お嬢様のわんこ

第二章・わんこ、お嬢様への愛を叫ぶ・6

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「殿下、なんという無茶をなされますか!」

 血相を変えた爺さんが駆け寄ってきた。
 うるせぇ、こんなの日常茶飯事だ。

「もっと御身を大事になされませ! 我々にとって殿下は命より大事なお方なのですぞ! どうしておとなしく下がっていてくださらなかったのですか!」
「だから、俺は王子じゃないって言ってるだろ! これは俺が受けた依頼だ、あいつは俺が倒すべき獲物だった! そもそも大金を出して冒険者を雇った依頼人が自分で魔獣を倒してどうするんだよ!」
「我々は殿下の臣下でございます! 王族の手足となって働くことが使命、我々の功績は全て殿下のものでございます!」
「話にならねぇ、とにかく依頼は果たした! 俺はもう帰るからな!」
「お待ちくだされ、殿下!」

 煩い爺さんを無視してドラゴンを鞄に入れた。
 すごいな、全部入った。
 鞄に血がついていることに気づき、改めて自分の姿を見てびっくりした。

 うわ、血まみれじゃねぇか!
 またお嬢様を心配させてしまう!
 どこかで洗って、乾かさねぇと!

「殿下、私にお任せください」

 歩み寄ってきたパトリスが、俺に向かって手を翳した。
 手の平を中心に、魔力が高まっていく。
 周囲に精霊の気配が幾つも現れた。
 集まってきた精霊達に、パトリスが穢れを清めよと命じた途端、俺の体や衣服に着いていた赤い血が大量の水滴と共に浮き上がり、瞬く間に蒸発していく。
 暖かい風が全身を撫でていき、それが済めば髪や服は渇いていた。

「すごい……」

 この魔法を覚えれば、幾ら血に塗れても大丈夫じゃないか。
 水と風と火の魔法は、使いこなせれば生活が楽になる。
 お嬢様にも誉めてもらえるかも。

 にへらと顔が緩んだが、視線を感じて引き締め直した。
 こいつら、そう簡単に諦めそうにないな。

「服を綺麗にしてくれたことには礼を言う。だが、認めたわけじゃないからな。俺はお前らについていく気はない、証拠は匂いだけなんだろ? 後で偽者扱いされて処刑なんてオチは嫌だからな。それに今の俺には命より大事なものがあるんだよ、昔のことなんてどうでもいい」

 爺さんが何か言いたそうに口を開いたが、パトリスが止めた。

「わかりました、今日の所は引き下がります。いきなりこんな話を聞かされて、受け入れられないのも無理はないですからね。ですが、我々も諦めることはできません。殿下が受け入れてくださるまで、何度でも会いにきます」

 こなくてもいいのに。

 五人が立ち去ってからギルドに戻り、依頼の達成報告と獲物の査定を頼んだ。
 レッドドラゴンの討伐報酬は金貨百枚。
 さらに指名依頼の上乗せで金貨二十枚が加わり、すごい金額になった。
 今まで貯めた分と合わせれば、家が一軒買えるほどになる。
 定住資格を得られたら、お嬢様の希望を全て叶えた家を建てよう。
 いつものように金貨一枚を銀貨に両替してもらい、金貨を二枚入れておいた。残りは全て預けておく。

 外に出ると、日が落ちかけていた。
 お嬢様、今帰ります!




 宿に着くと、従業員に風呂用のお湯を持ってきてくれるように頼み、部屋に戻る。
 帰るなり、俺の無事を喜ぶお嬢様に、頭を撫でてもらった。
 いつも思うが、お嬢様に撫でてもらうのは気持ち良い。
 比較対象がいないので、他の者にされても同じなのかはわからないが、耳や尻尾を弄られると毎回恍惚としてしまう。
 椅子に座るお嬢様の膝に頭を乗せて、触れてくる手の感触を堪能する。
 ノックの音で中断されるまで、俺は天国にいた。

「失礼します、浴槽にお湯を張りますね」

 数人の従業員がやってきて、鉄鍋で沸かしたお湯を、浴室へ次々と運び入れて、浴槽を一杯にした。
 手際よく作業を終えると、すみやかに去っていく。

「お湯が来たから、お風呂に入ろう」

 お嬢様がそう言って服を脱ぎだす。
 昔は俺と変わらない体型だったのに、次第に体は丸みを帯びて、凹凸のついた柔らかいものに変わっていった。
 特に胸の二つの膨らみは日増しに大きくなっている気がする。
 布から解放されてぷるんと揺れるそれを見る度に、俺の下半身は激しく疼くのだ。

