ育った街を旅立った。
お嬢様と持ち上げられ、蝶よ花よと甘やかされて育った私は、体力も生活能力も満足に持ち合わせていなかった。
冒険者になっても足手まとい。
最初は初級者用の採取依頼を受けたものの、野山を歩く体力すらなくて、クロがずっと背負って歩いてくれた。
初めての依頼がそんなことになったせいか、クロは一人で依頼を受けるようになった。
「俺が稼いできますから、お嬢様は待っていてください。日が暮れる前には必ず帰ってきますからね」
泊まっていた宿屋に私を置いて、クロは早朝から出かけていった。
そして夕方になると帰ってきた。
服を血まみれにして、銀貨がたくさん入った袋を持って。
「クロ! それどうしたの! 何をしてきたの!」
真っ赤になった彼の姿を見た時、大怪我をしたのかと思って慌てた。
泣きそうになりながらすがりつくと、クロは笑って「大丈夫です」と言った。
「全部返り血です。魔獣を退治してきたんですけど、素手で戦ったものだから至近距離から返り血を浴びてこんなことになったんですよ」
「素手で魔獣と戦ったの? 全然大丈夫じゃないじゃない!」
魔獣は獰猛で鋭い牙を持っていて、毒を持っているものもいるって聞く。
危ないことをしているのに、クロに自覚がなくて苛立ちを覚える。
「今日稼いだ銀貨で、明日は剣を買ってから行きますよ。防具も追々揃えていきますから、ご安心ください」
「やだよ、クロ。危ないことしないで」
「そうは言っても、お金を稼ぐにはこれしかないんです。素性の知れない獣人を雇ってくれる奇特な人は他にいませんからね」
なんにもできない小娘を雇ってくれる奇特な人もいない。
私はクロを見送ることしかできなかった。
帰ってきたら、一日の稼ぎを見せてご褒美をねだる彼のために、精一杯頭を撫でて抱きしめた。
二年ほど国や街を転々としながら旅を続け、獣人が治める国リオン王国に流れ着いた頃、ようやく定住資格を得ることができた。
クロは今まで貯めたお金を使って、新築で家を買った。
平屋で寝室と台所付きの居間があるだけの小さな家だけど、広いお風呂がついているから満足している。
お風呂はクロの希望。
家の大きさや間取りには関心がなかったのに、お風呂についてだけは熱を込めて、毎日私に洗ってもらうから二人で入れる大きさにしてくれと主張した。
寝室には大きめのベッドを入れて一緒に寝ている。
子供の頃からそうしていたから、部屋を分ける必要性を感じなかったからだ。
予算と機能性と必要な設備だけを考慮して設計してもらったら、こんな家になった。
大工の棟梁に予算は余っているからもっと広い家を建てても良いのではと言われたものの、住むのは二人だけで増える予定もないことだしと断った。
その際、痛ましそうな視線を向けられたけど、どうしてだろう?
家が小さくなった分、庭が広くなったので、家庭菜園を作ったり、クロが休日に剣の練習をしたりと活用していた。
定住資格と共に、住民登録証も手に入った。
大きな信用となるそれのおかげで、私は近所にある大きな大衆食堂で朝から昼過ぎまでの契約で雇ってもらえることになった。
朝は仕込みのお手伝いや掃除をして、お客さんが来る忙しい昼食時は接客や給仕に勤しむ。
勤め始めの頃は毎日失敗をして怒鳴られていたけど、耐えて頑張った甲斐あって、現在では戦力として認めてもらえている。
日給は銅貨二十枚程度、二日分の食費が賄える。こちらの給金はよその飲食店の店員と比べると少しだけ多いということだった。
さらに、せっかくプロがいる職場で働いているのだからこの環境を生かそうと、出される賄から味を覚えたり、厨房を覗き見たりして、少しずつ料理を覚えた。
クロに美味しいものを食べさせてあげたいから、貪欲にお手製レシピを増やしていった。
クロは冒険者を続けている。
ある程度、ギルド側が引退を納得してくれるほどの実績を重ねるか、体を損ねるかしなければ、辞めた途端に定住資格を取り消されてしまうから、辞めてとは言いたくても言えない。
持って帰ってくるお金も高額になってきた。
十数枚の銀貨に金貨が混ざっていることがよくある。
二人とも働けなくなるような事態になる可能性があるから、無駄遣いはせずに余ったお金は壺に入れて隠した。
クロは仕事の話はしない。
魔獣の討伐を主にしているのだと言うけれど、どんな相手と戦ったのだとか、そういうことは尋ねても教えてくれない。
返り血にまみれて帰ってきたのは最初の一度だけで、いつも怪我もなく元気に帰ってきてるから無茶なことはしてないと思いたい。
持って帰ってくるお金を見ると、中級クラスの魔獣を狩っているのだと想像する。
仲間とか、いるのかな?
泊りで出かけたりしないから、街の周辺で狩りをしているはずだけど、街に近くても餌を求めて強い魔獣が現れることだってある。
夕方に帰ってくると安堵して、朝に送り出すときは不安で胸が潰れそう。
クロが帰ってこなかったら、私は生きて行けない。
一人では生きる意味もないのだもの。
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