 浴室に入り、まずは石鹸で隅々まで洗われる。
 後ろに立つお嬢様が俺の髪を泡立てて、指の腹で頭皮を揉むように手を動かしていた。
 背中に時々触れる柔らかいものは、あの魅力的な胸の膨らみだろう。

「今日はそんなに汚れていないのね、どこに行っていたの?」

 ぎくりと体が強張った。
 あいつらのことは言いたくない。
 俺に家族がいることを知ったら、お嬢様は俺を手放そうとするだろうから。

「暑かったので、川で水浴びをして来たんです」
「そうなの、気持ち良かった? いいなぁ、私も川で泳いでみたい」

 思わず、人気のない緑の中で生まれたままの姿で水浴びをするお嬢様の姿を妄想してしまった。
 森の妖精みたいで綺麗だろうなぁ。
 犬と一緒に川辺で遊ぶ飼い主もいるだろうし、次の休日に誘ってみようか。

 洗ってもらった後は、俺が洗う番。

「私はずっと部屋にいたのだから、適当でいいよ」

 お嬢様はそんなことを言うけど、常に清潔な環境で気持ち良く過ごして欲しいのだ。
 それにお風呂の時間はお嬢様の肌に直に触れる好機、じっくり丹念に磨いて差し上げます。




 お嬢様の柔肌に触れられる至福のお風呂タイムが終わり、夕食を食べた後、部屋に一つだけ置かれたダブルベッドに二人で潜り込む。
 体がくっつくほどに寄り添って眠る。
 昔からそうやっていたせいか、成長してもお嬢様が俺をベッドから追い出すことはなかった。

「お嬢様、今日のご褒美なのですが……」

 俺はまだ、今日の分のご褒美をもらっていなかった。
 お嬢様には後で言うと告げていたから、この時間になった。

「まだだったね、何がいいの?」

 緊張して心臓が激しく音を立てる。
 嫌われるのが怖いくせに、欲しがる気持ちが強くなって、俺はまた一歩余計に踏み出す。

「む、」
「む?」
「む、胸を、触らせて……ください」

 ベッドから蹴りだされても仕方がないことを口走ってしまった。
 お嬢様はきょとんと目を丸くした後、自分の胸を見た。

「これ、触りたいの?」
「はい」

 本音を言うと、触るだけじゃ物足りない。
 全身であなたを感じて一つになりたい。
 多分、拒絶されるだろうと思いながら、受け入れて欲しいと願う気持ちが混ざる。

「うん、いいよ」

 え? いいの?

 あっさり許可されてびっくりした。
 呆然としている間に、お嬢様は俺の手を掴んで自分の胸へと導いた。
 手の平にぷにゅっと柔らかいものが押し当てられる。
 先端の小さな蕾の感触まで、布越しに伝わってくる。

「胸が触りたいなんて、クロって見かけは大人だけど、まだまだ子供なんだね」

 お嬢様はちょっと勘違いしているようだ。
 俺は思いっきり淫らで邪まな感情で触りたがっているのに、まるで警戒していない。
 甘える小さな子供を受け止めるような慈愛に満ちた表情でそう言われると、熱は冷めて、受け入れてもらえた喜びに包まれた。

「クロは相変わらず可愛いね」

 お嬢様は笑って唇にキスしてくれた。
 やがて俺に体を寄せて眠ってしまう。
 腕枕をして寄り添っていると、恋人同士になれたような気分になって、顔がにやけた。

 お嬢様は優しい。
 海より深い愛情で、俺を包んでくれる。
 だから、離れるなんて考えられない。
 俺からお嬢様を奪うなら、それが誰でも許さない。
 お嬢様が俺を手放すと言ったって、絶対に離れるものか。

 本当は王族だったとか、故郷で親が待っていると聞かされても、心は少しも動かなかった。
 幼い頃、何度も夢見た迎えが今頃来たってちっとも嬉しくない。
 むしろ、王族なんて自由はないし、高い身分に応じて生じる様々な柵が邪魔なだけだ。
 お嬢様と生きていくために、あれらが障害となるのなら、遠慮なく切り捨てる。
 爺さんに感じた懐かしさも、お嬢様と秤にかけるなら比べるまでもない。
 俺は死ぬまでお嬢様の犬でいる。
 誰に強制されたわけでもなく、自分の意志で彼女の傍にいたいと望んでいる。

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